上 下
35 / 298

不幸中の幸い

しおりを挟む
 イポスに迫るライフルの弾丸。アザミの放つそれは当然ただの弾丸ではない。魔力の込められた弾丸だ。

「ふゥむ」

 イポスは眉を顰め、魔法陣を二重に展開した。そこに弾丸が着弾し、一枚目の魔法陣を破壊して進み、二枚目の魔法陣も砕きかけたところで停止した。

蒼晶金剛石アイスブルーダイヤモンド

 ライフルを防いだばかりのイポスの足元が凍てつき、淡い青色の氷がピシピシとイポスの足に伸びる。

「それも知って……ッ!」

 未来を見ているイポスは足元から伸びる氷に捕まえられる前にその天使の翼で宙に浮いたが、そこを目掛けて放たれたライフル弾がイポスの眼前まで迫り、ギリギリで魔法陣に止められる。

「王手よ」

 だが、対応の限界まで迫られたイポスの頭上から凄まじい重量の黒い岩石のようなものが落ち、宙に浮いていたイポスの体は地に落とされ、表面が煌めくごつごつとした漆黒の石に潰された。

「未来が見れたとしても、その未来に対応する度に未来は変化する。だったら、対応が追い付かないくらいに攻撃を続けて未来を変え続ければ、いつか限界は来るでしょ?」

「あり、ェなィ……僕はァ、勝利の未来をォ……最初にィ、見たぞォ……ッ!」

「さぁね。貴方が変なことして勝てるはずの未来を変えちゃったんじゃない?」

 有り得ない、有り得ない。イポスは体を岩石に潰されたままうわごとのように呟き続ける。

「それと」

 今度はさっきの倍ほど浮かんでいる魔法陣。それから目を離し、カーラは後ろを振り向いた。

「さっきから居ないのは気付いてるわよ」

 カーラの指輪に嵌められた宝石が光り、透明化して背後に回り込んでいたグラシャラボラスの姿が露わになった。

「ッ! これはこれは、驚きま――――」

 即座に振り向き、ライフルを撃ち放つアザミ。グラシャラボラスの頭部は完全に弾け飛び、その胴体もグロテスクにひしゃげた。

「さて、後は貴方だけね?」

 ナベリウスに指を向け、不敵に笑うカーラ。アザミも無言でライフルを向ける。

「……そう、か……」

 ナベリウスは広げていた両翼を下げた。同時に無数に浮かんでいた魔法陣が消失する。

「降伏でもする気ですか?」

 眉を顰めるアザミ。ナベリウスは答えない。

「撃ちます」

 発砲音。正確に制御された弾丸はナベリウスに真っ直ぐ向かい……その肉体を粉々にした。

「……これで終わり?」

 余りの呆気なさに呟くカーラ。しかし、応答は無い。

「カーラさん、外にもこのフードを着た者達が居ます。一先ずそっちを片付けましょう」

「そう、ね……」

 踵を返し、中華料理店の出口へと向かう二人。しかし、カーラは直ぐに足を止めた。

「いや」

 カーラの指輪が、光っている。

「どうやら、まだみたいね」

 二人は振り返る。原型も分からない程に飛び散ったカラスの死体。その上に、立っていた。


「――――我が名は、ネビロス」


 死蝋化したような白い手。金属の靴と融合した肉と鉄の混じり合う足。胴体は古びた貴族服に隠され、その服には深緑の蔦が絡み付いている。背からは悪魔の翼が生え、頭には二本の角がぐねりと曲がって生えている。髪も目も漆のように黒いその男は、聞き覚えのあるしわがれた声で話した。

「ナベリウスは仮の名、仮の姿に過ぎない……俺は、ネビロスだ」

 死んだはずのナベリウス。しかし、それは飽くまで仮の姿に過ぎなかった。真の姿を現したネビロスはその白い蝋のような手を二人に向けた。

「苦しんで、死ぬと良い」

 光る宝石。構えられるライフル。だが、間に合わない。

「ぐッ!?」

「ッ!」

 胸を抑え、膝を突く二人。

「奪われた尊厳は、名誉は……取り戻す必要がある」

 手を上げるネビロス。すると、弾け飛んでいたグラシャラボラスの体が逆再生するように元に戻り、潰れていたイポスの体が膨らみ、その目に光が宿った。

「ククク、流石はネビロス様ですねぇ。本気を出せばこんなものという訳ですなぁ」

「ごめんねェ、可哀想にねェ。期待しちゃったかなァ。勝てると思っちゃったよねェ」

 ネビロスは横に並ぶ二体を無視し、その虚ろな瞳を二人に向ける。

「随分、足掻いたようだが……ここで、死ね」

 ネビロスが二人に向けていた手を強く握る。

「ッ、ガハッ」

「がッ、ぐ、ぅ……」

 二人の身体中に切り付けられたような傷が刻まれ、そこから血が噴き出す。

「未来を見れるのはイポスだけではない……断言してやる。お前たちは……ここで、死ぬ」

 次々に傷が刻まれ、血が噴き出していく。二人は血を吐き、揺れる意識の中で悪魔を睨んだ。





 ♦



 ローブ共を倒し、進んだ先にはバラバラと人の死体が転がっていた。

「……そうか」

 さっきの場所はエスカレーターが近く、人の流れを集められる場所だったので被害は少なかった。しかし、少し進んだこの場所は違う。

「誰も、居ないか」

 周囲を見渡しても、誰も居ない。これをやったのは俺がさっき気絶させたフード共だと言うことだろう。

「……運が良かったな」

 俺は地面に転がる死体たちに言った。同時に、彼らの体が浮き上がって一か所に集められていく。

「いや、良くはないか」

 不幸中の幸い、という言葉が相応しいな。

「多分だが、この現代にはそう居ないぞ」

 俺は目を閉じ、両手を胸の前で組んだ。


「――――蘇生術の使い手は」


 魔力が、きらめいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元勇者のデブ男が愛されハーレムを築くまで

あれい
ファンタジー
田代学はデブ男である。家族には冷たくされ、学校ではいじめを受けてきた。高校入学を前に一人暮らしをするが、高校に行くのが憂鬱だ。引っ越し初日、学は異世界に勇者召喚され、魔王と戦うことになる。そして7年後、学は無事、魔王討伐を成し遂げ、異世界から帰還することになる。だが、学を召喚した女神アイリスは元の世界ではなく、男女比が1:20のパラレルワールドへの帰還を勧めてきて……。

【ダン信王】#Aランク第1位の探索者が、ダンジョン配信を始める話

三角形MGS
ファンタジー
ダンジョンが地球上に出現してから五十年。 探索者という職業はようやく世の中へ浸透していった。 そんな中、ダンジョンを攻略するところをライブ配信する、所謂ダンジョン配信なるものがネット上で流行り始める。 ダンジョン配信の人気に火を付けたのは、Sランク探索者あるアンタレス。   世界最強と名高い探索者がダンジョン配信をした甲斐あってか、ネット上ではダンジョン配信ブームが来ていた。 それを知った世界最強が気に食わないAランク探索者のクロ。 彼は世界最強を越えるべく、ダンジョン配信を始めることにするのだった。 ※全然フィクション

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

現代ダンジョンで成り上がり!

カメ
ファンタジー
現代ダンジョンで成り上がる! 現代の世界に大きな地震が全世界同時に起こると共に、全世界にダンジョンが現れた。 舞台はその後の世界。ダンジョンの出現とともに、ステータスが見れる様になり、多くの能力、スキルを持つ人たちが現れる。その人達は冒険者と呼ばれる様になり、ダンジョンから得られる貴重な資源のおかげで稼ぎが多い冒険者は、多くの人から憧れる職業となった。 四ノ宮翔には、いいスキルもステータスもない。ましてや呪いをその身に受ける、呪われた子の称号を持つ存在だ。そんな彼がこの世界でどう生き、成り上がるのか、その冒険が今始まる。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす
ファンタジー
 病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。  時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。  べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。  月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ? カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。 書き溜めは100話越えてます…

処理中です...