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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

天使が訪れる時/4

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 冷静な視線を新聞から上げ、鍵盤の弦が並ぶ縦の線たちへ移した。

「私の導き出した可能性は間違っていなかったみたいですね。ですが、ダルレはまだ姿を現していません。いつ、こちらへ――」
「――今日じゃ、重なったのじゃ」

 昼間にも関わらず、百年の重みを感じさせる少女の声が割って入った。崇剛が振り返ると、巫女服ドレスを着た聖女が宙に浮いていた。

「瑠璃さん、何と重なったのですか?」
じきにわかる」

 ツルペタな胸の前で小さな腕が組まれているのを見ていると、すぐにドアがノックされた。

「はい?」

 遊線が螺旋を描く優雅な声がピアノのボディーに共鳴し、さっきと同じ少し鼻にかかった執事の響きがドアの向こうから聞こえてきた。

「恩田さんが見えてるんだが……」

 カミエから事前に話を聞いている瑠璃。守護霊の彼女は人よりも少し先の未来も見える。聖女の言葉の意味は、明確になってすぐに運ばれてきた。

 捨て台詞を残して、必要がないと拒絶していった、元が再び屋敷を訪れた。それが何を意味しているか、崇剛にはよくわかった。

「診療室へ通してください」

 聖女の小さな唇は動かなかった。それは、崇剛が予測していることが合っているという意味だった。

 正直で素直な執事はドアの向こう側で「わかった」と応え、アーミーブーツのかかとの音が遠ざかり、神父と聖女だけが取り残された。

 全てを記憶し、正確な可能性を導き出す冷静な頭脳の持ち主は、ピアノを片付けながら可能性を導き出す。

 五月二日、月曜日、九時五十四分十一秒~十時一分十二秒の間――
 ラジュ天使の言葉『あちらは囮みたいなものですから』
 シュトライツ王国の崩壊は事実として確定しました。
 次は、私たちに敵の目が向くという可能性が99.99%――

 崇剛よりも多くの情報を持っている聖女に、彼は神経質な顔を向けた。

「私と彼――ダルレが邪神界に狙われるのですね?」

「そうじゃ」そう言う聖女はどこか寂しげに微笑んだ。「お主とあの者は、我とともに今日で消滅するかも知れんの」

 もう二度と転生することも叶わない魂の消滅――本当の死。体をバラバラに引き裂くような恐怖が、崇剛に襲い掛かった。

 冷静な水色の瞳は閉じられ、シャツの上から肌身離さず、持っていたロザリオを握りしめる。

 神世の大きな出来事は、霊も人も巻き込まれる。それが運命――。

 三十二年間の記憶をデジタルな頭脳の中でひとつひとつ大切に思い浮かべる。闇に葬られる寸前までと、しっかり心に焼きつけた。

 冷静という名の盾で、死という恐怖の感情をただただ抑え込み、再びまぶたを開ける。

 気持ちを切り替え、崇剛はピアノの椅子から優雅に立ち上がった。

「さあ、仕事です」

 屋敷の主人が出ていくと、ピアノに乗せられていた号外の記事が風に煽られ、床の上へひらひらと落ちた。まるでもう二度と屋敷の主人に拾われることがないように。

    *

 天使が不在のまま、聖霊師と聖女は寝室のドアの前へやってきた。可能性は可能性だ。死ぬとは限らない。

 未来が続いて行くという可能性がゼロに近いことは間違いないが、それでも可能性は残っている。勝手に切り捨てて――あきらめてはいけない。

 崇剛はいつも通り、鈴色の幾何学模様の懐中時計を取り出して、インデックスをつけた。

 十月十九日、水曜日、十六時六分十二秒――

 崇剛の神経質な手でドアは開けられると、以前と変わらない元の後ろ姿があった。しかし、突然すがってくることもなく、椅子から立ち上がろうとしたが、

「あぁ、先生……」

 杖が傍に置いてるのが視界に入った。崇剛は瞬発力を発して、優雅に微笑んで見せる。

「お立ちにならなくても構いませんよ」
「あぁ、ありがとうございます」

 瑠璃色の貴族服は患者の横をスマートに通り過ぎ、診療室の座り心地のいい椅子に座った。

 聖なるダガーの柄が上着を間に挟んで、椅子の背に身を任せた。
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