上 下
73 / 967
後ろから抱きしめて!

かけ声をよろしく

しおりを挟む
  ――それから数日後の午後。

 荘厳な聖堂に夫婦十一人はやってきていた。きれいに花を飾りつけられた参列席に身廊。祭壇のすぐ近くには祭司が正装をして待機していた。空へ突き抜けるような高い天井に、妻の驚き声が響き渡る。

「えぇ!? 十人当てるんでしょ? 厳しくない?」
「うちは甘やかさないよ」

 焉貴のマダラ模様の声が有無を言わせないように突き刺さった。

「目をつむったまま背中から抱きしめられる、それだけで誰か当てるんですよね?」

 颯茄に確認されると、張飛は「そうっす」とうなずいて、細かいことを告げた。

「最初の三十秒は目を閉じていて、その後は真正面を向いたまま目を開けても構わないっす。制限時間はトータル一分。それまでに当てられなかったら失敗っす」
「うぐぐ……」

 颯茄は厳しい顔をして、唇をきつく噛みしめた。今日は女装をしていない月命は、乗馬でも楽しむような出立だった。

「普段どれだけ、僕たちのことをきちんと見ているかを試したいんです~」
「見抜けたら、キラッキラのキスをプレゼントしちゃいます」

 貴増参の言葉を聞いて、颯茄は沈んだリングからはい上がった。

「確かに、理にかなってる気がします。誰だかわからないのに、キスをするのはおかしいですもんね」
「やるなら、全部当てろや」

 明引呼がハングリー精神王政で言うと、絶対不動で夕霧命が言葉を添えた。

「お前の持っている力を全て使えばできる」

 男の色気が匂い立つ袴姿の夫を前にして、妻はピンとひらめく。

「夕霧さんが言った時点で、何の能力を使うかが何となくわかりました。やります!」
「颯ちゃん、張り切ってる」

 感情に流され気味の妻とは対照的に、孔明はクールだった。

 さっきから少し動きづらい純白のドレスを、颯茄は手で触りながら、

「あ、あの、ひとつ質問です。どうして、ウェディングドレス着せられてるんですか?」
「心が通いあったところで、もう一度きちんと式をしたいと思ったんす」

 張飛が答えると、颯茄はみんなを見渡した。

「あぁ、そうですか。あれ? でも、みんなは普段着じゃないですか」

 誰一人として、ハレの日ではない。張飛が当然のことを言う。

「先に着てたら、誰が何色のタキシードだったか覚えられるっすからね」
「ああ、なるほど。わかりました」

 颯茄がうなずくと、張飛は話を先へ進めた。

「心の準備ができたら、声をかけてくれっす」

 祭司さんの許可を得て、神聖なる儀式を行う場所を借り切っているわけで、妻としては普通のことではなく、暴走し始めた。

「こう言うのはどうですか?」
「いいのがあったすか?」
「後ろから抱きしめて! と叫んだら始まるとか」

 妻の声が高い天井までぴょんと跳ねた。

「いいんじゃないすか」
「ちょっとテストしてもいいですか?」
「いいっすよ」
「よし!」

 颯茄は気合を入れると、声を張り上げた。

「後ろから抱きしめて!」
「…………」

 小さなこだまが返ってきただけで、あっという間に元の静寂がやってきた。颯茄は首を傾げて、大きく右手を上げる。

「すみません。ちょっと待ってください。なんかこう、コンサート会場じゃないですけど、返事返ってこないと寂しので、私が言ったら、イェーイってみんなは言ってください」

 花嫁の注文を、花婿代表の張飛が間を取り持つ。

「みんないいっすかそれで」
「構わない」

 颯茄は手に持っていたブーケの香りを思いっきり吸い込んで、

「じゃあ、もう一回試しでいきます」

 もう一度気合を入れて、力の限り叫んだ

「後ろから抱きしめて!」
「イェーイ!」

 野郎どもの声が聖堂に反響して、颯茄はウッキウキのノリノリになった。

「うほっ! オッケーです、オッケーです! こう気持ちが盛り上がります」

 さっきから、右に左に落ち着きなく動いている颯茄を見ていた蓮は、バカにしたように笑った。

「はっ、調子に乗りすぎだ。はずしたらどうなるか……」

 説明は一通り終わった。張飛は瞬間移動であるものを手の中に呼び寄せた。

「始める前に、俺たちが着替えるっすから、これをつけてくれっす」

 渡されたものを見て、颯茄は少し張飛抜けしたが、

「ヘッドフォン……。わかりました」

 すぐに意味を理解して、勢いよくヘッドフォンをつけた。

 旦那たちが別室で着替えて聖堂へ戻ってくると、コンサート会場のような歌声が聞こえてきた。

「♪稲妻がきらめいて~ 激しい雨に打たれてる~」
「歌ってる」

 旦那たちはため息まじりに言う。背を向けている颯茄は気づかずに、右に左にステップを踏み、両手を広げてパーフォマンスもバッチリだった。

「踊ってる」
「♪友達でいたはずの あなたが恋しくてたまらない~」
「自分の曲を渡したのがよくなかったんじゃないか?」
「♪また恋をなくして 今頃あなたに気がついたの~」
「何で、あの歌なんだ?」
「♪誰かに恋するたび 何か違うと感じてた~」

 AメロからBメロへと入り、このままでは夫たちを放置したまま、サビを歌い、一曲全部歌うかもしれない勢いだった。

「♪あぁ~ 知らぬ間にあなたを こんなにも愛してた……痛っ!」

 しかし、妻の後頭部に激痛が走り、振り返ろうとすると、首を真正面に固定された。少しずらしらベッドフォンから、蓮の奥行きのある声が入り込む。

「振り向くな。終わった」
「ああ、はい。ヘッドフォン返します」

 少し舞い上がっていた妻は、地に足がついた。決して振り返ることはせず、腕だけを後ろへやる。張飛はヘッドフォンを受け取ると、最後の注意事項を伝えた。

「当てた時には、どうして当てたか説明してくれっす」
「了解です!」

 そして、いよいよ始まった。後ろから抱きしめて!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。

猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。 『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』 一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜合体編〜♡

x頭金x
恋愛
♡ちょっとHなショートショートつめ合わせ♡

処理中です...