Wild in Blood ~episode Zero~

まりの

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 2124年 シカゴ

 みやこ・ガーランドはG・A・N・P北米支部長だ。
 正確な年齢を知っているのは本人と本部長、隊員の個人情報を管理している本部の人事部だけ。部下には「おばさん」呼ばわりされているが、実際の所はまだ三十を過ぎてはいない。北米支部の平均年齢が低い事と、その一種異様な風体と雰囲気が彼女を歳以上に上に見せているためだ。本人も別に咎めようともしない。
 顔の半分を隠す真っ黒なバイザー型サングラス。血のような赤い唇。アジア系の漆黒の髪と相まって、それは相手に威圧感を抱かせる。
「考えてみれば、あなたのその眼鏡より、このサングラスの方が余程珍しいと思うんだけど」
 移動の車の中で、京がサングラスを外した。窓は黒いフィルム、運転席とは遮光カーテンで仕切られて暗い中では、露になったその素顔は残念ながらディーンにもよく見えなかった。ぼんやりとだが、思った以上に優しげで美しい顔であると認識できた程度だ。
「支部長は蝙蝠ですから……皆知ってますし」
「あなたのそれも体の一部でしょう。その自信無さ気なところが皆気に食わないのよ。もう少し堂々としてればいい。気にしていないようで他人との間に壁を作っているのは、あなた自身だと早く気がついて欲しいわ」
「……」
 ディーンは何も言い返さなかった。
 元々人付き合いは得意な方では無い。生まれてすぐに母親に捨てられ、人家も無い北限の森の中でネイチャーガイドの父と二人きりで育ち、まだ他の子供が初等教育を受けている頃には大学にいた。常に同等に話を出来るのは歳上しかいない環境で、同年代、年下と接する機会があったのは大学で講師として段の上から見下ろす側としてだけだ。まだ十八の若者にしては歪んだ人格成期を経て来た事は、ディーン自身もわかってはいるが、壁を作っている、そう言われてもどういう事なのか彼には理解出来ない。
 京は話題を変える事にした。
「初めての任務よ。緊張してる?」
「少し……」
 NYから高速ヘリでシカゴへ。そこから更に郊外に移動した。
 長い夏の日も既に傾き、時刻は既に十八時という所だ。
 着いたのは閑静な住宅街だった。緑に囲まれ、近くには湖もある生活するには良い環境といえる場所である。
 この住宅街とその周辺で、ここ最近夜間に怪しい影が目撃されており、先の警察の調べでどうもA・Hでは無いかと、G・A・N・Pに調査解決を委ねられた。
 幸いな事に人的被害は未だ出ていないものの、富裕層の多い地区である事から、乗馬センターや牧場が近くにある。乗馬センターの競技用サラブレッド一頭、更に先だっては牧場で羊二頭が殺害されている。野生のコヨーテかオオカミの可能性も指摘されたが、目撃者の大型で二足歩行の人らしき姿を確認したとの証言で、A・Hの関与が指摘されているのだ。
「家畜の殺害?」
 ディーンが首を傾げたのに、京が答える。
「そう。科学班を先に連れてこようと思ったけど、あなたならどう判断するか見てみたくてね。これから被害にあった馬を見に行くわ」
「……試しですか?」
「そう。お試し」
 京の赤い唇が意地悪く笑いを浮かべるのを、ディーンは見ないふりをした。

