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翼蛇の章 前編
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しおりを挟む「……縮小コピーみたい」
呆れた様な女医さんの声。うん、確かに耳と目の色を除いて縮小コピーだ。
ガチャ。
結構な勢いでフェイが乱暴にカップを置いた。な、何かまた殺気が……。
「お、落ち着け、フェイ」
「何が? 僕、落ち着いてるけど?」
いや、ものすごく怒ってるのがわかるし。目が据わってるぞ。ほら、ルイも怯えてる。
やっぱり噂は本当だったか。デキてなきゃ、彼の子供がいたところで、ここまで怒る必要ないじゃん。口には出さないけどバレバレだぞ。
「やぁね、いつの間に子供作ってたのよ。ちゃんとやることやってたのねぇ」
先生、追い討ちをかけるのは止めてくれ~!
ほら、なんかフェイから湯気が出そうな気配だし。ルイは固まったまま動かないし。
更なる追い討ちがやってきた。研究部の資料が先生の手に渡されたのだ。
持ってきた白衣の学者は、なぜにそんな勢いで逃げるんだ。この場の殺気を感じたのか?
「あらまぁ……! ものすごい衝撃の事実が!」
女医さんは手渡された資料を見て声を上げた。
「な、何なんです?」
ああ、心臓に悪い。なんでオレがこんなにドキドキしなきゃいけないんだ。
「99.987パーセントの確立でこの子の両親がわかったんだけど……」
間を置くな間を!
「二人ともここの人間じゃないの」
えっ? 片方は絶対そうだけど、じゃあ母親もここの人間?
「フェイ、言っちゃっていい? なんならこんな人の多い所じゃなくてもいいけど」
先生、焦らすな。
もう見た目だけでも父親わかってるんだし。ってか、なぜフェイに確認する?
「は、早く言えよ、先生!」
「でもねぇ……」
うわぁ、オレ、もう耐えられない!
「あ、ちょっとだけ待って」
ヒューイが待ったをかけて、ルイに遊ぼうと声を掛けて離れた場所に連れて行ってくれた。遊び人にしちゃ気が利くじゃないか。大半の者は興味津々な感じで残って聞き耳を立ててるけど。
「いいです。僕ももう……覚悟は出来てます」
小さくフェイが言ったあと、女医さんが報告書を読み上げた。
「このおチビさんの父親は、推測どおり、ディーン・ウォレス、母親は……フェイ・キリシマと遺伝子情報が一致」
空気が凍りついた。誰一人すぐに声も上げなかった。いや、上げられなかったのだろう。
しばらくの沈黙の後、誰からとも無くざわめきが起こった。
「ちょっと待てぃ!」
オレは思わず立ち上がる。
「ウォレスさんはともかく、フェイってなんだよ、フェイって!」
混乱しているオレに対して、女医さんは冷静に返す。
「でも、そういう結果が出たんだもの。どっちも隊員だから正確な遺伝子情報がデータベースにあるんだから間違えようが無いわよ。しかも二人とも特殊なDNAだし」
「そういう問題じゃなくて! じゃあフェイは……」
「そうよ? 不完全だけど女の子よ。何? 他の人はともかく、あなた、三年も一緒にいて全く気がつかなかったの?」
うっ! 何故オレが責められる?
「そろそろ話さなきゃいけないとは思ってたんだけど……」
フェイ本人も認めた。
もう一度皆が沈黙したが、流石に重大な秘密をカミングアウトした本人を目の前に、噂話も何なので、皆がそっとこの場を離れていった。数分後にはきっとこの本部の人間皆に広まるんだろうな。
「バレちゃったわね」
「……子供の頃は自分でも男だと思ってたから。そういうふうに育てられたし。でもさすがに最近は違いがわかってきた。自分の体だもの」
フェイが微かに口元に笑みさえ浮かべて言った。少しホッとしてるようにも見える。きっとずっと秘密を抱えていることに疲れていたのだろう。
ああ、でもオレってホント鈍感だったんだな。考えてみれば昨日まで散々なことをしてきたぞ。女の子だと知ってたら、やったり言わなかったような酷いことを幾つも……でも内心少しホッとしてる自分にも気がついた。男じゃないんなら、こいつを見てドキドキしたり、本気で可愛いと思った自分もおかしくは無かったんだ。オレだけじゃなくて、ウォレスさんだって同性愛者うんぬんの汚名も晴れたことだし。
待て? じゃあ、ルイのママの事は?
その疑問は先に女医さんがフェイに尋ねる。
「でも、フェイは子供は作れない筈よ。卵子も採れないでしょ? まあ、細胞核移植とか方法が無いわけじゃないけど。三年前って言ったらあなたまだ十五でしょ」
「これだけは言っとくけど……本当に僕の子じゃない。でも母親は誰かわかってる」
フェイ?
「直接本人に真偽の程を聞けばいいわ。お節介が連れて来たわよ、パパを」
「おい、ちょ、ちょっと……」
白衣の赤毛の女の子に背中を押されながら、そのパパが登場した。
「あの、オレ外しますね」
立ち上がりかけたオレを、両方から同時に手が伸びてきて押さえられた。何、その阿吽の呼吸。
「カイはここにいて、こっちが外すから。ルイをよろしくね」
フェイ、口元笑ってるけど目が怖いよ。ウォレスさん、何、その助けを求める目。
そして二人は中庭の方に消えた。
「さて、私は医局に戻るわね。常連さんが運ばれてくるかもしれないから」
女医さんもものすごく意地悪な笑みを残して退場。
ぽつんと間が悪く残されたオレの耳に、カフェの隅っこで遊んでるルイの無邪気な笑い声だけが響いていた。
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