上 下
56 / 94
Episode5.家族だった。

同時の『死』である。

しおりを挟む
私はこの家のリビングを改めて良く見て回った。
壁にかかったカレンダーにふと目が止まり、凝視した。
そのカレンダーのある1日に、赤、青、緑、黄色の4色でぐるぐると丸が記入されていて、そこには『オーディション本選!』とあった。
その日はもうすぐに迫っているような気がして日にちを数えてみると、なんと……

「え? あと5日で本選!?」
「そうだけど……葵ちゃんもしかして今さら知ったとか言わないよね!?」

帰ってきた楓が驚いたように言った。
そのやり取りを聞いていた梓も、

「え? 日曜日本選なの?」
「あんたもかっ! 私最近そろそろだねって騒いだじゃない!」
「あー言われてみればなんか騒いでたね。
俺あのときぜんぜん聞いてなくて、動画見てたわ」
「どうしたの、2人ともぽけーっとしちゃって。
じゃあ今日私が当日のパフォーマンスとかプレゼンするから見てくれる?」
「はい……わかりました……!」

梓はそのとき無言のままで、楓の視線に気が付いてから慌てて、

「りょーかい!」

とオッケーサインを手で作った。
探るような眼差しで楓を見つめている。
たぶん茜とのことを聞きたいのだが聞きづらいのだろう……。

この日の夕食は、私がキッチンに立って焼きうどんを作った。
3人で食卓を囲んでいると、店の方からおばさんがやって来た。
私が頭を下げてお邪魔しています、と言うと、会釈を返してくれたものの、うわの空でその笑顔は引きつっていた。
慌てて梓と楓に言った。

「……お父さんがね、亡くなったって」

それだけ言って、いつも通りのおばさんの豪快な笑いを浮かべた。
不自然なほどに笑っていたが、いきなりうつむいて静かになった。

「お父さんが……お父さんがねぇ……っ」

パタパタと落ち、止まることを知らない涙たちがカーペットを濡らした。
梓たちは魂が抜けたようにおばさんに駆け寄り、3人が抱き合って声を上げて泣いていた。
その地獄のような光景をただの『いち傍観者』として見ていた私は、いつの間にか泣いていて、凄まじい吐き気を催していた。

彼らは急いで店を閉め、猪瀬家の大黒柱の元へと向かった。
たった1人で吐き気を催したままの私は他人の家に残されて、ただただ呆然と突っ立っていた。
カーペットに残った3人分の涙の跡が私の心にさらに鋭い刃物を突き刺した。

3人は、この家を出てから3時間後くらいに帰って来た。
全員が乾いた笑いをその顔に湛えていて、目は虚ろだった。
この日はもちろんプレゼンなんて予定は消え去り、それぞれが一生懸命に強い心を保とうと気を張っていたように思える。
私もすぐに寝床に入ったが、違う部屋から聞こえてくる3人分の呻くような泣き声には、私の心も痛んだ。

翌日から店は一時閉店され、すぐに葬式が執り行われた。
『私があの世へ旅へ出たら、その翌日に葬式をしてください。私は元気です、なので梓、楓、そして朋子、みんなお元気で』。
という遺書によるものらしい。
私1人だけがこの家を出て学校へ行った。

隣の席である梓は忌引だと担任が言うと、クラスのほぼ全員がざわついた。
噂によると梓の父はずっと心臓の病を患っていたそうだ。
本当は40歳までの命だと言われていたが、4年延びて44歳までその生涯を全うした……ということらしい。
今頃梓は、お父さんのお葬式でまた涙を浮かべているのかな?
そんなことばかり考えてしまって、なんだか私まで泣きたい気持ちになった。

こんな日でも私は帰る場所がなく、猪瀬家に泊まるのだろうか。
そんなことを考えながら校門前でうろうろしていると、電話で話す茜が目に止まった。
話しかけようか迷っていると、彼はバッグが開いたままなのにも気付かない様子で猛ダッシュして行ってしまった。
不思議だ、そう思いつつも私にはやっぱり話しかける勇気なんてないままだった。

今日は全員が家にいないため、私は1人で近くの『びじねすほてる』というものに泊まることにしてみた。
猪瀬家には、ここに泊まることをしっかりと書き置きしておいたので大丈夫だろう。
『びじねすほてる』は初めて入ったが、簡易宿泊施設という感じだった。

久しぶりに1人で過ごすことになったが、1人でゆっくり……なんてことはまったくなかった。
夜9時、梓からLINEが来ていたのでふと見てみる。
そこに書いてあった文字を見た途端、私の思考は停止した。

『茜ちゃんから聞いた?
……晶子さん、今日亡くなったらしい……』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。

天災
恋愛
 美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。  とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

処理中です...