51 / 62
Perfume4. セラピストの不幸と歴史の秘密。
49. ヒサシからの手紙。
しおりを挟む
一日以上飛行機に乗り続けやっと着いた三日ぶりのニッポンで、ヒカルはそのあまりの寒さに驚いた。自然と肩が怒り、身体が縮こまる。
ムービングウォークに運ばれながらガラスでできた壁一面に広がる青空を見る。伯剌西爾と同じように飛行機の離着陸を見て、伯剌西爾のほうが綺麗だという発言を撤回しようと思った。伯剌西爾は鋭く輝くような空、ニッポンは温かく灯るような空で優劣つけがたい。
ゲートを出てすぐに目に入ったのは明るい水色の髪の男性だった。
「ヒカル、おかえり」
「ただいま!」
手を振るマコトに駆け寄り、不思議なテンションのままハイタッチを交わす。
彼の車に向かいながら、伯剌西爾で何があったかを話す。左頬には未だ切り傷が残っていて、傷を隠していた絆創膏を剥がして指し示したそのときだけその痛そうな傷に顔をしかめて見せ、あとはただ頷いて話を聞いていたマコトは、車に乗り込むときようやく口を開いた。
「ヒカルは今、嗅覚が鈍いんだな?」
「うん、いつもこの車に乗り込むと鼻に流れ込むローズの香りがまるで感じない」
「しばらく診察は出来ないだろうだから、明日からも俺ひとりで診察する日が続くな」
申し訳ない、と謝ると、
「いいや、伯剌西爾から大量に本を持ってくるよう頼んだのだろう? 海外の文献まで当たれたら俺らの疑問もぐっと解決に近付くはずだ」
と、マコトは希望に満ちた瞳をした。
ヒカルはトラブル連続だった旅行の話をしたというのに、嗅覚が鈍いかどうかだけを尋ねたマコトを意外に思ったが、彼はそういう男であったと思い出した。
ヒカルがペドロを許した。それだけでトラブルは終わったことなのだ。マコト自身が気になるのは、今がどうか、たったそれだけ。
ロックミュージックが流れる車内で、マコトは思い出したように「あっ」と言い、
「そういえばヒサシさんから手紙が来てたぞ。院長の座を現副院長に渡して、ご自身はセラピストを引退するそうだ」
と手紙の内容を告げる。
このときヒカルはピンと来た。
「じいちゃんのモモンガはまだクリニックに留めたまま?」
「うん、今朝来たばかりだからね」
「帰ったらすぐに返信を出そう。良いアイデアがある」
マコトは頭上にクエスチョンマークを浮かべたままクリニックに向かった。
昼休みはもう終わりの時間。午前は休診にしていたが、午後からは診察を始める。
エプロンを着けて診察室に入るマコトとイノウエを横目に、ヒカルはペンと紙を手に筆を走らせていた。
スーツケースの荷物を解く暇もなく受付で患者の案内をしていると、ドアのベルの音とともにヒサシが現れた。心なしか、白髪が増え、痩せこけたように見える。
当然のように受付台に入り予備のエプロンを引っ張り出し、マコトのいる診察室を確認するとその部屋に入っていった。
「失礼します」
とだけ言って、目を丸くするマコトの隣に腰を下ろす。
「少し見学です、お気になさらず続けてください」
ヒサシの視線を意識してか、マコトはイノウエの目から見ても明らかに動きがぎこちなくなる。
しかしヒサシは本当にただの見学であった。
マコトが病名や処方に悩んでいても、彼は自らの見解を述べず静かに見ていた。そして患者が診察室を出て三人だけになった部屋の中で、「正解だ」と言うかのように肩に手をぽんと置くのだ。
この日の診察時間を終えて、マコトはようやく聞けるといった調子で、
「先生、どうしてここに?」
と尋ねると、ヒサシはヒカルを指差して、
「あいつに呼ばれたんだ、手紙でな」
と笑った。
ヒカルは彼が院長を辞めたと聞いて、嗅覚が鈍くなった自分に代わって診察出来ないかといった旨の手紙を返していたのだ。彼は手紙を返さずに、現れることで承諾の返事とした。
「このクリニックでの診察の流れは見せてもらったから、明日以降は私もセラピストとして診察をするよ。それと私のクリニックから看護師をひとり呼んでこようかな」
給料は私のほうから払うから気にしなくて良い、と手をひらひら振って、自らのクリニックに看護師の派遣を要請する手紙を送る。
あっという間にエプロンを脱いで荷物を纏めたヒサシを、ヒカルたちは呆気に取られて見ていた。
「じいちゃん、ああ見えて行動早くてアクティブなんだよなあ」
そんなことを言われているとも知らず、ヒサシは手を叩いて皆の片付けを催促する。
