Wild in Blood

まりの

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舞姫の章

闇市場の刺客 4

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 シャァッ!
 声ともつかぬ音と共に、もの凄いスピードで巨大な鎌が襲って来る。
 間一髪でかわしたものの、勢い余って壁をかすめたその跡を見て凍りついた。
 コンクリートの壁が削れてる! こんなのをまともに受けたら首くらい簡単に飛ぶぞ。 
「危ないっ!」
 フェイの声と同時に、もう一撃俺に向かって襲って来た。それもなんとか躱して背中に蹴りを入れてみたが、ビクともしないどころかこっちの足が痛いだけだった。コイツ、固い。
 ちらっと視界の隅にフェイが過った。カマキリの化け物の後ろに回りこむつもりらしい。こっちは背後に壁を控えていて退路も無いので、一人でも路地の方に出たのはいい判断だ。
 フェイに目で合図して二人で一斉にかかる。
 両方から一度に来られて、一瞬カマキリが迷った隙にフェイの蹴りが相手の脇腹にヒット。
 細っこい足だが、水圧をものともせずに泳ぐイルカの尾鰭ともいえる足の一撃はかなりの威力がある。普通の人間なら骨が折れてもおかしくは無い。
 巨大カマキリも僅かばかりよろめいた。俺の爪での攻撃も背中に当たった事は当たったが、嫌な音がしたわりに、情け無い事に少し傷がついただけで全然効いてはいないようだ。
 一旦離れて様子を伺う。背中側はかなり分厚いキチン質に覆われている。手足も同様。構造が知っているカマキリと同様なら、腹部はかなり柔らかいはずだ。後は節と節の隙間。
 しかし大きい。百九十センチある俺とそうかわらない上背に、巨大な鎌はどちらも伸ばせば背丈と同じくらいあるだろうか。圧倒的にこちらはリーチが足りない。昆虫らしく、鎌の部分と足とは別に、小さなもう一組の腕がある。あれも動くとすれば厄介だが、見ている限りそう機能はしていないと思われる。
「狙うなら腹か首の付け根、目だな」
「上手く当たればね」
 ああ確かにフェイの言う通りだ。
 狙いをつけようにも長く巨大な鎌状の手が邪魔で潜り込むのはなかなか難しい。潜り込めても、背後から斬りつけられでもしたら終わりだ。
 そして、相手も馬鹿では無かった。知能は人間なのだ。
 カマキリは、俺達をまず一人ずつ片付けようと判断したようだ。最初に選んだのはフェイらしい。先程の蹴りが結構効いたのだろう。
 放っておいても充分と判断されたのか、俺には完全に背を向けてしまった。
「お、そう来るか」
 この俺もナメられたもんだな。だがある意味チャンスだ。ここはフェイに頑張ってもらおう。
 フェイはまともに襲って来る鎌の攻撃を何とか躱して隙を窺っている。しかし、正面ではどうしようも無い。
 俺が後ろで二・三歩動いても、カマキリは気がついていないようなので、思いきって背後から飛びかかる。一瞬だが上手く首に手が掛かり、羽交い締めにする格好になった。その隙にフェイが渾身の蹴りを入れ、俺は肩の関節の隙間に爪を立て、首筋に思いきり牙で噛み付いてやった。
 擦りガラスを引っ掻いたような不快な音と、苦い血の味がした。
「ギギッ!!」
 カマキリは苦痛に身を捩って、二本の鎌をめちゃくちゃに振り回して暴れ回り、すぐに二人とも跳ね飛ばされてしまったが、少しばかりは効いたようだ。
 よし、もう一回だ。目で合図を送ると、フェイは目立つように動く。カマキリはそれを追うのに必死で、また俺の存在を忘れてしまった。幸いな事に、カマキリは鎌の動きは早いが、他の動きはそんなに俊敏とはいえないみたいだな。
 俺は気配を消して近づき、機能していないらしい真ん中の腕を掴んで、背中に思い切り蹴りを入れた。勢いで間接が完全に逆に曲がった。
 ぱきんと乾いた音と共に、掴んだ手に嫌な感触が伝わって来た。どうやら折れたみたいだ。
「ギィイッ!」
 これは相当効いたようだ。悲鳴のような声を上げ、のたうつように身を捩っている。真ん中の腕はまともに動きはしなくても、痛みは感じるのだな。
 しばらく苦悶していたカマキリが、鎌を胸前で揃えて動きを止めた。
 ふわ、と緑の羽根が開く。そして、前屈みになった長い胴体部分が弓状に反り上がっていく。
 これはカマキリが完全に怒ったポーズだ。
 光栄な事に、俺を無視した事を後悔したのか、今度はどちらにも攻撃出来るように斜に構えて触角と複眼を小刻みに動かしている。
 じり、じり。
 俺達も目を逸らさないように間合いを計る事しか出来ない。
 その時、足元に散乱していた酒瓶の一つにフェイが足を取られ、僅かによろめいた。 
 大きな複眼はそれを見逃しはしない。
 素早く向きを変え、振り上げられた二本の鎌がフェイに襲いかかる。
「フェイ!」
 思わず俺はカマキリめがけて体当たりをかけ、バランスを崩した鎌の攻撃はフェイを大きく外したが、次の瞬間激痛が走るのを感じた。
「ディーン!!」
 勢い余って数メートル転げてフェイに受けとめられた後で、鎌の先が脇腹に刺さったんだという事を知った。ばっくり裂けたシャツにじわっと赤い染みが広がっていく。
 幸いな事と言えば、俺だけで無くカマキリも倒れたので、すぐに次の攻撃が来なかった事。 
 だがすぐにそいつは起上がり、ますますもって殺気を漲らせてじりじりと迫って来る。 
 くそう、立ち上がれない!
「フェイ、木切れでもパイプでも何でもいいから拾ってこい。素手では無理だ」
「でも……!」
「死にたいか?!」
 怒鳴りつけて、やっとフェイは駆出した。
 一瞬、カマキリは追おうとしたが、足元にまだ血を流した俺が倒れてるのを確かめると、口の二枚の薄い牙をかちかち鳴らした。笑っているのだろうか。
 ゆっくりと獲物を追い詰めるのを楽しむみたいに、カマキリが近づいて来る。
 情け無い事に力が入らなくて動けない。第一、動けばその瞬間にやられそうだ。 
 くぅ、痛いなぁ。口の中まで血の味がする。
 やっぱ、もう駄目かな。フェイだけでも助かって良かったな……そんな諦めの気持ちが頭をよぎって目を閉じた時、
 ばさばさ……
 夢のような羽音が耳に届いた。
「ギィイ―――!!」
 カマキリの悲鳴?
 目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
 鋭い鉤爪に両目を掴まれたカマキリと、極彩色の翼をはばたかせて宙に浮かんだ美しい姿。
「間に合って良かった!」
 鸚鵡の顔を持つ女神は、そう言って俺の前に舞い降りた。
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