Wild in Blood

まりの

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山猫の章

女優の飼い猫 1

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 2129年 ミディ・ピレネー

 今回ほど自分は運が無いと思う事件はなかった。
 女とは本当に怖い生き物なのだと実感させられたことも。
 簡単に片付くと思っていた臨時の出動が、まさか二週間にもわたる長い災難の始まりになろうとは、バラ色の街に着いたときは思いもしなかった。



 本当にツイてないことばかりの二週間だった。
 そもそもの事の始まりは、本部に欧州支部からの緊急応援要請が入ったと、本部長から呼び出されたことだった。
 いや、その前に警察機構がG・A・N・Pに事件を回したことだろうか。
 丁度、出動ばかりで精神的にも身体的にも結構疲れが溜まっていたので、俺とフェイは久々にまとまった休暇をもらって、さてゆっくりしようと思っていた矢先だった。
 とにかく、休暇返上で俺達は本部へ出頭した。その地点でまずケチがついている。
 オペレーションルームへ駆けつけると、数組のチームが既に集まっていて、本部長の指示を待っていた。俺達が最後だったらしい。
「遅くなって申し訳ありません」
「おお、来たか。すまんな、休暇中だというのに」
 いつもは時間にうるさい本部長が、俺達が遅れて来たにも関わらず怒っていない。
「いえ、それはいいのですが……何事ですか? 緊急事態だと聞きましたが」
「ああ……まあ、緊急事態というか……ちょっと……」
 なにやらバツが悪そうに、本部長は言葉を濁した。
 緊急と言われて、休み中なのに飛んで来なければならなかった事件とはどんな大ごとだ?
 先に来ていた他のチームをざっと見渡してみても、海洋系、高山系、耐寒系、砂漠系……と、タイプも活動エリアも様々で、一体どんな事件なのかを推測することはできなかった。
 また、彼等と顔を合わせても、誰も事態を把握している者はいないみたいで、目が合っても肩を竦めたり首を傾げるだけだ。
 並んだ俺達を確認すると、本部長が切りだす。
「候補はこれで揃ったようだな。さてロズウェル君」
「はい」
 本部長の影に隠れるように待機していた、シンディ・ロズウェルが呼ばれて俺達の前に出てきた。ルックスはG・A・N・P一といわれている、オペレーションルーム勤務のブロンドのセクシーな美女だ。性格は一番かどうかは知らないが。
 彼女は、よくわからないまま並んで待っている俺達全員を、頭の先からつま先までゆっくり見ながら、無言で二往復した。キツネらしい切れ長の目で、まるで品定めするみたいに。
 シンディが俺の前で足を止める。
「ディーン、一瞬でもいから眼鏡外してよ」
「え? こう?」
 よくわからないまま、俺は従って眼鏡を外す。途端にぼやけたシンディから不気味な笑いが洩れる。
「うふふふ……」
「な、何、その笑い方?」
 俺の問いかけは無視された。
「どうかね?」
 本部長に訊かれたシンディが、なぜか俺の顔を見て微笑んだ時、少し嫌な予感はした。 
「ああん、みんな捨て難いけど……そうですねぇ、私としてはアランかディーンあたりですかね。正反対な感じだけど、どっちかは当らないかしら」
「当たるって、何が?」
 アランの問いかけも無視された。
「フェイなんかはどうかね?」
 本部長が推すと、シンディはくねっと身を捩って色っぽく返す。
「フェイも可愛いから悩むところなんですけど、年齢的にね」
「年齢って?」
 フェイの問いかけもやっぱり無視された。
「よし。アラン・フレルとディーン・ウォレスのチーム以外はご苦労。下がっていい」 
 なぜか、事件の説明もないまま本部長は解散を告げた。
 皆がまだ納得のいかない顔で首を傾げながら部屋を去る中、残されたのは俺とフェイの嗅覚・聴覚の犬系と、アランとシンの山岳山羊系の二チームだけだ。
「さて、そういう事だ。ウォレス君には休暇中で悪いが、今回はフレル君と組んでフランスに飛んでもらう」
 何が『そういうこと』なのかさっぱりわからないのですが、本部長―――。
「休暇の件は構いませんが……」
 横でフェイが「僕は?」という顔で俺を見上げている。アランの相棒のシンも同じ表情だ。 
「オレもディーンと行くのは構わないですけど、何でわざわざチーム編成を変えてまで? 特性とか能力は関係無いんですか?」
 そうそう。アランの言うとおりだ。パートナーが変わるというのは任務が遂行できるかにも関わって来るぞ? 緊急事態なのなら尚更だろう。
「……今回は特殊な事例だとだけ言っておこう。後は欧州支部についてから向こうの支部長に説明を受けてくれ。私の口からはとても……」
 なんだかバツが悪そうに、またも本部長が言葉を濁した。
 俺とアランは同時に首を捻って顔を合わせたものの、それっきりもう詳細を聞かなかった。
 困り果てたような本部長の表情が、それを断固拒否しているのがわかったから。

