Wild in Blood ~episode Zero~

まりの

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5:怒り

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 十八号と名乗った熊のA・Hは牧草地に腰を下ろしたまま、ゆっくりと話し始めた。
「ボク、捕まって罰を受けて、いい。でも十六号には何もしないで」
「十六号? もう一人の事? 仲間は一人だけ?」
「うん……」
 ディーンもその横に座る。膝を抱えていると少し痛みが和らぐ気がしたが、京に文句は言われる事は覚悟はしておかなければならない。
「大丈夫だ。君だって罰するために捕まえる訳じゃない。保護するって言ったろ? 怖い人に追いかけられてるんじゃないか?」
 そう言うと、十八号は目を丸くしてディーンの顔を覗きこんだ
「なんでわかるの?」
「そういう怖い人間からA・Hを守るのが俺の仕事。助けに来たんだ」
 ディーンがほんの少し笑みを浮かべると、緊張して強張っていた十八号の表情も少し緩んだ。
 たどたどしい喋り方。二メートルはあろう体と、立派に筋肉の発達した体に似つかわしくないあどけなさを残した顔。少なく見積もっても十代後半には見えるが、実際のところディーンには計れなかった。
「君は幾つ?」
「よくわから、ない。長いこと研究所、いた」
「研究所か。名前なんかはわからない?」
「知らない。でも怖い人、そこの人」
 大概のA・Hは非合法であれ、どこかの研究施設で生まれる。この十八号は見た目はほぼ合法範囲内だが力は普通では無い。だがこれも制御する理性があれば問題ない範疇ではある。作業用に作られたA・Hならばもっと怪力の者もいる。喋り方などから、ひょっとして知的な面で問題があって世に出せなかったのではとディーンは推測を立てたが、充分な教育を受けなかっただけなのかもしれないとも思えた。
 出身の研究所は非合法であれ、遺伝子情報などさえ入手出来ればG・A・N・Pのデータベースで調べれば、ほぼ推測できる。ここは後で調べればいいと、ディーンは話題を変えてみることにした。
「十六号……そのお友達が動物の血を必要としていたのかな?」
「ゴハン、食べられないから」
「吸血性の動物なのか?」
 いかに吸血性の動物の遺伝子を組み込んだA・Hであっても人間ではあるので、完全に血液だけで生きるものはほぼいない。第一、地球上で完全に吸血性の生き物は数が知れている。哺乳類ならチスイコウモリだけだ。軟体動物のヒルや、魚類になるとヤツメウナギ他数種がいるだけで、その遺伝子を組み込むのは難しいし、いかに非合法であれ必要性を認められない。その他で知られているものといえば鳥類ではガラパゴスフィンチなどもいるが、こちらは完全に血だけを吸うわけでもない。
 ならばやはりコウモリなのだろうか……そうディーンが思いかけた時、図らずもそのコウモリのA・Hの京から連絡が入った。
『こちらは保護したわ。そっちはどう?』
「保護……出来たと思います」
『何? はっきりしないわね』
「微妙な所で」
『まあいいわ。すぐ合流する。迎えのヘリを呼んだから』
 ディーンが返事をする前に、京からの通信は途絶えた。
「怖い人達が来ない所に一緒に来てくれるかな? お友達も一緒だからいいだろ?」
 身柄を押さえている訳では無いので、ディーンは十八号にそっと声を掛けてみた。ここで走って逃げられてはもう追いかけようが無い。
 十八号は小さく頷いたあと、話を始めた。
「さっきの続きだけど、十六号は血を飲むわけじゃないよ」
「え?」
「本当は血じゃなくてもいいんだ。でもボクにはどうしても出来なくて……あ、他には虫でもいいんだけどにょろにょろの虫、ボク苦手だから。十六号は見えないから捕まえられないし。お馬さんや羊さんには悪いことをした……本当は殺したくはなかったんだけど」
 暗くてはっきりとはディーンにはわからなかったが、しゅんと俯いた十八号は少し頬を赤らめているようだ。この大きな体で虫が苦手というのが恥ずかしかったのだろうか。
「まあ、誰にでも苦手はあるから」
 そういう問題ではないと苦笑いしつつ、ディーンは十六号の正体の推測を再開した。
 虫、にょろにょろしていると言っていたので幼虫やミミズなのだろう。そういうものを捕食する動物は多い。それに見えないと言った。目が不自由なのだろうか。A・Hで無く完全に動物なのかもしれないとも思ったが、この熊のA・Hが十八号で、十六号と名前が付いているならばやはり同じ研究所のA・Hなのだろう。
 それよりも十八号がどうしても出来なかったというのは何なのだろう。
 まあ、本人を見ればわかるだろうと納得しかけた時に、ディーンはよく知ったニオイが近づいてくるのを感じた。京が来たようだ。
「十六号が来るよ」
「え? でも歩けないのに」
「おば……お姉さんが連れて来てくれたみたいだよ」
 本来ならば熊は犬よりも嗅覚が優れている。十八号はそちらは強化されていない戦闘用のA・Hのようだ。
 京が来たのを迎えようと立ち上がりかけて、ディーンは肋骨の痛みを思い出した。自分で人体改造してからこちら、痛みに鈍くなったのもあるが、どうも何かを考え出したり他に気に懸かる事があると忘れているのにディーンは自分で呆れた。
「大丈夫?」
 よろめいて、十八号に手を貸してもらう形で何とか立ち上がったが、絶対に京に叱られるだろう。なぜかその事の方がディーンは気に懸かった。
 京は小さな人影を抱えていた。京と同じ黒い長い髪がまず目に入る。次に細すぎる足。
「変わりに抱っこしてもらおうと思ったけど……無理みたいね」
 溜息混じりの京の一言目はそれだった。
「すみません」
「なんで謝るのかわからないけど、大丈夫?」
「まあ何とか」
 何故謝るのかと訊かれても……ディーンは内心ビクビクしていた。いつも支部で隊員が怪我をして帰って来る度に、怒鳴られているのを見ているからだ。痛い思いをして叱られるなんて理不尽だと他の隊員は裏で文句を言っているが、京にしてみたら支部長として皆の命を預かっている身であるので気持ちはわからなくも無いのだが。
 実は京には他にも思う所があって厳しくしているのだ。それはディーンを含め、他の隊員に漏らすつもりは無かった。
「十八号、お友達を抱っこしてあげて。きっとその方が喜ぶよ」
「いい、の?」
「うん」
 少しディーンには気を許していたものの、京を見て怯えていた十八号はそろそろと近づいた。
「十六号? ボクだよ」
「ジュウハチ」
 声を聞いて京に抱かれていた子供が大きな熊に手を伸ばした。
 その手を見て、ディーンはその正体を理解した。
「その子、土竜モグラですか?」
「正解。この子、目が見えないの。あと余程劣悪な環境にあった様ね。足の腱を切られてるわ。後、歯も少し抜かれてる」
「酷い……」
 怖い人が追いかけて来る。十八号も言っていた。この気の毒な少女を同じ研究所から幼い心の熊のA・Hは何とか連れ出して来たのだろう。
「迎えのヘリが来た。この子達を支部の医療施設に先に連れて行ってもらうわ。あ、あなたも一緒にね。さっさと治療を受けなさい」

