上 下
53 / 967
大人の隠れんぼ=旦那編=

旦那たちの愛を見届けろ/4

しおりを挟む
 鬼はまだこない。だが、この鬼ごっこを企てたのが誰だか、二人はもう知っている。だからこそ、深入りしないようすっとすぐに離れて、焉貴先生の右手がパッとハイテンションに上がった。

「はい、問題です!」
「何~?」

 頭高くへ結い上げてある漆黒の髪は、すっと引っ張られて、一度背中の後ろへ落とされた。

「この場所にきてから、三番目の会話答えちゃってください!」

 こんな問題は、この男と、光命、月命しか答えられない。しかも、ここにきたのは自分たち二人きり。優雅な王子夫と女装夫は知らない。焉貴と孔明だけの秘密。

 何の損傷もなく、孔明の少し薄い唇から、春風が吹く陽だまりみたいな声が回答した。

「ふふっ。五年前の十一月二十四日、月曜日。その日、キミとボクが話してからの、三十七番目の会話~?」
「一字一句あっちゃってます!」

 焉貴はさっと起き上がって、ワンレッドのスーツで白いモード系ファッションの上にパッと乗り、孔明を押し倒している格好になった。

「もう一回、チューしちゃ~う!」
「きゃあっ!」

 孔明が子供みたいにはしゃぐと、デッキチェアーの上で抱き合う夫二人になった。そして、キスをしてまた離れて、焉貴が孔明の上からどくと、白のモード系ファッションが今度は、ワインレッドのスーツを下敷きにし、孔明が焉貴を押し倒した。

「じゃあ、今度はボクからぁ~?」
「はい、しちゃってください!」

 そして、またキスをする。離れて、

「もう一回、チューしちゃ~う!」
「きゃあっ!」
「じゃあ、ボクからぁ~?」
「しちゃってください!」

 隠れんぼなどどこかへうっちゃって、夫二人の甘すぎるキスのし合いっこはずっと続いていた。自宅のプールサイドのデッキチェアの上で。

 夫二人の背後で、妻はさっきからずっと見ていた――

 深緑のベルベットブーツは部屋の窓を静かに開け放ち、そうっと忍び寄って、紫のワンピースは夕風にただただ揺れ続ける。

 颯茄の前で、ベッドがわりのデッキチェアでこんな光景が広がっているのだった。

 焉貴のワインレッドの服がコロコロと右へ転がり、孔明を押し倒す。
 孔明の白いモード系の服がコロコロと左へ転がり、焉貴を押し倒す。

 妻は思うのだ。そのうち、二人の服がひとつに混じって、ピンクになるのではないかと。

 颯茄は鬼であることなどどうでもよくなり、押し倒してはキスをしてを繰り返している夫たちに、あきれ顔で吐き捨てた。

「何ですか? このバカップルはっ!」

 妻がいることさえ気づきやしない。夫二人。もう一言言ってやった。

「っていうか、このバカ夫夫はっ!」

 それでも、押し倒してはキスをするが、ハイテンションで起きている現状を前にして、妻はとうとう壊れた。

「あぁ~、今ごろ、孔明さんのが焉貴さんのに絡みに絡みついて……。いやいや、焉貴さんのが……孔明さんのを全部拘束してるかもしれないね」

 妻の具体的な妄想は口から思わずもれていた。しかしそれでも、まだ続いている夫たちのじゃれ合い。妻はため息をついて、平常運転に戻った。

「まあ、しょうがないか。焉貴さんと孔明さん、結婚する前から膝枕してたくらいだから、仲良いよね? どうしようかな? 別の人を先に――」

 夫ふたりの間に割って入れない。ベルベットブーツは百八十度向きを変えて、部屋の中に入ろうとしたが、次の瞬間、目の前に暮れてゆく空が突如広がった――誰にかに瞬間移動をかけられた。

