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最後の恋は神さまとでした
名を呼ぶことを許してやる/3
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イライラ感がつまった、テンポの速い三拍子の曲で、高音へと上りつめてゆく印象的なフレーズ。倫礼はチーズをかじろうとしたが、慌てて手を止めた。
「え? ちょっと待って……」
椅子から立ち上がって、まだ開けていない段ボール箱から、ゲームソフトを取り出した。水色のさらさらとした髪で、無愛想な表情で、若草色の瞳はどこか鋭利。
「このキャラクター、ヴァイオリンが好きだったよね。でも、これって陛下がモデルだったよ……偶然?」
霊感を研ぎ澄ます。この世界を統治する神の一人を追いかけてゆくが、
「いや、霊感のパズルがきちんとはまらない。そうすると、必然。でも、どういうこと?」
倫礼は知らないのだ。蓮が説明をしないから、陛下の一部分だけを分身した存在だと。
それなのに、彼女はピタリと当ててゆく。
今も聞こえてくるヴァイオリンの音と、のぞくことはできないが銀の長い前髪を揺らし、楽器を弾く神に霊視の照準を合わせ、ゲームパッケージのイラストと見比べる。
「落ち着きがあって、言葉数が少ない。思慮深くて。もしかして、魚料理が好きで野菜が好き? この気の流れって、そういう特徴だよね。陛下とは違うタイプで珍しいって思ってたけど……」
新しい世界を統治し続けるほど、情熱があり躍動的。それが陛下の大まかな性格だ。
何年も前に発売されたゲームソフト。かぶっていた埃を指先で拭う。
「ここにつながってたのかな? 蓮が生まれることは、ずっと前から決まってた……。たぶんそうだ。やっぱり神さまってすごいね。未来を予知してるんだから」
神さえも見れない、神の上にいる神が起こした奇跡に出会い、倫礼はヴァイオリンが奏でる曲に合わせて、右に左に揺れて踊り出した。
自分とも違う。青の王子とも違う。不機嫌王子がやってきて、魔法の呪文を唱えるように、倫礼は人差し指を突き立てた。
「そうだ! 蓮を知るために、このゲームもう一度プレイしてみよう。そうしたら、もっとわかるようになるかも!」
なぜか知らぬ間に、蓮だけは呼び捨てになっていた。いや、神と人間という、境界線をすでに乗り越えていたのだった。
*
神が起こした奇跡はまだまだ倫礼のもとに続いていた。ゲームの中のキャラクターが出てきたような、恋人と内緒で過ごすオフィスラブを満喫中だった。
(本当に恋をすると、こんなにふわふわしてドキドキして、クラクラするんだ)
このまま椅子から立ち上がって、蓮が弾いていたヴァイオリンの曲に合わせ、ミュージカル映画みたいに踊ってしまい気分。
(もう三十代後半なのに、女子高校生みたいだ)
世界のすべてが輝いていて、恋というファンタジーランドで一人でにやける。
(幸せだな、私は)
ほとんど人と話をしない彼女だったが、人が変わったのかと思うくらい、饒舌に話し、ワンフロアのオフィスに笑い声が隅々まで届くほどだった。
倫礼はどこかでおかしいような気がしていたが、初恋はこんなものではないのかと思い、簡単に片付けてしまった。
順調な付き合いが続いていた、一ヶ月後のこと。
グループリーダーに会議室へとひとりずつ、アルバイトの人間が呼ばれるということが起きた。
「この度、地震の影響を受けまして、うちのグループの予算が大幅に削られることになりました」
「はい」
あれだけの大きな地震だ。当然のことだと、倫礼は思った。
「どなたが対象になるとは今のところ言えませんが、退職していただくことになるかもしれませんので、先に伝えておきます」
「はい……」
倫礼は一気に暗い気持ちになり、不安に駆られた。セキュリティーカードでドアを開けて、フロアへ戻る階段を上がる。
(たぶん、私だ……)
足取りがやけに重い。
(イライラしたり、急に泣き出したりして、人としておかしいところがあるし、仕事もよくできないし……)
悲観的になっていると言うよりは、第三者的に自身を解析していた。
(楽しくて仕方がなくて、仕事中でも大声で話してる自分がいる。どうして自分はこんなに子供なんだろうって思う)
何の分別も知らない子供が道路に飛び出すような、はしゃぎ方をするのだ。三十代後半になっても。
(直そうとしても、やめられない。晴れ渡る青空の下で、お花畑をスキップしてる気分になって、何もかも幸せで、中毒みたいに何度も繰り返す)
