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最後の恋は神さまとでした
父上の優しさと厳しさ/3
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せっかく書いた線を、罪の意識を浄化するように、消しゴムで消してゆく。
「几帳面すぎるくらい、守るべきことは守ってきたよね? 自分って。力入ってるなあ~って時々自分でも気づくし、真面目すぎだってよく人から言われる。それとも、どこかで性格が変っちゃったのかな?」
彼女は懸命に考える、どのタイミングかを。しかしそれは見つからなかった。
頬杖をつく手を交代して、台所へと続く扉を見つめる。それでは、どうやってその行動を思いつくのかと考えると、テレビや映画で見たものを模写したという答えにたどり着いた。
しかしやはり……、足を組んで、ミネラルウォーターをぐびっと豪快に飲む。
「でもそんなことってある? ってなると、自分の人間ができてないになるよね? 本を買って勉強もしたんだよなあ~。怒りを抑える方法」
努力をしない人は世の中にはいないもので、彼女も彼女なりにあれこれ試してはいるのだ。しかも、彼女の方法は人と少し違っていた。
「それにさ、感情っていうのは胸にある熱い丹田が影響してる。この気の流れが頭に上がると、頭にくるになるわけ。いわゆる、感情的に怒ってる。それを抑えるためには、頭から顔に冷たい雨が降ってるか、氷がまわりにあるというイメージで、冷たい丹田で胸の炎を消す。頭を冷やせはこれからきてるんだよね」
そこに誰かがいると仮定して、彼女の熱弁はまだまだ続く。
「普段の対処方法は足を閉じて、お腹――いや腰の後ろに、地面の奥深くから重たい気の流れが入ってくるイメージで息を吸う。これが腹で考える。肝が座ってるって状態にする方法だね」
まさかこれが、のちにとても重要な内容になるとは、倫礼はまだ気づく由もなかった。
そして、霊感という見えないものを見ている彼女はこの結論にたどり着く。
「占い師が自分を占えないってよく言うじゃない? あれと同じで、自分の気の流れは自分で見れないんだよね。客観的になれないのかもしれない。怒ってる時とか鬱の時とか見れれば、対処の仕方もあるんだけどなあ~」
ぐるぐると同じところをめぐって、娘はいつも同じ行き止まりにたどり着いてしまう。神は人間には聞こえないようにフィルターをかけてつぶやいた。
「自身で気づかなければ学びにはならぬ」
優しく厳しい父の愛の前で、娘は右に左に首を傾げる。そこに答えがないのに、他を探そうとしない集中――いや執着心に似たものに、倫礼は心を奪われていたのだった。その時だった。
「――よう! 姉ちゃん!」
少し枯れ気味な、幼い声が突然聞こえてきた。倫礼は考えるのも忘れて、ひとりきりのアパートで霊感の視覚でキョロキョロする。
「え……? そんな呼ばれ方をされる覚えは――」
「世の中、時間はどんどん過ぎてんだよ」
かなり下のほうから的確なツッコミがやってきた。
「誰?」
足元を見ると、トゲトゲの黒髪を持ち、イケイケな瞳をした男の子がひとり立っていた。
「帝河っつうんだ」
倫礼の膝までの背丈もなかった。彼女が今まで話してきた子供は三歳から十二歳まで様々。それぞれの平均身長は心得ている。
「五十センチないから五歳じゃないよね? その大きさは違う。いくつ?」
「三つだ!」
今ここで、三歳の男の子が、自分と姉と呼ぶ。普通に考えて、倫礼は今はどこにいるのかわからない、両親を思い浮かべた。
「ん? 父上と母上に新しく子供が生まれた?」
ちょうどそばへ姿を現した両親は微笑ましげだった。三歳の割には漢字は使うわ、話す言葉は流暢だわ、頼もし存在だった。
「生まれたんじゃなくて、生まれる前に死んだんだよな。だから、正確に答えんのは難しいぞ」
倫礼は合点がいった。胎児のまま返ってしまった魂が神さまの子供になったのだと。
「あぁ、あぁ、あぁ! そういうことか。地球で弟になるはずだったってことだね?」
「おう? 物わかりいいな」
帝河はニヤリとした。倫礼は呑気に何度も何度もうなずく。
「嬉しい再会だね~。こんなところで会えるなんてさ。それにしてもしっかり話すね?」
計算がまったくできていない姉に、背中から押し蹴りするようなツッコミが弟からやってきた。
