317 / 967
最後の恋は神さまとでした
彗星の如く現れて/4
しおりを挟む
粉雪でも舞うように桜の花びらが、星空の下でゆらゆらと落ちてゆく日本庭園。獅子落としがカコーンと気を引き締めるように遠くから聞こえてくる。
紫の綺麗な顔を見せる月は、南の高い位置に座して、首都の中心街の明かりにほのかに色を添える様が風流で、縁側に座って見上げている女は感動のため息をもらした。
「はぁ~、静かな夜」
首都の喧騒ははるか遠く。段々畑のようになっている住宅街の一角。まだ発展途上で、お隣さんがいなくて、家々も少ない場所。
コの字を描く縁側に並ぶ障子戸は乱れがなくきちんと閉められている。部屋はたくさんあるが、人の気配がしない家。
「今日も縁側から中庭を一人で眺めて、一日の大半は終わっちゃったわね」
少し前が懐かしい。池の鯉を眺めたり、夕涼みをしたり、庭の草木をめでたり、家族で過ごすことが多かった。
「霊界から上がってきて、他の兄弟はあっという間に結婚して、この家に残ったのは私だけ」
永遠の世界で真実の愛に出会い、独立した兄弟たち。一人残されたこの家の娘は足を組み替えて、胸に落ちてきてしまったブラウンの髪を後ろへ払う。
「家族が全員そろったのはよかったわね。死んでバラバラになってしまったから」
自害という死に方だったが、それを悔やんでいるわけでもなく、誰かを恨んでいるわけでもなかった。だからこそ、消滅をまぬがれるだけの霊層があり、全員神の領域へと無事に上がったのだ。
幸せだ。これ以上の幸せはない。それは神さまや家族のお陰だ。それでも、一人きりの縁側で女はため息をついた。
「でも、こんなこと言いたくないけど、寂しいわね。みんないないなんて」
足をきちんとそろえて、夢見る少女のように頬杖をつく。縁側へ上がるための大きな石の上で、かかとを軸にして爪先を上げて下ろすと、視界が縦にガクガクと激しく揺れた。
「私の運命の出会いはどこにあるのかしら?」
流れ星が横切り、思わず祈りそうになったが、四百年近くも生きている女ははたと気づいて、自分の幼さっぷりに恥ずかしくなった。
「いやね、私ったら暇なのかしら? 結婚しなくても生きていけるのよ、人生なんて」
女らしさはあるのだが、サバサバとした性格で、基本的に恋愛や結婚に興味がないのが彼女だった。
しかも、この世界へきたばかり。働かなくても生きていけるが、誰かのために何かをしたい人たちが暮らす神世。女は当面の心配を口にしようとしたが、途中で玄関のほうから男の声がした。
「それよりも仕事をどうするか考えな――」
「――戻った」
台所で夕食の支度をしていた母が、待っていたというように幸せそうに廊下を急ぎ足で進んでゆくのがわかった。
「は~い、お帰りなさい。あなた」
両親はいつも仲が良く、お互いを信頼しあっている。どんなことがあっても出迎えるのが母の信念でいつものことだった。
しっかりとしたクルミ色の瞳で、女は壁にかけてある時計を見上げて、
「父上、今日遅かったわね。何かあったのかしら?」
珍しいことが起きていた。父は非常に真面目な性格で、仕事で遅くなる時はきちんと家に連絡をしてくる。友人とどこかへ行くにもきちんと告げてゆく。何も言わずに遅くなるなど、初めてのことだった。
ブラウンの長い髪が肩からサラッと落ちると、玄関のほうで母の歓喜が上がった。
「あらまぁ~! さぁ、上がってください」
女は縁側から立ち上がって、障子戸に手をかけようとした。
「倫ちゃん、お客様よ!」
「は~い。今お茶用意します」
母からの呼びかけで、娘はいつも通り台所へ行って、おもてなしの準備をしようとしたが、父の落ち着き払った声が待ったをかけた。
「いやいい、お前は座敷にいなさい」
「はい、わかりました」
少し開けていた戸を閉めて、客間へと急いで縁側を歩いてゆく。障子に人影が二つ映り、
「どうぞ、そちらへお座りください」
「失礼いたします」
紫の綺麗な顔を見せる月は、南の高い位置に座して、首都の中心街の明かりにほのかに色を添える様が風流で、縁側に座って見上げている女は感動のため息をもらした。
「はぁ~、静かな夜」
首都の喧騒ははるか遠く。段々畑のようになっている住宅街の一角。まだ発展途上で、お隣さんがいなくて、家々も少ない場所。
コの字を描く縁側に並ぶ障子戸は乱れがなくきちんと閉められている。部屋はたくさんあるが、人の気配がしない家。
「今日も縁側から中庭を一人で眺めて、一日の大半は終わっちゃったわね」
少し前が懐かしい。池の鯉を眺めたり、夕涼みをしたり、庭の草木をめでたり、家族で過ごすことが多かった。
「霊界から上がってきて、他の兄弟はあっという間に結婚して、この家に残ったのは私だけ」
永遠の世界で真実の愛に出会い、独立した兄弟たち。一人残されたこの家の娘は足を組み替えて、胸に落ちてきてしまったブラウンの髪を後ろへ払う。
「家族が全員そろったのはよかったわね。死んでバラバラになってしまったから」
自害という死に方だったが、それを悔やんでいるわけでもなく、誰かを恨んでいるわけでもなかった。だからこそ、消滅をまぬがれるだけの霊層があり、全員神の領域へと無事に上がったのだ。
幸せだ。これ以上の幸せはない。それは神さまや家族のお陰だ。それでも、一人きりの縁側で女はため息をついた。
「でも、こんなこと言いたくないけど、寂しいわね。みんないないなんて」
