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翡翠の姫

白の巫女/8

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 考古学ばかりの貴増参。今までにいなかったタイプの人間と接するリョウカ。何と切り出していいかわからず、彼と彼女は苦笑いをするばかりだった。だがしかし、しっかり者の侍女が取り持った。

「ふたりで分けて召し上がってください」

 貴増参をさっとかがみ込んで、ある意味強情な姫の顔をのぞき込み、

「そうしましょうか?」
「はい」

 リョウカは珍しく微笑んで、どっちが客人かわからなくなった。そうしてまた始まる。どこかずれているクルミ色の瞳は、貴増参の足元を見て、慌てて姫は立ち上がり、何もない土間へ白い着物ごとどいた。

「それから、これも使ってください」

 姫が座っていたゴザを今度は譲り合い始める。

「それでは、君の服が汚れてしまいます」
「あなたの服が汚れます」
「いいえ、君の――」

 侍女の声が割って入ると、

「ふたりとも、ゴザは腐りませんから今持ってきます」

 貴増参とリョウカの声が同時に響いた。

「お願いします」

 一度出て行った侍女はすぐに戻ってきて、格子の隙間から、新しく持ってきたゴザは無事に手渡され、木の柵を間に挟んで、貴増参とリョウカは向き合って座った。

 箸などなく、手づかみだが、それが当たり前で、貴重な食料を分け合う。

 川魚の焼き物を相手がつまむと、自分もそれを口へと運ぶ。次は雑穀米の椀を差し出して、相手が取ると戻ってきて。

 時々、同じ皿に手をかけ、押そうとすると相手もそうしていて、力の競り合いが起きる。それがなぜかおかしくて、お互い微笑み合ってが続いた。

 だがすぐに、何も言わなくても、お互いがそれぞれの食べたい料理を相手に差し出してが、スムーズに行くようになった。

 そばに控えていた侍女がその様子を黙って見ていたが、ふと話し出した。

「姫さま、ふたつ国を行った向こうに、素晴らしい土器職人がいるとの噂を今日聞きました」

 貴増参の食べる手が止まったが、リョウカのそれも皿から遠のき、姫の瞳からは料理は消えて、侍女のとぼけた顔ばかりになった。

「それはぜひ、呼ばないといけないわね」

 こんなところに、助手の候補がいた。貴増参は自分がどこにいるのかもすっかり忘れ、思わず話に割って入った。

「素焼きの器のことですか?」
「土器にご興味が?」 

 こんなところに、話のわかる人がいた。リョウカはシルレから顔を真正面へ戻し、目をキラキラと輝かせた。貴増参はにっこり微笑んで、こんなことを言う。

「えぇ。僕にとってはドキドキの土器です」
「親父ギャグ!」

 姫は親指を立てて、歯をキランと輝かせたが、侍女はなぜか急に慌て始めた。

「それは大変です。怪我をします!」

 明らかに、どこか遠くの宇宙へ大暴投。リョウカはがっくりと肩を落とし、とぼけた黄色の瞳をのぞき込んだ。 

「もう。シルレ、どこに話を投げたの~?」

 天然ボケに聞いても、困るのである。ボケようとしてボケているのではないのだから。

 しかし、さっき会ったばかりの男の羽布団みたいに柔らかな声が得意げに告げた。

「僕はわかっちゃいました」

 他の部下たちはいつもお手上げで、放置がやっとの対処なのに。カーキ色のくせ毛を持つ男に、リョウカは尊敬の眼差しを送る。

「どこですか?」
「ドキドキをトゲトゲに聞き間違っちゃったみたいです」

 姫は毎回思うのだ、器用なボケをかます侍女だと。こうやって、隠れている間は退屈しがちだが、シルレの大暴投が救ってくれるのだ。リョウカは幸せな気持ちになって、侍女に優しい眼差しを向けた。

「それは確かに怪我をするわね。というか、持ちづらさ全開だわね」

 だが、ツッコミとしては何とも中途半端というか、ごくありきたりなものを返してしまったリョウカ。誰も拾うことなく、妙な間が三人を包み込む。

「…………」
「…………」
「…………」

 ボケとボケに囲まれた姫は、自分も同じボケに回って、笑いを取りに行くことは許されないことを今やっと悟って、かなり遅らせながら侍女にツッコミを入れた。

「って! シルレ、違うわ。落ち着かないの、ドキドキ。文字数しか合ってないわよ」

 侍女は安堵のため息をもらして、ホッと胸をなでおろした。

「あぁ、そっちですか。よかったです」

 聞き間違いを訂正しただけだ。それなのにどこまで待っても、シルレの小さな唇は動くことなく、

「話終わってるわよ!」

 姫は侍女に先に進ませるように促したが、シルレは丁寧に頭を下げて、

「それでは、失礼します」

 ゴザからすうっと立ち上がった。

「え……?」

 あまりのことに、リョウカが固まっている隙に、侍女はふたりを残して、部屋から出ていき、虫の音と風が吹きぬける音がしばらく続いていた。
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