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俺は今、少女の背後をこそこそと付け回していた。当然、透明化した状態だ。
「……気付かれたか?」
段々と人気の少ない場所へと入っていく少女。その姿が、遂に誰も居ない路地裏へと消えた。
「っ、と」
角を曲がり、そこに踏み込んだ瞬間。黒い二枚の花弁が飛来し、一つが俺の眼前で止まり、一つが足元に突き刺さった。
「誰?」
冷たい声で問いかける御日。俺は少し迷った末に、仮面を付けて姿を現した。同時に人払いの結界を展開する。
「ッ、もしかして……」
実体化した俺は剣を虚空から引き抜き、斬りかかった。
「ッ!」
黄金の刀で俺の剣を受け止める御日。俺はそのまま力を加えて刀を弾き、更に剣を振るう。
「ここで戦って、大丈夫?」
御日は剣を回避し、後ろに飛び退いた。
「――――刀の人」
俺は構えていた剣を、ゆっくりと下ろした。
「……気付いてたのか」
「うん」
俺は剣を虚空に返し、仮面を取った。
「悪い。少しだけ試したくなった」
「私も、戦ってみたい。でも……やるなら、ちゃんとが良い」
「……すまん」
ジトっとした目でこちらを見る御日に、俺は耐えきれず謝った。
「それと……最初にこれを言うべきだったかも知れないが」
俺は虚空から細かく文字が書かれた小さな細長い紙を取り出して御日に差し出した。
「二級、おめでとう。その紙はお守りみたいなものだ。肌身離さず持っておくと良い」
「うん。ありがとう」
御日は微笑みを浮かべ、紙を服の内側にしまった。
「刀の人……名前、教えて欲しい」
「あぁ、そうか」
名前、伝えてなかったな。
「老日 勇だ。老いるの老に日月の日、勇気の勇でな」
「八研 御日。八回研ぐに、御日様の御と日」
お互い、珍しい苗字だな。
「じゃあ、刀の人……付いて来て」
「……あぁ」
別に、呼び方が変わる訳じゃ無いんだな。
「着いて行くのは良いが、どこに行くんだ?」
「私とおじいちゃんの家」
家……まぁ、良いか。
「そういえば、剣の扱いは祖父から習ったって言ってたな」
「うん。おじいちゃんはすっごく強い」
まぁ、だろうな。
「それで、刀の人にも興味があるって言ってた」
「……そうか」
あまり、行きたくなくなってきたな。
「一度、手合わせしてみたいって言ってた」
かなり、行きたくなくなってきたな。
「俺が戦ってるところは、一度も見せたことが無い筈だが」
「これだけの刀をポンとくれるような人、只者じゃないって言ってた」
まぁ、そうなるか。
「俺は剣士だが……侍では無いぞ」
「別に、良いと思う。剣士でも魔術士でも……戦士なら」
どのみち、逃れられそうにはないな。
「私も、気になる。おじいちゃんと、刀の人。どっちが強いか」
「……そうか」
取り敢えず、魔術はナシで行くか。俺は若干憂鬱な気分になりつつ、東京の空を見上げた。
♢
千葉だった。まぁ、出会った場所も千葉の旧白浜異界だったから自然なんだが、何となく東京だと思っていた。
「おじいちゃん、連れて来たよ」
そこは低い山の入り口、街から僅かに離れ、森に少し踏み込んだ程度の場所。木製の塀に囲まれたその家は、そこそこ大きめの平家だった。小さめの砂の庭が縁側に面する、昔ながらの家だ。
「――――良くぞ、いらっしゃった」
扉がガラガラと開き、そこから白い髪と髭の生えた老人が現れた。その装いはこの現代にそぐわぬ和装で、江戸の世から現れたかのような男だった。歳は、六十は超えているだろう。
「孫を助けてくれたこと、心より感謝する」
「いや、気にしないでくれ。成り行きで助けただけだ」
深々と頭を下げた老人に、俺は慌てて手を振った。
「そうも行くまい。いざ、こちらへ。歓迎させて頂こう」
「……分かった」
すたすたと家に入っていく老人と、とことことそれに続く御日。俺はその後を追って家に入った。
家に入り、少し歩くと、年季の入った丸い木の机とそれを二つの座布団が囲む空間があった。床は畳で、正に和の風情を感じる。
「そちらへ」
短く座布団を促した老人。俺は遠慮なくそこに座った。こういう場合の礼儀とかもありそうなものだが、俺は一切そういうものを習っていないので仕方ない。
「御日、裏の物置に座布団がもう一枚あっただろう。持ってきてくれるか」
「うん」
老人は座布団の無い場所に正座し、俺と向き合った。御日はとことこと部屋の外に消えた。
「先ずは、御日を救ってくれたこと……改めて感謝する」
「あぁ」
「そして、あの刀……妖刀どころか、魔刀と呼ぶに相応しいあの業物を御日に譲ってくれたこと、これにも心より感謝させて頂く」
「どうせ、俺は刀を使わないからな。使い手を見つけられず腐っていくより、良い剣士に使って貰える方が俺としても嬉しかっただけだ」
頭を下げていた老人が、意外そうな顔で頭を上げた。
「む、剣士では無いのか」
「いや、主に使うのは剣だが……刀は殆ど使わないな」
「あぁ、それは良かった。少し、早とちりをしてしまったようで申し訳ない」
それは良かった、か。
「本当はな、御日にも儂から刀を送ってやりたかったが……いや、家の恥を晒すものでは無いな。忘れて頂きたい」
「……あぁ」
最初に会った時の御日の様子から察するに、金に困っていたんだろうな。刀も、もしかしたら売ってしまったのかも知れない。
「しかし、今日会って安心した。随分と御日が意識していてな、外道な輩であればどうしようかと思っていたが……一目見て、分かった」
老人はニヤリと笑みを浮かべる。
「貴殿は、戦士だ。下郎では無かろうと」
「それは、何よりだ」
どこか好戦的なその笑みに、俺は手合わせとやらが近付いてきているのを感じた。
「……気付かれたか?」
段々と人気の少ない場所へと入っていく少女。その姿が、遂に誰も居ない路地裏へと消えた。
「っ、と」
角を曲がり、そこに踏み込んだ瞬間。黒い二枚の花弁が飛来し、一つが俺の眼前で止まり、一つが足元に突き刺さった。
「誰?」
冷たい声で問いかける御日。俺は少し迷った末に、仮面を付けて姿を現した。同時に人払いの結界を展開する。
「ッ、もしかして……」
実体化した俺は剣を虚空から引き抜き、斬りかかった。
「ッ!」
黄金の刀で俺の剣を受け止める御日。俺はそのまま力を加えて刀を弾き、更に剣を振るう。
「ここで戦って、大丈夫?」
御日は剣を回避し、後ろに飛び退いた。
「――――刀の人」
俺は構えていた剣を、ゆっくりと下ろした。
「……気付いてたのか」
「うん」
俺は剣を虚空に返し、仮面を取った。
「悪い。少しだけ試したくなった」
「私も、戦ってみたい。でも……やるなら、ちゃんとが良い」
「……すまん」
ジトっとした目でこちらを見る御日に、俺は耐えきれず謝った。
「それと……最初にこれを言うべきだったかも知れないが」
俺は虚空から細かく文字が書かれた小さな細長い紙を取り出して御日に差し出した。
「二級、おめでとう。その紙はお守りみたいなものだ。肌身離さず持っておくと良い」
「うん。ありがとう」
御日は微笑みを浮かべ、紙を服の内側にしまった。
「刀の人……名前、教えて欲しい」
「あぁ、そうか」
名前、伝えてなかったな。
「老日 勇だ。老いるの老に日月の日、勇気の勇でな」
「八研 御日。八回研ぐに、御日様の御と日」
お互い、珍しい苗字だな。
「じゃあ、刀の人……付いて来て」
「……あぁ」
別に、呼び方が変わる訳じゃ無いんだな。
「着いて行くのは良いが、どこに行くんだ?」
「私とおじいちゃんの家」
家……まぁ、良いか。
