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翼蛇の章 前編
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一瞬で酔いが醒めた。
ルイの親がどうとか、フェイの機嫌をどうとるかとか、そういう問題もあっさりと頭の中から追い出されてしまった。
『これはね、勝手に出てくるんだよ』
『選ばれたのよ。この印があるといいところに連れて行ってもらえるんだって』
メイファは言った。そして……。
だが、何がキーワードだったのかもわからない。遠隔操作かも。
少なくともメイファはオレが訊くまでは無事だった。だからこちらも迂闊に声を掛けられない。ウォレスさんには適当に誤魔化しておいて、普通にしていてもらうことにした。
とにかく朝一に本部長に報告だ。
「トーキョーの件で報告を受けてから、こちらも調査を始めたところ、現在確認されただけでこのアジア地区で十四人。いや、今回のウォレス君の件を入れれば十五人になる。全員がA・Hで、皆、突然印が現れたようだ。例のスリ娘のように非合法のA・Hを含めるともっと多い数になると予想される。そして、もしかするとあの印が破裂したのではと思しき謎の傷害・死亡事件も三件報告された」
報告に行ったオレに、本部長が苦々しく言う。
思った以上に調査が進んでいて、オレは驚いた。この人、やるときはホント仕事が早い。
しかし……。
「死者まで出てるんですか」
確かにメイファも危ないところだった。そう思うとウォレスさんの事が余計に心配になって来る。
しばらく黙った後、突然ぽつりと本部長が呟いた。
「理想郷への免罪符」
「は?」
「いや、そう噂されてるそうだよ、あの印が現れると」
理想郷……いいところってメイファも言ってたな。だがなんて物騒な免罪符だよ。
「現れるというか、誰かが故意につけてるんでしょう。個人を識別した上でなのか、それとも無作為にかはわかりませんが……でも、目の前で印が現れるのをはっきり見ました。虫の羽音がした、とウォレスさんが言ってましたから、マイクロチップか何かを小さなロボットでも使って埋め込むのかもしれません」
「何がきっかけで破裂するのかもわからんし、迂闊に解析するのもな……引き続きこちらも翼の蛇の印についての調査は続行する。キーワードなりが掴めるまでは内密に」
出動しなきゃいけないような事件も報告されていないし、フェイも少し落ち着いたようなので、オレはルイをいよいよ父親にご対面させてやる事にした。ウォレスさんも覚悟を決めたのか、ルイに会いたい、出来れば引き取りたいと言い出した。
あの印の事は気にはなっていたものの、元々本人も意味を知らないわけだから、キーワードが出る心配は無いだろう。それにここはG・A・N・P本部だ。遠隔操作の心配も無いだろうと思ったのだ。
「パパに会えるんだね!」
「そう」
ルイはご機嫌だ。せっかくのチャームポイントだからと穴を開けてもらったズボンからのぞく尻尾がぱたぱたしている。
手に何か持ってるなと思ったら、トーキョーでもらったキャンディだった。
「食べずに持ってたのか?」
「うん。パパにあげるんだぁ~」
か、可愛いなぁ、お前。オレは思わずルイを抱きしめる。本当にいい子だ。
「とても大切に育てられてたんだってわかるよ」
フェイが目を細めて言った。
「そうだな、こんなに素直に育ってるんだからな」
なのに、何故実の母はこの子を手放したのだろうか。余程の事があったのか……。
ルイも、フェイがいくら似ていようと、自分の母で無いことに薄々気がつき始めたようだ。それでも、こんな小さな子なりに気を使ってるのか口には出さない。
ただ、ママと呼ぶ回数が減り、少しフェイと距離を置くようになった。それを見ているとちょっと胸が痛む。だから、せめて本当の父親にくらいは甘えさせてやりたいじゃないか。
「あ、そうだ、これ」
フェイがルイに眼鏡を掛けてやった。今朝専用が完成したらしい。
「良く見える?」
「うん!」
「はっきり見たいでしょ? パパの顔」
おお、誰がどこから見てもそっくり父子の完成だ。二人並んだところを見たら笑っちまうかもしれないな。
本部の広いロビーのソファで、白衣姿の父親は待っていた。
「その子が……」
立ち上がった彼を見て、ルイが恥ずかしそうにオレの後ろに隠れた。
「どっから見てもあなたの子ですよ」
いかん、見比べるとふき出してしまいそうだ。
「もうこんなに大きくなってたのか」
「ほら、ルイ、パパの所に行ってきな」
ちょっと押し出してやると、ルイは振り返ってオレとフェイの顔を見たが、長身を屈めて微笑んで手を広げたウォレスさんの姿を確かめると、嬉しそうに駆け出した。
「おいで」
「パパ!」
だが、父と子が抱きしめ合う事は無かった。
ぱんっ。
乾いた破裂音。
噴き上がった真っ赤な血煙。
