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Episode5.家族だった。
如月家である。
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唯紅さんはコツコツと高いヒールの音をこの何もない住宅街に響かせて家の並ぶ道へと消えていった。
その時私はまた1人になってしまった。
空を見上げるとそこはもう紅く染まり始めていた。
腕時計を見ると4:27という表示。
もうすっかり昼は終わってしまっていたようだ。
帰るしかないのか、そう諦めかけた時、後ろから誰かが私に柔らかく暖かいチェック柄のブランケットを掛けた。
恐怖を感じてびくっと後ろを振り向くと、下から懐中電灯で顔を照らした人が立っていた。
懐中電灯はその人自身が持っていて、手を前に出して、
「うーらーめーしーやぁー……」
と言われた。
ホラーが本当にだめな私。
やることはたぶん1つである。
「いやーーーーーーーーーーーーーーーっ」
叫んでその人の顎をグーで殴った。
まあ叫び始めたくらいで口を手で塞がれたが。
「すみません、そんなに怖がりだと思わなかったので……。僕です、如月茜です!」
「……え、茜ちゃん……?」
「はい」
茜は懐中電灯の電源を切って私の正面に回って来た。
正面から見ると確かに茜だ……。
彼は上下ウィンドブレーカーのポケットに音楽プレーヤーを入れてイヤホンをしている。
汗びっしょりになった全身。
その装いから見て、ランニング中のようだ。
「今走り込んでいたら公園に葵先輩らしき人を見つけまして……。
どうされたのですか、夜も近くなっているのにこんなところで」
「まあ……お兄ちゃんと喧嘩しまして……」
「先輩お兄ちゃんいるってことがまず驚きなんですけど……喧嘩とかするのですね」
「ん……初めてなんです。事情は秘密……ですが……」
「なら僕も聞きませんけど、家に戻れないのですか?」
「謝る気にはどうしてもなれないので、そうなりますね」
「まさかとは思いますけど……ここで野宿とかするつもりじゃないですよね?」
そう言えば今日どこで夜を過ごすかと考えていなかった。
今少し考えると、茜の言う通り『この公園で野宿』という結論が出た。
たぶんあのままだったら野宿していただろう、そう思って、
「野宿しかないから野宿します」
と言うと、目を見開かれる。
唇を前に突き出し、ぷーっと頬を膨らませる。
「なんであなたはそうなるのですか……!?
こんなところで女性1人が野宿は危なすぎます、家に来てください」
「いや、茜ちゃんにご迷惑おかけするわけにはいかないので……」
「だめです、逆にここで危ない目に遭われた方が迷惑ですから」
私が全力で拒むもまったく耳に入れてくれず、腕を引っ張られる。
これ以上拒むことも出来ず、素直に従うしかないと思った。
ランニングしていたからか、茜の手は熱かった。
歩いて3分程度しかかからないところに、赤い屋根の小ぢんまりとした二階建てがあった。
如月という表札が門に見える。
「これが家です。どうぞ、上がってください」
「いえ私は遠慮しておきます……ご家族にも申し訳ないので……!」
「……今、家には両親がいません。両親は……仕事で忙しいようで。
1年半くらい家族全員で集まっていません」
茜はそう笑って言ったものの、その笑顔はどこか哀しく、瞳は下を向いた。
きっと何ともないフリをしているがとても寂しく不安でいっぱいなのだろう。
私はつい彼のその健気さを見て、遠慮を忘れてしまった。
言われるがままに如月家に入った。
中はブラウンの木目調と白と淡い桃色で統一された温かみのあるデザイン。
丸い吊り下がった照明と天井にかけられた白いレースが女の子らしさを演出しているのだと思う。
「このレイアウトはお姉ちゃんの趣味全開なんですよ……っと」
大きく伸びをしながら茜はそのボサボサの黒髪に手をかける。
勢い良く髪の毛を引っ張ると、髪型全部がずるっと取れて明るい茶髪が覗く。
そうだ、茜は茶色に染めた髪を黒髪ウィッグで隠しているのだった。
それから手慣れた手つきで眼鏡を外し、ウィッグで押さえ付けられていた髪を手でおしゃれに散らせる。
その様子をじっと見ていた私に茜はすっと近付き、私の眼鏡に指をかけた。
「僕だけが眼鏡外すのもおかしいですよね……。
先輩も眼鏡と三つ編みを留めているゴム、取ってもらえませんか?」
「それはちょっと……」
「だめ、なのですか……?」
この顔を見るのは久々な気がする。
瞳の奥の煌めきが、私の答えをたった1つに絞って行く。
眼鏡に伸びる指、それを見つめる茜。
私が眼鏡を外した瞬間に玄関のドアが開かれた。
「ただーいまぁー」
それは、疲れた様子で両手にスーパーの袋を提げている柚葉だった。
