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火龍の章 後編
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「最近になって、この街はめちゃくちゃだよ。普通の人間もA・Hも無く上手くやっていたのに、ほんの十日やそこらで一気に状況が悪くなってな」
オレは、助けてくれたコウさんの漢方薬局の奥で話を聞く事になった。
ルイよりは流石に大きいが、コウさんは六~七歳の子供ほどしかない小さなおじさんだ。立派な顎鬚が無かったら、老けた顔をした子供にしか見えないだろう。ノーマルタイプだが、昔、A・Hと何かあったらしく、本部長とは長い付き合いということで、G・A・N・Pのこの街での世話人兼連絡係になっているのだそうだ。
「最近……蛇の印が現れてからでしょう?」
「ああ。あれが現れてから、A・Hは選ばれた存在だ、だから楽園に旅立つんだとか言い出す輩が出てきて。この街の者の多くは好んでここにいる訳じゃないからな」
「一種の僻み、みたいな……?」
「ま、そう言う事だ。ノーマルと夫婦でいたものも、一緒に仕事をしていた者もいる。いきなり自分は選ばれたから行く、さようなら、では面白くなかろう。一部、過激な者達が先程の様にA・Hを襲う事態にまでなっている」
くそっ、蛇の印の件は収束したどころか悪化してるじゃないか!
「もうすぐ船が来るって言ってましたけど」
「どこに行く船なのかわからんが、三日に一度は大勢のA・Hを乗せて行く」
そんなに……いや、だが。
「そちらもすごく気になりますが、とりあえず今はフェイを助けないと」
オレが言うと、コウさんの顔に驚きが浮かんだ。
「フェイ? キリシマ博士の……では、誘拐された隊員というのはあの子かね?」
「ご存知なのですか?」
コウさんは何度も頷く。
「以前、眼鏡の背の高い兄さんとここに来た。そうか……あの坊やが。そりゃ大変だ」
フェイがオレと組む前に任務で来てたんだな。
坊やか。そうだな、当時は自分も男だと思ってたんだもんな。まだ子供だったし。
「あの兄さんは?」
「……ちょっと体調が。あ、そのチビは彼の息子ですよ」
「ルイでぇす」
可愛らしくお辞儀をしたルイを見て、コウさんが苦笑いした。
「おやまあ、子供とは。確かによく似てる。じゃあ、ワシの孫みたいなもんだ。だが、こんな小さな子を連れては行けん。ここに置いていきなさい」
よし、コウさんよく言ってくれた! いくらパートナーだとはいえ、この先、ルイを連れて立ち回りは厳しい。
「助かります。預かっていただけますか?」
コウさんは頷いたものの、案の定ルイがごねる。
「え~! ボクもママのとこ行くのぉ!」
「ママ?」
コウさんが不思議そうに首を傾げる。まあ、そうだよな。さっきも坊やって言ってたしフェイが女だって知らないんだから。ってかそもそも実の子じゃないけどな。
「話せば長くなるので後で説明しますが、フェイがママって事で」
「……まあ、色々あるんだろうが。とにかく、チビさんはワシと留守番だぞ」
「む~」
ルイは拗ねているが仕方が無い。この人、子供の扱い上手そうだし大丈夫だろう。
ありがたいついでに、オレがA・Hだとわかってしまう黒いネコ耳がさっきみたいにノーマルタイプの人間に見つからないようにと、コウさんが帽子を貸してくれた。
地図で大まかな道筋を教わり、オレはまた一人暗い街に飛び出した。
待ってろ、フェイ。もうすぐ行くから!
しっかしまあ、なんて陰気な所なんだろう。
まだ日が暮れる時間じゃ無いはずなのに、暗いし湿ってるし。良かった、オレが暗闇でも見える目で。自分がネコである事にあまり感謝した事はなかったけど、こういう時は役にたつかな。どうせなら嗅覚や聴覚も強化してくれりゃ良かったのにとまでの贅沢は言えないな。
途中、ノーマルタイプの人間とすれ違っても、帽子のおかげで誤魔化せた。
こっそり発信機のシグナルを確認しながら進む。ただでさえ狭い路地はどんどん狭く複雑になってきて、帰り道がわかるかが心配になってきた。
「このあたりのハズなんだけど……」
この場所がサラマンダーのアジトなのか? それともただ一時的に隠れてるだけなのか。
目の前の古びた建物はマンションみたいだ。
建物の入り口らしい錆びて朽ち掛けた大きめのドアの横には、幾つかもわからない程の電気のメーターと落書きなのか住人の名前なのかわからない文字がいっぱいの郵便ポスト。いつから入ってるかわからない変色してボロになったチラシや手紙がのぞいてる。おそらく旧世紀に建てられたままなんだろう。手紙を配達したりメーターをチェックしてた人ってすごいな……ってか、そんなどうでもいい感心をしてる場合じゃないな。
「どんだけ部屋があるんだよ……」
シグナルは流石に平面でしかわからない。とりあえず中に入ろう。
そっとドアを開けたつもりだったのに、ぎぃいい、と思いの他大きな音がして自分で飛び上がった。
中は静まりかえっている。こんな建物にエレベーターなんかあるはずも無い。目の前にある手摺が錆てあちこち欠けてるコンクリートの階段だけしか道は無さそうだ。
人の気配は全く無い。どの部屋のドアの中からも物音一つしてこない。無人なのか? とにかく一つ一つのフロアを確かめて歩くのだが……。
うう、もうヘロヘロ。何階建てなのかもわからなくなって来た。廊下は狭いわ、結構上の階なのに、通路に自転車や洗濯機なんかが置かれていて道を阻むわ……しかしホントに人が住んでないな。ついこの前までいましたみたいな感じはあるのに。皆どこかに行ってしまった? ひょっとして例の船とやらに乗って行ったのかな?
もうすぐ最上階だ。ここまで来ると廊下の突き当たりの窓から外の日差しが入ってくる。オレンジの夕日。もうそんな時間なんだ。
突然、うなじ辺りの毛が逆立つ気がした。何か感じる。
人の気配? 奥から二番目の部屋。
ここか!
ドアの前に立つと、人の声が聞こえて来た。
「ちよっと、いい加減にしとかないと叱られるよ」
女の声だ。安普請の建物らしく壁が薄いのか、オレの耳でもよく聞える。
「なんかさぁ、渡すの惜しくなって来ちゃった。見て、可愛いよ、ここも」
今度はちょっと高めのが男の声。
「これ、僕のにしちゃおっかなぁ」
「ダメよ。手をつけちゃ」
サラマンダーは二人だったな。ルイは女だと言っていたが、男と女の二人組なのか?
そっとドアのノブを回してみるも、鍵が掛かっている。
どうしよう、声を掛けてみるか? 二人いっぺんに掛かってこられたらどうする?
オレがどうやって入るか考えかけたその時。
「……やめ……て……」
フェイの声!
掠れた声だ。まさか、何か酷いことされてんのか? くそっ! もう我慢できない!
「フェイ!!」
オレは後先考えずに、思いきりドアを蹴った。案外簡単にドアは壊れた。
入ってすぐは誰もいない狭いキッチン。
奥か! 更にもう一枚蹴破って飛び込んだ部屋。
そこには、多分オレがこの世で一番見たくなかった眺めがあった。
オレは、助けてくれたコウさんの漢方薬局の奥で話を聞く事になった。
ルイよりは流石に大きいが、コウさんは六~七歳の子供ほどしかない小さなおじさんだ。立派な顎鬚が無かったら、老けた顔をした子供にしか見えないだろう。ノーマルタイプだが、昔、A・Hと何かあったらしく、本部長とは長い付き合いということで、G・A・N・Pのこの街での世話人兼連絡係になっているのだそうだ。
「最近……蛇の印が現れてからでしょう?」
「ああ。あれが現れてから、A・Hは選ばれた存在だ、だから楽園に旅立つんだとか言い出す輩が出てきて。この街の者の多くは好んでここにいる訳じゃないからな」
「一種の僻み、みたいな……?」
「ま、そう言う事だ。ノーマルと夫婦でいたものも、一緒に仕事をしていた者もいる。いきなり自分は選ばれたから行く、さようなら、では面白くなかろう。一部、過激な者達が先程の様にA・Hを襲う事態にまでなっている」
くそっ、蛇の印の件は収束したどころか悪化してるじゃないか!
「もうすぐ船が来るって言ってましたけど」
「どこに行く船なのかわからんが、三日に一度は大勢のA・Hを乗せて行く」
そんなに……いや、だが。
「そちらもすごく気になりますが、とりあえず今はフェイを助けないと」
オレが言うと、コウさんの顔に驚きが浮かんだ。
「フェイ? キリシマ博士の……では、誘拐された隊員というのはあの子かね?」
「ご存知なのですか?」
コウさんは何度も頷く。
「以前、眼鏡の背の高い兄さんとここに来た。そうか……あの坊やが。そりゃ大変だ」
フェイがオレと組む前に任務で来てたんだな。
坊やか。そうだな、当時は自分も男だと思ってたんだもんな。まだ子供だったし。
「あの兄さんは?」
「……ちょっと体調が。あ、そのチビは彼の息子ですよ」
「ルイでぇす」
可愛らしくお辞儀をしたルイを見て、コウさんが苦笑いした。
「おやまあ、子供とは。確かによく似てる。じゃあ、ワシの孫みたいなもんだ。だが、こんな小さな子を連れては行けん。ここに置いていきなさい」
よし、コウさんよく言ってくれた! いくらパートナーだとはいえ、この先、ルイを連れて立ち回りは厳しい。
「助かります。預かっていただけますか?」
コウさんは頷いたものの、案の定ルイがごねる。
「え~! ボクもママのとこ行くのぉ!」
「ママ?」
コウさんが不思議そうに首を傾げる。まあ、そうだよな。さっきも坊やって言ってたしフェイが女だって知らないんだから。ってかそもそも実の子じゃないけどな。
「話せば長くなるので後で説明しますが、フェイがママって事で」
「……まあ、色々あるんだろうが。とにかく、チビさんはワシと留守番だぞ」
「む~」
ルイは拗ねているが仕方が無い。この人、子供の扱い上手そうだし大丈夫だろう。
ありがたいついでに、オレがA・Hだとわかってしまう黒いネコ耳がさっきみたいにノーマルタイプの人間に見つからないようにと、コウさんが帽子を貸してくれた。
地図で大まかな道筋を教わり、オレはまた一人暗い街に飛び出した。
待ってろ、フェイ。もうすぐ行くから!
しっかしまあ、なんて陰気な所なんだろう。
まだ日が暮れる時間じゃ無いはずなのに、暗いし湿ってるし。良かった、オレが暗闇でも見える目で。自分がネコである事にあまり感謝した事はなかったけど、こういう時は役にたつかな。どうせなら嗅覚や聴覚も強化してくれりゃ良かったのにとまでの贅沢は言えないな。
途中、ノーマルタイプの人間とすれ違っても、帽子のおかげで誤魔化せた。
こっそり発信機のシグナルを確認しながら進む。ただでさえ狭い路地はどんどん狭く複雑になってきて、帰り道がわかるかが心配になってきた。
「このあたりのハズなんだけど……」
この場所がサラマンダーのアジトなのか? それともただ一時的に隠れてるだけなのか。
目の前の古びた建物はマンションみたいだ。
建物の入り口らしい錆びて朽ち掛けた大きめのドアの横には、幾つかもわからない程の電気のメーターと落書きなのか住人の名前なのかわからない文字がいっぱいの郵便ポスト。いつから入ってるかわからない変色してボロになったチラシや手紙がのぞいてる。おそらく旧世紀に建てられたままなんだろう。手紙を配達したりメーターをチェックしてた人ってすごいな……ってか、そんなどうでもいい感心をしてる場合じゃないな。
「どんだけ部屋があるんだよ……」
シグナルは流石に平面でしかわからない。とりあえず中に入ろう。
そっとドアを開けたつもりだったのに、ぎぃいい、と思いの他大きな音がして自分で飛び上がった。
中は静まりかえっている。こんな建物にエレベーターなんかあるはずも無い。目の前にある手摺が錆てあちこち欠けてるコンクリートの階段だけしか道は無さそうだ。
人の気配は全く無い。どの部屋のドアの中からも物音一つしてこない。無人なのか? とにかく一つ一つのフロアを確かめて歩くのだが……。
うう、もうヘロヘロ。何階建てなのかもわからなくなって来た。廊下は狭いわ、結構上の階なのに、通路に自転車や洗濯機なんかが置かれていて道を阻むわ……しかしホントに人が住んでないな。ついこの前までいましたみたいな感じはあるのに。皆どこかに行ってしまった? ひょっとして例の船とやらに乗って行ったのかな?
もうすぐ最上階だ。ここまで来ると廊下の突き当たりの窓から外の日差しが入ってくる。オレンジの夕日。もうそんな時間なんだ。
突然、うなじ辺りの毛が逆立つ気がした。何か感じる。
人の気配? 奥から二番目の部屋。
ここか!
ドアの前に立つと、人の声が聞こえて来た。
「ちよっと、いい加減にしとかないと叱られるよ」
女の声だ。安普請の建物らしく壁が薄いのか、オレの耳でもよく聞える。
「なんかさぁ、渡すの惜しくなって来ちゃった。見て、可愛いよ、ここも」
今度はちょっと高めのが男の声。
「これ、僕のにしちゃおっかなぁ」
「ダメよ。手をつけちゃ」
サラマンダーは二人だったな。ルイは女だと言っていたが、男と女の二人組なのか?
そっとドアのノブを回してみるも、鍵が掛かっている。
どうしよう、声を掛けてみるか? 二人いっぺんに掛かってこられたらどうする?
オレがどうやって入るか考えかけたその時。
「……やめ……て……」
フェイの声!
掠れた声だ。まさか、何か酷いことされてんのか? くそっ! もう我慢できない!
「フェイ!!」
オレは後先考えずに、思いきりドアを蹴った。案外簡単にドアは壊れた。
入ってすぐは誰もいない狭いキッチン。
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