「パパ?」
小さな息子の目の前で、父は膝をついて床に崩れた。
ルイの親がどうとか、フェイの機嫌をどうとるかとか、そういう問題もあっさりと頭の中から追い出されてしまった。
『これはね、勝手に出てくるんだよ』
『選ばれたのよ。この印があるといいところに連れて行ってもらえるんだって』
メイファは言った。そして……。
だが、何がキーワードだったのかもわからない。遠隔操作かも。
少なくともメイファはオレが訊くまでは無事だった。だからこちらも迂闊に声を掛けられない。ウォレスさんには適当に誤魔化しておいて、普通にしていてもらうことにした。
とにかく朝一に本部長に報告だ。
「トーキョーの件で報告を受けてから、こちらも調査を始めたところ、現在確認されただけでこのアジア地区で十四人。いや、今回のウォレス君の件を入れれば十五人になる。全員がA・Hで、皆、突然印が現れたようだ。例のスリ娘のように非合法のA・Hを含めるともっと多い数になると予想される。そして、もしかするとあの印が破裂したのではと思しき謎の傷害・死亡事件も三件報告された」
報告に行ったオレに、本部長が苦々しく言う。
思った以上に調査が進んでいて、オレは驚いた。この人、やるときはホント仕事が早い。
しかし……。
「死者まで出てるんですか」
確かにメイファも危ないところだった。そう思うとウォレスさんの事が余計に心配になって来る。
しばらく黙った後、突然ぽつりと本部長が呟いた。
「理想郷への免罪符」
「は?」
「いや、そう噂されてるそうだよ、あの印が現れると」
理想郷……いいところってメイファも言ってたな。だがなんて物騒な免罪符だよ。
「現れるというか、誰かが故意につけてるんでしょう。個人を識別した上でなのか、それとも無作為にかはわかりませんが……でも、目の前で印が現れるのをはっきり見ました。虫の羽音がした、とウォレスさんが言ってましたから、マイクロチップか何かを小さなロボットでも使って埋め込むのかもしれません」
「何がきっかけで破裂するのかもわからんし、迂闊に解析するのもな……引き続きこちらも翼の蛇の印についての調査は続行する。キーワードなりが掴めるまでは内密に」
出動しなきゃいけないような事件も報告されていないし、フェイも少し落ち着いたようなので、オレはルイをいよいよ父親にご対面させてやる事にした。ウォレスさんも覚悟を決めたのか、ルイに会いたい、出来れば引き取りたいと言い出した。
あの印の事は気にはなっていたものの、元々本人も意味を知らないわけだから、キーワードが出る心配は無いだろう。それにここはG・A・N・P本部だ。遠隔操作の心配も無いだろうと思ったのだ。
「パパに会えるんだね!」
「そう」
ルイはご機嫌だ。せっかくのチャームポイントだからと穴を開けてもらったズボンからのぞく尻尾がぱたぱたしている。
手に何か持ってるなと思ったら、トーキョーでもらったキャンディだった。
「食べずに持ってたのか?」
「うん。パパにあげるんだぁ~」
か、可愛いなぁ、お前。オレは思わずルイを抱きしめる。本当にいい子だ。
「とても大切に育てられてたんだってわかるよ」
フェイが目を細めて言った。
「そうだな、こんなに素直に育ってるんだからな」
なのに、何故実の母はこの子を手放したのだろうか。余程の事があったのか……。
ルイも、フェイがいくら似ていようと、自分の母で無いことに薄々気がつき始めたようだ。それでも、こんな小さな子なりに気を使ってるのか口には出さない。
ただ、ママと呼ぶ回数が減り、少しフェイと距離を置くようになった。それを見ているとちょっと胸が痛む。だから、せめて本当の父親にくらいは甘えさせてやりたいじゃないか。
「あ、そうだ、これ」
フェイがルイに眼鏡を掛けてやった。今朝専用が完成したらしい。
「良く見える?」
「うん!」
「はっきり見たいでしょ? パパの顔」
おお、誰がどこから見てもそっくり父子の完成だ。二人並んだところを見たら笑っちまうかもしれないな。
本部の広いロビーのソファで、白衣姿の父親は待っていた。
「その子が……」
立ち上がった彼を見て、ルイが恥ずかしそうにオレの後ろに隠れた。
「どっから見てもあなたの子ですよ」
いかん、見比べるとふき出してしまいそうだ。
「もうこんなに大きくなってたのか」
「ほら、ルイ、パパの所に行ってきな」
ちょっと押し出してやると、ルイは振り返ってオレとフェイの顔を見たが、長身を屈めて微笑んで手を広げたウォレスさんの姿を確かめると、嬉しそうに駆け出した。
「おいで」
「パパ!」
だが、父と子が抱きしめ合う事は無かった。
ぱんっ。
乾いた破裂音。
噴き上がった真っ赤な血煙。
「パパ?」
小さな息子の目の前で、父は膝をついて床に崩れた。
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