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心霊探偵はエレガントに〜karma〜
春雷の嵐/7
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何の罪も分別もつかない子供が、本人の知らないところで、悪に魂を売り飛ばしてしまった――
霊界は非常に厳しいところです。
どのような理由があろうとも、例外は認められません。
従って、邪神界から正神界へ戻った時、先ほどの子供は地獄行きになるのです。
すなわち、霊層が一番下へ下がってしまう。
神経質な指の関節で車窓をなぞる。にじんだ交差点を肉眼ではっきりと見ようとするように。
昨日、私がこちらを通る前に全ては終わってしまった。
ですから、私がこちらの場所を通った時は、何も見えなかったみたいです。
ガラス窓に叩きつける土砂降りの雨が、まるで自身の心の内のようで、崇剛は目頭がふと熱くなった。
「間に合わなかった……」遊線が螺旋を描く声は、激しい雨音にかき消された。
それでも、今の仕事は終了した。これ以上ここにいる必要などない。冷静な頭脳で、後悔という激情を押さえ、崇剛は運転手へ声をかけた。
「屋敷へ戻ってください」
「かしこまりました」
滝のように流れ続ける雨の中、リムジンは滑るように走り出した。
瑠璃が自身にしか見えない霊界へ意識を傾けると、今はもう現世と同じように土砂降りだった。
どこにも悪霊の姿はなく、白い服を着た赤目の男もいなかった。何がどうなったのかは知らないが、とりあえずことは終息したようだった。
稲妻で夜の街並みが一瞬だけ、昼間ように明るくなるを繰り返す。崇剛はぼやけている窓から、消えかかっているような街灯と通り過ぎてゆく景色を見送る。
ですが、なぜ、三月二十五日からなのでしょう?
三百五十一年前から、地縛霊として、あちらに先ほどの子供はいました。
以前から、母親が連れにきてもおかしくありません。
しかしながら、そちら以前に事故の記録は残っていません。
事実のズレ。出てきてしまった、新たな疑問。紺の後れ毛を神経質な手でかき上げた。
そうですね……?
千里眼を使っても、三月二十五日以前には……。
事故は起きていないみたいです。
そうなると、先ほどの可能性は変わります。
邪神界の動きが活発になったのは、三月二十五日からという可能性が32.82%――
なぜ、三月二十五日なのでしょう?
どのようなことが、そちらの日にあったのでしょう?
また疑問だらけになった。神経質な手をあごに当てたまま、冷静な思考回路に没頭し始めた聖霊師の隣で、さっきから黙っていた瑠璃は大きなあくびをした。
「崇剛の申す通りじゃ。先より前には、幼子に迎えはきておらぬ」
「眠くなったのですね?」
崇剛は手を解いて、聖女に優雅な笑みを見せる。無理をさせてしまったのかもしれないと思った。
生前の病気のせいで昼夜逆転してしまっている聖女は間延びした声で言う。
「夜中に起きて、明け方少し眠っただけのようなものじゃからの。ラジュの策のお陰で寝不足になりおったわ」
物質化していない幽霊。律儀にリムジンに乗って屋敷まで帰る必要もない。百年の重みを感じさせる若草色の瞳は、今は微睡で満たされている。崇剛をチラッと見て、
「お主、屋敷に戻ったら事件のこと考えるであろう。それにも付き合わなければいかんからの。我は部屋で少し寝んとの。先に戻るの」
「ええ、お休みなさい」
守護霊と守護される人。それ以上でもそれ以下でもない。引き止める理由もなく、権利もない。崇剛が短くうなずくと、瑠璃は瞬間移動ですうっと姿を消した。
ひとりきりになってしまったリアシート。当然襲いかかる寂しさに、崇剛は身構えた。春雷の激しい音の中、静かに待ってみたが、いつまで経ってもやってこなかった。
三十二歳の神父は違和感を抱いた。
おかしいみたいです――。
よく磨かれた車窓には、崇剛の神経質な頬と紺の長い髪を映り込んでいた。ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンをともない、包帯を巻いた右手があごに当てられ、思考時のポーズを取る。
瑠璃が今、私の前から消えました。
寂しいと感じる……という可能性が高いです。
ですが、感じません。
なぜなのでしょう?
