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最後の恋は神さまとでした
本気のサヨナラの向こうに/5
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コウは静かに床に降り立ち、小さな右手を差し出した。
「じゃあな。元気でやれよ」
「うん……ありがとう」
感触はないが、倫礼はその手を握って小さく縦に振る。そして、光が拡散するようにコウの姿は消え去っていった。
しばらく、倫礼は膝を抱えて、散らかった一人きりの部屋で泣いていた。少し落ちてついてきた彼女は神経を研ぎ澄まして、神界でのあたりを見渡すが、しーんとしていた。
「今までそばにきてた子たちはもうこないんだ」
お姉ちゃんやママと呼んで、笑顔で走り寄ってくる、あの澄んだ瞳と心を持った小さな人は自分に寄ってきていたのではなく、中に入っていた魂の神さまに用があったのだ。
空前絶後の虚無感が倫礼を襲う。
「いなかったことになるのなら、私は何のために生きてるんだろう……?」
自覚症状を出さないのは、この事実に耐えられない人が多く出るからなのだ。自分を第三者として霊視しても、やはり魂は入っておらず空っぽだった。
波動という薄い幕が張られているような存在。そんな倫礼に唯一残っていた個性は、他人優先、自分のこと後回し主義だった。
彼女は両膝を一人で抱きしめて、守護される側なのに、真逆のことをなぜか当たり前のようにつぶやいた。
「神さまを呼ぶ……。神さまにも生活がある。家族もいる。仕事もある。こんな人間一人のために呼ぶのは申し訳ない。だから、何があっても誰も呼ばない」
神さまを守るという前代未聞のことをしてしまった。コウが大きく羽ばたける方法をせっかく置いていったのに、彼女はそれをさけて、自力で歩むいばらの道を選んだ。
両手を胸の前で組んで、目を閉じる。
「それでも、神さま、どうかこの悲しみから抜け出せる術を教えてください。努力しますので、お願いします」
彼女のすぐ後ろに、長い黒髪をひとつに縛った男性神――交代したばかりの守護神がいることに気づくことはなく、大人の神でも声だけは聞き取れるようになっていた倫礼だったが、盲目的にいつまでも目を閉じたままで神経を研ぎ澄ましていた。
男性神の口元は動いているが、感情に流されている倫礼が聞き取れることはなく、存在する必要性もない自分は、見捨てられたのだという悲壮感を抱いた。
それは人のエゴであり、神が取り計らうべき事項ではない。それを諭そうと、男性神の口元が動いても、今の彼女に届かない。
可能性で言えば、生きている間に魂が宿る数値がどんどん下がっていってしまっていると、激情の渦に飲み込まれている彼女は気づけなかった。
光命のことが脳裏をふと過ぎる。
「自分はいないのと一緒。記憶だけが脳に残ってる……」
奇跡が起きたとしても、結ばれるはずの魂がもうないのだ。神である光命から見れば、そこに誰もいないのだ。
激情の獣を冷静な頭脳という盾で飼い慣らす、人を魅了しやすいギャップ。永遠の世界の住人のはずなのに、はかないガラス細工のような繊細さが生み出す絶美。
紺の長い髪を細いリボンで結び、中性的な雰囲気でエレガントに微笑み、丁寧な物腰と口調で、どこかの国の王子さまなみたいな、様々な青が似合う光命。
彼との時間は完全に過去のものとなり、凍えるように倫礼はまた泣き出した。
「もう結婚したよね。きっと幸せな毎日を送ってる。仕事も順調で、子供も生まれて、奥さんとも永遠に仲良くて……。私とは違う恵まれた生活を送ってる……」
あの美しい神世で生きている青の王子には、彼を好きでいることも知られたくない。こんな空っぽの自分も見られたくない。
倫礼は涙を拭って、きつく唇をかんだ。
「だから……光命さんは絶対に呼ばない……」
今後の人生で、光命が守護神として呼ばれることは一度もないほど、彼女は頑なに拒否してゆく――いや、ただの強情っぱりなのだった。