 馬は乗馬センターの一角で白い布を掛けられていた。気温の高い時期である事から、遺体はドライアイスで保管されている。
「昨日の夕方は普通でした。夜中に騒がしかったので見に行ったら……すれ違うように大きな影が馬舎から出て行くのが見えました」
 飼育員の青年が証言した。
「見せてもらってもいいですか?」
「お願いします」
 ディーンは京と二人で馬に掛けられた白い布をめくった。
 酷い状況を予想していたが、意外なほど死体は損傷も無くただ眠っているだけにすら見えた。
「外傷はほとんど無いわね」
 京が漏らした横で、ディーンが馬をくまなく見て回る。その様子はG・A・N・Pの隊員というよりは、やはり学者という風情だった。
 数箇所手で押さえて、しばらくしてディーンが何も言わず頷いた。
「何かわかった?」
「首に小さな穴が二箇所。牙か爪の跡のようですね。首の骨に捻った跡がみられます。でも硬直の状態から直接の死因は失血死の様ですね」
 いつに無く饒舌に、すらすらと淀みなく答えたディーンに、京は満足げに頷く。
「さすがね。百パーセント警察の検視と一致してるわ」
「……っ!」
 検視した後だったら、報告書を見れば終わりだった所なのに……と文句を言いたい所だったが、ディーンは堪えて京を恨めしく思った。全く意地の悪いお試しだ。
「で、犯人像をどうみる? ここからがG・A・N・Pの仕事」
「あ……」
 そういうことかと納得して、ディーンは考えを巡らせた。
 二つの傷跡、失血死。頚椎の損傷……。
「馬ほどの大型の動物の首を捻るほどの力となると、相当な怪力です。目撃証言からも大柄だとあります。考えられるのは熊、あるいはそれに相当する力が必要ですね。傷の感じも熊、大型の狼の牙創に近い。問題は死因となった失血ですが、肉食の獣は血だけを吸う事はまず無い。A・Hだとしても、吸血というのは考え難い……」
「そうね」
 簡単な相槌は更に先を求める色に満ちていた。
「あの……一つ思ついた事があるのですが……」
 サングラスに隠れた京の顔色を伺う様に、自信無さ気にディーンが言ったのに、少し苛立った様に京が顎を上げた。自分より体も大きいくせに、酷く畏まって相手の出方を先読みする様な態度が彼女は気に食わないのだ。
 先生に解答用紙を渡される前の生徒の様だ。とてもいいかもしれないのに、最初から悪いと決め込んでいる様な。京はそう思った。
「思ったように言いなさい」
「笑いませんか?」
「言わないとわからないわ」
 小さく息を吐いて、ディーンが口を開いた。
「単独犯で無いかもしれません。目撃者は一人しか見ていないとしても、もう一人、ないし数人が近くにいるのかも。血液を必要とする者と実行者は同一では無いと思います。そう考えないと状況証拠が絞り込めません」
 今度はふう、と京が大きく溜息をついた。
「別におかしな答えでも無いわよ? いい考えだと思う」
「なら……いいです」
 すっと目を逸らすのも京は気に食わない。
「さっきも言ったわよね? あんた、何でそう自信無さ気なの? それが他の者を馬鹿にしてるように見えるのよ。十六で博士号とった様な天才で、誰よりも強い牙も持ってる最上位の狼に下手に出られたら、誰だって卑屈にもなるわよ」
 突然全く事件に関係の無い所を責められて、ディーンはどうしていいかわからなかった。これでも精一杯気を遣っているつもりだったのに、自分は間違っていたというのだろうか。そんな理不尽な事があるだろうかと。
「……だって……」
「普通の人間だった事が悪い事だと思ってる? それが引け目になる事なの? だったら何故ここにいる? A・Hになった?」
「……」
 答えようも無い。

 その後、黙々と現場のニオイの確認、もう一軒の牧場の下見をして、二人が一旦住宅街の方へ戻った頃には、すっかり夜になっていた。時刻はもうすぐ二十時というところ。
「犯行時刻はいつも二十一時過ぎ。どうもこの住宅街の中に潜伏している可能性がある」
「ニオイを探ります」
 ディーンはタイプD(犬)だ。犬の嗅覚・聴覚を生かすのが一番の特徴であるタイプのA・Hに分類される。犯行現場、証拠などに残された微々たるニオイから探り当てるのがタイプDの仕事だ。
 京は日が落ちてこっち、サングラスは外している。彼女はタイプndUという特殊な分類に属している希少なA・Hだ。ndは暗闇、Uは超音波を使う者で、反響測定を行うものが分類されるが、多くはsD(イルカ)であるため、Uだけを特化した能力を持つ者は少ない。
 夜。彼女の時間。
 長く伸ばした黒髪を後ろに束ねて準備をすると、何時もは隠されている耳が広がった。巨大な耳が。それは額から発した超音波が跳ね返ってくるのを受け止めるためのアンテナ。
 感覚を研ぎ澄まして見えないニオイを探るディーンと、暗闇に動く影を捉える京の追跡が始まる。
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