ロリコンではなく、スピコンだと執事に言われた主人は、聖書を熟読する神父でもあり、可能性のひとつを拾い上げた。激しい雨音に声をにじませる。
「出エジプト記――。エジプト王が頑なに奴隷を解放しなかったのは――本当はどなたの力だったのか?」
神父はその答えを当然知っている。鋭い眼光で国立が、自分の気持ちも変えられないほど人は弱いと、崇剛が説教していったと言った。
それはこうも取れると。エジプト王は奴隷に執着したのではなく、神の導きで、自身の気持ちを変えられなかったのだ。
聖女を愛するという事件に、この法則が当てはまっていたとしたら……。
霊界は非常に厳しいところです。
どのような理由があろうとも、例外は認められません。
従って、邪神界から正神界へ戻った時、先ほどの子供は地獄行きになるのです。
すなわち、霊層が一番下へ下がってしまう。
神経質な指の関節で車窓をなぞる。にじんだ交差点を肉眼ではっきりと見ようとするように。
昨日、私がこちらを通る前に全ては終わってしまった。
ですから、私がこちらの場所を通った時は、何も見えなかったみたいです。
ガラス窓に叩きつける土砂降りの雨が、まるで自身の心の内のようで、崇剛は目頭がふと熱くなった。
「間に合わなかった……」遊線が螺旋を描く声は、激しい雨音にかき消された。
それでも、今の仕事は終了した。これ以上ここにいる必要などない。冷静な頭脳で、後悔という激情を押さえ、崇剛は運転手へ声をかけた。
「屋敷へ戻ってください」
「かしこまりました」
滝のように流れ続ける雨の中、リムジンは滑るように走り出した。
瑠璃が自身にしか見えない霊界へ意識を傾けると、今はもう現世と同じように土砂降りだった。
どこにも悪霊の姿はなく、白い服を着た赤目の男もいなかった。何がどうなったのかは知らないが、とりあえずことは終息したようだった。
稲妻で夜の街並みが一瞬だけ、昼間ように明るくなるを繰り返す。崇剛はぼやけている窓から、消えかかっているような街灯と通り過ぎてゆく景色を見送る。
ですが、なぜ、三月二十五日からなのでしょう?
三百五十一年前から、地縛霊として、あちらに先ほどの子供はいました。
以前から、母親が連れにきてもおかしくありません。
しかしながら、そちら以前に事故の記録は残っていません。
事実のズレ。出てきてしまった、新たな疑問。紺の後れ毛を神経質な手でかき上げた。
そうですね……?
千里眼を使っても、三月二十五日以前には……。
事故は起きていないみたいです。
そうなると、先ほどの可能性は変わります。
邪神界の動きが活発になったのは、三月二十五日からという可能性が32.82%――
なぜ、三月二十五日なのでしょう?
どのようなことが、そちらの日にあったのでしょう?
また疑問だらけになった。神経質な手をあごに当てたまま、冷静な思考回路に没頭し始めた聖霊師の隣で、さっきから黙っていた瑠璃は大きなあくびをした。
「崇剛の申す通りじゃ。先より前には、幼子に迎えはきておらぬ」
「眠くなったのですね?」
崇剛は手を解いて、聖女に優雅な笑みを見せる。無理をさせてしまったのかもしれないと思った。
生前の病気のせいで昼夜逆転してしまっている聖女は間延びした声で言う。
「夜中に起きて、明け方少し眠っただけのようなものじゃからの。ラジュの策のお陰で寝不足になりおったわ」
物質化していない幽霊。律儀にリムジンに乗って屋敷まで帰る必要もない。百年の重みを感じさせる若草色の瞳は、今は微睡で満たされている。崇剛をチラッと見て、
「お主、屋敷に戻ったら事件のこと考えるであろう。それにも付き合わなければいかんからの。我は部屋で少し寝んとの。先に戻るの」
「ええ、お休みなさい」
守護霊と守護される人。それ以上でもそれ以下でもない。引き止める理由もなく、権利もない。崇剛が短くうなずくと、瑠璃は瞬間移動ですうっと姿を消した。
ひとりきりになってしまったリアシート。当然襲いかかる寂しさに、崇剛は身構えた。春雷の激しい音の中、静かに待ってみたが、いつまで経ってもやってこなかった。
三十二歳の神父は違和感を抱いた。
おかしいみたいです――。
よく磨かれた車窓には、崇剛の神経質な頬と紺の長い髪を映り込んでいた。ロイヤルブルーサファイアのカフスボタンをともない、包帯を巻いた右手があごに当てられ、思考時のポーズを取る。
瑠璃が今、私の前から消えました。
寂しいと感じる……という可能性が高いです。
ですが、感じません。
なぜなのでしょう?
ロリコンではなく、スピコンだと執事に言われた主人は、聖書を熟読する神父でもあり、可能性のひとつを拾い上げた。激しい雨音に声をにじませる。
「出エジプト記――。エジプト王が頑なに奴隷を解放しなかったのは――本当はどなたの力だったのか?」
神父はその答えを当然知っている。鋭い眼光で国立が、自分の気持ちも変えられないほど人は弱いと、崇剛が説教していったと言った。
それはこうも取れると。エジプト王は奴隷に執着したのではなく、神の導きで、自身の気持ちを変えられなかったのだ。
聖女を愛するという事件に、この法則が当てはまっていたとしたら……。
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