 結局、俺とアランはそれぞれのパートナーを留守番に残し、即席チームを組み欧州支部へと慌てて飛んできた。いつも横にいるフェイがいないのは淋しい。それでも、他の奴では無くて、アランなのがせめてもの救いだった。
 アラン・フレルは、言葉遣いも行動も少し粗暴なところはあるが気のいい奴で、隊員としての能力も優れている。俺と歳が近いこともあって、前から気の許せる仲だ。
 欧州支部に着くと、妙に腰の低い支部長が俺達を出迎えてくれた。しかし支部長もやはり変な調子だ。 
「……ほう。やはり選ばれて来ただけのことはありますねぇ、二人とも」
「は?」
「いや、なんでも。わざわざ本部から来てもらってすみません。まあどうぞ」
 支部長は妙に慇懃に言って、俺達に椅子に掛けるように勧めた。
 俺もよくわからなくてイライラしてきたし、気の短いアランが早くもキレそうなので、早々に支部長に説明を求める。
「早速ですが事件の内容を詳しく話していただけますか? 警察機構からの緊急要請が出たとなると、相当深刻な事件なんですね?」
「深刻というか何というか……まあ、ある意味世界的大事件と言えなくもないし」
 まだおかしな口調で支部長は遠回し話し始めた。
「世界的?」
「実は、女優のマクラウドさんがA・Hに襲われて顔に怪我を負いまして」
「ええっ! あのロリィ・マクラウド!?」
 俺が口を開く前に、アランが素っ頓狂な声をあげた。俺は残念ながらその女優を知らなかったが、アランの驚きようはかなりなものだ。
「その人って有名なのか?」
「なんだよ、ディーンは知らないのかよ?! 信じらんねぇ! 今世紀最高の美女、世界の恋人だぜ? 彼女を知らない男がこの世にいるなんて! 勉強ばっかしてたからか? オ、オレ、昔からすっごいファンなんだよ! よく訓練抜け出して3Dシネマ見に行ったなぁ……」
 なるほど。内容はともかくアランのその興奮ぶりでどのくらいすごいのかはよくわかった。
「その有名な女優のマクラウドさんがA・Hに? それは大事件ですね。傷の具合は?」 
 俺からの質問への、支部長の返答。
「全治三日ってところでしょうか。傷跡も残らないでしょう」
「え……」
 なんだか雲行きが怪しくなってきた。気をとりなおして俺は更に訊く。
「襲ったA・Hというのが余程狂暴なんですね? 特徴は?」
 これにも支部長は即答で返す。
「十二・三歳くらいの子供の猫のA・Hです」
 子供……?
「バンコクに帰らせてもらっていいですか?」
 俺は思わず席を立ってしまった。アランも困った顔だ。
 ……さすがにいくらファンでもこれはなぁ。
「待ってくださいよ! 本部の人に帰られたら私達欧州支部はどうしたらいいか……」 
 いかにも草食動物っぽい欧州支部長が、半泣き状態で止めるので、もう少しだけ話を聞いてやることにした。だがこの地点で、もうやる気も何もあったものじゃなかった。
「警察の偉いさんがマクラウドさんの大ファンだそうで『G・A・N・Pでも本部のエリートじゃなきゃ嫌だ、それも見た目もいい男をよこさないと承知しない』という彼女の我侭に逆らえず……」
「へぇ……」
 ああ本部長。特殊な事例って意味がわかったさ。シンディの品定めの意味もな。いや、余計わからないぞ? 大変に光栄な事だが、アランはともかくなんでシンディは俺を選んだんだよ?
 こんなことのために休暇を返上してまで大急ぎで飛んできたのって一体……? 俺は留守番で残されたフェイが心底羨ましかった。
 職権乱用とはいえ、警察機構の権力が裏にある以上は、板挟みになっている本部長や欧州支部長があまりに気の毒で断れそうもない。俺達はとにかく大女優ロリィ・マクラウドの邸宅に出向く事にした。
 さっさと片付けて帰って休暇をやり直すために。
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