上 下
129 / 233

ストーキング

しおりを挟む
 俺は今、少女の背後をこそこそと付け回していた。当然、透明化した状態だ。

「……気付かれたか?」

 段々と人気の少ない場所へと入っていく少女。その姿が、遂に誰も居ない路地裏へと消えた。

「っ、と」

 角を曲がり、そこに踏み込んだ瞬間。黒い二枚の花弁が飛来し、一つが俺の眼前で止まり、一つが足元に突き刺さった。

「誰?」

 冷たい声で問いかける御日。俺は少し迷った末に、仮面を付けて姿を現した。同時に人払いの結界を展開する。

「ッ、もしかして……」

 実体化した俺は剣を虚空から引き抜き、斬りかかった。

「ッ!」

 黄金の刀で俺の剣を受け止める御日。俺はそのまま力を加えて刀を弾き、更に剣を振るう。

「ここで戦って、大丈夫?」

 御日は剣を回避し、後ろに飛び退いた。


「――――刀の人」


 俺は構えていた剣を、ゆっくりと下ろした。

「……気付いてたのか」

「うん」

 俺は剣を虚空に返し、仮面を取った。

「悪い。少しだけ試したくなった」

「私も、戦ってみたい。でも……やるなら、ちゃんとが良い」

「……すまん」

 ジトっとした目でこちらを見る御日に、俺は耐えきれず謝った。

「それと……最初にこれを言うべきだったかも知れないが」

 俺は虚空から細かく文字が書かれた小さな細長い紙を取り出して御日に差し出した。

「二級、おめでとう。その紙はお守りみたいなものだ。肌身離さず持っておくと良い」

「うん。ありがとう」

 御日は微笑みを浮かべ、紙を服の内側にしまった。

「刀の人……名前、教えて欲しい」

「あぁ、そうか」

 名前、伝えてなかったな。

「老日 勇だ。老いるの老に日月の日、勇気の勇でな」

「八研 御日。八回研ぐに、御日様おひさまの御と日」

 お互い、珍しい苗字だな。

「じゃあ、刀の人……付いて来て」

「……あぁ」

 別に、呼び方が変わる訳じゃ無いんだな。

「着いて行くのは良いが、どこに行くんだ?」

「私とおじいちゃんの家」

 家……まぁ、良いか。

「そういえば、剣の扱いは祖父から習ったって言ってたな」

「うん。おじいちゃんはすっごく強い」

 まぁ、だろうな。

「それで、刀の人にも興味があるって言ってた」

「……そうか」

 あまり、行きたくなくなってきたな。

「一度、手合わせしてみたいって言ってた」

 かなり、行きたくなくなってきたな。

「俺が戦ってるところは、一度も見せたことが無い筈だが」

「これだけの刀をポンとくれるような人、只者じゃないって言ってた」

 まぁ、そうなるか。

「俺は剣士だが……侍では無いぞ」

「別に、良いと思う。剣士でも魔術士でも……戦士なら」

 どのみち、逃れられそうにはないな。

「私も、気になる。おじいちゃんと、刀の人。どっちが強いか」

「……そうか」

 取り敢えず、魔術はナシで行くか。俺は若干憂鬱な気分になりつつ、東京の空を見上げた。



 ♢



 千葉だった。まぁ、出会った場所も千葉の旧白浜異界だったから自然なんだが、何となく東京だと思っていた。

「おじいちゃん、連れて来たよ」

 そこは低い山の入り口、街から僅かに離れ、森に少し踏み込んだ程度の場所。木製の塀に囲まれたその家は、そこそこ大きめの平家だった。小さめの砂の庭が縁側に面する、昔ながらの家だ。


「――――良くぞ、いらっしゃった」


 扉がガラガラと開き、そこから白い髪と髭の生えた老人が現れた。その装いはこの現代にそぐわぬ和装で、江戸の世から現れたかのような男だった。歳は、六十は超えているだろう。

「孫を助けてくれたこと、心より感謝する」

「いや、気にしないでくれ。成り行きで助けただけだ」

 深々と頭を下げた老人に、俺は慌てて手を振った。

「そうも行くまい。いざ、こちらへ。歓迎させて頂こう」

「……分かった」

 すたすたと家に入っていく老人と、とことことそれに続く御日。俺はその後を追って家に入った。


 家に入り、少し歩くと、年季の入った丸い木の机とそれを二つの座布団が囲む空間があった。床は畳で、正に和の風情を感じる。

「そちらへ」

 短く座布団を促した老人。俺は遠慮なくそこに座った。こういう場合の礼儀とかもありそうなものだが、俺は一切そういうものを習っていないので仕方ない。

「御日、裏の物置に座布団がもう一枚あっただろう。持ってきてくれるか」

「うん」

 老人は座布団の無い場所に正座し、俺と向き合った。御日はとことこと部屋の外に消えた。

「先ずは、御日を救ってくれたこと……改めて感謝する」

「あぁ」

「そして、あの刀……妖刀どころか、魔刀と呼ぶに相応しいあの業物を御日に譲ってくれたこと、これにも心より感謝させて頂く」

「どうせ、俺は刀を使わないからな。使い手を見つけられず腐っていくより、良い剣士に使って貰える方が俺としても嬉しかっただけだ」

 頭を下げていた老人が、意外そうな顔で頭を上げた。

「む、剣士では無いのか」

「いや、主に使うのは剣だが……刀は殆ど使わないな」

「あぁ、それは良かった。少し、早とちりをしてしまったようで申し訳ない」

 それは良かった、か。

「本当はな、御日にも儂から刀を送ってやりたかったが……いや、家の恥を晒すものでは無いな。忘れて頂きたい」

「……あぁ」

 最初に会った時の御日の様子から察するに、金に困っていたんだろうな。刀も、もしかしたら売ってしまったのかも知れない。

「しかし、今日会って安心した。随分と御日が意識していてな、外道な輩であればどうしようかと思っていたが……一目見て、分かった」

 老人はニヤリと笑みを浮かべる。

「貴殿は、戦士だ。下郎では無かろうと」

「それは、何よりだ」

 どこか好戦的なその笑みに、俺は手合わせとやらが近付いてきているのを感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

強制無人島生活

デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

幼馴染達にフラれた俺は、それに耐えられず他の学園へと転校する

あおアンドあお
ファンタジー
俺には二人の幼馴染がいた。 俺の幼馴染達は所謂エリートと呼ばれる人種だが、俺はそんな才能なんて まるでない、凡愚で普通の人種だった。 そんな幼馴染達に並び立つべく、努力もしたし、特訓もした。 だがどう頑張っても、どうあがいてもエリート達には才能の無いこの俺が 勝てる訳も道理もなく、いつの日か二人を追い駆けるのを諦めた。 自尊心が砕ける前に幼馴染達から離れる事も考えたけど、しかし結局、ぬるま湯の 関係から抜け出せず、別れずくっつかずの関係を続けていたが、そんな俺の下に 衝撃な展開が舞い込んできた。 そう...幼馴染の二人に彼氏ができたらしい。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...