Dragon maze~Wild in Blood 2~

まりの

文字の大きさ
上 下
10 / 42
翼蛇の章 前編 

しおりを挟む

 その夜。
 ルイの父親ディーン・ウォレスは、オレに三年前までの出来事ほぼ全てを語った。
 元々学者だった彼の開発した、普通の人間からA・Hに生まれ変われるその技術がA・Hを不当に取引する組織に盗み出され悪用された事から、自らオオカミのA・Hになった人だ。
 その話の内容はかなり衝撃的なものだった。なるほど素面で話せるもんじゃないな。
「そのルーって娘は、フェイといわば人工的な双子の関係にある、と」
「そう。遺伝子情報は全く同じ。体に関してはルーの方が完成度は高い」
「でもちょっとおつむが足りなかった。で、フェイは体が足りなかった」
 はあ、と二人同時にため息。
 まあな、こりゃそう簡単には公表できんわな。
「まさか子供を寄越して来るとは思いもよらなかったが」
「あげるって書いてありましたけど、血の繋がった実の母親なのなら、ちょっと納得がいかないんですよ。可愛い盛りのわが子を手放しますかね?」
「何か余程の事情があるのだろうが……メモは単に言葉が思いつかなかったんだろうな。それに本気で迷子になりそうだし、彼女なら」
 あのへたくそな字だもんなぁ。
 また、はあ×2。
「これだけは言っておくが、俺はルーを抱いてないぞ」
 どうも、この辺がフェイとの間で喧嘩の原因になったらしい。
「わかってますよ。さすがに当時十五で中身が幼児の娘を相手には……ねぇ」
 オレだってそんな倫理的に問題ありそうなことイヤだよ。でも意識ない状態で精子を採集されて人工授精ってのもかなりイヤだな。
「いくら説明してもわかってくれないんだ」
 あ、ちょっと泣き入ってますよ、狼さん。
「第一、俺は年上の女が好きだったんだ」
「あんた、それ言ったらそりゃ殴られますよ」
 段々、酔っ払い談義に場が変わってきた。
「突っ込んだ話ですが、あなたはフェイの事をどう思ってるんです、本当のところ。あいつがここまで怒るのは、あなたの事を愛してるからでしょう?」
「俺も……好きだよ」
 おお、なんかウブな小娘のように赤くなってるぞ。
「じゃあ問題ないじゃないですか。いっそルイを自分達の子供として育てれば」
「それもいいかもな」
 あまり想像はつかないけどな。この人が子育てしてる姿って。でも、一緒の支部で働いてた頃は、もっと常に何かに飢えてるみたいな尖がったイメージがあったけど、なんか角がとれたって気がする。復讐に燃えてたのがある程度達成されたからだろうか。
 結果、体はもうボロボロで、戦うどころか三年経った今でも走るのもままならない状態だが、生きていること自体が不思議だったと医局の先生も言っていた。フェイのことを思って、その気力だけで生き残ったのなら、疑う余地も無く本気で愛してるのだろう。フェイだって、彼が回復するまで一時も傍を離れなかったらしい。今でも仕事が終わったら、それこそ奥さんみたいに世話を焼きに行っている。もう誰も二人の間に割り込みようも無い。
 そうわかっていても……少しだけオレの心の中に、擦り傷みたいにちくちく痛むものがある。昼間、フェイが実は女だと聞かされた時から、それは大きくなった。
 ……それを嫉妬だと認めたくは無いのだが。
「そうだ、フェイからカード受け取りました?」
 自分を誤魔化すように、オレは話題を変える事にした。
「ああ、あれか。解除コードってやつ自体はすごく簡単だよ。何を解除するのに使うコードなのかがわからないけど」
 やっぱりこの人に見せるためのものだったんだな。簡単って、ものすごくワケわからなかったんだけど。さすがは天才と言われた学者。
「あの女の人をフェイはなんとなく知ってるって言ってましたが」
「……あれがミカだよ、さっきも少し話したけど」
「キリシマ博士の娘か。フェイとルーって娘の姉さん」
 これもなるほど。博士に記憶を消されたから、彼女を忘れていたって事か。ウォレスさんはある程度はフェイにルーとの関係も、ミカさんの事も話してはいたみたいだが、頭で知っていても直接顔を合わせていないから、はっきりとは思い出せなかったんだな。
「最初の“竜は方舟を出た”っていうのが気になってな。方舟……アークは思い当たるから、ミカのメッセージでも不思議はないとはいえ、竜というのがわからない」
「暗号にしてあなたに見せなくてはいけないくらいだから、内部で問題が起きたってことでしょうか? 助けを求めてるとか? だからルイを逃がした」
「だとしても、正確な場所は俺も知らないから助けに行き様がないしな」
「第一、闇市場に今更助けを求められてもねぇ……」
 今夜何度目かの、はぁ×2。
「あと……キリシマ博士が今も形は違っても生きているという事実だけは、フェイには言いたくないんだ」
「わかりました。そこだけは秘密にしておきましょう」
 なぜ、オレにはそこまで話してくれたのかはわからなかったが、後で考えると、彼には本人も気がつかない予感みたいなものがあったのかもしれない。
「ま、明日オレからもフェイに少し話してみますから、仲直りしてくださいよ。あいつの機嫌が悪いと仕事にも差し支えるし」
「……カイは昔から貧乏くじばかりひかされるな。すまんな」
 この人とは歳が違ってもG・A・N・Pに入ったのが同期だから、考えてみたら一番長い付き合いだな。イヌは苦手だから最初はちょっと遠巻きにしてたけど、なんだかんだ言って気になる人ではあった。
「ねえ、一つだけ訊いていいですか?」
「ん?」
「フェイとはどこまで?」
 気になってたんだよな。オレも少し酔ってるから思わず訊いてしまった。
 ぶっ、とふきだすわかりやすいリアクションを見せて、また彼が赤くなった。
「絶対教えない」
「あ、ズルいなぁ」
 なんとなくその焦り具合で想像はついたので、苛めるのはここまでにしておいた。
「また、ゆっくり飲みましょう。今度はオレの愚痴も聞いてくださいよ」
「そうだな」
 もう夜も遅い。そろそろ帰ろうかとなったので、二人で立ち上がったその時。
 ウォレスさんがちょっとぴくっとして、手を首に当てた。
「どうしたんですか?」
「いや、少しちくっときて」
 見ると首の左側が微かに赤くなっていたが、それ以外は特に変わった様子はなかった。
「さっき羽音が聞えてたから、虫にでも刺されたかな?」
 そう彼が言った数秒後、同じ場所にぼんやりと丸いものが浮かび上がってきた。
「あっ!」
 それは、メイファの胸にあったのと同じ、羽根の生えた蛇の青い印だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Wild in Blood ~episode Zero~