「あれ?」

 左側から、焉貴の螺旋階段を突き落としたみたいなぐるぐる感のある声がすぐ近くで聞こえてきた。

「お前、何やってんの?」
「颯ちゃん、ボクたち捕まえないの~?」

 右側から、孔明の陽だまりみたいでありながら好青年の響きがやってきた。

 聡明な瑠璃紺色の瞳と、どこかいってしまっている黄緑色の瞳には、それぞれの時計で、

 十六時二十二分十七秒。あと一時間五十八秒――。

 いつの間にか、颯茄はデッキチェアの上に倒れていて、孔明と焉貴の間にいた。明引呼にさっき瞬間移動はかけられている。もう驚かない。

「どうしてわかったんですか?」

 足音はしていなかったというか、そんなことなど聞こえやしないほど、ラブラブであっただろう。さっきの様子からすると。

 聡明な瑠璃紺色の瞳がのぞき込むと、漆黒の黒い髪がスルスルと颯茄の頬の上に落ちてきた。

「あれ~? ボクたちのことまだ理解してないの~?」
「お前、ずっとこっちに情報漏洩してんだけど……」

 颯茄の真正面で、山吹色のボブ髪の縁が、孔明の頭とぶつかる。

 知っている。二人の記憶と観察力の素晴らしさは。妻が何も言わず、座っているだけでも、情報と化して、可能性を導き出す判断材料とすることなど。

 だが、このどこかずれている妻は、お笑い好きだ。イケメン二人に両側から囲まれて、寝転がっている状況で、わざとらしく大声を上げて驚いてみせた。

「えっっ!? いつの間にっ!」

 しかし、勢いばかりで、理論がない妻は、二人がどんな反応するかは予測できていなかった。孔明が両腕を広げて、ガバッと抱きついてきた。

「そういう颯ちゃん、ボク大好き~!」
「わわわ……!」

 逃げようとしたが、完全に下敷きにされてしまっていて。そうしているうちに、焉貴も子供みたいに無邪気に、ガバッと孔明ごと抱きついてきた。

「俺も好き~!」

 夫二人に捕まってしまった妻は、ワインレッドのスーツと白のモード系ファッションに埋もれながら、助けを求めようとするが、

「いやいや、離してください!」

 孔明が子供みたいにだだをこねて、颯茄をさらに強く抱きしめると、

「いや~!」

 焉貴のまだら模様の声が、ケーキにはちみつをかけたみたいに甘さダラダラで、すぐ近くで響いた。

「や~!」

 夫婦三人で、デッキチェアの上でじゃれ合うの図になってしまった。

 ゴロゴロと右へ左へと転がる。妻は夫二人に抱きしめられたまま、そのうち、三つの服の色が混じって、赤紫になるのではないかと思う余裕もなく、

「まだ最初で~す! 足止めしないでくださ~い!」

 颯茄の悲鳴にも似た叫び声が、さざ波を起こしているプールの水面の上に、少しの間だけ降り積もっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

4人の王子に囲まれて

*YUA*
恋愛
シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生の結衣は、母の再婚がきっかけとなり4人の義兄ができる。 4人の兄たちは結衣が気に食わず意地悪ばかりし、追い出そうとするが、段々と結衣の魅力に惹かれていって…… 4人のイケメン義兄と1人の妹の共同生活を描いたストーリー! 鈴木結衣(Yui Suzuki) 高1 156cm 39kg シングルマザーで育った貧乏で平凡な女子高生。 母の再婚によって4人の義兄ができる。 矢神 琉生(Ryusei yagami) 26歳 178cm 結衣の義兄の長男。 面倒見がよく優しい。 近くのクリニックの先生をしている。 矢神 秀(Shu yagami) 24歳 172cm 結衣の義兄の次男。 優しくて結衣の1番の頼れるお義兄さん。 結衣と大雅が通うS高の数学教師。 矢神 瑛斗(Eito yagami) 22歳 177cm 結衣の義兄の三男。 優しいけどちょっぴりSな一面も!? 今大人気若手俳優のエイトの顔を持つ。 矢神 大雅(Taiga yagami) 高3 182cm 結衣の義兄の四男。 学校からも目をつけられているヤンキー。 結衣と同じ高校に通うモテモテの先輩でもある。 *注 医療の知識等はございません。    ご了承くださいませ。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

処理中です...