こうして、倫礼は一人の守護神に導かれ、泥舟に乗って、荒れ狂う嵐の海を進むこととなった。しかしそれさえも、陛下の計算通りだったのだ。
「じゃあな。元気でやれよ」
「うん……ありがとう」
感触はないが、倫礼はその手を握って小さく縦に振る。そして、光が拡散するようにコウの姿は消え去っていった。
しばらく、倫礼は膝を抱えて、散らかった一人きりの部屋で泣いていた。少し落ちてついてきた彼女は神経を研ぎ澄まして、神界でのあたりを見渡すが、しーんとしていた。
「今までそばにきてた子たちはもうこないんだ」
お姉ちゃんやママと呼んで、笑顔で走り寄ってくる、あの澄んだ瞳と心を持った小さな人は自分に寄ってきていたのではなく、中に入っていた魂の神さまに用があったのだ。
空前絶後の虚無感が倫礼を襲う。
「いなかったことになるのなら、私は何のために生きてるんだろう……?」
自覚症状を出さないのは、この事実に耐えられない人が多く出るからなのだ。自分を第三者として霊視しても、やはり魂は入っておらず空っぽだった。
波動という薄い幕が張られているような存在。そんな倫礼に唯一残っていた個性は、他人優先、自分のこと後回し主義だった。
彼女は両膝を一人で抱きしめて、守護される側なのに、真逆のことをなぜか当たり前のようにつぶやいた。
「神さまを呼ぶ……。神さまにも生活がある。家族もいる。仕事もある。こんな人間一人のために呼ぶのは申し訳ない。だから、何があっても誰も呼ばない」
神さまを守るという前代未聞のことをしてしまった。コウが大きく羽ばたける方法をせっかく置いていったのに、彼女はそれをさけて、自力で歩むいばらの道を選んだ。
両手を胸の前で組んで、目を閉じる。
「それでも、神さま、どうかこの悲しみから抜け出せる術を教えてください。努力しますので、お願いします」
彼女のすぐ後ろに、長い黒髪をひとつに縛った男性神――交代したばかりの守護神がいることに気づくことはなく、大人の神でも声だけは聞き取れるようになっていた倫礼だったが、盲目的にいつまでも目を閉じたままで神経を研ぎ澄ましていた。
男性神の口元は動いているが、感情に流されている倫礼が聞き取れることはなく、存在する必要性もない自分は、見捨てられたのだという悲壮感を抱いた。
それは人のエゴであり、神が取り計らうべき事項ではない。それを諭そうと、男性神の口元が動いても、今の彼女に届かない。
可能性で言えば、生きている間に魂が宿る数値がどんどん下がっていってしまっていると、激情の渦に飲み込まれている彼女は気づけなかった。
光命のことが脳裏をふと過ぎる。
「自分はいないのと一緒。記憶だけが脳に残ってる……」
奇跡が起きたとしても、結ばれるはずの魂がもうないのだ。神である光命から見れば、そこに誰もいないのだ。
激情の獣を冷静な頭脳という盾で飼い慣らす、人を魅了しやすいギャップ。永遠の世界の住人のはずなのに、はかないガラス細工のような繊細さが生み出す絶美。
紺の長い髪を細いリボンで結び、中性的な雰囲気でエレガントに微笑み、丁寧な物腰と口調で、どこかの国の王子さまなみたいな、様々な青が似合う光命。
彼との時間は完全に過去のものとなり、凍えるように倫礼はまた泣き出した。
「もう結婚したよね。きっと幸せな毎日を送ってる。仕事も順調で、子供も生まれて、奥さんとも永遠に仲良くて……。私とは違う恵まれた生活を送ってる……」
あの美しい神世で生きている青の王子には、彼を好きでいることも知られたくない。こんな空っぽの自分も見られたくない。
倫礼は涙を拭って、きつく唇をかんだ。
「だから……光命さんは絶対に呼ばない……」
今後の人生で、光命が守護神として呼ばれることは一度もないほど、彼女は頑なに拒否してゆく――いや、ただの強情っぱりなのだった。
こうして、倫礼は一人の守護神に導かれ、泥舟に乗って、荒れ狂う嵐の海を進むこととなった。しかしそれさえも、陛下の計算通りだったのだ。
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