足をきちんとそろえて、夢見る少女のように頬杖をつく。縁側へ上がるための大きな石の上で、かかとを軸にして爪先を上げて下ろすと、視界が縦にガクガクと激しく揺れた。
「私の運命の出会いはどこにあるのかしら?」
流れ星が横切り、思わず祈りそうになったが、四百年近くも生きている女ははたと気づいて、自分の幼さっぷりに恥ずかしくなった。
「いやね、私ったら暇なのかしら? 結婚しなくても生きていけるのよ、人生なんて」
女らしさはあるのだが、サバサバとした性格で、基本的に恋愛や結婚に興味がないのが彼女だった。
しかも、この世界へきたばかり。働かなくても生きていけるが、誰かのために何かをしたい人たちが暮らす神世。女は当面の心配を口にしようとしたが、途中で玄関のほうから男の声がした。
「それよりも仕事をどうするか考えな――」
「――戻った」
台所で夕食の支度をしていた母が、待っていたというように幸せそうに廊下を急ぎ足で進んでゆくのがわかった。
「は~い、お帰りなさい。あなた」
両親はいつも仲が良く、お互いを信頼しあっている。どんなことがあっても出迎えるのが母の信念でいつものことだった。
しっかりとしたクルミ色の瞳で、女は壁にかけてある時計を見上げて、
「父上、今日遅かったわね。何かあったのかしら?」
珍しいことが起きていた。父は非常に真面目な性格で、仕事で遅くなる時はきちんと家に連絡をしてくる。友人とどこかへ行くにもきちんと告げてゆく。何も言わずに遅くなるなど、初めてのことだった。
ブラウンの長い髪が肩からサラッと落ちると、玄関のほうで母の歓喜が上がった。
「あらまぁ~! さぁ、上がってください」
女は縁側から立ち上がって、障子戸に手をかけようとした。
「倫ちゃん、お客様よ!」
「は~い。今お茶用意します」
母からの呼びかけで、娘はいつも通り台所へ行って、おもてなしの準備をしようとしたが、父の落ち着き払った声が待ったをかけた。
「いやいい、お前は座敷にいなさい」
「はい、わかりました」
少し開けていた戸を閉めて、客間へと急いで縁側を歩いてゆく。障子に人影が二つ映り、
「どうぞ、そちらへお座りください」
「失礼いたします」
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?
さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。
私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。
見た目は、まあ正直、好みなんだけど……
「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」
そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。
「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」
はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。
こんなんじゃ絶対にフラれる!
仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの!
実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。
4人の王子に囲まれて
*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。
4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって……
4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー!
鈴木結衣(Yui Suzuki)
高1 156cm 39kg
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。
母の再婚によって4人の義兄ができる。
矢神 琉生(Ryusei yagami)
26歳 178cm
結衣の義兄の長男。
面倒見がよく優しい。
近くのクリニックの先生をしている。
矢神 秀(Shu yagami)
24歳 172cm
結衣の義兄の次男。
優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。
結衣と大雅が通うS高の数学教師。
矢神 瑛斗(Eito yagami)
22歳 177cm
結衣の義兄の三男。
優しいけどちょっぴりSな一面も!?
今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。
矢神 大雅(Taiga yagami)
高3 182cm
結衣の義兄の四男。
学校からも目をつけられているヤンキー。
結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。
*注 医療の知識等はございません。
ご了承くださいませ。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる