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最後の恋は神さまとでした
敵の大将は結婚なり/2
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塾にくる生徒の大半が、諸葛孔明が過去に何をしてきたのか最初は知らない。ただ口コミや紹介で、ありがたいことに受講生が増えていっただけで、糸口までなくしては――
「やってみなきゃわからないっす!」
精密に積み上げてゆく孔明とは対照的に、張飛は自信満々で言いのけた。扇子をさっと折りたたんで、孔明は床板を強く叩く。
「気持ちだけじゃ、物事は進まないの!」
張飛の能天気な雰囲気は消え去って、どこまでも穏やかで優しい笑顔になった。
「彼女の実家がそこにあるっすよ。話合ったんす。だから、俺っちは行くっす」
本当にほしがっていた情報が今出てきた――
十日前に買い物に行ったデパートで、二百四十センチもある背丈の張飛を、二百三十センチの孔明は見かけた。偶然だと嬉しくなって、声をかけようとしたら、人混みの切れ目で、女が優しく微笑んで、張飛を見上げている姿があった。
上げようとしていた手を力なく落とし、一人取り残されたように、しばらく人混みの中に立ち尽くした。
孔明は顔色ひとつ変えずに、平然と嘘をつく。
「その話初めて聞いた。張飛、あんなに女っ気なかったのにね?」
「可愛い人がいたっすよ~。これこれ、写メっす」
張飛はポケットに無造作に入れていた携帯電話を取り出して、孔明の前に差し出した。
ふたりで寄り添って、笑顔で自撮りした写真――。
本当は少しだけ見かけた。それでも、孔明は初めて見たみたいに、驚いた振りをする。
「うわ~! 綺麗な人だね」
嘘でもなく、本当のことだ。張飛は照れたように頭をかく。
「俺っちのこと、何でもわかってくれるっすよ」
「でも、美女と野獣だね」
嘘でもなく、本当だった。毛むくじゃらの大男と華奢な女。張飛は孔明から携帯電話を取り上げて、ポケットにしまった。
「何を言われも、俺っちは気にしないっす。真実の愛があるっすから。名前がまた可愛いんっすよ」
一人で照れて、全身ピンク色に染まっているみたいな張飛を、冷静な孔明はじっと見つめた。
「何て言うの?」
「絆っていう、鈴の音みたいな名前で、出会ってすぐに恋に落ちたっすよ」
この大男が好きになるのは無理もない。しかし、女が張飛を好きと言う。やはりこの世界は、出会えば両想いになるという可能性の数値は、孔明の精巧な頭脳の中で確実に上がった。
不意に吹いてきた風で、草原がさわさわと揺れる。孔明は真正面を向いて、忘れることのない頭脳で、さっき見た写真を、シャボン玉でも触るようにそっとなぞる。
「綺麗な名前だね。そして、本当に幸せそう……」
胸の奥が切ない。
胸の奥が痛い。
センチメンタルになっている孔明の隣で、
「そうじゃなくて幸せなんす!」
張飛は大声で言って、親友の背中をバシンと叩いた。背中に痛みはほとんどないが、心が痛い。だから、孔明は、
「ふーん」
そう言うだけで精一杯だった。
「孔明は彼女はいないんすか?」
「いるよ」
平然と聞き返してくる男の前で、孔明はぽつりとつぶやいた。
経験したことの可能性を導き出すのは簡単だ。しかし、情報がどこにもないことに関しては、最初からうまくいくとは限らない。
隣に座っている大男は、自分とは違うのか――。孔明はそう思うと、さっきの両想いになる可能性の数値を下げざるを得なかった。
張飛はゴロンと寝転がり、孔明の凛々しい眉を見上げた。
「生きてた時の奥さんすか?」
「違うよ」
張飛の視界をふさぐように、孔明は漆黒の長い髪をすいてゆく。袖口が大きく開いたロングシャツは、男ふたりの間に幕でも引いたようにお互いを隠した。声だけが聞こえてくる
「俺っちも答えたんすから、孔明も情報を渡してくれっす」
「名前は紅朱凛、頭のいい人」
「孔明を理解するのは、頭のいい人じゃないと難しいすからね」
「そうかもね」
凍えてしまうほど冷たい雨が、孔明にだけ降っているように、彼の表情はどこまでも冷酷だった。
そして、孔明が罠を仕掛けた通りの順序と回数で、張飛から質問するように仕向けて、聞き出すための言葉がやってきた。
「結婚するっすか?」
「ボクはしない。張飛は?」
して、幸せになってほしい。でも、しないと言ってほしい。親友という狭間で、孔明の心は揺れ動く。
「向こうの宇宙に行ったらするっす」
永遠の世界で、この男は結婚する――。
瑠璃紺色の瞳は珍しく落ち着きなくあちこちに向けられた。
「そう……。じゃあ、子供もできるってこと?」
「家族がほしいっすからね!」
張飛は両手を万才するように大きく上げた。
