上 下
12 / 62
Perfume2.過去への疑問と子供の感情。

11. 広瀬さんっております?

しおりを挟む
 イノウエが瓶の棚に手を伸ばしていると、見覚えのない、このクリニックで用いている瓶とは違うものがあることに気が付いた。

「blue rose……青いバラ? あら珍しい」

 見たことのない青いバラがどのようなものかを想像しつつそれではない目的の瓶を手に取る。
そして診療室に向かう途中、クリニックの前にカラフルに染められたTシャツとスキニーパンツを着た女性が中を覗き込んでいるのを見た。
朝の光を反射するくらい金色の、腰まであるストレートヘアをきゅっとポニーテールに束ねている、目鼻立ちのはっきりした美人だった。
 診療室から出た後も、彼女は同じ場所にいた。
 ドアを開けて、「なにかご用ですか?」と尋ねると、女性はにっこりと笑って言った。

「こちらに広瀬さんっております?」
「ええ、いますよ。お呼びしますか?」
「呼ばなくてええです。ただ、彼に『ミサワミカゲが来た』って伝えておいてください。では!」

 “ミカゲ”と名乗ったその女性は、すぐに走って行ってしまった。
なんだか嵐のような人だとイノウエは思った。

 昼食の時間に弁当の焼き魚を頬張るヒカルに「ミサワミカゲさんっていう女性が来た」と伝えたのだが、彼はあまりぴんときていない様子だった。

「覚えがないの?」
「はい、知り合いの女性ではないような……」

 ヒカルが弁当の白米を少し口に追加したとき、モモンガが飛んできた。
それは赤いマントを羽織っている。
 病院からの連絡だ。
 すぐに箸を置き2人で外へ飛び出し、括られている手紙を確認すると、“火事によって火傷を負った10名を搬送したい”旨が書いてあった。
 午前中最後の患者を診察していたマコトが診療室から出て来るのを見計らって、イノウエは10名もの患者が搬送されてくることを伝え、2人は先に受け入れる準備をしていたヒカルに合流した。

「アロエの液体をできるだけ多くのガーゼとマスクに染み込ませて! あとはベッドの用意を!」

 ヒカルの指示でそれぞれが必死に動いていたが、ベッドとマスクの用意は出来たものの、ガーゼを必要な枚数用意する時間はなくサイレンを鳴らした救急車が到着した。
 程度は様々だが、搬送された患者誰もが身体の皮膚がめくれ、やけに綺麗なピンク色の肉が見えている。
痛みに呻《うめ》く声がたちまちクリニックに流れ込む。
 救急隊員とともにベッドに患者らを移し、出来る限り涼しくした部屋に運び込んだ。
火傷による皮膚の炎症に効果的なアロエの香りを吸収させたマスクを全員に着け、さらにアロエのガーゼを炎症部に貼る。
ひどい火傷には、嗅覚による内部からの治療と、ガーゼによる外部からの治療を合わせる必要があった。
 痛い痛いと叫ぶ声がヒカルたちの治療の手を躊躇《ためら》わせたが、止めるわけにはいかない。
 マコトが急いで次々とガーゼに液体を染み込ませていると、親指、人差し指、薬指に重ねて金色の指輪をしている手が視界に入った。
その手がタバコの香りを残しながら瓶を奪っていく。

「アロエだけやなくて、それぞれの性別の香りも含ませて! 女性にはバニラ、男性にはオレンジ」

 その不自然な関西弁を話す女性に誰かを尋ねる前に彼女はセラピストのみに渡されるエンブレムを見せた。

「セラピスト、専門は皮膚です」

 たしかにマコトは皮膚の専門ではないので、基礎的な知識しかなかった。

「俺なんの匂いかわかります?」
「ローズ。セラピストって信じてくれるやろ?」

 詳しくその女性について知らないので信用するか悩んだが、今は緊急事態だ。
これで早く患者の傷が癒えるなら、と、信じることを決めた。

「イノウエさん、追加でお願いします」

 マコトはイノウエに女性が言う通りの指示を出した。
ヒカルに見知らぬセラピストのこと、新しく指示を出したことを伝えると、

「良い判断だと思う」

 と親指と人差し指で丸をつくった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

欲しいのならば、全部あげましょう

杜野秋人
ファンタジー
「お姉様!わたしに頂戴!」 今日も妹はわたくしの私物を強請って持ち去ります。 「この空色のドレス素敵!ねえわたしに頂戴!」 それは今月末のわたくしの誕生日パーティーのためにお祖父様が仕立てて下さったドレスなのだけど? 「いいじゃないか、妹のお願いくらい聞いてあげなさい」 とお父様。 「誕生日のドレスくらいなんですか。また仕立てればいいでしょう?」 とお義母様。 「ワガママを言って、『妹を虐めている』と噂になって困るのはお嬢様ですよ?」 と専属侍女。 この邸にはわたくしの味方などひとりもおりません。 挙げ句の果てに。 「お姉様!貴女の素敵な婚約者さまが欲しいの!頂戴!」 妹はそう言って、わたくしの婚約者までも奪いさりました。 そうですか。 欲しいのならば、あげましょう。 ですがもう、こちらも遠慮しませんよ? ◆例によって設定ほぼ無しなので固有名詞はほとんど出ません。 「欲しがる」妹に「あげる」だけの単純な話。 恋愛要素がないのでジャンルはファンタジーで。 一発ネタですが後悔はありません。 テンプレ詰め合わせですがよろしければ。 ◆全4話+補足。この話は小説家になろうでも公開します。あちらは短編で一気読みできます。 カクヨムでも公開しました。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

妹しか守りたくないと言う婚約者ですが…そんなに私が嫌いなら、もう婚約破棄しましょう。

coco
恋愛
妹しか守らないと宣言した婚約者。 理由は、私が妹を虐める悪女だからだそうだ。 そんなに私が嫌いなら…もう、婚約破棄しましょう─。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

処理中です...