Dragon maze~Wild in Blood 2~

まりの

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星龍の章 第三部

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 フェイが約束どおり離れるのを確めてから、オレはルーを抱いて橋を渡った。
 すっげえ怖いんだけど、この橋。細いし、下は海だわ結構長いわ。バランスには自信があるとはいえ、意識の無い人間って抱いてると女の子でも重い。それでも何とか渡りきれた。
「よっ!」
 最後に入り口にジャンプした直後、するすると橋が戻って来た。なんだか生きてるみたいな動きがちょっと気味悪い。更に扉が勝手に閉じてもう後戻り出来なくなると、一層不気味に思える。
ま、ここまで来てすぐに戻る気は無いけどさ。
『そのまま真っ直ぐ進んで』
 先程の声がまた聞こえてきた。
 薄暗い通路。物音一つせず、人の気配も全く無い。
 複雑に入り組んだ通路をどの位進んだだろう。真っ直ぐって言われたので一度も横道には入らなかったが、あちこちに何の部屋かもわからないドアが幾つもある。
 抱いているルーも目を覚ます様子が無い。余程しっかり眠らされてるんだな。結構腕がだるくなって来たんだけど。
『次の部屋に入ってみて』
 久しぶりに声が聞こえてきた。こちらの動きは一部始終わかっているみたいだ。監視カメラでもあるのかな。
 次の部屋ってここかな? 他とはなんとなく雰囲気の違う重そうな扉がある。
 オレが前に立つと扉は勝手に開いた。
「うわ……」
 一歩踏み入れた途端に、思わず声が出た。
 なんだ、この部屋。すげえ――――。
 驚くと同時に、今までどうしてオレ達の動きが全てわかっていたのかが瞬時に理解できた。
 このかなり広い部屋の三方の壁、今入って来た扉側以外、正面、左右、全てが小さな夥しい数のモニターで埋め尽くされている。その画面に映っているのは全部違う景色。この内部と思われるものもあるが、ぱっと見ただけでも世界中のあらゆる場所を映し出してるとわかる。
『ここはモニタールーム。あなた達の行動はここでわかっていたわ』
 オレの納得を声が肯定した。この中のどれかには、G・A・N・Pの様子も映っているのだろう。
 声が新しい指示を出す。
『この部屋を覚えておいてね。コンソールの位置も』
「また来なきゃいけないってコト?」
『ええ。では次にご案内するわ。また廊下に出て奥に進んでくれる? ごめんなさいね、迎えに行きたいけど行けないの。照明にまで電源を回していないから、廊下が暗いのは、あなたなら見えるでしょ? 中央エレベーターに乗って降りてきて。その突き当りの一番大きな扉を入ってね。そこが本当のアーク。全てのロックは最初の解除コードで外れているわ』
 本当のアークか。ディーンの話で聞いた通りだと、かなり凄い場所なんだよな。
 ま、もうここ最近、男だと思ってた相棒が女で、しかもそれにメロメロに恋しちゃったりとか、半分機械の人とか、脳みそ入れ替えたりとか、馬鹿でかいものが海の底から出てきたりとか……そんなのばっかで慣れちまったから、今更驚きはしないだろうけどさ。第一、今抱っこしてるお姫様の中身はあのキリシマ博士なんだぜ?
 うーん、何かイヤ。そんなのに慣れちまう自分って。
 とりあえず廊下を進む。確かに暗いとはいえ、所々に非常灯があるし、真っ暗でも見える目だから全く苦にはならない。
 目の前にまた他とは違う扉が現れた。扉の横には遺伝子チェッカーがついている。ということはセキュリティが厳重な場所、すなわち重要な場所って事だよな。これが中央エレベーターの扉なのかな?