「そういえば、剣の扱いは祖父から習ったって言ってたな」
「うん。おじいちゃんはすっごく強い」
まぁ、だろうな。
「それで、刀の人にも興味があるって言ってた」
「……そうか」
あまり、行きたくなくなってきたな。
「一度、手合わせしてみたいって言ってた」
かなり、行きたくなくなってきたな。
「俺が戦ってるところは、一度も見せたことが無い筈だが」
「これだけの刀をポンとくれるような人、只者じゃないって言ってた」
まぁ、そうなるか。
「俺は剣士だが……侍では無いぞ」
「別に、良いと思う。剣士でも魔術士でも……戦士なら」
どのみち、逃れられそうにはないな。
「私も、気になる。おじいちゃんと、刀の人。どっちが強いか」
「……そうか」
取り敢えず、魔術はナシで行くか。俺は若干憂鬱な気分になりつつ、東京の空を見上げた。
♢
千葉だった。まぁ、出会った場所も千葉の旧白浜異界だったから自然なんだが、何となく東京だと思っていた。
「おじいちゃん、連れて来たよ」
そこは低い山の入り口、街から僅かに離れ、森に少し踏み込んだ程度の場所。木製の塀に囲まれたその家は、そこそこ大きめの平家だった。小さめの砂の庭が縁側に面する、昔ながらの家だ。
「――――良くぞ、いらっしゃった」
扉がガラガラと開き、そこから白い髪と髭の生えた老人が現れた。その装いはこの現代にそぐわぬ和装で、江戸の世から現れたかのような男だった。歳は、六十は超えているだろう。
「孫を助けてくれたこと、心より感謝する」
「いや、気にしないでくれ。成り行きで助けただけだ」
深々と頭を下げた老人に、俺は慌てて手を振った。
「そうも行くまい。いざ、こちらへ。歓迎させて頂こう」
「……分かった」
すたすたと家に入っていく老人と、とことことそれに続く御日。俺はその後を追って家に入った。
家に入り、少し歩くと、年季の入った丸い木の机とそれを二つの座布団が囲む空間があった。床は畳で、正に和の風情を感じる。
「そちらへ」
短く座布団を促した老人。俺は遠慮なくそこに座った。こういう場合の礼儀とかもありそうなものだが、俺は一切そういうものを習っていないので仕方ない。
「御日、裏の物置に座布団がもう一枚あっただろう。持ってきてくれるか」
「うん」
老人は座布団の無い場所に正座し、俺と向き合った。御日はとことこと部屋の外に消えた。
「先ずは、御日を救ってくれたこと……改めて感謝する」
「あぁ」
「そして、あの刀……妖刀どころか、魔刀と呼ぶに相応しいあの業物を御日に譲ってくれたこと、これにも心より感謝させて頂く」
「どうせ、俺は刀を使わないからな。使い手を見つけられず腐っていくより、良い剣士に使って貰える方が俺としても嬉しかっただけだ」
頭を下げていた老人が、意外そうな顔で頭を上げた。
「む、剣士では無いのか」
「いや、主に使うのは剣だが……刀は殆ど使わないな」
「あぁ、それは良かった。少し、早とちりをしてしまったようで申し訳ない」
それは良かった、か。
「本当はな、御日にも儂から刀を送ってやりたかったが……いや、家の恥を晒すものでは無いな。忘れて頂きたい」
「……あぁ」
最初に会った時の御日の様子から察するに、金に困っていたんだろうな。刀も、もしかしたら売ってしまったのかも知れない。
「しかし、今日会って安心した。随分と御日が意識していてな、外道な輩であればどうしようかと思っていたが……一目見て、分かった」
老人はニヤリと笑みを浮かべる。
「貴殿は、戦士だ。下郎では無かろうと」
「それは、何よりだ」
どこか好戦的なその笑みに、俺は手合わせとやらが近付いてきているのを感じた。
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