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魔術師オッサル

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 悲劇と苦痛に満ちた冒険の後、俺はやり直しの道を選びはしなかった。

「何故だ? 何故、選ばなかった?」

「俺の旅路を、出会ってきた奴等の覚悟や最期を、誰にも否定されたくなかった。アイツらは全員、覚悟して死んだ。託して死んだ。それを全部やり直せば、アイツらはどこに消える? 新しいアイツらに、その記憶は無い。その時点でもう、アイツらを救ったことにはならない」

 そうやって俺が救うのは、ただの別人だ。

「人間は過去だけで出来てる。それを巻き戻して書き直しても、無意味だろ」

「別に巻き戻す訳じゃない。自分自身が過去に戻って、未来を変えるんだ。誰も否定はされていない。有り得た悲劇を消し去るだけだ。」

「それはつまり、俺の記憶の中に居るアイツらを偽物にするって話だろ。消えた未来は、無くならない。その未来があったって過去はな」

 ニオスは溜息を吐いて、諦めたように首を振った。

「……どうやら、君と私は価値観が合わないらしい」

「あぁ、間違いないな」

 戦闘が本格的に始まりそうな気配がしている。

「それと、言っておくが……時間遡行の類いは、余りやり過ぎない方が良いらしい」

「らしい、だと?」

 俺の曖昧な言い方にニオスは眉を顰めて言う。

「あぁ、知り合いに聞いた」

「一切の信憑性を感じられないな、それは」

 知り合いと言っても、女神だがな。

「まぁ、良い……分かり合えないならば、殺すしかない」

「その前に、一つ聞いて良いか?」

 ニオスは動きを止め、じっとこちらを見た。

「アンタの体の中には、二つの魂がある。それは何だ?」

「ふむ、良く気付いたな。紹介しようか」

 ニオスはニヤリとした笑みを浮かべる。

「彼の名はニオス。古くからの……いや、未来からの友人さ」

「はい、俺はニオスです。ニオス様の忠実なる僕にして、最大の友です」

 何というか、頭がおかしくなりそうだな。

「アンタがニオスで、中の奴もニオスって名前なのか?」

「正確には、私はオッサルだった。しかし今はニオスの体に融合することで……私自身もニオスとなったのだ」

 二重人格って話でも無く、単純に一つの体に二つの魂が同居している。奇妙ではあるが、そういう奴は何度も見たことがある。ただ、こいつの場合はその魂すらも奇妙な形で融合している。

「……そもそも、何故融合したんだ?」

「未来から過去へ渡るに際し、二人を同時に過去へ送るのはコストがかかり過ぎた。故に、こうして融合したのだ。元々は魔物であったニオスは肉体の性能が優秀でな……今でこそ吸血鬼の因子を取り入れることで昔の私のような姿となってはいるが、前までは人の姿からはかけ離れていた」

 成る程な。時間を遡行する為に融合し、一人分のコストで済ませた訳だ。混ざり切らない不自然な魂の融合。奇妙だとは思ったが、それを聞くと合点がいく。

「しかし、そうか。元は吸血鬼じゃなかったんだな」

 つまり、純血種ではないということだ。

「あぁ、その通りだとも。思えば、早くに真祖を見つけられたのは幸運だった」

「真祖の力を取り込んだのか」

 ニオスは頷き、そして指先を俺に向けた。

「さて、時間稼ぎをしていたようだが……それは、私にとっても利になることだよ」

「なんだ、気付いてたのか」

 血が指先から飛来する。それは障壁に触れると消滅した。

「ふむ、セプティーニが解析した通り、信じられないほどに強固な障壁だな」

「まぁ、俺が作った術じゃないからな」

 続けて飛来する血の剣を俺は回避する。アレは、当たると不味い。あの少女が解析した結果は当然のようにニオスに受け継がれているようだ。

「……少し、格が違うな」

 今までの奴とは、格が違う。アイツらが居なかった時には焦ったが、逆に今は居なくて正解だったとも言える。

「このくらいだとどうかな?」

「多いな」

 浮かび上がる大量の血の剣。数は百どころか千を超えている。

「だが、この状態なら捌くのは難しくない」

 対吸血鬼装備に、超加速状態。音速の数倍程度の血の剣は避けるにも砕くにも容易かった。

「ふぅむ、難なくと言ったところか」

 ならば、と続けて指先を俺に向ける。

「これでどうかな?」

「……多いな」

 血の世界の外殻から、空を覆い尽くすように現れる血の剣。その数は数万とあるだろう。

「とは言え、問題無いな」

 数が何倍になろうと、速度が変わらない以上は捌き切れる。俺は戦闘術式から得られる情報によって最適化された動きで、全ての剣を躱し、受け、砕いていく。

「ふふ、素晴らしいな。ニオス、お前もそう思うだろう?」

「えぇ、これほどの勇士は初めて見ます」

 俺の方は……もう少しだな。相手の根源との同化率は、八割程度か。

「これは少しズルいかも知れないが……幕引きとならないことを祈っているよ」

 パチリ、ニオスが手を叩いた。すると、血の世界が鳴動し、大きく揺れる。

「ッ、やっぱり出来るのか」

 地面の血がぐにゃりと動き、俺の足を掴もうとする。空も地面も、この世界そのものが血となって襲い掛かって来る。

「完全に包囲されるな」

 全方位から迫る血は一切の逃げ場なく迫り、俺を覆い尽くそうとする。
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