「ロックは外れてるって言ってたな」
 前に立つと遺伝子チェッカーに関係なく扉は開いた。正解みたいだ。
 扉の向こうはやはりエレベーターだった。踏み込んだ瞬間に動き出す。
 エレベーターって嫌い。閉鎖空間だし、途中で止まるかも知れないし。中にいる間って、別段することも無いからあれこれ考えちゃうし。
 オレは、抱っこしているルーの顔を見た。さっき思いきりキスして来たフェイと同じ可愛い顔。うう、でも中身違うってだけで、どうしてこうも愛情が湧かないんだろう。
 よく見ると、額の生え際から耳の上を通ってぐるっと微かに赤い傷跡が走っている。わぁ、ここ開けたんだ。かぱって。ひぃ~怖い! 痛かったのかな……いかんいかん、想像すんな。
 そうこうしてる間にエレベーターが止まった。行き先階も指示してなかったけど、そもそもボタンも無いし、ここでいいんだよな。
 扉が開くと、上の階より更に暗い廊下に出た。そして、あきらかに先程と雰囲気が違うのがわかる。何というか、空気がどよーんとしているというか、重い。非常灯も先程の階の白いのと違って赤。嫌が上でも緊張感が高まる色だ。
 ここの廊下にも幾つもドアがある。でも、突き当たりの一番大きな扉って言ってたな。
「これか……」
 突き当りには確かに扉があった。重そうな鋼鉄製の扉だ。
 ここにも遺伝子チェッカーや、パスワードを打ち込むキーがついている。最重要施設だもんな。
「あれ? 開かない……」
今度は前に立っても扉は閉ざされたまま。押してみてもびくともしない。ロックは外れてるって言ってたのに。
 困っていると、あの声が聞こえる。
『チェッカーに手を翳してみて』
 指示通り、オレの手を遺伝子チェッカーのパネルに置いてみた。ブブーっとハズレの音がした。
「むう。意地悪」
 そこで、ピンと閃いた。そっか、ここの人間がいるじゃん。
 オレは眠っているルーの手をパネルに置いてみる。今度はピッと軽やかな音が響いた。
『正解。おりこうさんね』
 ちょっぴりムッと来た。意地悪な先生に抜き打ちテストを告げられた生徒の気分。
 ぎいいぃ……軋んだ音をたてて、重い扉が開く。十数センチはありそうな分厚さは、ドアというより隔壁というほうがふさわしい。
 中はがらんとしていて何も無い、半円形の広い空間だった。
 高い天井のどこかから、ステンドグラスを通して虹色の薄明かりの差すこの場所の雰囲は、教会を思い出させた。そういう厳かな感じがする。
 目の前にドアが並んでいる。全部で七つ。
『真ん中に入って。その突き当りを更に奥に』
 言われるがままに進む。そして、オレも納得した。
「なるほどね……方舟とはよく言ったもんだよ」
 中央のドアの先は更に通路だ。その両壁面全てが無数の水槽になっている。地上のあらゆる生き物の命の種が保管されてるって、ルー……博士も言っていた。何千何万にも小分けにされた水槽には、動物、鳥、魚……ありとあらゆる生き物が入っているのだ。
 ふと大きな山猫と目が合った。じっとオレを睨みつける金色の目。それ以外にも、あちこちから無数の視線を感じる。皆、生きているのだ。こんな中に入れられていても―――。
「みんな、ゴメンな。人間は勝手だな……」
 なんで謝ったのかは自分でもわからない。でも勝手に口から言葉が出た。
 でもまだ、奥があるんだよな。キリシマ博士もいたところ。本当のアーク。
 動物達の水槽の通路を抜け、オレは突き当たりに辿り着いた。
 そのドアは勝手に開いた。
 躊躇いも無く中に入ったのはいいけど……。
「うっ……!」
 話にも聞いてたし、覚悟はしていたつもりだったけど、こいつは――――。
 背中に氷でも押しあてられたように、ゾクリと体中の毛が逆立ったのがわかる。言いようの無い嫌悪感。マジで吐き気がする。
 なあ、オオカミさん。ホントなら、あんたがもう一回ここに来るつもりだったんだろ? ここ見た時どう思った? 自分の尊敬していた人がいて、恋人もこんな姿になるはずだったって言われて、自分もこの中にって言われた時、怖かった?