髪をすく時間は今まで最大三分だった。これ以上するのは不自然に思われ、相手に気づかれる可能性が上がる。孔明は腕を下ろして、好青年の笑みで皮肉っぽく言う。
「張飛、そんなに家庭的だった?」
「彼女に会ってから変わったっすよ」
「やってみなきゃわからないっす!」
精密に積み上げてゆく孔明とは対照的に、張飛は自信満々で言いのけた。扇子をさっと折りたたんで、孔明は床板を強く叩く。
「気持ちだけじゃ、物事は進まないの!」
張飛の能天気な雰囲気は消え去って、どこまでも穏やかで優しい笑顔になった。
「彼女の実家がそこにあるっすよ。話合ったんす。だから、俺っちは行くっす」
本当にほしがっていた情報が今出てきた――
十日前に買い物に行ったデパートで、二百四十センチもある背丈の張飛を、二百三十センチの孔明は見かけた。偶然だと嬉しくなって、声をかけようとしたら、人混みの切れ目で、女が優しく微笑んで、張飛を見上げている姿があった。
上げようとしていた手を力なく落とし、一人取り残されたように、しばらく人混みの中に立ち尽くした。
孔明は顔色ひとつ変えずに、平然と嘘をつく。
「その話初めて聞いた。張飛、あんなに女っ気なかったのにね?」
「可愛い人がいたっすよ~。これこれ、写メっす」
張飛はポケットに無造作に入れていた携帯電話を取り出して、孔明の前に差し出した。
ふたりで寄り添って、笑顔で自撮りした写真――。
本当は少しだけ見かけた。それでも、孔明は初めて見たみたいに、驚いた振りをする。
「うわ~! 綺麗な人だね」
嘘でもなく、本当のことだ。張飛は照れたように頭をかく。
「俺っちのこと、何でもわかってくれるっすよ」
「でも、美女と野獣だね」
嘘でもなく、本当だった。毛むくじゃらの大男と華奢な女。張飛は孔明から携帯電話を取り上げて、ポケットにしまった。
「何を言われも、俺っちは気にしないっす。真実の愛があるっすから。名前がまた可愛いんっすよ」
一人で照れて、全身ピンク色に染まっているみたいな張飛を、冷静な孔明はじっと見つめた。
「何て言うの?」
「絆っていう、鈴の音みたいな名前で、出会ってすぐに恋に落ちたっすよ」
この大男が好きになるのは無理もない。しかし、女が張飛を好きと言う。やはりこの世界は、出会えば両想いになるという可能性の数値は、孔明の精巧な頭脳の中で確実に上がった。
不意に吹いてきた風で、草原がさわさわと揺れる。孔明は真正面を向いて、忘れることのない頭脳で、さっき見た写真を、シャボン玉でも触るようにそっとなぞる。
「綺麗な名前だね。そして、本当に幸せそう……」
胸の奥が切ない。
胸の奥が痛い。
センチメンタルになっている孔明の隣で、
「そうじゃなくて幸せなんす!」
張飛は大声で言って、親友の背中をバシンと叩いた。背中に痛みはほとんどないが、心が痛い。だから、孔明は、
「ふーん」
そう言うだけで精一杯だった。
「孔明は彼女はいないんすか?」
「いるよ」
平然と聞き返してくる男の前で、孔明はぽつりとつぶやいた。
経験したことの可能性を導き出すのは簡単だ。しかし、情報がどこにもないことに関しては、最初からうまくいくとは限らない。
隣に座っている大男は、自分とは違うのか――。孔明はそう思うと、さっきの両想いになる可能性の数値を下げざるを得なかった。
張飛はゴロンと寝転がり、孔明の凛々しい眉を見上げた。
「生きてた時の奥さんすか?」
「違うよ」
張飛の視界をふさぐように、孔明は漆黒の長い髪をすいてゆく。袖口が大きく開いたロングシャツは、男ふたりの間に幕でも引いたようにお互いを隠した。声だけが聞こえてくる
「俺っちも答えたんすから、孔明も情報を渡してくれっす」
「名前は紅朱凛、頭のいい人」
「孔明を理解するのは、頭のいい人じゃないと難しいすからね」
「そうかもね」
凍えてしまうほど冷たい雨が、孔明にだけ降っているように、彼の表情はどこまでも冷酷だった。
そして、孔明が罠を仕掛けた通りの順序と回数で、張飛から質問するように仕向けて、聞き出すための言葉がやってきた。
「結婚するっすか?」
「ボクはしない。張飛は?」
して、幸せになってほしい。でも、しないと言ってほしい。親友という狭間で、孔明の心は揺れ動く。
「向こうの宇宙に行ったらするっす」
永遠の世界で、この男は結婚する――。
瑠璃紺色の瞳は珍しく落ち着きなくあちこちに向けられた。
「そう……。じゃあ、子供もできるってこと?」
「家族がほしいっすからね!」
張飛は両手を万才するように大きく上げた。
髪をすく時間は今まで最大三分だった。これ以上するのは不自然に思われ、相手に気づかれる可能性が上がる。孔明は腕を下ろして、好青年の笑みで皮肉っぽく言う。
「張飛、そんなに家庭的だった?」
「彼女に会ってから変わったっすよ」
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