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リレーするキスのパズルピース
先生と逢い引き/8
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そこで、
キーンコーンカーンコーン。
学校のチャイムが二人の甘い時間を引き裂いた。月命はニコニコの笑顔で、おどけた感じで言う。
「おや? 時間切れです~」
「残念!」
孔明は首を傾げ肩をすくめて、漆黒の髪が揺れ動いた。だが、姿を現したバイオレットの邪悪で誘迷な瞳は、自分と同じ思考回路の人間が今まで何をしていたのか、なぜ今チャイムが鳴ったのかを、きちんと見抜いていた。
「おや? また嘘ですか~。君の手のひらにあるものは何ですか~?」
お弁当箱や自分の体で死角になっていた右手を持ち上げると、孔明の手のひらには、アラビア数字十二個が円を描く銅色の丸いものが。それでも、白々しくこんなことを言う。
「あれ~? いつの間にか、ボクの手の中に時計がある。おかしいなあ~?」
対する、月命のヴァイオレットの瞳には、さっきから常に教室の時計が映っていた。歩くたびに角度的に見えなくなると、隣のクラスに視線が移動するを繰り返し、時刻を途切れなく追いかけていたのだった。
「君はそちらで時間を最初から計って、チャイムが鳴る時刻に合わせて、今までの行動を全て行っていた。たった一回でキスを終わらせる。そうして、僕の気を惹こうとする作戦ではないんですか~?」
恋の罠が仕掛けられていた。さすが天才軍師。甘々な雰囲気は一気に消え失せ、普通の人では思いつかない発想がどう生まれているのかが、孔明の好青年でありながら軽めの陽だまりみたいな声で出てきた。
「恋愛だから感情。そういう既成概念は必要ない。感情を切り捨てて、戦場と同じように命がけのひとつの戦いとして考える。恋愛を成功させるため……勝つ可能性を上げるために何をしたらいいか選び取ってゆく。恋愛対象はたくさんいる。その中で、自分に振り向く可能性が高い人をまず見抜く。次は相手が自分に気があるかどうかの情報を、相手にわからないように得る。そして、相手や状況に合わせた、自分の手中に落ちる可能性の高い罠を、手に入れた情報から可能性を導き出して、自然を装って仕掛ける。そういう策略が必要。ボクは物事を成功させるためには、キミと違って、利用できるものは何でも利用するよ」
感情なんて曖昧なものに流されていては、勝利はやってこない。人の命を救うことも、望みもかなわない。軍師として生きてきたから言えることで、できることだった。
小学校教諭はニコニコ微笑みながら、末恐ろしいことを平然と言ってのけた。
「僕も利用しますよ~。無慈悲に残酷に冷酷に無情に無感情に非道に無残に……」
凛と澄んだ儚げで丸みのある女性的な声なのに、数分の間、邪悪という名がつく単語が、学校の渡り廊下に大行進していた。もう何度吹いたかわからない春風が、桜の花びらを乗せて、孔明と月命をまた通り抜けると、誘迷という名のヴァイオレットの瞳を持つ人の話が終焉をやっと迎え始めた。
「……おいたをする子にはどのようなことをしても、罰を与えます~。うふふふっ」
最後に微笑む声が、冗談でも何でもなく、悪魔も顔負けな感じで本気でする雰囲気が命をかけた真剣勝負並みに漂っていた。
だが、孔明先生は驚くどころか、きちんとインプットされていた情報を使って、余裕の笑みを見せる。
「そうだろうね~。今から十個前のボクの質問、『ふふっ、ドキドキした?』に、キミはこう言ってたもんね。『僕はしませんよ、そういう感情は持っていません』。それって、こういう意味もあるでしょ? 全てに対して、感情を持ってない。つまり、無慈悲に残酷に冷酷に無情に無感情に非道に無残に……以下省略。ボクよりも他の人や物事を平気で利用する。違う?」
顔をのぞき込まれた月命は、孔明の聡明な瑠璃紺色の瞳を、ニコニコの笑顔という真意を隠すもので完全フィルターをかけたまま、邪悪で誘迷なヴァイオレットの瞳で見つめ返した。
「うふふふっ。おいたをする大人も対象になります~」
「じゃあ、ボクはあとで、お仕置きってことかなぁ~?」
月命は怖いくらいに微笑んだ。
「それでは、いつも通りにしましょうか~?」
「ふふっ。彼は驚いちゃうかもね、今日も」
今ここにいない誰かへの鎮魂歌だった、今までの会話は。策士同士さすが恐ろしすぎる。いつから、罠が張られていたのか、把握できないほどだった。
仕事――公演を終えた大先生は瞬間移動という能力で、「じゃあ――」学校の渡廊下から去ろうとしたが、「ああ、そう忘れ物しちゃった、ボク」何か思い出したみたいに、孔明は月命の真正面にすっと立った。
「何をですか?」
マゼンダの髪とヴァイオレットの瞳を持つ男の上から下まで、瑠璃紺色の瞳で愛おしそうに眺めると、孔明はこんなことを言った。
「そのドレス、と、着てるキミ、片方だけ素敵かも~?」
「僕と服のどちらをほめてるんですか?」
「どっちかなあ~? 答えはあとで、バイバ~イ!」
孔明の結婚指輪をしている手を横に振ると、シルバーのチェーンブレスレットがサラサラと揺れ動き、白い着物と漆黒の長い髪はすうっと消え去った。焚きつけたエキゾチックな香の残り香を余韻にして。
月命が何事もなかったように歩き出すと、カツンカツンというヒールが鳴る音が平和でやけに寛大な学校の渡り廊下に響き始めた。
「手強いですね~、孔明は。わざわざおかしな言い方をして、真意を隠すんですから」
サーッと吹き抜ける風に上空へ連れていかれる桜の花びらから、学校の渡り廊下を見下ろすと、これからどこかの舞踏会へお出かけでいらっしゃいますか~? みたいなパステルブルーのドレスと、マゼンダ色の髪に載せられた銀のティアラ。ガラスのハイヒールが、月命という男の体にまとわされていた。
キーンコーンカーンコーン。
学校のチャイムが二人の甘い時間を引き裂いた。月命はニコニコの笑顔で、おどけた感じで言う。
「おや? 時間切れです~」
「残念!」
孔明は首を傾げ肩をすくめて、漆黒の髪が揺れ動いた。だが、姿を現したバイオレットの邪悪で誘迷な瞳は、自分と同じ思考回路の人間が今まで何をしていたのか、なぜ今チャイムが鳴ったのかを、きちんと見抜いていた。
「おや? また嘘ですか~。君の手のひらにあるものは何ですか~?」
お弁当箱や自分の体で死角になっていた右手を持ち上げると、孔明の手のひらには、アラビア数字十二個が円を描く銅色の丸いものが。それでも、白々しくこんなことを言う。
「あれ~? いつの間にか、ボクの手の中に時計がある。おかしいなあ~?」
対する、月命のヴァイオレットの瞳には、さっきから常に教室の時計が映っていた。歩くたびに角度的に見えなくなると、隣のクラスに視線が移動するを繰り返し、時刻を途切れなく追いかけていたのだった。
「君はそちらで時間を最初から計って、チャイムが鳴る時刻に合わせて、今までの行動を全て行っていた。たった一回でキスを終わらせる。そうして、僕の気を惹こうとする作戦ではないんですか~?」
恋の罠が仕掛けられていた。さすが天才軍師。甘々な雰囲気は一気に消え失せ、普通の人では思いつかない発想がどう生まれているのかが、孔明の好青年でありながら軽めの陽だまりみたいな声で出てきた。
「恋愛だから感情。そういう既成概念は必要ない。感情を切り捨てて、戦場と同じように命がけのひとつの戦いとして考える。恋愛を成功させるため……勝つ可能性を上げるために何をしたらいいか選び取ってゆく。恋愛対象はたくさんいる。その中で、自分に振り向く可能性が高い人をまず見抜く。次は相手が自分に気があるかどうかの情報を、相手にわからないように得る。そして、相手や状況に合わせた、自分の手中に落ちる可能性の高い罠を、手に入れた情報から可能性を導き出して、自然を装って仕掛ける。そういう策略が必要。ボクは物事を成功させるためには、キミと違って、利用できるものは何でも利用するよ」
感情なんて曖昧なものに流されていては、勝利はやってこない。人の命を救うことも、望みもかなわない。軍師として生きてきたから言えることで、できることだった。
小学校教諭はニコニコ微笑みながら、末恐ろしいことを平然と言ってのけた。
「僕も利用しますよ~。無慈悲に残酷に冷酷に無情に無感情に非道に無残に……」
凛と澄んだ儚げで丸みのある女性的な声なのに、数分の間、邪悪という名がつく単語が、学校の渡り廊下に大行進していた。もう何度吹いたかわからない春風が、桜の花びらを乗せて、孔明と月命をまた通り抜けると、誘迷という名のヴァイオレットの瞳を持つ人の話が終焉をやっと迎え始めた。
「……おいたをする子にはどのようなことをしても、罰を与えます~。うふふふっ」
最後に微笑む声が、冗談でも何でもなく、悪魔も顔負けな感じで本気でする雰囲気が命をかけた真剣勝負並みに漂っていた。
だが、孔明先生は驚くどころか、きちんとインプットされていた情報を使って、余裕の笑みを見せる。
「そうだろうね~。今から十個前のボクの質問、『ふふっ、ドキドキした?』に、キミはこう言ってたもんね。『僕はしませんよ、そういう感情は持っていません』。それって、こういう意味もあるでしょ? 全てに対して、感情を持ってない。つまり、無慈悲に残酷に冷酷に無情に無感情に非道に無残に……以下省略。ボクよりも他の人や物事を平気で利用する。違う?」
顔をのぞき込まれた月命は、孔明の聡明な瑠璃紺色の瞳を、ニコニコの笑顔という真意を隠すもので完全フィルターをかけたまま、邪悪で誘迷なヴァイオレットの瞳で見つめ返した。
「うふふふっ。おいたをする大人も対象になります~」
「じゃあ、ボクはあとで、お仕置きってことかなぁ~?」
月命は怖いくらいに微笑んだ。
「それでは、いつも通りにしましょうか~?」
「ふふっ。彼は驚いちゃうかもね、今日も」
今ここにいない誰かへの鎮魂歌だった、今までの会話は。策士同士さすが恐ろしすぎる。いつから、罠が張られていたのか、把握できないほどだった。
仕事――公演を終えた大先生は瞬間移動という能力で、「じゃあ――」学校の渡廊下から去ろうとしたが、「ああ、そう忘れ物しちゃった、ボク」何か思い出したみたいに、孔明は月命の真正面にすっと立った。
「何をですか?」
マゼンダの髪とヴァイオレットの瞳を持つ男の上から下まで、瑠璃紺色の瞳で愛おしそうに眺めると、孔明はこんなことを言った。
「そのドレス、と、着てるキミ、片方だけ素敵かも~?」
「僕と服のどちらをほめてるんですか?」
「どっちかなあ~? 答えはあとで、バイバ~イ!」
孔明の結婚指輪をしている手を横に振ると、シルバーのチェーンブレスレットがサラサラと揺れ動き、白い着物と漆黒の長い髪はすうっと消え去った。焚きつけたエキゾチックな香の残り香を余韻にして。
月命が何事もなかったように歩き出すと、カツンカツンというヒールが鳴る音が平和でやけに寛大な学校の渡り廊下に響き始めた。
「手強いですね~、孔明は。わざわざおかしな言い方をして、真意を隠すんですから」
サーッと吹き抜ける風に上空へ連れていかれる桜の花びらから、学校の渡り廊下を見下ろすと、これからどこかの舞踏会へお出かけでいらっしゃいますか~? みたいなパステルブルーのドレスと、マゼンダ色の髪に載せられた銀のティアラ。ガラスのハイヒールが、月命という男の体にまとわされていた。
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