 ディーン・ウォレスがG・A・N・Pに入隊して初めての出動は何とか終わった。
 ニューヨークに帰って、やはりヒビの入っていた肋骨を治療してもらい、恐る恐る京のオフィスに行ったディーンを待っていたのは、保護した二人のA・Hに関するデータだった。
 十八号は十五歳の少年で、多少の知的な遅れはあるものの健康状態も良く、これから教育を受けさせれば普通に生活できるだろうという事だった。決まった名前も与えられず、登録もされていないためこれからしばらくはG・A・N・Pで保護する事となった。
 問題はもう一人の十六号だ。
 小柄で一見幼く見えたが、実際は十八号よりも年上の十七歳だという。人間の形態は留めているが、土竜のA・Hである少女は固形物は口に出来無い。種類にもよるが小型の土竜はミミズや虫の幼虫の内容物を吸い取る物が多い。そういう種類の土竜をベースにする事で、流動体の動物性蛋白質のみを摂取するように生み出されているのだ。
「だから代用に血液を選んだ十八号の判断は正しいのだけれど……」
 本部に出す報告書を作成しながら京は難しい顔をしている。
「研究所を突き止めたら、私がこの手で研究者を捻ってやりたいわね。ああ、あなたに噛み付いてもらうっていうのもアリかもしれない」
 相当頭に来ているみたいだなと、ディーンはそっと京に声を掛けた。
「……十八号はよくあの子を連れて逃げてくれましたね」
「ええ。家畜を犠牲にしてしまったのは褒められた事では無いけれど、感謝してるわ。今までも結構酷い懸案が色々あったけど、あそこまで可哀想な子は珍しいわね」
 京は同じ女として許せないのだ。
 性的な目的だけで作られたA・H。
 十六号の主食は人間の精液である。
 あの小さな少女が今までどのようにして生かされてきたのか、京は考えただけでも鳥肌が立つ。
「今、研究所をつきとめてる。わかったら乗り込むわよ」
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