584 / 967
心霊探偵はエレガントに〜karma〜
紙切れと瓶の破片/1
しおりを挟む
明るく鈍い青緑――緑青色を基調にした、ベルダージュ荘の玄関前に伸びる石畳を、茶色のロングブーツは優雅に歩んでゆく。
幽霊との数々の戦闘をともに歩んできた、崇剛の足元を守る靴。代えはいくつもあるが、どれも勝利という勲章の傷を刻んでいた。
初夏を思わせるような風で揺らされた葉桜。隙間からキラキラと降り注ぐ太陽の光が、地面に明暗を作り出す。
その上を崇剛が進む度、ドアに四角く施された金色の装飾が小さくなる。主人のイメージカラーと言ってもいい瑠璃色の上着は左腕にかけられ、まるで余暇を楽しむ王子のようだった。
貴族的な真っ白な上下の服。袖口のロイヤルブルーサファイアのカフスボタンが、優美にアクセントとなっていた。
紺の長い髪を揺らしながら、冷静な水色の瞳に映り込む景色を眺める。歩みが進むほど眼下に現れるミニチュアみたいな街並み。
頭上には薄雲が絶妙なバランスで神が描いた鮮やかな青空。視界をさえぎるものは何もなく、霞みがかった遠くの山肌。
「――崇剛様、どうぞ」
黒いタキシードを着た初老の男が、黒塗りのリムジンのドアを開け、丁寧に頭を下げていた。
屋敷を取り囲むように植えられた樫の木が作り出した日陰の中で、主人は優雅に微笑む。
「ありがとうございます」
車へ乗り込もうと視線を落とすと、石畳に沿うように植えられていた可愛らしいスミレの花と、ピンクの金平糖のような蕾をつけているカルミアの間で、白い小さな破片を見つけた。
(おや? 何でしょう?)
主人はリムジンへ乗り込むのを止め、血でにじむ包帯で巻いた手で、ここにあるには不自然すぎるものを拾い上げた。冷静な水色の瞳に映す。
(紙……みたいです。こちらにもあります)
もうひとつは、今度は利き手ではない左手で拾う。それは書き間違いをして、捨てるために、ビリビリに破いたようなものだった。
(……ちぎれているみたいです)
見送りの使用人と召使が両脇に控えている間で、主人はしゃがみ込んだり、手のひらを見つめていた。
「――何かございましたか?」
運転手からの問いかけで、誰にも見えない位置で、水色の瞳はついっと細められた。
(私にしか見えていないみたいです)
崇剛は顔を上げて、何気ない振りで首を横へ振った。
「いいえ、何でもありませんよ」
腰元で鞘から顔を出している、聖なるダガーの柄が鋭いシルバー色をあたりへ漂わせる。
主人にしか見えない、落ちている紙――七切れ全てをズボンのポケットへそっと忍ばせた。崇剛が乗り込むと、リムジンは門へ向かってゆっくり走り出した。
崇剛はリアガラスへと振り返り、少し青緑がかった自室の窓を見上げる。簡単に引き出せる膨大なデータの中から必要なものを取り出した。
自室の本棚。
上から三段目の左から七番目の本。
百八十七ページに記載されている術式――
崇剛は神経質な手でポケットから、さっきの紙切れを一枚つまみ出した。
そちらであるという可能性が23.78%――
新たな事実が自宅の庭に落ちていた。策略家は細い足を優雅に組んで、車窓にもたれ流れてゆく景色を目で追う。
リムジンは丘を滑り降りるように、舗装された道を走ってゆく。手入れが行き届いていないうっそうとした林から、時折咲き乱れる陽だまりが、崇剛の神経質な頬に降り注いでいた。
暗闇の迷路をランタンを手にして歩いているようで、他の情報という通路がいくつも伸びていて、どれが行き止まりで、どれが他とつながっているのか、知るために右に左に進んでは戻りを繰り返すが、照らし出せない通路があり、ゴールにたどり着くことはできなかった。
やがて、車は平地へと出た。新緑の絨毯が広がる田園風景。街外れで舗装されていない道を、ガタガタと走るたび、崇剛のシャツの中に隠されている、ロザリオが左右に揺れるを繰り返した。
殺風景だった車窓の外は、少しずつ建物が増えて、次第に人がちらほら歩いているのが見受けられるようになった。
ガス灯の細長い柱が、道路の両脇に迫ってきては過ぎてゆくを繰り返すし始めた。リムジンは庭崎市の中心街へとうとう入った。
道路は当然混んでおり、さっきまでとは違ってスムーズに走れず、馬車などに合わせて、スピードはいくぶん鈍った。
崇剛は神経質な顔を車窓へ向け、冷静な水色の瞳に映った、流れ過ぎてゆく光景を記録し始めた。
富裕層しか所有していない自動車。街を歩く人たちは物珍しそうに魅入り、子供などはあとからはしゃいでついてくる。
しかも、崇剛が所有しているのはリムジン。よほどの大富豪でないと乗れない代物だ。一生に一度見ればいいほどの貴重なもの。
故ラハイアット夫妻は晩年病気がちで、その治療のために病院へ行く際に使用していたため、乗り込みやすいリムジンを購入した。それを、崇剛が相続したのだ。
しばらく、ゆっくりながらも景色は前から後ろへと、正常に流れていた。だがしかし、ある場所でまったく動かなくなってしまった。交差点と交差点の間で、迂回の効かない道。
右ポケットに入ったままの懐中時計に、神経質な手を軽く当てる。
十二時十七分十八秒――。
私の導き出した可能性はあっていたのかもしれませんね。
幽霊との数々の戦闘をともに歩んできた、崇剛の足元を守る靴。代えはいくつもあるが、どれも勝利という勲章の傷を刻んでいた。
初夏を思わせるような風で揺らされた葉桜。隙間からキラキラと降り注ぐ太陽の光が、地面に明暗を作り出す。
その上を崇剛が進む度、ドアに四角く施された金色の装飾が小さくなる。主人のイメージカラーと言ってもいい瑠璃色の上着は左腕にかけられ、まるで余暇を楽しむ王子のようだった。
貴族的な真っ白な上下の服。袖口のロイヤルブルーサファイアのカフスボタンが、優美にアクセントとなっていた。
紺の長い髪を揺らしながら、冷静な水色の瞳に映り込む景色を眺める。歩みが進むほど眼下に現れるミニチュアみたいな街並み。
頭上には薄雲が絶妙なバランスで神が描いた鮮やかな青空。視界をさえぎるものは何もなく、霞みがかった遠くの山肌。
「――崇剛様、どうぞ」
黒いタキシードを着た初老の男が、黒塗りのリムジンのドアを開け、丁寧に頭を下げていた。
屋敷を取り囲むように植えられた樫の木が作り出した日陰の中で、主人は優雅に微笑む。
「ありがとうございます」
車へ乗り込もうと視線を落とすと、石畳に沿うように植えられていた可愛らしいスミレの花と、ピンクの金平糖のような蕾をつけているカルミアの間で、白い小さな破片を見つけた。
(おや? 何でしょう?)
主人はリムジンへ乗り込むのを止め、血でにじむ包帯で巻いた手で、ここにあるには不自然すぎるものを拾い上げた。冷静な水色の瞳に映す。
(紙……みたいです。こちらにもあります)
もうひとつは、今度は利き手ではない左手で拾う。それは書き間違いをして、捨てるために、ビリビリに破いたようなものだった。
(……ちぎれているみたいです)
見送りの使用人と召使が両脇に控えている間で、主人はしゃがみ込んだり、手のひらを見つめていた。
「――何かございましたか?」
運転手からの問いかけで、誰にも見えない位置で、水色の瞳はついっと細められた。
(私にしか見えていないみたいです)
崇剛は顔を上げて、何気ない振りで首を横へ振った。
「いいえ、何でもありませんよ」
腰元で鞘から顔を出している、聖なるダガーの柄が鋭いシルバー色をあたりへ漂わせる。
主人にしか見えない、落ちている紙――七切れ全てをズボンのポケットへそっと忍ばせた。崇剛が乗り込むと、リムジンは門へ向かってゆっくり走り出した。
崇剛はリアガラスへと振り返り、少し青緑がかった自室の窓を見上げる。簡単に引き出せる膨大なデータの中から必要なものを取り出した。
自室の本棚。
上から三段目の左から七番目の本。
百八十七ページに記載されている術式――
崇剛は神経質な手でポケットから、さっきの紙切れを一枚つまみ出した。
そちらであるという可能性が23.78%――
新たな事実が自宅の庭に落ちていた。策略家は細い足を優雅に組んで、車窓にもたれ流れてゆく景色を目で追う。
リムジンは丘を滑り降りるように、舗装された道を走ってゆく。手入れが行き届いていないうっそうとした林から、時折咲き乱れる陽だまりが、崇剛の神経質な頬に降り注いでいた。
暗闇の迷路をランタンを手にして歩いているようで、他の情報という通路がいくつも伸びていて、どれが行き止まりで、どれが他とつながっているのか、知るために右に左に進んでは戻りを繰り返すが、照らし出せない通路があり、ゴールにたどり着くことはできなかった。
やがて、車は平地へと出た。新緑の絨毯が広がる田園風景。街外れで舗装されていない道を、ガタガタと走るたび、崇剛のシャツの中に隠されている、ロザリオが左右に揺れるを繰り返した。
殺風景だった車窓の外は、少しずつ建物が増えて、次第に人がちらほら歩いているのが見受けられるようになった。
ガス灯の細長い柱が、道路の両脇に迫ってきては過ぎてゆくを繰り返すし始めた。リムジンは庭崎市の中心街へとうとう入った。
道路は当然混んでおり、さっきまでとは違ってスムーズに走れず、馬車などに合わせて、スピードはいくぶん鈍った。
崇剛は神経質な顔を車窓へ向け、冷静な水色の瞳に映った、流れ過ぎてゆく光景を記録し始めた。
富裕層しか所有していない自動車。街を歩く人たちは物珍しそうに魅入り、子供などはあとからはしゃいでついてくる。
しかも、崇剛が所有しているのはリムジン。よほどの大富豪でないと乗れない代物だ。一生に一度見ればいいほどの貴重なもの。
故ラハイアット夫妻は晩年病気がちで、その治療のために病院へ行く際に使用していたため、乗り込みやすいリムジンを購入した。それを、崇剛が相続したのだ。
しばらく、ゆっくりながらも景色は前から後ろへと、正常に流れていた。だがしかし、ある場所でまったく動かなくなってしまった。交差点と交差点の間で、迂回の効かない道。
右ポケットに入ったままの懐中時計に、神経質な手を軽く当てる。
十二時十七分十八秒――。
私の導き出した可能性はあっていたのかもしれませんね。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる