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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

Sacred Dagger/2

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 参列席からスマートに立ち上がり、茶色いロングブーツのかかとをカツカツと鳴らしながら身廊へ出た。

 左右の足を前後にずらし、クロスさせる寸前の細身をさらに強調するようなポーズを取る。

 ダガーを挟む指先の力を慣れた感じで一旦抜き、重力に逆えず下に落ちてゆく柄を、逆手持ちにして身構えた。

 そうして、優雅な聖霊師の中で奏でられる。

 バッハ ミサ曲 ロ短調――
 ――Kyrie eleison/しゅよ、あわれみたまえ。

 いきなりのフォルティッシモで体中に響き渡る、幾重もの聖なる声は、低く暗い故意の不協和音。神聖と荘厳を創造し、悪との戦いを前にして、身を清めるような調べ。

 神が選びし者に与えという特殊能力メシア。そのうちの千里眼を保有する崇剛。そので恐れずに見つめる。現世の自分とは違う法則で、浮遊する幽霊たちを。

 ジリジリと詰め寄られる間合い。

 神父の中に流れ続けるミサ曲は、この祈りを捧げる。

 ――Qui tollis peccata mundi/世の罪を除きたもう。

 畏れと全身を貫くような神聖なるものに身を任せ、安寧という名の闇へ、まるで青い海が広がる断崖絶壁に立ち、両腕を水平に広げ、空を真正面から見つめる形で、背中からダイブするような感覚――神がかりなエクスタシー。

 生と死の狭間に絶妙なバランスで立たされ、悪霊と一人対峙する聖霊師。水色の瞳はついっと細められた。

「神の元へ帰らず、地上へと少しでもとどまった者は地獄行きです。それでは、行っていただきましょうか?」

 優雅な声が不浄な空気に舞うと、それが合図というように、悪霊との間に張り詰めていた空気が一気に崩れた。

「それがほしい……」

 霊力は地位や名誉と同じであるばかりか、自身のエネルギーにもなる価値あるもの――メシアの千里眼。我先に手に入れようと、浮遊霊が白く透き通った手を一斉に伸ばしてきた。

「昼間ですから瑠璃さんはいませんので、お願いします」

 魂を成仏させるためには、崇剛はいつも二人三脚。いや三人四脚なのだが、誰かが出てこないまま戦況は動き出してしまった。

 白い手のひとつが崇剛の右腕に伸びそうになった。ダガーで銀色の一直線を描き、鮮やかに斬り裂く。

「ウギャ~ッ!!」

 叫び声が体の内側――脳の奥にこびりつく。気を狂わせるような悲鳴だが、悪霊との戦闘など日常茶飯事の崇剛は強い精神で跳ね飛ばす。

 冷静な水色の瞳は微動だにせず、悪霊を数センチの距離で見ても恐れやしない。

 しかし、青白い幽霊の手は煙のようにゆらゆらと揺れ、あっという間に原型へと戻った。

「あなたは正神界なのですね。ですから、こちらが効かないのですね。あなたの動きを封じることは、私にはできません」

 邪神界と戦うために、神から与えられた力。味方である正神界には効かない。

「っ!」

 次に襲いかかってきた手には、聖なるダガーはしっかりと刺さった。

「グオーッッ!!」
「邪神界のまま転生したということですね。すなわち、悪に魂を売りさばき、罪を償わずに生まれ変わった」

 正神界が闇へ葬り去られそうなご時世では、人殺しをしようと何だろうと、罪は問われることなく、平然と人生を歩めてしまう。

 崇剛は持ち手を変えず、左手でダガーの柄を取る仕草をする。するとそれは、ふたつに分身し、左手には何も刺さっていない刃物が現れた。

 悪霊を刺した右手はそのままに、壁を手の横で叩く要領でダガーごとはずし、燭台の下にある木片へ向かって突き放した。

 聖霊師の紺の長い髪が、振動で艶やかに揺れ動く。線の細い瑠璃色の貴族服から、悪霊が空中を猛スピードで横滑りしながら離れていき、

 ズバンッ!

 壁にはりつけにされ、宙づりになった。邪神界のあかしである黒い影が魂から抜け出し、風船のように浮き上がった。

 悪霊に囲まれた神父は、ロングブーツのかかとを濁っている大理石の上で、砂埃のズズッという雑音をともなって反転させる。

 上着に忍ばせている魔除のローズマリーの香りがほのかに立ち上る。今度は祭壇を正面にして立ち、聖霊師は幽霊に優雅に微笑んで見せた。

「あなたはこちらがお望みですよね?」
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