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翼蛇の章 後編
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いくら似ていようと、別人である事くらいはすぐにわかった。
フェイも最初驚いていたものの、声を聞き分ける耳もあるしニオイだってわかる。それに、かなり若い。まだ二十歳前というカンジだ。何といってもこの良くない雰囲気。
「……誰? あんた」
オレが訊いても男は名乗らなかった。ただ口元にうっすら笑みを浮かべただけで。
そして一方的に語り始めた。
「折角、君も選んであげたのに……時が来れば一緒に楽園に旅立てたのに。どうして剥がしたりしたのです? 何故邪魔をするのですか? 所詮、学も無いただのネコのA・Hだと侮っていましたが、まさかここまでやるとは、驚きました」
ほうほう。選んだって、つまりこいつがアレかよ。
でもいきなり現れておいて言いたい放題言ってくれるな。しかも上から目線なのに、言葉遣いが妙に丁寧なのが余計に腹立つ。
「礼儀を知らないようだな、兄ちゃん。名乗りもせずにそれかよ?」
「これから死に行く者に、わざわざ名乗らなくても良いでしょう」
ふうん。それってつまり、オレを始末しに来たってか?
オレは男から目を逸らさず、ルイを連れて逃げろとフェイに手で合図した。
「でも……」
「早く!」
正直、フェイの方がオレより強いかもしれない。とはいえ子供を連れては戦えない。
だが、ルイを抱いたまま駆け出したフェイを、男は逃がしてはくれなかった。
「待ちなさい、フェイ。お前も私と一緒においで。その子もね」
何? オレに対してと明らかに違う喋り方。まるで親しい者みたいに。
名指しで声を掛けられてフェイが足を止めた。
「なぜ僕の名前を知ってるの?」
「当然だ。私は創造主だから。名前だけではなく、お前の全てを知っている」
き、気持ち悪ぅ。こういうカルトなこと言う奴って鳥肌が立つ。
でも、チャンス!
男の意識がフェイの方に向いているのを確かめて、オレは最速で引っ掻きに行った。
「残念」
男は難なく躱した。オレの動きが見切られただと? こいつ速い!
「これだからネコというのは。油断ならなくて好きではありません」
いちいちムカつくっ! その顔でそういう台詞を吐くな。冒涜だ。
「カイ・リーズ、もう少しお利口だと思っていました。殺してしまうのは惜しいですが、君は少々首を突っ込みすぎた」
顔の前に翳した手には鋭い爪。口元に覗く牙。こんな所まで狼さんにそっくりかよ。
自分の全身の毛が逆立ってるのを感じる。オレにだってそこそこ牙もある。今、爪も最大に伸びてる。それでも先に動けば、さっきみたいに動きを見切られる。傷のせいで顔が少し腫れてるから視界も狭い。
何よりこの長身だ。リーチがあるから懐に潜り込むのは難しいだろう。こっちはとにかく低く身を構えて相手の動きを待つしかないな。
「さようなら、名探偵のネコさん」
「やめて!」
男の声と、フェイの声。
男の足が地面を蹴った。爪の軌道が街灯に銀色に輝いた。じゃらっとネックレスの音が耳に響いた。来る!
反応しようとした瞬間、オレの視界が遮られて男が見えなくなった。一瞬の事で、オレは咄嗟に爪をひっこめるのが精一杯だった。
嫌な音がした。ざくって。
「何……?」
驚きの声を上げたのはオレか、男か、どっちだっただろう。それすらもわからないほど頭が真っ白になった。
次の瞬間には重みを感じて、オレは尻もちをつく形になった。オレに体を預けて倒れこんで来たのはフェイだった。
「……カイ、無事?」
「あ、ああ……でも!」
フェイの背中に四筋の溝が刻まれていた。触れ合った部分からじわっと温かいものが服に染み込んで来る。血が!。
「馬鹿! なんで、なんで!?」
「だっ……て……」
「なぜ? フェイ、そんな者を庇うためになぜそこまで?」
男も驚いた様に後ずさった。
まさかフェイがオレを庇って入って来るなんて思いもしなかったんだろう。オレだって思いもしなかったんだから。
誰も動けなかった。
沈黙を破ったのは泣き声だった。
「わぁあああ――――! ママっ! ママっ!」
おそらく放りだされたであろうルイが、大声で泣き叫んで走ってきた。
「ルイ……大丈夫だから……」
とにかくフェイを抱き起こした。そもそもオレを殺そうとしていた一撃。それでもあれだけ素早い奴だ。咄嗟に加減はしたみたいだが酷い傷だ。早く医者に見せないと……そう思ってもこいつが行かせてくれるかどうか。
オレは両手にフェイとルイを抱き寄せて、ただ相手を睨みつける事しか出来ない。
「君のせいだ、カイ・リーズ。可愛いフェイを傷つけるなど……」
「勝手な事言ってんじゃねえ! お前がやったんだろ!」
男は予想以上に混乱しているみたいだ。
こいつも本気でフェイを傷付ける気はなかったらしい。そんな場合じゃないが、何だよその馴れ馴れしい態度は! お前、フェイの何だってんだよ!