「え、私が仕事に行ってる間に何があったの?」
彼女はその場でぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
その時私はまた1人になってしまった。
空を見上げるとそこはもう紅く染まり始めていた。
腕時計を見ると4:27という表示。
もうすっかり昼は終わってしまっていたようだ。
帰るしかないのか、そう諦めかけた時、後ろから誰かが私に柔らかく暖かいチェック柄のブランケットを掛けた。
恐怖を感じてびくっと後ろを振り向くと、下から懐中電灯で顔を照らした人が立っていた。
懐中電灯はその人自身が持っていて、手を前に出して、
「うーらーめーしーやぁー……」
と言われた。
ホラーが本当にだめな私。
やることはたぶん1つである。
「いやーーーーーーーーーーーーーーーっ」
叫んでその人の顎をグーで殴った。
まあ叫び始めたくらいで口を手で塞がれたが。
「すみません、そんなに怖がりだと思わなかったので……。僕です、如月茜です!」
「……え、茜ちゃん……?」
「はい」
茜は懐中電灯の電源を切って私の正面に回って来た。
正面から見ると確かに茜だ……。
彼は上下ウィンドブレーカーのポケットに音楽プレーヤーを入れてイヤホンをしている。
汗びっしょりになった全身。
その装いから見て、ランニング中のようだ。
「今走り込んでいたら公園に葵先輩らしき人を見つけまして……。
どうされたのですか、夜も近くなっているのにこんなところで」
「まあ……お兄ちゃんと喧嘩しまして……」
「先輩お兄ちゃんいるってことがまず驚きなんですけど……喧嘩とかするのですね」
「ん……初めてなんです。事情は秘密……ですが……」
「なら僕も聞きませんけど、家に戻れないのですか?」
「謝る気にはどうしてもなれないので、そうなりますね」
「まさかとは思いますけど……ここで野宿とかするつもりじゃないですよね?」
そう言えば今日どこで夜を過ごすかと考えていなかった。
今少し考えると、茜の言う通り『この公園で野宿』という結論が出た。
たぶんあのままだったら野宿していただろう、そう思って、
「野宿しかないから野宿します」
と言うと、目を見開かれる。
唇を前に突き出し、ぷーっと頬を膨らませる。
「なんであなたはそうなるのですか……!?
こんなところで女性1人が野宿は危なすぎます、家に来てください」
「いや、茜ちゃんにご迷惑おかけするわけにはいかないので……」
「だめです、逆にここで危ない目に遭われた方が迷惑ですから」
私が全力で拒むもまったく耳に入れてくれず、腕を引っ張られる。
これ以上拒むことも出来ず、素直に従うしかないと思った。
ランニングしていたからか、茜の手は熱かった。
歩いて3分程度しかかからないところに、赤い屋根の小ぢんまりとした二階建てがあった。
如月という表札が門に見える。
「これが家です。どうぞ、上がってください」
「いえ私は遠慮しておきます……ご家族にも申し訳ないので……!」
「……今、家には両親がいません。両親は……仕事で忙しいようで。
1年半くらい家族全員で集まっていません」
茜はそう笑って言ったものの、その笑顔はどこか哀しく、瞳は下を向いた。
きっと何ともないフリをしているがとても寂しく不安でいっぱいなのだろう。
私はつい彼のその健気さを見て、遠慮を忘れてしまった。
言われるがままに如月家に入った。
中はブラウンの木目調と白と淡い桃色で統一された温かみのあるデザイン。
丸い吊り下がった照明と天井にかけられた白いレースが女の子らしさを演出しているのだと思う。
「このレイアウトはお姉ちゃんの趣味全開なんですよ……っと」
大きく伸びをしながら茜はそのボサボサの黒髪に手をかける。
勢い良く髪の毛を引っ張ると、髪型全部がずるっと取れて明るい茶髪が覗く。
そうだ、茜は茶色に染めた髪を黒髪ウィッグで隠しているのだった。
それから手慣れた手つきで眼鏡を外し、ウィッグで押さえ付けられていた髪を手でおしゃれに散らせる。
その様子をじっと見ていた私に茜はすっと近付き、私の眼鏡に指をかけた。
「僕だけが眼鏡外すのもおかしいですよね……。
先輩も眼鏡と三つ編みを留めているゴム、取ってもらえませんか?」
「それはちょっと……」
「だめ、なのですか……?」
この顔を見るのは久々な気がする。
瞳の奥の煌めきが、私の答えをたった1つに絞って行く。
眼鏡に伸びる指、それを見つめる茜。
私が眼鏡を外した瞬間に玄関のドアが開かれた。
「ただーいまぁー」
それは、疲れた様子で両手にスーパーの袋を提げている柚葉だった。
「え、私が仕事に行ってる間に何があったの?」
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