人として未熟だからなのではと、彼女は自分を責めてばかりで、退職をまぬがれる方法を見出そうとはしなかった。
「え? ちょっと待って……」
椅子から立ち上がって、まだ開けていない段ボール箱から、ゲームソフトを取り出した。水色のさらさらとした髪で、無愛想な表情で、若草色の瞳はどこか鋭利。
「このキャラクター、ヴァイオリンが好きだったよね。でも、これって陛下がモデルだったよ……偶然?」
霊感を研ぎ澄ます。この世界を統治する神の一人を追いかけてゆくが、
「いや、霊感のパズルがきちんとはまらない。そうすると、必然。でも、どういうこと?」
倫礼は知らないのだ。蓮が説明をしないから、陛下の一部分だけを分身した存在だと。
それなのに、彼女はピタリと当ててゆく。
今も聞こえてくるヴァイオリンの音と、のぞくことはできないが銀の長い前髪を揺らし、楽器を弾く神に霊視の照準を合わせ、ゲームパッケージのイラストと見比べる。
「落ち着きがあって、言葉数が少ない。思慮深くて。もしかして、魚料理が好きで野菜が好き? この気の流れって、そういう特徴だよね。陛下とは違うタイプで珍しいって思ってたけど……」
新しい世界を統治し続けるほど、情熱があり躍動的。それが陛下の大まかな性格だ。
何年も前に発売されたゲームソフト。かぶっていた埃を指先で拭う。
「ここにつながってたのかな? 蓮が生まれることは、ずっと前から決まってた……。たぶんそうだ。やっぱり神さまってすごいね。未来を予知してるんだから」
神さえも見れない、神の上にいる神が起こした奇跡に出会い、倫礼はヴァイオリンが奏でる曲に合わせて、右に左に揺れて踊り出した。
自分とも違う。青の王子とも違う。不機嫌王子がやってきて、魔法の呪文を唱えるように、倫礼は人差し指を突き立てた。
「そうだ! 蓮を知るために、このゲームもう一度プレイしてみよう。そうしたら、もっとわかるようになるかも!」
なぜか知らぬ間に、蓮だけは呼び捨てになっていた。いや、神と人間という、境界線をすでに乗り越えていたのだった。
*
神が起こした奇跡はまだまだ倫礼のもとに続いていた。ゲームの中のキャラクターが出てきたような、恋人と内緒で過ごすオフィスラブを満喫中だった。
(本当に恋をすると、こんなにふわふわしてドキドキして、クラクラするんだ)
このまま椅子から立ち上がって、蓮が弾いていたヴァイオリンの曲に合わせ、ミュージカル映画みたいに踊ってしまい気分。
(もう三十代後半なのに、女子高校生みたいだ)
世界のすべてが輝いていて、恋というファンタジーランドで一人でにやける。
(幸せだな、私は)
ほとんど人と話をしない彼女だったが、人が変わったのかと思うくらい、饒舌に話し、ワンフロアのオフィスに笑い声が隅々まで届くほどだった。
倫礼はどこかでおかしいような気がしていたが、初恋はこんなものではないのかと思い、簡単に片付けてしまった。
順調な付き合いが続いていた、一ヶ月後のこと。
グループリーダーに会議室へとひとりずつ、アルバイトの人間が呼ばれるということが起きた。
「この度、地震の影響を受けまして、うちのグループの予算が大幅に削られることになりました」
「はい」
あれだけの大きな地震だ。当然のことだと、倫礼は思った。
「どなたが対象になるとは今のところ言えませんが、退職していただくことになるかもしれませんので、先に伝えておきます」
「はい……」
倫礼は一気に暗い気持ちになり、不安に駆られた。セキュリティーカードでドアを開けて、フロアへ戻る階段を上がる。
(たぶん、私だ……)
足取りがやけに重い。
(イライラしたり、急に泣き出したりして、人としておかしいところがあるし、仕事もよくできないし……)
悲観的になっていると言うよりは、第三者的に自身を解析していた。
(楽しくて仕方がなくて、仕事中でも大声で話してる自分がいる。どうして自分はこんなに子供なんだろうって思う)
何の分別も知らない子供が道路に飛び出すような、はしゃぎ方をするのだ。三十代後半になっても。
(直そうとしても、やめられない。晴れ渡る青空の下で、お花畑をスキップしてる気分になって、何もかも幸せで、中毒みたいに何度も繰り返す)
人として未熟だからなのではと、彼女は自分を責めてばかりで、退職をまぬがれる方法を見出そうとはしなかった。
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