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陰陽少女(仮)
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ドアベルを押してすぐ、優香は玄関口に姿を見せた。どうやら寝込んでいたわけではないらしい。
だが、その姿は、いつもの穏やかで優雅な雰囲気の優香とはまるで別人のようだった。やつれて蒼褪め、幽霊のように生気が感じられない。
それでも優香は微笑すると、体を気遣って玄関先で帰ろうとする京子を半ば引っ張るように、豪華なシャンデリアとソファセットが設えられたリビングへと招き入れてくれた。
優香は胸の部分が大きく開いた、大人びた黒のワンピースを着ていた。細い体のラインにフィットしたそのドレスが、余計に優香を儚く頼りなさげに見せている。胸に、星の形をした銀のペンダントが揺れているものの、全体の雰囲気は、まるで喪装のようだ。
「来てくれて有難う、京子ちゃん。両親が旅行中で、なんのお構いも出来ないけど」
無理に笑ってみせるのが精いっぱいなのだろう。紅茶を淹れる優香の手が小刻みに震えている。その右手に、ま新しい包帯が巻かれていることに京子は気がついた。
「どうしたの、それ」
京子の声が聞こえないのだろうか、優香はぼんやりと宙の一点を見つめている。傾けられたティーポットから落ちる琥珀色の液体は、カップを満たし、溢れ、ソーサーの縁から白いクロスの上に広がった。
「優香」
堪らず声を掛けると、優香の肩がビクリと震え、手からポットが滑り落ちた。華奢な陶器は割れこそしなかったものの、蓋がはずれ、なかの液体が飛び散った。熱い飛沫が指にかかり、それで優香は初めて我に返ったようだった。
「優香、大丈夫?」
慌てて腰を浮かせた京子を、優香が身振りで制した。
「やだ、私ったら、ぼうっとして。ごめんね、なんでもないの、大丈夫。この右手の包帯もね、今みたいに火傷したの」
私って、案外と抜けているのよ。そう言って笑う優香の目に一瞬浮かんだ恐怖に似た色を、京子は見逃さなかった。なんでもないというようすではない、優香は明らかになにかに怯え、動揺していた。
優香の右手に巻かれた白い包帯が痛々しい。その手は、胸のペンダントヘッドを御守りのように握り締めている。
「大丈夫。本当に、大丈夫よ」
呟くように、いや、自分に言い聞かせるように続ける優香に授業のノートとプリントを渡し、後ろ髪を引かれるような想いで、京子は優香の家を後にした。なにかあったに違いないのだが、優香が自分で大丈夫だと言い続ける限りは、京子にしてやれることなど何もない。
駅に着く少し手前で、突然、ポケットのなかの携帯が震えた。
呼び出しは一度きりだったが、京子は、優香からの着信だと確信した。慌てて取り出し、最新の着信番号を確認すると、やはり、登録したばかりの優香の携帯番号だ。京子はその番号にコールバックした。
胸騒ぎがする。
数回めの呼び出しの後、電話は繋がった。
「もしもし、京子ちゃん。授業のノートとっても助かったわ、どうも有難う。ひょっとしてもう電車に乗ってる?」
普段と変わらない優香の声。
「ごめんね、さっきはろくにお礼も言わないで。京子ちゃんの顔を見たらホッとして、そしたら家に一人で居るのが急に心細くなっちゃって。声が聞きたくなって、つい電話しちゃった。もう、切るね」
しかし、優香の側から電話を切る気配はない。しばしの沈黙。
「優香?」
ちいさく、息を吸い込むような音。
「もしもし?優香、そこに居るんでしょう?」
京子はスマートフォンに耳を押し合てた。通話は切れていない、電波にもなんら障害はない。
「優香、どうしたの。聞こえたら返事をして。優香」
必死の呼びかけに応えたのは、悲痛な程に掠れた優香の声だった。
「助けて、京子ちゃん。私、久保田さんに殺される」
だが、その姿は、いつもの穏やかで優雅な雰囲気の優香とはまるで別人のようだった。やつれて蒼褪め、幽霊のように生気が感じられない。
それでも優香は微笑すると、体を気遣って玄関先で帰ろうとする京子を半ば引っ張るように、豪華なシャンデリアとソファセットが設えられたリビングへと招き入れてくれた。
優香は胸の部分が大きく開いた、大人びた黒のワンピースを着ていた。細い体のラインにフィットしたそのドレスが、余計に優香を儚く頼りなさげに見せている。胸に、星の形をした銀のペンダントが揺れているものの、全体の雰囲気は、まるで喪装のようだ。
「来てくれて有難う、京子ちゃん。両親が旅行中で、なんのお構いも出来ないけど」
無理に笑ってみせるのが精いっぱいなのだろう。紅茶を淹れる優香の手が小刻みに震えている。その右手に、ま新しい包帯が巻かれていることに京子は気がついた。
「どうしたの、それ」
京子の声が聞こえないのだろうか、優香はぼんやりと宙の一点を見つめている。傾けられたティーポットから落ちる琥珀色の液体は、カップを満たし、溢れ、ソーサーの縁から白いクロスの上に広がった。
「優香」
堪らず声を掛けると、優香の肩がビクリと震え、手からポットが滑り落ちた。華奢な陶器は割れこそしなかったものの、蓋がはずれ、なかの液体が飛び散った。熱い飛沫が指にかかり、それで優香は初めて我に返ったようだった。
「優香、大丈夫?」
慌てて腰を浮かせた京子を、優香が身振りで制した。
「やだ、私ったら、ぼうっとして。ごめんね、なんでもないの、大丈夫。この右手の包帯もね、今みたいに火傷したの」
私って、案外と抜けているのよ。そう言って笑う優香の目に一瞬浮かんだ恐怖に似た色を、京子は見逃さなかった。なんでもないというようすではない、優香は明らかになにかに怯え、動揺していた。
優香の右手に巻かれた白い包帯が痛々しい。その手は、胸のペンダントヘッドを御守りのように握り締めている。
「大丈夫。本当に、大丈夫よ」
呟くように、いや、自分に言い聞かせるように続ける優香に授業のノートとプリントを渡し、後ろ髪を引かれるような想いで、京子は優香の家を後にした。なにかあったに違いないのだが、優香が自分で大丈夫だと言い続ける限りは、京子にしてやれることなど何もない。
駅に着く少し手前で、突然、ポケットのなかの携帯が震えた。
呼び出しは一度きりだったが、京子は、優香からの着信だと確信した。慌てて取り出し、最新の着信番号を確認すると、やはり、登録したばかりの優香の携帯番号だ。京子はその番号にコールバックした。
胸騒ぎがする。
数回めの呼び出しの後、電話は繋がった。
「もしもし、京子ちゃん。授業のノートとっても助かったわ、どうも有難う。ひょっとしてもう電車に乗ってる?」
普段と変わらない優香の声。
「ごめんね、さっきはろくにお礼も言わないで。京子ちゃんの顔を見たらホッとして、そしたら家に一人で居るのが急に心細くなっちゃって。声が聞きたくなって、つい電話しちゃった。もう、切るね」
しかし、優香の側から電話を切る気配はない。しばしの沈黙。
「優香?」
ちいさく、息を吸い込むような音。
「もしもし?優香、そこに居るんでしょう?」
京子はスマートフォンに耳を押し合てた。通話は切れていない、電波にもなんら障害はない。
「優香、どうしたの。聞こえたら返事をして。優香」
必死の呼びかけに応えたのは、悲痛な程に掠れた優香の声だった。
「助けて、京子ちゃん。私、久保田さんに殺される」
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