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白夜の章
雪原に咲く花は 3
しおりを挟むその後、すぐに乱闘になった。
入り口付近に見張りのために控えていた数人が、俺達が扉を開くと同時に襲って来たのだ。
全員ノーマルタイプの人間で、銃で武装していた。しかしその腕前は大した事がないみたいだ。
こちらも待ち構えているだろう事は充分予想出来ていたので、誰一人銃撃を受ける事無く、俺達は地下空洞に滑り込んだ。
銃を持っていても狭い空間だ。すぐ側まで接近してしまうと見張りは同士討ちを恐れてか、今度は素手で襲って来た。構わず撃ってくるような馬鹿でなく、ちょっとはお利口でこちらも助かったというものだ。
見張りは五人いて、俺達より数が多かったし、アデルは戦闘むきには出来ていないので俺とフェイで庇いながらではあったが、素手で普通の人間が怒れる猛獣にかなうと思ってくれるなよ。
フェイの回し蹴りで飛ばされ、氷の壁にぶつかった一人を最後にして、あっけなく見張りは全員倒れた。
多少暴れ足りない気もしたが、大怪我をさせるのも何なので俺も手加減はしておいた。
「ここで大人しくしてろ。拾って帰ってやるから」
のびている人間達を一所に集めて、上からネットガンで網を掛けて動けないように捕縛すると、俺達は先を急いだ。
この空洞は配管用という事で、かなりの奥行きがあるようだ。
氷に穿たれた空洞だから寒いかと思っていたのに、氷が溶け出すのを防ぐために四方を透明の断熱材で保護された地下は予想外に温かかった。俺は子供達の凍死を心配していたが、これなら少しは安心だ。
それに明るい。数メートルおきに設置された照明が、白い氷に反射して眩しすぎるくらいに内部を照らし出している。
足音を立てないよう慎重に進むうち、頭の中に突然、危険だと閃くものがあった。
足は自然とゆっくりになっていた。それはフェイとアデルも同じだったようだ。これはA・Hのもつ野生の勘。
前方は直角に曲った角。その先から殺気を感じる。
そっと、角を曲がった瞬間。
「こっちに来るな!」
男の声と共に銃声が響く。危険を察知していたのが幸いして、誰にも当たらなかった。
一旦引っ込み、俺は相手に声を掛ける。
「コーワン市長ですか?」
「来るな。G・A・N・Pになんぞ用は無い! 撃たれたくなかったらとっとと帰れ!」
質問には答えなかったものの、荒々しいその声は、確かに通信で聴いた市長の声だ。
「帰れと言われてもそうはいかない。子供達もそこにいますね? 保護するのが我々の仕事です」
極力刺激しないように、俺が声を抑えて言うも、酷い返答が来る。
「保護? こいつらはわしが作ったんだ。どう扱おうと勝手だろう! くそぅ、いつもの様に海に捨ててりゃ良かったんだ。処理を任せた馬鹿が森になんか捨てるから!」
なんて言い草だ! どう扱おうと勝手だと? それに今すごいことを暴露したぞ。あの十六人の子供だけじゃないのか?! いつもの様にだと? いい加減、俺の理性も限界だ。
「ははは……絶対に渡さん! こいつらは金を生むわしの大事な子供さ!」
闇市場の女が言ってたな。狂ってると。確かにマトモな神経じゃない。
「わかったから、その大事な子供達をせめてもう少し温かいところに……」
俺はキレそうになるのを堪えつつ、狂人を刺激しないようにと優しく声をかけたつもりだった。
だが、市長にアデルとフェイがそっと近づこうとしたのが見えたのだろうか。
「来るなと言っただろう!」
悲鳴に近い裏返った声とともに再び銃声が響いた。
「あっ」
小さくフェイが声をあげて、その場に膝をつく。
「フェイ?」
「……だ、大丈夫……」
俯いて肩を押さえたフェイの指の間から、血がつうと零れ落ちた。
赤い色が真っ白の氷の床にぽとりと落ちて、それはまあるく白い色を赤く染める。
赤い花が開くように……。
その瞬間、俺の中で何かが弾けた。
そこから先の記憶は無い。
「ウォレスさん!! もういい! もうやめてください!」
気がつくと、誰かに抱きとめられていた。
アデル? 何でそんなに必死になって俺にしがみついてる?
「これ以上やったら死んでしまいます! もう……!」
アデルの声はほとんど涙声だ。一体何があったんだろう?
足元を見ると、首から血を流した男が倒れていた。市長?
無残な姿だった。衣服も爪で引き裂いたようにボロボロになって、息も絶え絶えという感じだ。
何があった? 誰がこんな事を?
「こんな奴でも殺してはいけません」
俺とその瀕死の男の間に割って入るように遮るアデルは、酷く怯えた顔で震えている。
アデルが怯えているのは俺に。ということは―――。
「これ……もしかして俺がやったのか?」
「そうですよ! 覚えてないんですか?」
覚えていない。悪い夢から醒めたような気はするけど。
そういえば口の中は血の味で気持ち悪いし、自分の手を見ると真っ赤だ。爪にも裂けた布の切れ端が付着してる。
俺が市長をこんなに?
