Dragon maze~Wild in Blood 2~

まりの

文字の大きさ
上 下
6 / 42
變色龍の章

しおりを挟む

 まだ姿は現さないが、蛍光塗料でマーキングしたので位置が見える。
 おっ、なかなか動きが早い。壁を登れるんだな。
 オレも壁の凹凸を飛びつないで後を追う。後数メートルというところまで追い付いた時。
 危険! 何かが頭の中に閃く。
 次の瞬間、例の長い舌が伸びてきた。ふん、オレの動体視力をなめるなよ。難なく躱したと思ったら、舌はそのままオレの腰のホルダーに収まっていた麻酔銃を抜き取って、すごい勢いで戻ってきた。
「おわっ!」
 危うく自分の銃が頭を直撃するところだった。
「す、すげえな。便利な舌だなぁ」
 舌は三メートル以上も伸びるのか。昨夜結構下調べをしたところによると、本物のカメレオンはここまで擬態も上手くなきゃ、舌だって体の倍も伸びないはず。あえて強化されているのか。
 もう麻酔銃は使えない。直接この手で捕獲するしか選択肢が無くなったな。
「えへへっ、すごいでしょ」
 目の前の庇の上で、メイファが姿を現した。
 ノースリーブでミニスカートのスーツは銀色。裸足。ステルススーツにしちゃ肌を出しすぎだが、そもそも自分の色を変えられるのだから必要最小限って事か。
「鬼ごっこしよう、ニャンコちゃん」
「遊んでんじゃねえよ。それにオレはカイってんだ」
「ふ~ん、昨日のスカした服より、その制服の方がカッコいいよ、カイ。メイファのタイプ」
 あ、ガキだけどそう言われると微妙に嬉しい。
「鬼さんこちらっ!」
 メイファはくるっと身を翻して、今度は姿も消さずに、身軽に跳ねていく。
「あっ、待てっ!」
 しゃあねぇな。鬼ごっこにお付き合いしてやるぜ。
 路地とも呼べぬ建物の隙間、小窓や張り出した庇、看板を跳び繋いで、カメレオン娘は逃げ続ける。だが相手は女の子。さすがに少し動きが遅くなって来た。疲れてきたな。
 ふふん、オレはこういうのは自信あるぞ。ネコを遊びに誘った以上、つきあってもらうぞ。
「どうした? もう鬼ごっこは終わりか?」
「ま、まだまだっ。もっと遊ぶのっ!」
 メイファは、ごちゃごちゃした一棟の雑居ビルの屋上に跳び上がった。
「捕まるのイヤだもん!」
 両手とゴムのように伸びる舌で、屋上にある物を手当たり次第に掴んで投げてくる。
 だが、もうこっちもわかってるので当りはしない。やっぱ子供だなぁ。消えないところを見ると、もう相当疲れているみたいだ。そろそろ終わりにしてやるか。
「知ってるか? オレも消えられるんだぞ」
「え?」
 オレはありったけのスピードで、床を這うように物陰に隠れる。余程の動体視力の持ち主でないとオレの動きは追えない。このスピードだけは誰にも負けないのだ。ただし、瞬発力があるだけなので、フルスピードは一瞬しか出せないけどな。
「あ、あれ? ホントに消えたっ!」
 お、焦ってる焦ってる。
 ジャンプ。
「ほい、捕まえた」
 後ろから抱きとめて、首元に最大に伸ばした爪を突きつける。
「オレも女の子に傷をつけたくないしさ。おりこうにしてりゃひっかかない」
「に、逃げないから爪しまって!」
 案外あっさりメイファは両手を挙げて降参ポーズをした。
「こちらカイ。ターゲット捕獲完了。回収よろしく」
 手短に支部に連絡を入れる。メイファはまだもぞもぞやってるが、ネットをかけるのも可哀想な気がして抱いたままでいると……。
「あんたさ、思いっきり胸さわってんだけど。エッチ」
「まだペタンコのガキが気にしてんじゃねえよ。放すと逃げる気だろ?」
 まあ、思ってたよりはご立派に成長してるけどな。
「もう逃げないって。いいんだ、いつか捕まるってわかってたもん」
 しおらしい声で言われ、思わずオレは手を緩めたが、カメレオン娘は逃げなかった。
「疲れちゃった。迎えが来るまでちょっと座っていい?」
「うん」
 ペタンとその場に座ったメイファは大きくため息をついた。結構長く鬼ごっこしたもんな。こんな小さな体でよく逃げまわったよ。擬態も体力を使うと聞いた事がある。
「へへ、でもなんか面白かったよ。昨日見た時から、あんたのこと気になってたんだ。一緒にいた女の子めちゃ可愛かったけど恋人?」
 うっ、本物の女の子にもバレてなかったんだな、フェイ。
「あ、あれは仕事の同僚だ。ませたこと言いやがって、お前、いくつだ?」
「十四」
 ありゃ、小柄だが思ってたより上だった。ゴメン、そんな女の子の胸触ってたら怒るな。
「さっき子供連れてたじゃない。なに、あんたら夫婦で仕事してるわけ?」
 メイファの言葉に、ガンッ、と何かものすごく大きなもので頭を殴られた様な衝撃が。
 ふ、夫婦? オレとフェイがそう見えたのか!?
「夫婦でもなきゃ、オレの子でもねえよ!」
「そっか。あの子、肩車なんかしてもらって幸せそうに見えたから羨ましかったんだ」
 何か胸にちくんと来るものがあった。
「お前、親はいない……よな」
 二世じゃない限り、A・Hに両親なんかいない。オレもそうだが、大概は試験管の中で作られ、母の胎内も知らずに育成器で育ち、里親に預けられる。だが里親とはいえ、ちゃんとした家庭で育った者は幸せだ。非合法のA・Hのほとんどは、それすらも知らず、誰かの所有物になるか、裏社会で売り飛ばされて犯罪用に訓練を受けるか……。
「アタシは物心ついた時にはクーロンの道端にいた。どっかのおかしな学者が興味本位だけで作ったんでしょ。拾ってくれたじいさんが、名前もつけてくれたし、結構可愛がってくれた。だけどじいさんも死んじゃったから、この賑やかで面白そうな街に来たの」
 ……支部長、すげえ。あんたの推理ってか、勘はホントに当るんだ。まんまじゃん。
「お前、泥棒は誰かに命令されてやったのか? もしそうなら頷くだけでいい」
 裏がいるなら、口封じとかされてると厄介だしな。
 メイファは首を振った。ちょっと悲しい顔でうっすら微笑んで。
「違うよ。自分でやったんだよ」
 ひとまずホッ。よしよし、今回は裏はないな。
「こんな親もいない、学校にも行ったことも無いA・Hの小娘、雇ってくれるところもないじゃない。体売るなら別だけど、それだけは嫌だったし。人の物を盗るのは悪いことだって知ってるよ。でも、食べていくためにはこんなのしかないじゃない」
「まあな。こっちもわかっちゃいるが、大人しくG・A・N・Pに保護されてくれりゃ、教育も受けられるし仕事の紹介だってあるぞ」
「でもさぁ、なんか施されるのって嫌でさぁ」
 ある意味しっかりした娘だな。なかなか芯はいい子みたいだ。
「へへ、なんか二人で並んで座ってるとデートみたい」
「……お前、ホントにマセたガキだなぁ」
「メイファって呼んでってば」
「ハイハイ」
 まあ、逃げる気配ももう無いし。ちょっとぐらいお付き合いしてやってもいいか。
 ふと、メイファの大きく開いたスーツの胸元に目がいく。鎖骨の下、少し左側のあたりに小さな丸いタトゥがあるのに気がついた。
 輪になった羽根の生えた蛇? 淡いブルーの直径三センチほどの物だ。
「それ刺青?」
「あ、これ? ううん、これは刺青じゃない……ってかどこ見てんのよ」
 もう言い返すのも嫌になって来たよ。早く来いよ、回収班。
「これの意味、カイは知らないの?」
「初めて見るけど」
「これはね、勝手に出てくるんだよ。他にも沢山いるよ、この印のあるA・H」
 なんじゃそりゃ。初耳だが変な話だな。
「いたいた!」
 その時、声が聞こえた。この声はフェイだ。
「いたいたぁ」
 真似するルイの声もな。
「ご苦労様。大人しくしてるじゃない。ケージも必要なさそうだね」
 フェイの言葉に、メイファがふくれっ面であぐらをかいた。
「ちょっとぉ、アタシを檻に入れる気だったの?」
「入れないよ。君がメイファちゃん? カイが言ってたけど本当に可愛いね」
 ルイを背負ったままのフェイに首を傾げられて、メイファがちょっと赤くなった。おお、さすがに子供の扱いが上手いなぁ。
「お姉さん、カイがメイファの胸触ったんだよぉ」
 メイファは縋り付くようにフェイの方に行きやがった。
 でも、お姉さんは無いだろ。昨日いくら女装だったからって、今は……う、お姉さんと言ったメイファじゃなくて、オレに向けてフェイからものすごい敵意を感じるんですけど? 何、その蔑むような目。
「にいちゃんえっち?」
 何で幼児にまで言われなきゃいけないんだ……。
「さて、じゃあ一緒に行こうか」
「うん……」
 フェイに促され、立ち上がって支部に帰ろうとした時。
「そうそう、カイ。さっきの続きだけどさ、私も選ばれたのよ。この印があると、いいところに連れて行ってもらえるんだって。カイ達も選ばれるといいね」
 メイファはにっこり可愛らしく笑って、ルイの頭を撫でてから歩き出した。
 次の瞬間、ぱん、と何かが弾ける音がした。
「な……んで?」
 噴き上がった赤い煙。血?
「おい、メイファ?」
 ぱたっとメイファがその場に倒れた。
 オレは慌てて辺りを見渡したが、どこかから撃たれたのでは無さそうだ。俯せに倒れたメイファを抱き起こすと、さっきのタトゥの場所に大きく穴が開いていた。爆弾でも仕掛けられてたのか?!
「ルイ、見るな!」
 すでにフェイがルイに見せないようにきつく抱きしめていた。
 目を開けたまま動かないメイファを抱くオレの膝を、生暖かい赤い液体が大量に伝って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

聖女戦士ピュアレディー

ピュア
大衆娯楽
近未来の日本! 汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。 そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた! その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...