 確かに忘れてしまいたいよな、こんなの……。
 円筒形の水槽の中、無数のチューブや電極に繋がれた人間の脳。皆、こんな姿になっても生きているんだ。この中に十年近くもいたのか、キリシマ博士も――――。
「死んだ方がマシだよな、こんなの」
 でも自分で死ぬことも出来ないんだな、この中にいたら……。
 ルー……いや、キリシマ博士はまだ起きないのか? どんな麻酔だよ。あんたのコメントを聞きたかったんだけどさ。
『思ったより驚かなかったわね。逃げ出さなくて良かった』
 声が淡々と言う。
 正直オレは逃げ出したかったけどね。フェイを連れてこなくてよかったと心底思う。
「話には聞いてたからさ。驚くってより呆れてるけどね。人のやるこっちゃねぇ」
 オレはちょっと強がってみた。見えてるかな、足が微妙に震えてんの。
『この部屋から奥には私とレイ以外入った事がないわ。あなたが初になるけど』
「え? まだ奥あるの?」
 マジ? オオカミさん、まだ奥あったんだって!
『私はそこにいる』
「どこから行ける?」
『ここは知識の方舟。賢者の輪の中央に立つ』
 ううっ。普通に言えよ普通に。
「謎かけが好きなんですね」
 見えない声にちょっと皮肉を言ってやる。
『だって退屈なんだもの』
「……おい」
『嘘よ。解除コードもそうだけど、このくらいの謎も解けない人に来て欲しくないから』
 まあ、それなら納得出来るけど。でも退屈ってのもホントだろ。
 知識の方舟ね。賢者の輪。賢者はこの脳の入ってる水槽の事だろう。遺跡の柱みたいに円形に並んでるもんな。この真ん中の事だよな。
「ちょっと失礼しますよ」
 何となく断りを言ってから水槽の横を通る。気持ちのいいモンじゃないな。
 うぉっ! 今気がついたけど、脳ミソだけじゃなくて、首から上が丸っと入ってる人いるし! しかもこっち見てるし!
ああ、良かった。知り合いがいなくて……ちょっと想像しちゃったじゃないか、眼鏡かけたまま誰かさんがこの中にいるの。うう、よく帰って来てくれた……!
 輪の中央の床に、目を凝らさないとわからないほどの小さな小さな星が描いてある。その上に立ってみた。
『正解』
 声がした次の瞬間、体がふわりと浮いた様な気がした。足元の直径一メートルちょいほどの部分が音もなく降下を始めたのだ。エレベーター?
「うひゃっ」
 速いっ! しかも狭いっ! 暗いっ!
 壁に頭をぶつけないように、必死でルーを抱きしめてどの位降りただろう。たかが数秒だったかもしれないが……。
 気がつくとオレは真っ白な光に包まれていた。そこそこ広い円形の空間に、透明の筒の中をゆっくりと降りていく。動きが止まると、透明の筒は上がっていった。
「着いた?」
 なんだろう、ここ。丸い空間。片方の壁面は大きなモニター。椅子が二つある。椅子の前にはレバーやボタンの並んだ操縦席っぽいもの。反対側の壁も、機械類がびっしりのパネル。埋め込まれたライトが赤や青に不規則にピカピカ点滅してる。
「あれ? ここにいるって言ってたのに……」
 全くの無人なんですけど? 気配すらないぞ。
「よくここまで来たわね」
「え?」
 女性の声が響いた。電子音ぽいが、上品で綺麗な声だ。さっきまでより声が近い。
「どこ?」
「目の前にいるわ」
 目の前って? もしかして……
「え? えええぇ?」
「はじめまして、カイ・リーズ」
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