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變色龍の章
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しおりを挟むまだ姿は現さないが、蛍光塗料でマーキングしたので位置が見える。
おっ、なかなか動きが早い。壁を登れるんだな。
オレも壁の凹凸を飛びつないで後を追う。後数メートルというところまで追い付いた時。
危険! 何かが頭の中に閃く。
次の瞬間、例の長い舌が伸びてきた。ふん、オレの動体視力をなめるなよ。難なく躱したと思ったら、舌はそのままオレの腰のホルダーに収まっていた麻酔銃を抜き取って、すごい勢いで戻ってきた。
「おわっ!」
危うく自分の銃が頭を直撃するところだった。
「す、すげえな。便利な舌だなぁ」
舌は三メートル以上も伸びるのか。昨夜結構下調べをしたところによると、本物のカメレオンはここまで擬態も上手くなきゃ、舌だって体の倍も伸びないはず。あえて強化されているのか。
もう麻酔銃は使えない。直接この手で捕獲するしか選択肢が無くなったな。
「えへへっ、すごいでしょ」
目の前の庇の上で、メイファが姿を現した。
ノースリーブでミニスカートのスーツは銀色。裸足。ステルススーツにしちゃ肌を出しすぎだが、そもそも自分の色を変えられるのだから必要最小限って事か。
「鬼ごっこしよう、ニャンコちゃん」
「遊んでんじゃねえよ。それにオレはカイってんだ」
「ふ~ん、昨日のスカした服より、その制服の方がカッコいいよ、カイ。メイファのタイプ」
あ、ガキだけどそう言われると微妙に嬉しい。
「鬼さんこちらっ!」
メイファはくるっと身を翻して、今度は姿も消さずに、身軽に跳ねていく。
「あっ、待てっ!」
しゃあねぇな。鬼ごっこにお付き合いしてやるぜ。
路地とも呼べぬ建物の隙間、小窓や張り出した庇、看板を跳び繋いで、カメレオン娘は逃げ続ける。だが相手は女の子。さすがに少し動きが遅くなって来た。疲れてきたな。
ふふん、オレはこういうのは自信あるぞ。ネコを遊びに誘った以上、つきあってもらうぞ。
「どうした? もう鬼ごっこは終わりか?」
「ま、まだまだっ。もっと遊ぶのっ!」
メイファは、ごちゃごちゃした一棟の雑居ビルの屋上に跳び上がった。
「捕まるのイヤだもん!」
両手とゴムのように伸びる舌で、屋上にある物を手当たり次第に掴んで投げてくる。
だが、もうこっちもわかってるので当りはしない。やっぱ子供だなぁ。消えないところを見ると、もう相当疲れているみたいだ。そろそろ終わりにしてやるか。
「知ってるか? オレも消えられるんだぞ」
「え?」
オレはありったけのスピードで、床を這うように物陰に隠れる。余程の動体視力の持ち主でないとオレの動きは追えない。このスピードだけは誰にも負けないのだ。ただし、瞬発力があるだけなので、フルスピードは一瞬しか出せないけどな。
「あ、あれ? ホントに消えたっ!」
お、焦ってる焦ってる。
ジャンプ。
「ほい、捕まえた」
後ろから抱きとめて、首元に最大に伸ばした爪を突きつける。
「オレも女の子に傷をつけたくないしさ。おりこうにしてりゃひっかかない」
「に、逃げないから爪しまって!」
案外あっさりメイファは両手を挙げて降参ポーズをした。
「こちらカイ。ターゲット捕獲完了。回収よろしく」
手短に支部に連絡を入れる。メイファはまだもぞもぞやってるが、ネットをかけるのも可哀想な気がして抱いたままでいると……。
「あんたさ、思いっきり胸さわってんだけど。エッチ」
「まだペタンコのガキが気にしてんじゃねえよ。放すと逃げる気だろ?」
まあ、思ってたよりはご立派に成長してるけどな。
「もう逃げないって。いいんだ、いつか捕まるってわかってたもん」
しおらしい声で言われ、思わずオレは手を緩めたが、カメレオン娘は逃げなかった。
「疲れちゃった。迎えが来るまでちょっと座っていい?」
「うん」
ペタンとその場に座ったメイファは大きくため息をついた。結構長く鬼ごっこしたもんな。こんな小さな体でよく逃げまわったよ。擬態も体力を使うと聞いた事がある。
「へへ、でもなんか面白かったよ。昨日見た時から、あんたのこと気になってたんだ。一緒にいた女の子めちゃ可愛かったけど恋人?」
うっ、本物の女の子にもバレてなかったんだな、フェイ。
「あ、あれは仕事の同僚だ。ませたこと言いやがって、お前、いくつだ?」
「十四」
ありゃ、小柄だが思ってたより上だった。ゴメン、そんな女の子の胸触ってたら怒るな。
「さっき子供連れてたじゃない。なに、あんたら夫婦で仕事してるわけ?」
メイファの言葉に、ガンッ、と何かものすごく大きなもので頭を殴られた様な衝撃が。
ふ、夫婦? オレとフェイがそう見えたのか!?
