223 / 233
魔術師オッサル
しおりを挟む
悲劇と苦痛に満ちた冒険の後、俺はやり直しの道を選びはしなかった。
「何故だ? 何故、選ばなかった?」
「俺の旅路を、出会ってきた奴等の覚悟や最期を、誰にも否定されたくなかった。アイツらは全員、覚悟して死んだ。託して死んだ。それを全部やり直せば、アイツらはどこに消える? 新しいアイツらに、その記憶は無い。その時点でもう、アイツらを救ったことにはならない」
そうやって俺が救うのは、ただの別人だ。
「人間は過去だけで出来てる。それを巻き戻して書き直しても、無意味だろ」
「別に巻き戻す訳じゃない。自分自身が過去に戻って、未来を変えるんだ。誰も否定はされていない。有り得た悲劇を消し去るだけだ。」
「それはつまり、俺の記憶の中に居るアイツらを偽物にするって話だろ。消えた未来は、無くならない。その未来があったって過去はな」
ニオスは溜息を吐いて、諦めたように首を振った。
「……どうやら、君と私は価値観が合わないらしい」
「あぁ、間違いないな」
戦闘が本格的に始まりそうな気配がしている。
「それと、言っておくが……時間遡行の類いは、余りやり過ぎない方が良いらしい」
「らしい、だと?」
俺の曖昧な言い方にニオスは眉を顰めて言う。
「あぁ、知り合いに聞いた」
「一切の信憑性を感じられないな、それは」
知り合いと言っても、女神だがな。
「まぁ、良い……分かり合えないならば、殺すしかない」
「その前に、一つ聞いて良いか?」
ニオスは動きを止め、じっとこちらを見た。
「アンタの体の中には、二つの魂がある。それは何だ?」
「ふむ、良く気付いたな。紹介しようか」
ニオスはニヤリとした笑みを浮かべる。
「彼の名はニオス。古くからの……いや、未来からの友人さ」
「はい、俺はニオスです。ニオス様の忠実なる僕にして、最大の友です」
何というか、頭がおかしくなりそうだな。
「アンタがニオスで、中の奴もニオスって名前なのか?」
「正確には、私はオッサルだった。しかし今はニオスの体に融合することで……私自身もニオスとなったのだ」
二重人格って話でも無く、単純に一つの体に二つの魂が同居している。奇妙ではあるが、そういう奴は何度も見たことがある。ただ、こいつの場合はその魂すらも奇妙な形で融合している。
「……そもそも、何故融合したんだ?」
「未来から過去へ渡るに際し、二人を同時に過去へ送るのはコストがかかり過ぎた。故に、こうして融合したのだ。元々は魔物であったニオスは肉体の性能が優秀でな……今でこそ吸血鬼の因子を取り入れることで昔の私のような姿となってはいるが、前までは人の姿からはかけ離れていた」
成る程な。時間を遡行する為に融合し、一人分のコストで済ませた訳だ。混ざり切らない不自然な魂の融合。奇妙だとは思ったが、それを聞くと合点がいく。
「しかし、そうか。元は吸血鬼じゃなかったんだな」
つまり、純血種ではないということだ。
「あぁ、その通りだとも。思えば、早くに真祖を見つけられたのは幸運だった」
「真祖の力を取り込んだのか」
ニオスは頷き、そして指先を俺に向けた。
「さて、時間稼ぎをしていたようだが……それは、私にとっても利になることだよ」
「なんだ、気付いてたのか」
血が指先から飛来する。それは障壁に触れると消滅した。
「ふむ、セプティーニが解析した通り、信じられないほどに強固な障壁だな」
「まぁ、俺が作った術じゃないからな」
続けて飛来する血の剣を俺は回避する。アレは、当たると不味い。あの少女が解析した結果は当然のようにニオスに受け継がれているようだ。
「……少し、格が違うな」
今までの奴とは、格が違う。アイツらが居なかった時には焦ったが、逆に今は居なくて正解だったとも言える。
「このくらいだとどうかな?」
「多いな」
浮かび上がる大量の血の剣。数は百どころか千を超えている。
「だが、この状態なら捌くのは難しくない」
対吸血鬼装備に、超加速状態。音速の数倍程度の血の剣は避けるにも砕くにも容易かった。
「ふぅむ、難なくと言ったところか」
ならば、と続けて指先を俺に向ける。
「これでどうかな?」
「……多いな」
血の世界の外殻から、空を覆い尽くすように現れる血の剣。その数は数万とあるだろう。
「とは言え、問題無いな」
数が何倍になろうと、速度が変わらない以上は捌き切れる。俺は戦闘術式から得られる情報によって最適化された動きで、全ての剣を躱し、受け、砕いていく。
「ふふ、素晴らしいな。ニオス、お前もそう思うだろう?」
「えぇ、これほどの勇士は初めて見ます」
俺の方は……もう少しだな。相手の根源との同化率は、八割程度か。
「これは少しズルいかも知れないが……幕引きとならないことを祈っているよ」
パチリ、ニオスが手を叩いた。すると、血の世界が鳴動し、大きく揺れる。
「ッ、やっぱり出来るのか」
地面の血がぐにゃりと動き、俺の足を掴もうとする。空も地面も、この世界そのものが血となって襲い掛かって来る。
「完全に包囲されるな」
全方位から迫る血は一切の逃げ場なく迫り、俺を覆い尽くそうとする。
「何故だ? 何故、選ばなかった?」
「俺の旅路を、出会ってきた奴等の覚悟や最期を、誰にも否定されたくなかった。アイツらは全員、覚悟して死んだ。託して死んだ。それを全部やり直せば、アイツらはどこに消える? 新しいアイツらに、その記憶は無い。その時点でもう、アイツらを救ったことにはならない」
そうやって俺が救うのは、ただの別人だ。
「人間は過去だけで出来てる。それを巻き戻して書き直しても、無意味だろ」
「別に巻き戻す訳じゃない。自分自身が過去に戻って、未来を変えるんだ。誰も否定はされていない。有り得た悲劇を消し去るだけだ。」
「それはつまり、俺の記憶の中に居るアイツらを偽物にするって話だろ。消えた未来は、無くならない。その未来があったって過去はな」
ニオスは溜息を吐いて、諦めたように首を振った。
「……どうやら、君と私は価値観が合わないらしい」
「あぁ、間違いないな」
戦闘が本格的に始まりそうな気配がしている。
「それと、言っておくが……時間遡行の類いは、余りやり過ぎない方が良いらしい」
「らしい、だと?」
俺の曖昧な言い方にニオスは眉を顰めて言う。
「あぁ、知り合いに聞いた」
「一切の信憑性を感じられないな、それは」
知り合いと言っても、女神だがな。
