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リレーするキスのパズルピース
武術と三百億年/5
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専門用語に落ち着きを取り戻し、アナウンサーは持っていたスタンドマイクを置き直し、席に再び座った。
「支点を奪うとはどういうことですか?」
「支点とは重心とも言うんじゃが、建物で例えるとの、柱が全部抜けた状態になるんじゃ、奪われた相手はの」
「それでは、立っていることが困難になりますね」
しかも、じいさんがさっき言っていたが、動きと思考を封じる技。かけられたら最後、何が起きているのか相手はわからないまま、投げ飛ばされているという寸法だ。気づいたら、倒されていた。それが合気。
アナウンサーは違和感を抱いた。
「それだけではバランスを崩すだけですが、夕霧命は他にも何かしたんでしょうか?」
「そうじゃ。奪った支点を気の流れを使って、肩甲骨まわりで回すんじゃ。そうすると、今みたいに、相手を床に叩きつけたり、投げ飛ばしたりできるんじゃ」
「すごい技ですね~。自身はほとんど動いていないのに、敵にダメージを与えてしまうとは!」
合気という技を繰り出した男の袴姿は艶やかに風になびく。一歩も動くことなく、逆にもなり得る居つくことなく。細いポールの上で絶妙にバランスを取っているように立っている。無感情、無動のはしばみ色の瞳は、過去も現在も未来も関係なく。体の内側という他の人から見えない場所で革命を起こし、芸術的な技を生み出す。
じいさんの組んでいた指先がトントンとテーブルに軽く叩きつけ、素晴らしい武術でも弱点があることを、年老いた声で告げた。
「じゃがの、合気は護身術じゃからの、何か他の打撃系の攻撃を与えんと、相手は本当には倒せん」
解説が流れている間に、試合会場の上に仰向けで伸びている熊に向かって、夕霧命の勝利を呼び込む手が打たれようとする。青の中に浮かぶ灰色の試合会場。そこへ向かって、様々な色のリボンがクルクルと、雲の合間を抜けて降臨する龍のように落ちてくる。
(正中線。腸腰筋。腸骨筋。それらを意識する)
草履が足音ひとつさせず、それどころか、春風を何ひとつかき乱すこともなく、聖地へと続く階段を登るように艶美に持ち上げられた。アナウンサーはその動きを見逃さず、中継を続ける。
「おっと、夕霧命、倒れている緑のくまさんに上から真っ直ぐ蹴りという打撃でトドメだ!」
そのまま、勝敗が決まりそうだったが、
「っ」
茶色の塊は、試合会場に床の上からシュッと姿を消すと、白と紺の袴のすぐ後ろ、完全な死角に二本足で立っていた。
「おうっっっ!?!?」
カメラがついていけず、慌てて画面が切り変わる、観客席にある大きなモニターの前で、人々は驚きの声を上げる。その後ろで、膝上までの濃い紫色のロングブーツは、細身をさらに強調させるように、両足を前後させる寸前のポーズを取っていた。
「緑のくまさんも負けていない! 瞬間移動した。しかも、夕霧命の背後だ! どうする? 夕霧命!」
絶体絶命のピンチ! 熊の太い腕が、切り裂くためにあると言わんばかりに、鋭い爪をむき出しで、襲いかかられる刹那。サーッと桜の花びら混じりの風が吹き抜けていった。無感情、無動のグルーグレーの瞳の持ち主は、春の舞という神楽を踊るように、崇高な技を繰り出す。袴も顔も振り返らず、艶やかな後ろ姿を見せたまま。
(正中線上で、奪った支点を回す。合気)
まるで魔法でも使ったみたいに、熊の両腕も体もぶつかることなく、すうっと宙へ持ち上がり、クルッと回転して、背中を試合会場に叩きつけられた。突然の出来事に、会場中の人々の口から驚きが雷鳴のごとく広がった。
「えぇっっっ!?!?」
「何が起きた? どうした? 緑のくまさん、夕霧命に全く触れることなく、試合会場の上で一人前転して、背中から床に落ちた。どうなっているんだぁ!」
片足を解説席のテーブルの上に乗せて、大盛り上がりのアナウンサーの隣で、じいさんは縁側で日向ぼっこというように、用意されていた緑茶を一口飲んだ。
「さっきの触れていればかかるの応用じゃ。足元は床で触れておる。じゃから、夕霧命はそこを使って、さっきと同じ要領じゃが、支点を回す場所を肩甲骨から正中線に変えて、合気をかけたんじゃ」
「そんな掛け方があるんですね。奥が深いですね、合気は」
「色々あるんじゃが――」
年老いた声がそこまで言うと、戦況に大きな動きがあり、足はおろしたものの、椅子から立ち上がったままのアナウンサーが解説を強引に始めた。
「おっとここで、緑のくまさん、浮遊です。触れていないとかけられない合気。夕霧命、どうする!」
ワイアーアクション並みに飛び上がっている熊。それと対峙する、袴姿の男一人。まるで果てしない荒野で一人、孤独と生死という己の精神力と生命の限界。死線に常に立ちながら、吹きすさぶ砂混じりの風に晒されているようだった。
それでも、夕霧命は慌てることなく、確実に敵を引きずり下ろす、碁盤のような試合会場の床へ向かって。
(相手との距離、七メートル。その中間点、三.五メートル上で、体全体を使って、奪った支点を回す。合気)
応援の金銀のリボンがくるくると降りゆく中で、熊の茶色の大きな体がぐらっと傾いた。すると、クルッと前転し、電光石火のごとく、まるで見えない拳が上から振り落とされたように、雷が落ちたようにズドーンと試合会場の床の上に叩きつけられた。
「支点を奪うとはどういうことですか?」
「支点とは重心とも言うんじゃが、建物で例えるとの、柱が全部抜けた状態になるんじゃ、奪われた相手はの」
「それでは、立っていることが困難になりますね」
しかも、じいさんがさっき言っていたが、動きと思考を封じる技。かけられたら最後、何が起きているのか相手はわからないまま、投げ飛ばされているという寸法だ。気づいたら、倒されていた。それが合気。
アナウンサーは違和感を抱いた。
「それだけではバランスを崩すだけですが、夕霧命は他にも何かしたんでしょうか?」
「そうじゃ。奪った支点を気の流れを使って、肩甲骨まわりで回すんじゃ。そうすると、今みたいに、相手を床に叩きつけたり、投げ飛ばしたりできるんじゃ」
「すごい技ですね~。自身はほとんど動いていないのに、敵にダメージを与えてしまうとは!」
合気という技を繰り出した男の袴姿は艶やかに風になびく。一歩も動くことなく、逆にもなり得る居つくことなく。細いポールの上で絶妙にバランスを取っているように立っている。無感情、無動のはしばみ色の瞳は、過去も現在も未来も関係なく。体の内側という他の人から見えない場所で革命を起こし、芸術的な技を生み出す。
じいさんの組んでいた指先がトントンとテーブルに軽く叩きつけ、素晴らしい武術でも弱点があることを、年老いた声で告げた。
「じゃがの、合気は護身術じゃからの、何か他の打撃系の攻撃を与えんと、相手は本当には倒せん」
解説が流れている間に、試合会場の上に仰向けで伸びている熊に向かって、夕霧命の勝利を呼び込む手が打たれようとする。青の中に浮かぶ灰色の試合会場。そこへ向かって、様々な色のリボンがクルクルと、雲の合間を抜けて降臨する龍のように落ちてくる。
(正中線。腸腰筋。腸骨筋。それらを意識する)
草履が足音ひとつさせず、それどころか、春風を何ひとつかき乱すこともなく、聖地へと続く階段を登るように艶美に持ち上げられた。アナウンサーはその動きを見逃さず、中継を続ける。
「おっと、夕霧命、倒れている緑のくまさんに上から真っ直ぐ蹴りという打撃でトドメだ!」
そのまま、勝敗が決まりそうだったが、
「っ」
茶色の塊は、試合会場に床の上からシュッと姿を消すと、白と紺の袴のすぐ後ろ、完全な死角に二本足で立っていた。
「おうっっっ!?!?」
カメラがついていけず、慌てて画面が切り変わる、観客席にある大きなモニターの前で、人々は驚きの声を上げる。その後ろで、膝上までの濃い紫色のロングブーツは、細身をさらに強調させるように、両足を前後させる寸前のポーズを取っていた。
「緑のくまさんも負けていない! 瞬間移動した。しかも、夕霧命の背後だ! どうする? 夕霧命!」
絶体絶命のピンチ! 熊の太い腕が、切り裂くためにあると言わんばかりに、鋭い爪をむき出しで、襲いかかられる刹那。サーッと桜の花びら混じりの風が吹き抜けていった。無感情、無動のグルーグレーの瞳の持ち主は、春の舞という神楽を踊るように、崇高な技を繰り出す。袴も顔も振り返らず、艶やかな後ろ姿を見せたまま。
(正中線上で、奪った支点を回す。合気)
まるで魔法でも使ったみたいに、熊の両腕も体もぶつかることなく、すうっと宙へ持ち上がり、クルッと回転して、背中を試合会場に叩きつけられた。突然の出来事に、会場中の人々の口から驚きが雷鳴のごとく広がった。
「えぇっっっ!?!?」
「何が起きた? どうした? 緑のくまさん、夕霧命に全く触れることなく、試合会場の上で一人前転して、背中から床に落ちた。どうなっているんだぁ!」
片足を解説席のテーブルの上に乗せて、大盛り上がりのアナウンサーの隣で、じいさんは縁側で日向ぼっこというように、用意されていた緑茶を一口飲んだ。
「さっきの触れていればかかるの応用じゃ。足元は床で触れておる。じゃから、夕霧命はそこを使って、さっきと同じ要領じゃが、支点を回す場所を肩甲骨から正中線に変えて、合気をかけたんじゃ」
「そんな掛け方があるんですね。奥が深いですね、合気は」
「色々あるんじゃが――」
年老いた声がそこまで言うと、戦況に大きな動きがあり、足はおろしたものの、椅子から立ち上がったままのアナウンサーが解説を強引に始めた。
「おっとここで、緑のくまさん、浮遊です。触れていないとかけられない合気。夕霧命、どうする!」
ワイアーアクション並みに飛び上がっている熊。それと対峙する、袴姿の男一人。まるで果てしない荒野で一人、孤独と生死という己の精神力と生命の限界。死線に常に立ちながら、吹きすさぶ砂混じりの風に晒されているようだった。
それでも、夕霧命は慌てることなく、確実に敵を引きずり下ろす、碁盤のような試合会場の床へ向かって。
(相手との距離、七メートル。その中間点、三.五メートル上で、体全体を使って、奪った支点を回す。合気)
応援の金銀のリボンがくるくると降りゆく中で、熊の茶色の大きな体がぐらっと傾いた。すると、クルッと前転し、電光石火のごとく、まるで見えない拳が上から振り落とされたように、雷が落ちたようにズドーンと試合会場の床の上に叩きつけられた。
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