「夫婦でもなきゃ、オレの子でもねえよ!」
「そっか。あの子、肩車なんかしてもらって幸せそうに見えたから羨ましかったんだ」
何か胸にちくんと来るものがあった。
「お前、親はいない……よな」
二世じゃない限り、A・Hに両親なんかいない。オレもそうだが、大概は試験管の中で作られ、母の胎内も知らずに育成器で育ち、里親に預けられる。だが里親とはいえ、ちゃんとした家庭で育った者は幸せだ。非合法のA・Hのほとんどは、それすらも知らず、誰かの所有物になるか、裏社会で売り飛ばされて犯罪用に訓練を受けるか……。
「アタシは物心ついた時にはクーロンの道端にいた。どっかのおかしな学者が興味本位だけで作ったんでしょ。拾ってくれたじいさんが、名前もつけてくれたし、結構可愛がってくれた。だけどじいさんも死んじゃったから、この賑やかで面白そうな街に来たの」
……支部長、すげえ。あんたの推理ってか、勘はホントに当るんだ。まんまじゃん。
「お前、泥棒は誰かに命令されてやったのか? もしそうなら頷くだけでいい」
裏がいるなら、口封じとかされてると厄介だしな。
メイファは首を振った。ちょっと悲しい顔でうっすら微笑んで。
「違うよ。自分でやったんだよ」
ひとまずホッ。よしよし、今回は裏はないな。
「こんな親もいない、学校にも行ったことも無いA・Hの小娘、雇ってくれるところもないじゃない。体売るなら別だけど、それだけは嫌だったし。人の物を盗るのは悪いことだって知ってるよ。でも、食べていくためにはこんなのしかないじゃない」
「まあな。こっちもわかっちゃいるが、大人しくG・A・N・Pに保護されてくれりゃ、教育も受けられるし仕事の紹介だってあるぞ」
「でもさぁ、なんか施されるのって嫌でさぁ」
ある意味しっかりした娘だな。なかなか芯はいい子みたいだ。
「へへ、なんか二人で並んで座ってるとデートみたい」
「……お前、ホントにマセたガキだなぁ」
「メイファって呼んでってば」
「ハイハイ」
まあ、逃げる気配ももう無いし。ちょっとぐらいお付き合いしてやってもいいか。
ふと、メイファの大きく開いたスーツの胸元に目がいく。鎖骨の下、少し左側のあたりに小さな丸いタトゥがあるのに気がついた。
輪になった羽根の生えた蛇? 淡いブルーの直径三センチほどの物だ。
「それ刺青?」
「あ、これ? ううん、これは刺青じゃない……ってかどこ見てんのよ」
もう言い返すのも嫌になって来たよ。早く来いよ、回収班。
「これの意味、カイは知らないの?」
「初めて見るけど」
「これはね、勝手に出てくるんだよ。他にも沢山いるよ、この印のあるA・H」
なんじゃそりゃ。初耳だが変な話だな。
「いたいた!」
その時、声が聞こえた。この声はフェイだ。
「いたいたぁ」
真似するルイの声もな。
「ご苦労様。大人しくしてるじゃない。ケージも必要なさそうだね」
フェイの言葉に、メイファがふくれっ面であぐらをかいた。
「ちょっとぉ、アタシを檻に入れる気だったの?」
「入れないよ。君がメイファちゃん? カイが言ってたけど本当に可愛いね」
ルイを背負ったままのフェイに首を傾げられて、メイファがちょっと赤くなった。おお、さすがに子供の扱いが上手いなぁ。
「お姉さん、カイがメイファの胸触ったんだよぉ」
メイファは縋り付くようにフェイの方に行きやがった。
でも、お姉さんは無いだろ。昨日いくら女装だったからって、今は……う、お姉さんと言ったメイファじゃなくて、オレに向けてフェイからものすごい敵意を感じるんですけど? 何、その蔑むような目。
「にいちゃんえっち?」
何で幼児にまで言われなきゃいけないんだ……。
「さて、じゃあ一緒に行こうか」
「うん……」
フェイに促され、立ち上がって支部に帰ろうとした時。
「そうそう、カイ。さっきの続きだけどさ、私も選ばれたのよ。この印があると、いいところに連れて行ってもらえるんだって。カイ達も選ばれるといいね」
メイファはにっこり可愛らしく笑って、ルイの頭を撫でてから歩き出した。
次の瞬間、ぱん、と何かが弾ける音がした。
「な……んで?」
噴き上がった赤い煙。血?
「おい、メイファ?」
ぱたっとメイファがその場に倒れた。
オレは慌てて辺りを見渡したが、どこかから撃たれたのでは無さそうだ。俯せに倒れたメイファを抱き起こすと、さっきのタトゥの場所に大きく穴が開いていた。爆弾でも仕掛けられてたのか?!
「ルイ、見るな!」
すでにフェイがルイに見せないようにきつく抱きしめていた。
目を開けたまま動かないメイファを抱くオレの膝を、生暖かい赤い液体が大量に伝って行った。
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