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白夜の章
雪原に咲く花は 1
しおりを挟む艶やかな光沢の緑の髪、背中には同じ色の大きな羽根。額には鳥の羽に似た長い触角。
ふっと息を吹きかければ消え入りそうな、儚い印象の女性だった。
彼女は俺達がすぐ近くまで寄っても気がつかないように、ただ歌を唄い続けていた。悲しい顔で俯いて、涙を流しながら。
「あの……」
声を掛けると、やっと彼女はゆっくりと顔を上げた。だがその目はどこか遠くを見ているようで、焦点は定まっていない。
「かえして……私の子供達……」
ぽつりと彼女は呟いた。
その瞬間、俺はこの女性の正体が理解できた。
『そうよ。ユシェンの絹はすべて彼女の子供達から作られたの』
何処からとも無く違う女性の声が響いた。
「誰だ?!」
『今は顔を見せられないけれど……G・A・N・Pの皆さんにこれだけは言っておくわ。このユシェンの件には、私達は関与していない。それどころかこちらも被害者よ』
私達――――?
「闇市場か?」
目の前の蛾のA・Hの他にこの部屋には人の気配は無い。
部屋の四隅に設置されたスピーカーから声は聞こえてくるようだ。声色は機械で変えてあるようで不自然な響き。だが、どこかで聞いた事がある気がしてならなかった。
『……どう呼んでくれてもいいけど……私達でもここまで残酷な事はしない。A・Hは貴重な商品、その命を無駄にする事はない。これはすべて市長のコーワンの仕業よ。コーワンは元々クーロン出の狂った学者。昆虫のA・Hを最初に考えた男だもの天才的に頭はいい。でも狂人よ……そんな男が市長に収まった時から、懸念していた事が現実になった』
「市長が?」
そういえばここに突入する前に、市長にこれから行くと告げてしまった。
無人なのは慌てて隠れたわけか? 忙しいと言っていたのも? 何も知らぬように見えたが、それが本当ならとんだ役者だったワケだ。
『信じようと信じまいと勝手だけどこれは紛れもない事実。私達はコーワンの暴走を止めるためにここに来た。でも後はあなた達に任せるわ。結果的に同じなら問題ないのだから』
「う……」
信じていいのだろうか? だが信じろと本能が訴えてるのはなぜだろうか。
『疑ってるわね? あなた達G・A・N・Pにとって私達は天敵だもの仕方がないわよね。でも今回は信じてくれてもいいと思うわ。正直に言うと……恥かしい話だけど、私達はコーワンにある技術を盗まれたのよ。そう、ウォレス博士、あなたと同じね』
「……っ!!」
名指しで言われ、俺は声を上げることすら出来なかった。心臓にぐっと爪を突き立てられた気がした。
「ディーン……」
フェイが心配そうに俺の顔を覗き込む。クーロンのあの時と同じだからな。
「大丈夫だよフェイ」
チクショウ! 悔しいが一番説得力のある言葉じゃないか! だが、こちらも黙っているわけにはいかなかった。
「盗まれた技術ってのは、もしや成長を早める薬か? さて、早成でA・Hを育てるのと殺すのと、どっちが残酷かってのはこの際横に置いとくか?」
精一杯の皮肉のつもりだったが、見えない相手には利いたのか利いてないのか。
『……そうよ。あれは悪魔の薬……』
あ、利いたみたいだな。しかもDr.グエルの推測が正しかった事が裏付けられた。
『とにかくコーワンは第三ドームに残りの子供達を連れて逃げたわ。後はG・A・N・Pの皆さんの御手並み拝見。では再見』
「あっ! おいっ!」
それっきりスピーカーから声は二度と聞こえてこなかった。
「信じますか? あの女の言う事を? 闇市場の人間でしょう?」
アデルとグーリが難しい顔で俺に訊ねた。
「……ちょっと悔しいけど本当だと思うな。今回は信じていいと思う」
そう言ってからフェイの方を見た。フェイは俺の考えてる事を全てわかったように小さく頷いた。さすがだな、相棒。
「第三ドームへ急ごうよ」
「ああ」
ふと横を見ると、親虫の女性が呟くように歌を唄い続けていた。耐え難い悲しみに心が遠くへ行ってしまったのだろうか。俺が肩に手を置いても、彼女は反応せず虚空を見つめる瞳からは涙が溢れ続け止まることは無い。
「必ず子供達を連れ戻してくるよ……」
ハフさんと一緒に村に行ったDr.グエルから連絡が入ったのは、コーワン市長を追うために俺達が建設作業員の移動用ホバーボートを借りて第三ドームへ移動している最中だった。
『ウォレスさん、そちらはどうなってますか?』
「今犯人を追って第三ドームを目指しているところです。ハナの様子は?」
『元気ですよ。大きくなりましたけどね……繭を作り始めるのも時間の問題です』
「えっ?」
『小さな女の子だったらしいですが、私が見た時には既にあの森の子供達と同じくらいまで成長していました。奥さんはあまりの急激な成長に驚かれたようです。簡単な血液検査をしてみたら、やはりあの物質が検出されました。どうやら睡眠時に分泌される脳内物質と反応して、一気に成長するようです。今のところ眠らせないようにするしか手はありません』
「……こちらが片付いたらすぐに戻るのでそれまで頼みます」
『わかりました』
あの小さなハナが……ちょっと想像もつかなかった。
いかに早成とはいえ、異常なほどの早さじゃないか! たしかにこれは悪魔の薬だ。
「ああ、それから、グーリ隊員もそちらに戻らせました。女性が一緒です。その女性をハナと会わせてやってください」
貴重な人材ではあるが、グーリにはあの親虫の女性を保護して村に連れて行ってもらうために別れたのだ。
あの闇市場の女の言う通り、蚕の子供達が皆あの女性の子供達だとすれば、ハナのお母さんでもある。直接産んだわけでは無く、子供達は分割した卵細胞ないし本人の細胞から作ったクローンではあるだろう。それでも親は親だ。姿は変わっているかもしれないが、ハナに会って多くの子供を失った彼女の悲しみが少しでも和らげば……そう思って。
「よかった。ハナは元気なんだね?」
ホッとしたようにフェイが笑顔を見せた。
「だが大きくなったそうだぞ。あんなに小さくて可愛かったのにな……何とかして成長を止める事は出来ないのかな? くそっ、ものはついでだから、闇市場の女に頼みゃよかったな。成長を早める薬を作れるんだったら、それを中和する方法だって知っていたかもしれない」
勿論、半分以上冗談ではあるが、ちょっと本心だったりもする。
「仇に頼むなんて絶対できっこないくせに……」
「まあな。だがマジでなんとかしないとな――――」
「ディーンが止める薬を作ればいいじゃないか。学者さんなんだからさ」
「そのセリフはDr.グエルに言ってやってくれ。俺はもう研究はやらない」
フェイと俺がそうこう言ってる間に、ボートは流氷の犇めき合う海域に入った。
温暖化が進んだ前世紀には、北極圏の氷は無くなる寸前だったらしい。それでもここ数十年で気温は数世紀前並みに戻って来た。大陸の氷河から押し出された氷の塊が無数の島のように漂う冷たい海。
第三ドームは北極点も程近い、溶けることのない巨大な氷の上に建設中なのだ。誰が考えたのかは知らないが、よくこんな所に住もうと思ったものだ。ここまでくると夏だろうがなんだろうが関係無い。常に氷点下の世界だ。
フェイはともかく、さすがに俺とアデルも超耐寒スーツに着替えた。
「もう間もなく見えて来ますよ」
アデルが指差した先は白い巨大な氷の島だった。
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