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最後の恋は神さまとでした
王子の思考回路が好きで/1
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床暖房だけで暖かい部屋で、奇跡来は膝に毛布をかけたまま、現実をシャットダウンしていた。家の中に人がいようとわからない有様。
ゲーム画面が薄暗くなり、下に落ちてしまったみたいな音が、ヘッドフォンから不意に聞こえた。
「あれ? 光命さんのキャラ、また好感度アップしなかった」
コントローラーが残念そうに、ため息まじりに膝の上に落とされる。
「わからないから、とうとう攻略本買っちゃったよ」
付箋もしおりもしていないページをパラパラとめくって、要領のなさ全開で、今進めている場面を探し出し、
「何々? ここは……三じゃなくて、一か。よし、次に進もう」
簡易ロードですぐさま、選択肢を選ぶ前へゲームを巻き戻し、今度はキラキラとピンク色の輝きが画面いっぱいに広がって、キャラクターが優雅に微笑み、次のセリフが順調に進み出した。
背後からどこかニヤニヤしているような声がかかる。
「おう! 案の定、悪戦苦闘してるな」
「あぁ、コウ。どうして、光命さんのキャラは急に態度変えてくるのかな?」
奇跡来は思う。気のないそぶりだったのに、何ひとつ恋愛モードではなかったのに、スマートに主人公の心の隙間に入り込んでくる、そんなキャラクター、いや男、いや神さまだと。
コウは思う。光命は急には動いていないと。きちんと積み上げてきているのだ。
「お前も見る目がないな」
「え……?」
またしおりも何もせずにパタンと閉じてしまった攻略本を見下ろしながら、コウは小さな神として人間を導く。
「お前はどういう時に、態度を変えるんだ?」
紺の長い髪を持ち、冷静なカーキ色の瞳で画面の中からこっちを見つめている、キャラクターのモデルになった神様に神経を傾けながら、奇跡来は曖昧なことを言う。
「ん~? 好きって言われたからとか?」
「あとは?」
「意見が合った時とか?」
「それから?」
「何となく?」
最後の回答は極めつけだった。光命に実際に会ったことのあるコウは、ゲームのキャラと本物の違いを見極めながら、
「光命が態度を変える時は、最初の二つは要因にはなるが、直接の理由にはならない。最後は問題外だ!」
小さな手は奇跡来の頭をぴしゃんと叩いたが、そのまま素通りした。それが起爆剤となることもなく、彼女は呑気に考え続ける。
「他に何かあったっけ?」
「時間の無駄だから、はっきり言ってやる。お前のその考え方とは、まったく違う。だから、お前が今どんなに、ない頭を悩ませても答えにはたどり着けない。光命とお前は、水と油みたいなもんだ」
最後通告みたいなものを受けたが、奇跡来は表情をぱっと明るくさせた。
「天と地ほどの差がある、のほうがしっくりくるね。神さまと人間だからね」
どこまでも前向きに進む人間の女を前にして、コウは偉そうにふんぞり返った。
「教えてやってもいいぞ。光命の考え方を」
「お願いします! コウ先生」
「よし、よく聞け」
コントローラーは床にひとまず置かれ、子供のように見える、大人の神から伝授され始めた。
*
人間界のような極寒がない、神さまの世界にある首都。毎日のように、謁見の間では人々が挨拶に訪れている。広大な敷地のすぐ隣にある、女王陛下の姉妹たちが暮らす大きな屋敷が、様々な木々や花々を従えて佇んでいた。
レースのカーテン越しに暖かな日差しが、白と黒の市松模様を作るゲームの盤上で柔らかなダンスを踊っている。
キングやクイーン、ルークなどがチェスというルールの中で、あちこちに散らばっていた。
そこへ注ぎ込まれる視線はふたつ。冷静な水色と無感情、無動のはしばみ色。ローテーブルのサイドに置かれたふたつのカップからは、紅茶の気品高い香りが立ち上っている。
光命は細い足を組んだまま前かがみになって、駒を今進ませたばかりだった。どこかの城かと勘違いするような豪華な部屋。
暖炉から薪の爆ぜる音が心地よく響き、シャンデリアに日差しが乱反射している。テーブルを挟んだ向こうで、足をきちんとそろえて座っている夕霧命を、光命の冷静な水色の瞳は優雅な笑みをたたえたまま、隙なくうかがっていた。
彼の紺色をした髪の奥にある頭脳にはこんなことが浮かぶ。
(夕霧がキャスリングを使ってくる可能性は98.70%)
チェスの駒の動かし方のひとつとパーセンテージ。軽く曲げた人差し指は、光命の細いあごに当てられ、思考のポーズを取る。
(ですから、私の勝ちであるという可能性が99.99%)
ゲーム画面が薄暗くなり、下に落ちてしまったみたいな音が、ヘッドフォンから不意に聞こえた。
「あれ? 光命さんのキャラ、また好感度アップしなかった」
コントローラーが残念そうに、ため息まじりに膝の上に落とされる。
「わからないから、とうとう攻略本買っちゃったよ」
付箋もしおりもしていないページをパラパラとめくって、要領のなさ全開で、今進めている場面を探し出し、
「何々? ここは……三じゃなくて、一か。よし、次に進もう」
簡易ロードですぐさま、選択肢を選ぶ前へゲームを巻き戻し、今度はキラキラとピンク色の輝きが画面いっぱいに広がって、キャラクターが優雅に微笑み、次のセリフが順調に進み出した。
背後からどこかニヤニヤしているような声がかかる。
「おう! 案の定、悪戦苦闘してるな」
「あぁ、コウ。どうして、光命さんのキャラは急に態度変えてくるのかな?」
奇跡来は思う。気のないそぶりだったのに、何ひとつ恋愛モードではなかったのに、スマートに主人公の心の隙間に入り込んでくる、そんなキャラクター、いや男、いや神さまだと。
コウは思う。光命は急には動いていないと。きちんと積み上げてきているのだ。
「お前も見る目がないな」
「え……?」
またしおりも何もせずにパタンと閉じてしまった攻略本を見下ろしながら、コウは小さな神として人間を導く。
「お前はどういう時に、態度を変えるんだ?」
紺の長い髪を持ち、冷静なカーキ色の瞳で画面の中からこっちを見つめている、キャラクターのモデルになった神様に神経を傾けながら、奇跡来は曖昧なことを言う。
「ん~? 好きって言われたからとか?」
「あとは?」
「意見が合った時とか?」
「それから?」
「何となく?」
最後の回答は極めつけだった。光命に実際に会ったことのあるコウは、ゲームのキャラと本物の違いを見極めながら、
「光命が態度を変える時は、最初の二つは要因にはなるが、直接の理由にはならない。最後は問題外だ!」
小さな手は奇跡来の頭をぴしゃんと叩いたが、そのまま素通りした。それが起爆剤となることもなく、彼女は呑気に考え続ける。
「他に何かあったっけ?」
「時間の無駄だから、はっきり言ってやる。お前のその考え方とは、まったく違う。だから、お前が今どんなに、ない頭を悩ませても答えにはたどり着けない。光命とお前は、水と油みたいなもんだ」
最後通告みたいなものを受けたが、奇跡来は表情をぱっと明るくさせた。
「天と地ほどの差がある、のほうがしっくりくるね。神さまと人間だからね」
どこまでも前向きに進む人間の女を前にして、コウは偉そうにふんぞり返った。
「教えてやってもいいぞ。光命の考え方を」
「お願いします! コウ先生」
「よし、よく聞け」
コントローラーは床にひとまず置かれ、子供のように見える、大人の神から伝授され始めた。
*
人間界のような極寒がない、神さまの世界にある首都。毎日のように、謁見の間では人々が挨拶に訪れている。広大な敷地のすぐ隣にある、女王陛下の姉妹たちが暮らす大きな屋敷が、様々な木々や花々を従えて佇んでいた。
レースのカーテン越しに暖かな日差しが、白と黒の市松模様を作るゲームの盤上で柔らかなダンスを踊っている。
キングやクイーン、ルークなどがチェスというルールの中で、あちこちに散らばっていた。
そこへ注ぎ込まれる視線はふたつ。冷静な水色と無感情、無動のはしばみ色。ローテーブルのサイドに置かれたふたつのカップからは、紅茶の気品高い香りが立ち上っている。
光命は細い足を組んだまま前かがみになって、駒を今進ませたばかりだった。どこかの城かと勘違いするような豪華な部屋。
暖炉から薪の爆ぜる音が心地よく響き、シャンデリアに日差しが乱反射している。テーブルを挟んだ向こうで、足をきちんとそろえて座っている夕霧命を、光命の冷静な水色の瞳は優雅な笑みをたたえたまま、隙なくうかがっていた。
彼の紺色をした髪の奥にある頭脳にはこんなことが浮かぶ。
(夕霧がキャスリングを使ってくる可能性は98.70%)
チェスの駒の動かし方のひとつとパーセンテージ。軽く曲げた人差し指は、光命の細いあごに当てられ、思考のポーズを取る。
(ですから、私の勝ちであるという可能性が99.99%)
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