まりの
SF
Wild in Bloodシリーズの外伝。ディーン・ウォレスがG・A・N・P本部に移籍する前、『Wild in Blood』へと続く若き日の記録。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

Wild in Blood

まりの
SF
宇宙・極地開拓の一端として開発が進んだ、動植物の能力遺伝子を組み込んだ新人類A・H。その関連の事件事故のみを扱う機関G・A・N・Pに所属する元生物学者ディーン・ウォレスは狼のA・Hに自らを変え、様々な事件に挑みながら自分から全てを奪った組織への復讐の機会を待っていた――約二十年書き続けているシリーズの第一作。(※ゲームやVRの要素は全くありません)

狼さんの眼鏡~Wild in Blood番外編~

まりの
SF
Wild in Bloodの番外編。G・A・N・Pの研究班に所属する学者のマルカは美人で頭が良いが自覚の無い天然さん。ちょっとしたミスから「憧れの彼」とデート?する事に。運の悪い彼を殺さずに、無事一日を終わる事ができるのか。★本編で一人称だと主人公の容姿や顔がわかりづらかったので、違う視線から見てみました。女性主人公です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

sweet home-私を愛したAI-

葉月香
SF
天才と呼ばれた汎用型人工知能研究者、久藤朔也が死んだ。愛する人の死に打ちひしがれ、心を患う彼の妻、陽向は朔也が遺した新居――最新型OSにより管理されるスマートホームに移り住む。そこで彼女を迎えたのは、亡き夫の全てを移植されたという人工知能、立体ホログラム・アバターのsakuyaだった。

伝説の高校生

ジーコ
SF
星山学園は能力科は1学年定員90名。入試倍率30倍の超難関学科。本科のカリキュラムでは生徒はそれぞれ3つの能力取得を目指す。一浪の猛勉強の末、滑り込み合格を決めた大原大海(おおはらひろうみ)。彼はいったいどんな能力を取得するのか。個性豊かな同級生や先輩とおりなすドタバタ恋愛SFコメディ!

空のない世界(裏)

石田氏
SF
働きながら書いてるので更新は不定期です。 〈8月の作者のどうでもいいコメント〉 『本格的な夏になりました。学校では夏休み、部活に励む学生、夏の催し夏祭り……ですが、楽しいことばかりではない夏でもある。山のようにある宿題、熱中症等健康悪化、夏休みのない大人。何が楽しくて、こんな暑い中祭りに行くんだと言いながら、祭りに行く自分。まぁ、色々あると思いますが、特に脱水には気をつけましょう。水分不足で、血液がどろどろになると、脳梗塞の原因になります。皆、熱中症だけじゃないんだよ。ってことで、今月も仕事しながら執筆頑張ります』 完全に趣味で書いてる小説です。 随時、概要の登場人物更新します。 ※すいません、途中字数オーバーがありますが、御承知ください。(アルファポリス様更新前の上限一万字の時のことです)

処理中です...