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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

春雷の嵐/5

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 瑠璃の険しい表情が少しだけ緩んだ。

(ラジュとあやつは正反対かもしれんの)

 危険は去ったと聖女は勝手に判断した。

 自分を愛していると寝言を言ってきた、三十二歳の神父を、八歳の聖女はできるだけ気にしないように、普通に振る舞う。

「これで、お主だけでも見れるであろう? たがえた時だけ、我は物申す」
「えぇ、ありがとうございます」

 優雅に微笑み返した聖霊師の瞳は隙なく聖女に向けられていたが、カモフラージュされていて、いつも通りの振りをした。

 聖なる結界の光に包まれた崇剛は、自身の存在までも、豪雨に打ち消されそうな中で、神経を再び交差点へ傾けた。

 さっきまでとは違い、透明で拡散するような輪郭だったが、色形がつき始めた。時を戻すと、青白い子供の霊を千里眼でやっと捉えることができた。

 国立からの情報を脳裏の浅い部分へ引き上げて、着実に霊視してゆく。

 事故発生、日時――
 三月二十五日、金曜日。十二時十五分二十六秒。
 四月八日、金曜日。十二時三十七分四十五秒。
 四月十五日、金曜日。十二時十五分二十八秒。
 四月十八日、月曜日。十二時四十二分十五秒。
 四月二十一日、金曜日。十二時二十七分十八秒。
 四月二十八日、金曜日。十二時十七分十八秒前――

 治安省のデータは事故後のもの。それより前の時刻へ、時間を巻き戻す。秒数まで記憶する精密な頭脳を使って、崇剛はやっと正常に仕事を始められるようになった。

 雨の降っていない交差点――

 昼間で人通りも多いが、霊界では三歳の子供が取り残されたまま、まわりの人々はそれぞれ動いている。

 そこへ、女の霊が空から舞い降りるように姿を現した。その邪気の影響で信号の錯覚が御者ふたりに起き、一回目の事故が発生。

 馬車同士の衝突事故。衝撃音が炸裂して、街ゆく人々が驚き声を上げ、騒然とし始めた。

 誰にも見えない霊界で、女は子供の霊に向かって、厳しい口調で言う。

「こっちへきなさい」
「え……?」

 転生する時に記憶は消され、胎児のまま死んだ子供。女のことは知らない。会ったこともない大人に声をかけられ、不思議そうな顔をした。

 冷静な水色の瞳はついっと細められる。

 女が母親とは限りません。
 別人がなりすましているという可能性もあります。

 瑠璃からの待ったの声はかからなかった。それは、崇剛の霊視が道筋を間違えず進んでいるという意味を指していた。

 二番目の事故――
 四月八日、金曜日。十二時三十七分四十五秒。

 少し花冷えのする穏やかな春の日差しの中に、女の霊が再び降りてきて、小さな地縛霊に感情のこもらない言い方をする。

「あなたは私の子です。だから、こっちへきなさい」
「え……?」
 
 さらに次の事故――
 四月十五日、金曜日。十二時十五分二十八秒。

 女の霊がまたやって来たが、背格好が違っていた。ふたりしかいない交差点で、聖霊師の耳に女の声が聞こえてくる。

「私はあなたをずっと探していたのです。だから、こっちへきなさい」


 ――バケツをひっくり返したような、叩きつける雨で歪んでしまった車窓の景色を、冷静な水色の瞳に映したまま、神経質な手はあごにさっきから添えられていた。

(母親が死んだ時に、はぐれてしまった子供を迎えにきたみたいです。ですが、親子の霊層は違います)

 瑠璃の小さな唇は動くことはなかった。不確定要素が次々と確定――事実へと変わってゆく。魂につけられた数字を、崇剛は千里眼で読み取る。

(母親が百七十八段。子供が百五十六段です)

 茶色のロングブーツが優雅に組み替えられた。

 ですから、親子の住む世界は違います。
 従って、母親が自分の元へ子供を連れて行くことは赦されていません。
 決まりを破る者は、正神界ではいません。
 ですが、母親は子供を迎えにきています。
 すなわち、女は邪神界であるという可能性が89.56%――

 後れ毛を耳にかけると、束ねていたリボンがかすかに首筋で揺れた。さっき見た過去の出来事を、冷静な頭脳で再生する。

 悲鳴を上げて亡くなっています。
 先ほどの瑠璃の審神者で、女は誰かに殺されています。
 そちらが原因で、恨みや憎しみを持ち、悪へ降ったのかもしれません。

 怨念の鎖に縛られ、魂を悪へと売り飛ばした悪霊。青白い女の顔をじっとうかがったまま、崇剛の冷静な水色の瞳はどこまでも鋭かった。
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