男はもう一度オレの方へ向かってきた。今度はやられるな……そう思って、フェイとルイの二人を強く抱きしめた時。
「やめなさい、ロン!」
離れたところから、フェイと同じ声が聞こえた。
「え?」
一斉に視線が集まった先には、女の子が立っていた。
真っ白の丈の短いワンピース、長い髪。透き通るような儚い印象の女の子。
その顔はフェイそのものだった。
「ルー……」
フェイと男が同時に呟いた。
フェイも最初驚いていたものの、声を聞き分ける耳もあるしニオイだってわかる。それに、かなり若い。まだ二十歳前というカンジだ。何といってもこの良くない雰囲気。
「……誰? あんた」
オレが訊いても男は名乗らなかった。ただ口元にうっすら笑みを浮かべただけで。
そして一方的に語り始めた。
「折角、君も選んであげたのに……時が来れば一緒に楽園に旅立てたのに。どうして剥がしたりしたのです? 何故邪魔をするのですか? 所詮、学も無いただのネコのA・Hだと侮っていましたが、まさかここまでやるとは、驚きました」
ほうほう。選んだって、つまりこいつがアレかよ。
でもいきなり現れておいて言いたい放題言ってくれるな。しかも上から目線なのに、言葉遣いが妙に丁寧なのが余計に腹立つ。
「礼儀を知らないようだな、兄ちゃん。名乗りもせずにそれかよ?」
「これから死に行く者に、わざわざ名乗らなくても良いでしょう」
ふうん。それってつまり、オレを始末しに来たってか?
オレは男から目を逸らさず、ルイを連れて逃げろとフェイに手で合図した。
「でも……」
「早く!」
正直、フェイの方がオレより強いかもしれない。とはいえ子供を連れては戦えない。
だが、ルイを抱いたまま駆け出したフェイを、男は逃がしてはくれなかった。
「待ちなさい、フェイ。お前も私と一緒においで。その子もね」
何? オレに対してと明らかに違う喋り方。まるで親しい者みたいに。
名指しで声を掛けられてフェイが足を止めた。
「なぜ僕の名前を知ってるの?」
「当然だ。私は創造主だから。名前だけではなく、お前の全てを知っている」
き、気持ち悪ぅ。こういうカルトなこと言う奴って鳥肌が立つ。
でも、チャンス!
男の意識がフェイの方に向いているのを確かめて、オレは最速で引っ掻きに行った。
「残念」
男は難なく躱した。オレの動きが見切られただと? こいつ速い!
「これだからネコというのは。油断ならなくて好きではありません」
いちいちムカつくっ! その顔でそういう台詞を吐くな。冒涜だ。
「カイ・リーズ、もう少しお利口だと思っていました。殺してしまうのは惜しいですが、君は少々首を突っ込みすぎた」
顔の前に翳した手には鋭い爪。口元に覗く牙。こんな所まで狼さんにそっくりかよ。
自分の全身の毛が逆立ってるのを感じる。オレにだってそこそこ牙もある。今、爪も最大に伸びてる。それでも先に動けば、さっきみたいに動きを見切られる。傷のせいで顔が少し腫れてるから視界も狭い。
何よりこの長身だ。リーチがあるから懐に潜り込むのは難しいだろう。こっちはとにかく低く身を構えて相手の動きを待つしかないな。
「さようなら、名探偵のネコさん」
「やめて!」
男の声と、フェイの声。
男の足が地面を蹴った。爪の軌道が街灯に銀色に輝いた。じゃらっとネックレスの音が耳に響いた。来る!
反応しようとした瞬間、オレの視界が遮られて男が見えなくなった。一瞬の事で、オレは咄嗟に爪をひっこめるのが精一杯だった。
嫌な音がした。ざくって。
「何……?」
驚きの声を上げたのはオレか、男か、どっちだっただろう。それすらもわからないほど頭が真っ白になった。
次の瞬間には重みを感じて、オレは尻もちをつく形になった。オレに体を預けて倒れこんで来たのはフェイだった。
「……カイ、無事?」
「あ、ああ……でも!」
フェイの背中に四筋の溝が刻まれていた。触れ合った部分からじわっと温かいものが服に染み込んで来る。血が!。
「馬鹿! なんで、なんで!?」
「だっ……て……」
「なぜ? フェイ、そんな者を庇うためになぜそこまで?」
男も驚いた様に後ずさった。
まさかフェイがオレを庇って入って来るなんて思いもしなかったんだろう。オレだって思いもしなかったんだから。
誰も動けなかった。
沈黙を破ったのは泣き声だった。
「わぁあああ――――! ママっ! ママっ!」
おそらく放りだされたであろうルイが、大声で泣き叫んで走ってきた。
「ルイ……大丈夫だから……」
とにかくフェイを抱き起こした。そもそもオレを殺そうとしていた一撃。それでもあれだけ素早い奴だ。咄嗟に加減はしたみたいだが酷い傷だ。早く医者に見せないと……そう思ってもこいつが行かせてくれるかどうか。
オレは両手にフェイとルイを抱き寄せて、ただ相手を睨みつける事しか出来ない。
「君のせいだ、カイ・リーズ。可愛いフェイを傷つけるなど……」
「勝手な事言ってんじゃねえ! お前がやったんだろ!」
男は予想以上に混乱しているみたいだ。
こいつも本気でフェイを傷付ける気はなかったらしい。そんな場合じゃないが、何だよその馴れ馴れしい態度は! お前、フェイの何だってんだよ!
男はもう一度オレの方へ向かってきた。今度はやられるな……そう思って、フェイとルイの二人を強く抱きしめた時。
「やめなさい、ロン!」
離れたところから、フェイと同じ声が聞こえた。
「え?」
一斉に視線が集まった先には、女の子が立っていた。
真っ白の丈の短いワンピース、長い髪。透き通るような儚い印象の女の子。
その顔はフェイそのものだった。
「ルー……」
フェイと男が同時に呟いた。
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