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剣舞

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 朝起きると、何事も無かったかのように列車は進んでいた。

「ん……起きるの早いな、お前ら」

 二階から降りると全員起きて机を囲んでいた。睡眠が不要なステラは兎も角、カラスもメイアも大体俺より早く起きている。

「おはようございます、主様」

「おはようございます、マスター」

「お、起きたか。おはようさん」

 平気そうに机の上で菓子や飲み物を広げている三人を見て、俺は昨日あった筈の出来事を思わず疑う。

「……昨日、殺人が起きたみたいな話じゃなかったか?」

 メイアに私達で解決しておくと言われてそのまま寝たんだが、こうも通常運行になるのはおかしいだろう。列車も止まっていないとおかしいし、警察に事情を聴かれたりとかもしないとおかしい。

「実は殺人は起きた無かったんだよな」

「起きそうになっていたというのが正確なところですね。私達はそれを未然に防ぎ、全部無かったことにしておきました」

「……別に良いんだが、何でだ?」

 俺の問いに、メイアがにこりと笑う。

「勿論、主様にこの旅を楽しんでいただく為です。警察に色々聞かれたりするのも面倒臭いかと思いましたし……何より、この列車の旅を最後まで皆で楽しみたいと思ってしまいました」

「まぁ、確かにその方が楽か……犯人的な奴も処理できたんだよな?」

 俺が聞くと、全員難しそうな顔をした。

「出来たとも言えるし、出来てないとも言えるな」

「犯人は処理できましたが、真犯人には辿り着けていないという状況でしょうか」

「一応、また襲撃される可能性もゼロではありません」

 なるほど、遠隔で色々やられてたのか。

「まぁ、良いか。助かった。後は気にせず楽しめば良いか」

「カァ、そうだな」

「恐らく発生していたのは劇場殺人ですが、私達には関係ないことですね」

「はい、今日も楽しみましょう!」

 ……劇場殺人?

「どうかされましたか?」

「……いや、何でも無い」

 良し、聞かなかったことにしよう。



 ♢



 桜屋敷。列車から降りて俺達が案内されたのは武家屋敷のように立派な和風建築だった。門を通って通された後、俺達は見事な舞を見せられた。

「続いては、日本最強の剣士としても名高い、八重咲良やえのさくら様の剣舞となります。今回は特別にお越し頂いております。こちらについても撮影は禁止となっておりますので、ご理解の程よろしくお願い致します」

 司会が言い終えると、舞台の後方に並ぶ人達が三味線だか何だかで音楽を鳴らし始めた。

「お初にお目にかかります、八重咲良です。剣舞を踊らせて頂きます」

 現れたのは黒い和装に身を包んだ女。黒い髪を後ろに結び、腰に刀を差したその姿は、芸者というよりも侍と言う言葉が相応しい。

「見たことある顔だな」

「当然でしょう。一級のハンターですよ」

 あぁ、そうだったな。ただ、テレビで見る機会はそう多くなかったように感じる。

 思い出したと同時に、女は流麗な動作で舞を始めた。その動きは美しく見せる為のものでもあるが、歩法自体は本物だ。

「マスターから見て、どうですか?」

 音楽が一段階盛り上がり、女はスラリと刀を抜いた。そのまま、まるで敵に囲まれているかのように舞いながら刀を振るっていく。

「……単純な剣の技量に関しては霧生に匹敵するかも知れない」

 一人での剣舞にも関わらずまるで殺陣のように見えるのは、間違いなく高い技術によるものだろう。

「ただ、どちらが強いかは、本当に戦っているところを見るまで分からないな」

「なるほど、流石は一級ですね」

 とは言え、俺の予想を言うならば勝つのは霧生だ。八重咲良は確かに一流の剣士に見えるが、一流の戦士には見えない。

「……繊細な剣だな」

 天日流の剣が全て関係なく斬り伏せるって感じの剣だとすれば、この剣は全てに気を遣っている繊細な剣だ。

「面白いな」

 天日流は良く言えばアドリブが効く剣だが、八重の剣は完璧な剣だ。決められた通りの道筋を辿り、想定された軌跡を描く、綺麗な剣だ。

「凄い、綺麗ですね」

「あぁ、良い剣だな」

 戦いたくないのは天日流だが、剣としての完成度はこっちの方が高いかも知れない。尤も、今は一般人でも見える全力では無い動きだからな、全力だとどの程度乱れるかは分からないが。

 そのまま咲良は舞を続けると、最後に刀をスッと構え、天井近くに開いている換気用の木の柵を睨んだ。

「ハッ」

 一息に剣を振り下ろすと、屋敷の中に風が吹き抜け、放たれた斬撃が柵の間を通って雲を斬り裂いた。

「おぉ!?」
「凄い、まさかこんなものが見られるとは……!」
「咲良先生が居るとは、幸運でしたねぇ」

 それまで静かに鑑賞していた者たちも、この技には思わず感嘆の声を漏らしていた。

「これにて剣舞を終わります。ご高覧いただきありがとうございました」

 咲良は見事な所作で刀を納め、頭を下げた。

「……」

 踵を返し、去って行く直前、咲良の目がこちらを見た。話している声は聞かれていない筈だが、しっかり観察しすぎたかも知れない。

「どうしました? 主様」

「あぁ、いや、何でもない」

 周囲の様子を見ると、屋敷の使用人らしき者達が慌ただしく動き回っていた。

「次は昼食らしいですよ、マスター。楽しみですね」

「和食はあんま食ったことねぇんだよな、オレ」

「カラス、貴方には聞いていません」

「確かに、列車内で出る食事はそこまで和食感無かったな」

 美味しくはあったが、普通の料理って感じだった。

「カァ……」

 カラスが突然、顔を顰めた。

「嫌な予感がするぜ」

「どうした? 急に」

 カラスの危機察知能力が高いからな、実際何かはあるんだろうが……俺は特に何も感じていないからな。多分、そこまでヤバいことじゃないだろう。
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