「この後ご飯でも行かないかな?」
彼の誘いに皆が乗り、近くの喫茶店に入った。
ムービングウォークに運ばれながらガラスでできた壁一面に広がる青空を見る。伯剌西爾と同じように飛行機の離着陸を見て、伯剌西爾のほうが綺麗だという発言を撤回しようと思った。伯剌西爾は鋭く輝くような空、ニッポンは温かく灯るような空で優劣つけがたい。
ゲートを出てすぐに目に入ったのは明るい水色の髪の男性だった。
「ヒカル、おかえり」
「ただいま!」
手を振るマコトに駆け寄り、不思議なテンションのままハイタッチを交わす。
彼の車に向かいながら、伯剌西爾で何があったかを話す。左頬には未だ切り傷が残っていて、傷を隠していた絆創膏を剥がして指し示したそのときだけその痛そうな傷に顔をしかめて見せ、あとはただ頷いて話を聞いていたマコトは、車に乗り込むときようやく口を開いた。
「ヒカルは今、嗅覚が鈍いんだな?」
「うん、いつもこの車に乗り込むと鼻に流れ込むローズの香りがまるで感じない」
「しばらく診察は出来ないだろうだから、明日からも俺ひとりで診察する日が続くな」
申し訳ない、と謝ると、
「いいや、伯剌西爾から大量に本を持ってくるよう頼んだのだろう? 海外の文献まで当たれたら俺らの疑問もぐっと解決に近付くはずだ」
と、マコトは希望に満ちた瞳をした。
ヒカルはトラブル連続だった旅行の話をしたというのに、嗅覚が鈍いかどうかだけを尋ねたマコトを意外に思ったが、彼はそういう男であったと思い出した。
ヒカルがペドロを許した。それだけでトラブルは終わったことなのだ。マコト自身が気になるのは、今がどうか、たったそれだけ。
ロックミュージックが流れる車内で、マコトは思い出したように「あっ」と言い、
「そういえばヒサシさんから手紙が来てたぞ。院長の座を現副院長に渡して、ご自身はセラピストを引退するそうだ」
と手紙の内容を告げる。
このときヒカルはピンと来た。
「じいちゃんのモモンガはまだクリニックに留めたまま?」
「うん、今朝来たばかりだからね」
「帰ったらすぐに返信を出そう。良いアイデアがある」
マコトは頭上にクエスチョンマークを浮かべたままクリニックに向かった。
昼休みはもう終わりの時間。午前は休診にしていたが、午後からは診察を始める。
エプロンを着けて診察室に入るマコトとイノウエを横目に、ヒカルはペンと紙を手に筆を走らせていた。
スーツケースの荷物を解く暇もなく受付で患者の案内をしていると、ドアのベルの音とともにヒサシが現れた。心なしか、白髪が増え、痩せこけたように見える。
当然のように受付台に入り予備のエプロンを引っ張り出し、マコトのいる診察室を確認するとその部屋に入っていった。
「失礼します」
とだけ言って、目を丸くするマコトの隣に腰を下ろす。
「少し見学です、お気になさらず続けてください」
ヒサシの視線を意識してか、マコトはイノウエの目から見ても明らかに動きがぎこちなくなる。
しかしヒサシは本当にただの見学であった。
マコトが病名や処方に悩んでいても、彼は自らの見解を述べず静かに見ていた。そして患者が診察室を出て三人だけになった部屋の中で、「正解だ」と言うかのように肩に手をぽんと置くのだ。
この日の診察時間を終えて、マコトはようやく聞けるといった調子で、
「先生、どうしてここに?」
と尋ねると、ヒサシはヒカルを指差して、
「あいつに呼ばれたんだ、手紙でな」
と笑った。
ヒカルは彼が院長を辞めたと聞いて、嗅覚が鈍くなった自分に代わって診察出来ないかといった旨の手紙を返していたのだ。彼は手紙を返さずに、現れることで承諾の返事とした。
「このクリニックでの診察の流れは見せてもらったから、明日以降は私もセラピストとして診察をするよ。それと私のクリニックから看護師をひとり呼んでこようかな」
給料は私のほうから払うから気にしなくて良い、と手をひらひら振って、自らのクリニックに看護師の派遣を要請する手紙を送る。
あっという間にエプロンを脱いで荷物を纏めたヒサシを、ヒカルたちは呆気に取られて見ていた。
「じいちゃん、ああ見えて行動早くてアクティブなんだよなあ」
そんなことを言われているとも知らず、ヒサシは手を叩いて皆の片付けを催促する。
「この後ご飯でも行かないかな?」
彼の誘いに皆が乗り、近くの喫茶店に入った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる