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全てを一つに
凶兆の赤子
しおりを挟む首を低くして狙いを定めるよう近づいてくる灰色の大翼鳥。
僕はルイドが怪我をしたときの事を考えても、今まで鳥を憎いと思った事は無いし、心の底から恐怖を感じた事は無かった。でも今度ばかりは本気で怖いと思う。
目が違うもの。
「待って!」
お姫様が鳥と僕の前に、手を広げて割って入った。
一緒に竜馬から降りたリンドさんは、剣を抜いて僕の前に立つ。
「あなた、ルミナだったわね? シスは何も悪くないじゃない」
「……どけ、女。我の主はフィラン様だけ。主が苦しまれるのを見たくないのだ」
「気持ちはわかるけど、どちらも本当の事を知らないのよ。しかも勝手に心を奪われたのはあちらでしょう? 酷い魔法まで使って。出会ってしまった事が罪ならば、あなたが十四年前にした事が一番の原因でしょう?」
「それはそうだが……」
「なぜ、せめてもっと早くに王子に真実を話さなかったの?」
一生懸命お姫様が鳥の言葉で話をしてる。僕には聞えてるけど、リンドさん達にはわからない。
そっか、この鳥さんはルミナって言うんだね。
でも、何の事? 本当の事を知らないって? 十四年前の事って? 真実って何の事なの?
「フィラン様が魔法で私の言葉を解せるようになったのはここ最近だ。その時には既に遅かったのだ」
「だからってこんなの許せない!」
「うるさい! フィラン様はその者を手に入れるため兄上まで……」
ルミナと呼ばれた灰色の鳥の目がまた厳しくなった。
「これ以上の罪を重ねられる前に、十四年前の清算をさせてもらう。その者を今失えば、しばらくは悲しまれるがすぐに忘れられるだろう。罪を重ねられてからでは、真実をお知りになってからでは遅いのだ」
ぎゃっ、と威嚇の声を上げて、ルミナが羽根を広げてお姫様をつつきにかかった。ジンデさんや双子が慌てて助けに入ったが、興奮した鳥は止まりそうに無い。
「あのっ、僕はいいから他の人を傷付けないで!」
僕は思い切って飛び出した。だって、この鳥が狙ってるのは僕だもの。お姫様や他の人まで怪我をしたら大変!
「ほお、いい覚悟だ。」
ぎらっと光る鳥の目は普通じゃない。狂ってる。
「馬鹿っ! 出てどうする!」
リンドさんが慌てて剣を翳して大翼鳥に斬りかかった。でもひょいっと舞い上がって鳥は簡単に避けてしまう。
「邪魔をするな、ひと思いに死なせてやる」
「勝手な事言ってんじゃねえっ!」
空から白い塊が降ってきて、灰色の大翼鳥に体当たりした。
「ルイドっ!」
「同じ鳥のクセになぜ、邪魔をする?」
「シスは俺の弟だ! 誰にも傷付けさせたりしない!」
羽根を撒き散らして灰色と白の鳥が揉みあってる。ばさばさ、ギャーギャーッというけたたましい音が辺りに響く。中に入ろうとしたが、とても入れる状態じゃないし、リンドさんやお姫様に止められた。
「ルイド! 逃げてっ!」
やめて、やめてっ! 同じ鳥同士で争わないで。ルイドの方が小さいし、片目だし、明らかに押されてる。これ以上怪我をしたら本当に飛べなくなっちゃう!
竜馬から双子に弓を持って来させたリンドさんも、ルイドが一緒だから撃つに撃てない。
でもどうしたらやめてくれる?
そうだ!
ぴるるるるる――――!!
僕は高い声で思いきり鳴いた。
雛が助けを求める声で。この声に反応しない大人はいないとお母さんが言ってた。でもこの声がちゃんと出せるとは思ってなかった。
僕の声に、二羽がぴたりと止まった。
「やめてよ。お兄ちゃんもやめて」
「なぜ……」
また苦しげに灰色の大翼鳥は首を振った。困ってる雛を無視する鳥はいない。だから僕の声が不思議だったんだろう。
僕はルイドと一緒に巣立ったつもりだったけど、飛べなくて落ちたんだから実際はまだ雛なのかも。認めたくは無いけど。
「自分では大人だと思ってたんだけど、まだ雛の声だね、僕」
「いや、コイツが驚いてるのはそこじゃないだろ?」
ルイドが呆れてるけど、ケンカは収まったからいいだろう。
「お前、人間なのに何故……」
「僕、人間だけど鳥として育ったから、どっちかというと鳥?」
「……」
灰色の鳥が思いきり難しい顔で溜息をついたので、何か変な事を言ったかなと他の人の顔を窺ってみたが、やっぱり呆れた顔をしてた。ホントの事なのになぁ。
まあいいや。色々思うところはあるけど、ちゃんと訊かなきゃ。
「ねえ、僕が悪い事をしたというなら責任は取る。だからルイドや他の人を傷付けないで。でも詳しく話して。ワケもわからずに死ぬのは嫌」
多分、僕の声は震えてたと思う。この狂った目をした鳥に話が通じるのかわからないし、聞くのも本当は怖い。
ルミナという鳥は少し落ち着いたようにふんっと息を吐いてから、ルイドと揉みあって乱れた羽根をぶるぶるっと身を震わせて整えた。
あちこち突きまわされてボロボロになったルイドはジンデさんと双子に押さえられてる。
「シス、私からちゃんと話すから。ゆっくり時間をかけないと……」
お姫様が必死の顔で僕の腕を掴んだけど、やんわりと退けておいた。お姫様は知ってる。でもどうして僕は聞いちゃいけないの。
「えっとルミナさん? 話して、お願い」
僕が首を傾げると、ルミナは目を閉じた。覚悟を決めたような顔。
「……まだフィラン様が小さかった頃、私は海の向こうの国の城の魔法使いに仕えていた。前王妃が亡くなり、フィラン様のお母上が王妃として迎えられた頃だ」
海の向こうの国。雄の大翼鳥は雛を残した後旅に出ると聞いていたが、そんなに遠くまで行くんだね。
このあたりの話は、以前宿屋のおばさんから聞いた話と大体同じ。
シネイの王には先の后との間に既に姫と王子の二人の子供あり、母親と一緒に城に入ったフィランは随分と肩身の狭い思いをしていた。だがすぐに母と王の間に末の王子が出来、自分と同じ血を引く弟の誕生をフィランはとても喜んで待っていたという。
だが、城に詰める魔法使い達や亡前王妃に仕えていた侍女達、残された王子達は良くは思っていなかった。
またその赤子が生まれた日、凶兆とされる星が流れ、水の国と呼ばれるシネイの泉の水が突然枯れた事から、呪われた子だと噂され始めた。また、半年あまりで言葉を話し始めるなど、赤子と思えぬ知性を見せ始めたため、恐れる人々は密かにその赤子を始末する事にしたのだ。
父王、母、フィランはそのような噂を信じず、ひたすらに可愛がっていたが、まだ一年にも満たぬうちに、皆が目を離した一瞬の隙に乳母によって城から連れ去られ、遠くへ捨てられたのである。
「……その時、主として契約していた魔法使いに命じられ、その乳母と赤子を海を越え運んだのは私だ。乳母は最初すぐに殺すつもりであったようだが、私もその乳母も情が移ってな……何の罪も無い、ニコニコと愛想良く笑う赤子を殺せなかったのだ」
「……」
ええっと、王子様の話だよね? で、それが僕に何の関係が……?
「長い旅で海を渡る途中、体を病んだ乳母はこちらの大陸に着いてすぐに亡くなった。世話をするものがいなくては赤子も長くは無いだろうと、私は荒野に赤子を置いて去った。だがまさか私と同じ鳥に拾われて育てられ、生きていたとは……」
「え?」
荒野で鳥に拾われてって――――。
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