「フェイは?」
辺りを見渡すと、奥の壁際の大きな箱に持たれかかる様にしてフェイが座っていた。
「……ここにいるよ」
フェイは少し青ざめた顔をしていたものの、思ったより元気そうだった。
「大丈夫なのか?」
「かすっただけだから、ちょっと痛いけど平気。それより、子供達はこの箱の中だよ。早く連れて帰ろう」
箱に押し込められていた生き残りの子供達は全員無事だったし、市長は瀕死の重傷とはいえ、なんとか生かしたまま警察に突き出した。
いかに狂っているといっても、昆虫のA・Hを生み出し闇市場をも出し抜いた頭脳の持ち主だ。一見ちゃんと温厚な市長も勤めてたのだから、理性は残ってるだろう。
森で発見された子供達以外にも余罪も随分とあるのは明白なので、第一級殺人とガラパゴス条約違反で極刑はまぬがれない事と思う。
きっかけはあの親の女性が羽化した繭だった。
それを欲しがる者がいて、絹に加工できると踏んだコーワンは、次々とクローンを作り、産業として成り立つまでに持ち上げた。
一つの繭から採れる糸の量は通常の虫の繭の千倍以上、しかも繊維が太く加工が易い。はじめのうちは自然に羽化するのを待っていたが、繭の繊維は茹でる前に羽化してしまうと蛋白質が分解し、細切れになってしまって紡績には向かない。結果、あの惨い方法がとられるようになったのだ。
闇市場でさえ『悪魔の薬』と呼ぶ成長を驚異的に早くする薬の存在は、G・A・N・Pにとって今後の大きな課題になろう事は言うまでも無いが、今現実にハナや他の子供達の事を考えると胸が痛む。
成長が早いという事は寿命も短いということだ。
「これ以上投与しない限り、少しは成長はゆっくりになるでしょうが、このままだと寿命は普通の人間の三分の一にも満たないでしょう。なんとか早急に中和するための薬を開発してみせます。幸い市長……いや、コーワン博士を生きたまま捕らえられたので、資料が手に入りましたから」
Dr.グエルが力強く言った。
ハナと工場で出会った母親を含め、蚕の遺伝子を持ったA・H達は連れて帰らずにハフさん達の村の人と、知らずにその恩恵を受けていたユシェン市民によって以後保護される事になった。
ハナもいつかあの女性のように妖精のような美しい姿に変わるのだろうか。その姿を少し見てみたい気もした。この厳しいが美しい自然と、優しい人々に囲まれて少しづつでも心を癒していってほしいと願うばかりだ。
冬が来て、空をオーロラが彩るころにまたおいで、と言ってくれたハフさんに別れを告げ、俺達は北極圏を後にした。
これで任務は完了だ。しかし、本部からの迎えの飛行機に乗っても俺の気持ちは晴れなかった。
銃撃を受けたフェイも、幸い腕を撃たれただけのわりと軽傷で済んだし、後は大手を振って温かい本部に帰ればいいはずなんだが……。
「元気無いね、ディーン」
片手を吊った痛々しい姿で、フェイが俺の横に座る。
「なあ……市長だけど、本当に俺がやったのか?」
「ああ、まだ気にしてたの? あの状況だもの。キレたって仕方ないよ。僕だって本気でこんな奴どうかしてやりたいと思った。でも……正直に言うとすごく怖かったよ」
「怖かったか?」
「うん。本物の狼みたいだった。ディーンを止めるのにアデルさんと麻酔銃で撃とうかって思ったくらい迫力あったよ」
「……」
「いいじゃない。きっとあの寒さがいけないんだ。ディーンはオオカミなんだから」
変な言葉だが、フェイは一応励ましてるつもりなんだろう。それに的を得てる。
「なんだか色々あって疲れちゃったね……来るときはディーンが寝てたから、帰りは僕が寝るからね。着いたら起こしてね」
フェイはそう言って大きな欠伸をしてから目を閉じた。
寒さがいけない……か。そうだな、きっとそうだ。
針葉樹の匂いと冷たい空気が思い出させたもの。
雪原に咲いた赤い花の記憶─―──。
真っ白な雪の中に倒れてたのは、まだ小さかった俺の目の前で頭を撃ち抜いて死んだ母だった。自殺というより心中未遂だ。
女優を夢見ていた母は、親父と赤ん坊の俺を捨てて行った。そして都会で夢破れ、三年ぶりに帰って来て、一緒に死ぬために俺を連れ出した。
雪の中で取り残された俺を助けてくれたのは狼の群だった。
翌朝父が発見した時、俺は身を寄せ合った数頭の狼の真ん中で、凍死もせずにぬくぬくと寝ていたそうだ。
「なあフェイ、本物の狼はやさしいんだぞ……」
早くも寝息をたてはじめたフェイに、その言葉は聞こえたろうか。
事件は一応解決したが俺もとても疲れた。精神的にくたくただ。
第三ドームに現れて場所を教えてくれたルーの事、あの香水の事、闇市場の女の事、聞いた事のある声の事……色々とまだまだ気にかかることもあるが、今はじっくり考える気にもならない。
フェイには悪いが俺も少し眠ろう。
今度はもっと楽しい夢でも見て――――。
(白夜の章:END)
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