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心霊探偵はエレガントに〜karma〜

Beginning time/6

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 霊感をまたっく持っていなかった国立。それなのに、感じ取ることができるようになってしまった。

 しかし、感じるだけでは何の対処もできない。リングに上がれないまま、無防備にパンチやキックを一方的に連打されるようなものだ。

 国立のウェスタンブーツはくるっと、聖霊寮の部屋があるほうへと向き直り、霊界という死の扉を背にして歩き出した。

「戻るか……」

 スパーの、カチャカチャという音が水の中にいるようにくぐもって、ゴニャゴニャとまとわりつくように聞こえてくる。

 水が耳の中に入ってきたような不快感から、自身を解放しようとしても、物理的な問題ではなく、なす術がない。

 休憩室から国立の大きい背中が離れてゆくと、

 自分についてくる気配。

 と、

 立ち止まっている気配。

 そのふたつに分かれたが、違いがなぜなのかさえもわからない。それでも、兄貴は別に臆することなく歩いてゆく。

 足取りが異様に重い。自分のまわりだけがやけに薄暗い。今にも自身を押し潰してしまいそうな圧迫感に息苦しさ。

「疲れるって言葉、案外、かれるからきてんのかもな。お化けさんに、ナイストゥミーチューって……か」

 多数の見えない気配とともに、誰にも出会わない廊下を、ポケットに手を突っ込んだまま、国立のウェスタンブーツはスパーをカチャカチャ鳴らしながら進んでゆく。

「崇剛 ラハイアット……。千里眼のメシア。ロマンチストの伝説じゃねぇのか、れって」

 千里眼――。
 それは、遠いところの出来事や人の心などを、直覚的に感知する能力。

 メシア――。
 それは、神が選びし者に与えた特殊能力。

 信じていない人が多い世の中。持っている人には、一生に一度出会えるかどうかの希少なもの。

 国立はそんな噂話を聞いても信じてこなかった。しかし、今の自分の感覚は事実で現実だ。受け入れる他なかった。

「人の能力引き出すほど、強力ってか。そそられんな、やっこさんにはよ」

 何気なく取り上げた一枚の写真。偶然のはずだった。それなのに、必然という異名いみょうが隠されていた。

 国立は運命を強く感じた。ふたつのペンダントヘッドをぶつかり合わせながら、自分を吸い込みそうな、トンネルのような薄暗い廊下を進んでいった――

    *

 不浄で黄ばみだらけの聖霊寮に戻り、自分の席につこうとした国立は、机の上にぶちまけられた事件現場に出くわし、鼻でふっと笑った。

「これは、呪縛だな……」

 うず高く積み上げてあった資料の途中から、さっき一枚紙を抜き出した。バランスを崩していた紙の山が収集がつかないほど、雪崩なだれをあちこちで起こしていた。

 ひとつ倒れたら次、次……。成功したドミノのように見事に総倒れだった。

 放置されている案件あまりに多すぎる。手つかずでどんどん上へ上へ乗せられてゆく。もうこれ以上は乗らないと、紙の山が訴えかけているのに。

 それが聞こえたとしても、国立にはどうすることもできない。そうして、日に一度は雪崩タイムが発生。これを呪縛と言わずして何と言うのか。

 帽子のツバを少し引っ張って、かがもうとした時、崇剛の写真とさっきの多額の保険金についての案件が一番上に乗っていた。

「神様のお導きってやつか? 人生何があんのかわからねえな、まったく。だから、生きてんのは面白インタレスティングなんだよ」

 回転椅子にどさっと腰掛けて、床までこぼれ落ちて散らばった資料の上に、平然と足を乗せた。

 左右に大きく股を開いて、さっきタダで受け取った缶ジュースを一口飲む。しかし、今度は甘々の柑橘系が、兄貴の味覚に襲いかかった。

「オレはガキか……。果汁三十パーのオレンジジュースって……。葉っぱとシンクロ率低すぎだろ」

 手に入れたばかりの霊感を使って持っていた案件を、ブルーグレーの鋭い眼光で射殺す。すると、さっきとは違う見解が生まれた。

「ストレンジなフィーリングすんな、これ……。ただの保険金目当てじゃねぇ……な」

 死んだような目をして、椅子にただ座っている同僚を見渡し、黄ばみばかりが目立つ壁やファイルなどを瞳に映した。

「ここは墓場っつうことで、オレは墓守はかもり。らよ、それらしく仕事してやるぜ」

 幽霊の事件。未踏みとうの世界――

「どうやったら、これ立件できんだ?」

 こうして、霊能力初心者の国立は、聖霊師と深く関わる事件へと、聖霊寮の他の職員とは違って、やる気を持って挑み始めた。

 国立――心霊刑事は持ち前の勘の良さで、事件をどんどん明るみへと引っ張り出していった。

 この世では敏腕刑事でも、あの世では新米。解決できな事件は多々あった。その度に各地にいる聖霊師の助けを借りて、仕事をこなしてゆく日々。

 霊感を磨くということがあるとは知らず、感じる程度で見ることも話すこともできないまま、一年の歳月が流れていった。

 そんな過程で、メシア保有者の崇剛がどれほど優れているか、嫌でも気づかされた。

 そうして、自身で予想した通り、国立 彰彦にとって、崇剛 ラハイアットは一目いちもく置く人物となったのである――。
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