「まぁ、良い……分かり合えないならば、殺すしかない」
「その前に、一つ聞いて良いか?」
ニオスは動きを止め、じっとこちらを見た。
「アンタの体の中には、二つの魂がある。それは何だ?」
「ふむ、良く気付いたな。紹介しようか」
ニオスはニヤリとした笑みを浮かべる。
「彼の名はニオス。古くからの……いや、未来からの友人さ」
「はい、俺はニオスです。ニオス様の忠実なる僕にして、最大の友です」
何というか、頭がおかしくなりそうだな。
「アンタがニオスで、中の奴もニオスって名前なのか?」
「正確には、私はオッサルだった。しかし今はニオスの体に融合することで……私自身もニオスとなったのだ」
二重人格って話でも無く、単純に一つの体に二つの魂が同居している。奇妙ではあるが、そういう奴は何度も見たことがある。ただ、こいつの場合はその魂すらも奇妙な形で融合している。
「……そもそも、何故融合したんだ?」
「未来から過去へ渡るに際し、二人を同時に過去へ送るのはコストがかかり過ぎた。故に、こうして融合したのだ。元々は魔物であったニオスは肉体の性能が優秀でな……今でこそ吸血鬼の因子を取り入れることで昔の私のような姿となってはいるが、前までは人の姿からはかけ離れていた」
成る程な。時間を遡行する為に融合し、一人分のコストで済ませた訳だ。混ざり切らない不自然な魂の融合。奇妙だとは思ったが、それを聞くと合点がいく。
「しかし、そうか。元は吸血鬼じゃなかったんだな」
つまり、純血種ではないということだ。
「あぁ、その通りだとも。思えば、早くに真祖を見つけられたのは幸運だった」
「真祖の力を取り込んだのか」
ニオスは頷き、そして指先を俺に向けた。
「さて、時間稼ぎをしていたようだが……それは、私にとっても利になることだよ」
「なんだ、気付いてたのか」
血が指先から飛来する。それは障壁に触れると消滅した。
「ふむ、セプティーニが解析した通り、信じられないほどに強固な障壁だな」
「まぁ、俺が作った術じゃないからな」
続けて飛来する血の剣を俺は回避する。アレは、当たると不味い。あの少女が解析した結果は当然のようにニオスに受け継がれているようだ。
「……少し、格が違うな」
今までの奴とは、格が違う。アイツらが居なかった時には焦ったが、逆に今は居なくて正解だったとも言える。
「このくらいだとどうかな?」
「多いな」
浮かび上がる大量の血の剣。数は百どころか千を超えている。
「だが、この状態なら捌くのは難しくない」
対吸血鬼装備に、超加速状態。音速の数倍程度の血の剣は避けるにも砕くにも容易かった。
「ふぅむ、難なくと言ったところか」
ならば、と続けて指先を俺に向ける。
「これでどうかな?」
「……多いな」
血の世界の外殻から、空を覆い尽くすように現れる血の剣。その数は数万とあるだろう。
「とは言え、問題無いな」
数が何倍になろうと、速度が変わらない以上は捌き切れる。俺は戦闘術式から得られる情報によって最適化された動きで、全ての剣を躱し、受け、砕いていく。
「ふふ、素晴らしいな。ニオス、お前もそう思うだろう?」
「えぇ、これほどの勇士は初めて見ます」
俺の方は……もう少しだな。相手の根源との同化率は、八割程度か。
「これは少しズルいかも知れないが……幕引きとならないことを祈っているよ」
パチリ、ニオスが手を叩いた。すると、血の世界が鳴動し、大きく揺れる。
「ッ、やっぱり出来るのか」
地面の血がぐにゃりと動き、俺の足を掴もうとする。空も地面も、この世界そのものが血となって襲い掛かって来る。
「完全に包囲されるな」
全方位から迫る血は一切の逃げ場なく迫り、俺を覆い尽くそうとする。
20
お気に入りに追加
184
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
強制無人島生活
デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。
修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、
救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。
更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。
だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに……
果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか?
注意
この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。
1話あたり300~1000文字くらいです。
ご了承のほどよろしくお願いします。
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する
あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。
俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて
まるでない、凡愚で普通の人種だった。
そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。
だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が
勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。
自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の
関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に
衝撃な展開が舞い込んできた。
そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。
※小説家になろう様にも掲載しています。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる