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最後の恋は神さまとでした

宇宙船がやってきただす/2

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 のどかな景色に、ヒュルルーっとコンドルの鳴く声が遠くで響いた。逆さまで宙に浮いている男にとっては、それはいつものことで瞳を向けることはなかった。

 しかし、彼は地面に立っているカカシを気にかけた。太陽がないのに斜めに伸びている影を注意深く見つめると、その角度が若干違っているのわかり、

「何? 今日、いつもより早くない?」

 男はコンドルがまっすぐこっちへ近づいてくるのを真正面で迎えた。鳥は猛スピードでこちらへ向かってくる。どこかいってしまっている黄緑色の瞳は、コンドルの鋭い視線を怖がることもなく捉えたまま、すうっと上下が逆さになった。

 まっすぐ空に浮いている男にぶつかるような速度でコンドルは飛んできたが、それでもどかなかった。

 そして、そのコンドルが、

「こんにちは。お父さんいます?」

 と聞いてきたが、やけになまっていた。神界に住んでいる男にとっては、お隣のコンドルさんなのだ。挨拶をするのに失礼のないよう、上下逆さまを直して待っただけ。

 年の頃は二十代前半ぐらいの男は彫刻像のように彫りの深い顔で、ナルシスト的に微笑んで、丁寧な物腰になる。

「こんにちは、家の中にいますよ」

 彼が普通のイントネーションで答えると、

「どうも」

 コンドルはそう言って、近くにあった民家に急降下していき、地面につくと二本足で歩いて、縁側に向かって大声で呼び掛けた。

森羅万象むげんさん? いい話があるんすよ」

 中から男の父親がすぐに出てきたが、息子と歳も変わらず若々しかったが、年輪という言葉では足りないほど、はるかに長い時を生きた風格を持っていた。

 お使いものの自分の畑で採れた野菜を渡し、人とコンドルで縁側に座ってふたりで天気の話から始めているようだった。

「だから、早くきた?」

 男の視線は再びスケッチブックに戻って、遠くに見える山肌を深緑ではなく、肌色で塗ってゆく。

「今日も夕飯の話題がそれ? そうね」

 近くに家などなく、お隣さんが何キロ先のど田舎。何事もなく平和に日々が終わることが多く、家族の誰もが学校などの団体に所属していない家々では、新しい話と言えば、他の家族が持ってくる、たわいもない話ばかりだった。

 それが退屈ではなく幸せで居心地がよく、もうかなりの年数をここでこうやって家族だけで暮らしている。浮遊の力をパレットにかけている男の隣で、筆が絵具を混ぜてゆく。

「できない色って、どうすればいいんだろうね?」

 最近の男の悩み。自分はそうそう立ち止まることはないのだが、限られた資源の中で、最善を尽くそうと試みる。山吹色をしたボブ髪の中にある脳裏で。しかし、

「……ないね」

 どれとどれの色を混ぜれば、どの色になるのか全て覚えている。男が今求めている色と合致するものはなかった。

「宇宙の端まで行って探しても見つからないとなると、そうね?」

 遠い昔に行ったことのある街を思い出した。そこは確かに今も存在しているのだが、人々はその次元へ降りることをやめて、あれからたくさんの時が流れた。

 この世界で探そうとして、瞬間移動を駆使して可能な限りあちこちへ行った。そこで買い集めてきたり、譲ってもらったのが今手元にある絵具たちだ。

 手詰まりになりそうだったが、どこかの皇帝が戦車を馬ででも引いていくように、無機質に的確に問題を片付けた。

 願い――できないをできる色に叶える可能性が出てくるまで、あきめることもなく放置することもなく、ただ待ち続ける。それだけ。そこに感情はいらない。

 忘れることなど、生まれてこの方ない男は、肌色をした山肌を絵の中で見て、建設的に今度は別の問題に立ち向かう。

 菜の花が咲き乱れ、黄色の絨毯が広がる。遠くで桜の大木が淡いピンクに染め、鳥たちのさえずりがくるくるとダンスを踊るように響き渡る。

 空はどんな聖水よりも綺麗な青で、どこまでも透き通っていて、穏やかで平和な田園地帯。

 そこへ男の、大人で子供で皇帝で天使で純粋で猥褻な、あらゆる矛盾を含んだマダラ模様の声がひしめいた。

「山を女の裸にしたけど、真横からじゃ入れられないじゃん――」

 スケッチブックを逆さまにすると、田んぼの緑がシーツで、連なっている山肌が女性が背中を横たわらせているところで、青い空から棒が一本差していた。

 すうっと浮遊して、今度は地面と平行に飛んでみる。

「真横からじゃ、構図がありきたりすぎじゃん?」

 川の字のように横たわる男女――。
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