「当たり前だろ? さっきも言ったじゃねぇか、時間はどんどん過ぎてるって。見た目は三歳でも、四百年は軽く生きてんぞ」
「几帳面すぎるくらい、守るべきことは守ってきたよね? 自分って。力入ってるなあ~って時々自分でも気づくし、真面目すぎだってよく人から言われる。それとも、どこかで性格が変っちゃったのかな?」
彼女は懸命に考える、どのタイミングかを。しかしそれは見つからなかった。
頬杖をつく手を交代して、台所へと続く扉を見つめる。それでは、どうやってその行動を思いつくのかと考えると、テレビや映画で見たものを模写したという答えにたどり着いた。
しかしやはり……、足を組んで、ミネラルウォーターをぐびっと豪快に飲む。
「でもそんなことってある? ってなると、自分の人間ができてないになるよね? 本を買って勉強もしたんだよなあ~。怒りを抑える方法」
努力をしない人は世の中にはいないもので、彼女も彼女なりにあれこれ試してはいるのだ。しかも、彼女の方法は人と少し違っていた。
「それにさ、感情っていうのは胸にある熱い丹田が影響してる。この気の流れが頭に上がると、頭にくるになるわけ。いわゆる、感情的に怒ってる。それを抑えるためには、頭から顔に冷たい雨が降ってるか、氷がまわりにあるというイメージで、冷たい丹田で胸の炎を消す。頭を冷やせはこれからきてるんだよね」
そこに誰かがいると仮定して、彼女の熱弁はまだまだ続く。
「普段の対処方法は足を閉じて、お腹――いや腰の後ろに、地面の奥深くから重たい気の流れが入ってくるイメージで息を吸う。これが腹で考える。肝が座ってるって状態にする方法だね」
まさかこれが、のちにとても重要な内容になるとは、倫礼はまだ気づく由もなかった。
そして、霊感という見えないものを見ている彼女はこの結論にたどり着く。
「占い師が自分を占えないってよく言うじゃない? あれと同じで、自分の気の流れは自分で見れないんだよね。客観的になれないのかもしれない。怒ってる時とか鬱の時とか見れれば、対処の仕方もあるんだけどなあ~」
ぐるぐると同じところをめぐって、娘はいつも同じ行き止まりにたどり着いてしまう。神は人間には聞こえないようにフィルターをかけてつぶやいた。
「自身で気づかなければ学びにはならぬ」
優しく厳しい父の愛の前で、娘は右に左に首を傾げる。そこに答えがないのに、他を探そうとしない集中――いや執着心に似たものに、倫礼は心を奪われていたのだった。その時だった。
「――よう! 姉ちゃん!」
少し枯れ気味な、幼い声が突然聞こえてきた。倫礼は考えるのも忘れて、ひとりきりのアパートで霊感の視覚でキョロキョロする。
「え……? そんな呼ばれ方をされる覚えは――」
「世の中、時間はどんどん過ぎてんだよ」
かなり下のほうから的確なツッコミがやってきた。
「誰?」
足元を見ると、トゲトゲの黒髪を持ち、イケイケな瞳をした男の子がひとり立っていた。
「帝河っつうんだ」
倫礼の膝までの背丈もなかった。彼女が今まで話してきた子供は三歳から十二歳まで様々。それぞれの平均身長は心得ている。
「五十センチないから五歳じゃないよね? その大きさは違う。いくつ?」
「三つだ!」
今ここで、三歳の男の子が、自分と姉と呼ぶ。普通に考えて、倫礼は今はどこにいるのかわからない、両親を思い浮かべた。
「ん? 父上と母上に新しく子供が生まれた?」
ちょうどそばへ姿を現した両親は微笑ましげだった。三歳の割には漢字は使うわ、話す言葉は流暢だわ、頼もし存在だった。
「生まれたんじゃなくて、生まれる前に死んだんだよな。だから、正確に答えんのは難しいぞ」
倫礼は合点がいった。胎児のまま返ってしまった魂が神さまの子供になったのだと。
「あぁ、あぁ、あぁ! そういうことか。地球で弟になるはずだったってことだね?」
「おう? 物わかりいいな」
帝河はニヤリとした。倫礼は呑気に何度も何度もうなずく。
「嬉しい再会だね~。こんなところで会えるなんてさ。それにしてもしっかり話すね?」
計算がまったくできていない姉に、背中から押し蹴りするようなツッコミが弟からやってきた。
「当たり前だろ? さっきも言ったじゃねぇか、時間はどんどん過ぎてるって。見た目は三歳でも、四百年は軽く生きてんぞ」
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