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9、夢の形
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てっきりいつもの白い軽トラックで来てくれたのだと思っていたら、予想外にも赤い大きめの車が待っていた。しかもいかにもオフロードもオッケーみたいなSUVの頑丈そうな車だ。
なんでも、軽トラは役場の車なのだそうだ。そういえば市のマークが入っていた気がする。それにしても高そうないい車だこと。悠斗さんにはとても似合うけど……。
「この辺りは雪が多いから四駆のほうがいいと思って」
左様でございますか。なのに人には軽トラ勧めちゃうんですね。まあ結構村の中の道は細いので、脱輪の心配のある私には軽がいいかもしれない。でも四駆は頭に入れておいた方がいいね。
赤い自転車の予定が、赤い車に変わった初のお買い物。さてさてどうなりますやら。
走り出した車の助手席から、運転する悠斗さんの横顔を見る。うん、申し分無くカッコイイ。仕事中のYシャツにネクタイと作業着が真面目で朴訥そうなオブラートをかけていたのが、こう、普段着で身近な男前になったというか。
ああ、緊張する。シロさんがあんなこと言うから……。
『あの男、お前のことを狙っとるぞ』
個人的に発言を普通にしちゃう人だから、わかってはいても改めて言われると意識しちゃうじゃない。車って閉鎖空間なわけで……。
私は誤魔化すように窓の外の景色を見ていたけど、ずっと黙っているのもなんなので、昨日夕方に蔵と物置を見て思いついた事を悠斗さんに話してみた。
まだ畑も出来ていないのに呆れられるかな、そう思ったら、悠斗さんは真剣な顔で言う。
「それ、すごくいいじゃない」
「まあ、まだぼんやりした夢で。そもそもこんな山奥に人が来るとも思えないし」
「そうでも無いよ。こだわる人はどんな山奥にだって足を運ぶ。誰かがSNSにでも書き込んだら、口コミででも広がるしね」
へえ、そういうものなんだ。でも現実を考えたら色々と問題もありそう。
「箱物のリフォームもだけど、私のような素人が人に出せる野菜を育てられるかっていうのも大きな問題ですよね? 採れる量も知れてるだろうし……」
「じゃあ、近所の人達が作って余った野菜を使うというのは? 最初に挨拶に行った時でもわかったと思うけど、出荷するほどでもない量でも、お年寄りだけで畑をやっている家はどうしても食べきれずに余ってくる。そういうのを安くで分けてもらえれば、双方助かるかもしれないよ」
わあ! やっぱり悠斗さんってすごい! ホントにいつもこの人の言葉には感心しちゃう。
「なんだか少しやれそうな気がしてきました」
「その意気だよ。僕も出来る限り手伝うからね。個人的に」
……うん。これさえ無かったらね。
車で走ること十五分程で、景色が山がちの田園風景から市街地に変わって来た。都会とは程遠いものではあるけれど、住宅だけでなく、大きな道沿いにそこそこ大きな店舗や全国チェーンの飲食店、パチンコ店なども見える。興味深いのが、それらの店舗のみならず、コンビニにまで広い駐車場があることで、徒歩や公共交通機関ではなく、どこに行くにも車で移動するように出来ていることだ。これは地方の市街地ならではだと思う。それに、賑やかなのは道沿いだけで、すぐ裏には田んぼや畑が広がっているのが面白い。
病院や役場もこの市街地にある。考えてみれば、悠斗さんって毎度この距離を軽トラで来てくれてるのよね。
「田舎じゃ、車で三十分以内とか二十キロ圏内なら近場っていうイメージだよ?」
至極当たり前のように悠斗さんはおっしゃるけども、都会で生まれ育った私としては五キロでも遠い感覚なんだけど。
家を出発して約二十分。ものすごく広い駐車場のある大きなホームセンターに到着。その規模が半端ないので私は少し驚いた。建設資材や園芸関係も充実していそうだ。
……正直、自転車で来る感じでは無かった。来られても帰りを考えたらげんなりだ。連れて来てくれた悠斗さんに感謝せねば。
「まずDIYに使いそうな資材でも下見しておく? 苗は帰り際に買った方がいいと思うよ」
「そうですね。予算を組む参考が必要ですもんね」
というわけで、悠斗さんの進言に従い、まずは資材コーナーへ。
「わぁ……! すごーい」
広い店内には色々な物が揃っていた。
外構用のブロックやレンガ、パイプに木材……色々な種類やサイズがあるんだね!
私はわくわくしながら見て回る。悠斗さんもわくわくした顔をしているけど、ちょっと私とは方向性が違った模様。
「なんだかデートみたいだね」
確かに肩が触れるか触れないかの距離で一緒に歩いていると私も嬉しいものの、場所がホームセンターの資材コーナーって色気ないよ?
よく考えたら、私はホームセンターで資材コーナーをじっくり見るのは初めてでは無いだろうか。生活雑貨や消耗品のコーナーにしか御縁が無かった。せいぜいカーテンや簡易家具のコーナー止まりだ。
室内部材のコーナーで足を止める。母屋の数部屋をフローリングにもしたいし、キッチンも弄りたい。蔵や物置を改装するには相当の材料が必要になるだろうけど……。
「……材木や塗料も結構な値段がするのね」
リフォームの費用も全額では無いにせよ、市から補助金が出る。しかし、その制度を利用するには、市の指定業者の見積もりが必要だし、施工も任せなくてはならない。私は出来うる限りは自分の手でやりたいのだ。
でもなぁ……これは相当お金がかかりそうな気がしてきたよ?
早くも暗雲立ち込めてきた私に、悠斗さんの天の声が掛かる。
「まあピンキリだけどね。壁紙なんかはアウトレットのものもあるし、木材や建具は新品にこだわらないなら、廃材をもらってきて使うって手もあるよ。相当安上がりで出来る」
なにそれ! 素敵じゃない。特に廃材の話!
「もっと詳しく聞きたいです」
広い店内を歩きながら、悠斗さんが話してくれたところによると、同じように移住してきた人の中には、わざわざ家の解体で出た廃材や建築現場で出た捨てられる余りを分けてもらい、自分でリフォームをする人達もいるのだとか。特に古民家にはいい天然木材を使っていることが多く、釘も少ないので、運よく解体の木材を入手できれば新品の外材を買って使うより丈夫でよく馴染むのだそうだ。また、昔の建具なども手の込んだ意匠のものもあり、寸法さえ合えばアンティークでお洒落な改装も可能なんだって。
これはいい事を聞いた。アンティークお洒落! 私もぜひその路線で行きたい。
「僕も知り合いに相談してみるし、菫ちゃんも組内の源太さんに相談してみたら?」
「そうします!」
源太さんは大工の方の林さんだね。話しやすそうなおじさんだったし、プロだからきっと伝手もあるだろう。
ちょっぴり夢が形になって来たかも?
その後、園芸コーナーに移動し、畑に植える苗を選ぶ。そう、リフォームもだけど、まずは畑だもんね。
畠さんに勧めてもらった夏野菜の苗を買いたいのだ。でも、トマト一つにしても品種が沢山あるし、素人の私にはどれが元気で丈夫そうな苗なのかもわからない。
そこで悠斗さんと園芸コーナーの人に相談しながら、病気に強くて素人でも育てやすいという品種、その中でも良さそうな苗を選んでもらった。ついでに畑に入れる肥料も。
人に頼れと言われたとはいえ、すっかり人に甘えっぱなしになっている自分にちょっと呆れる。
もう六月ということもあって、夏野菜を植えるには遅めではあるらしいが、順調に育てば来月には収穫できるものもあるとのこと。
苗はまだ小さい野菜の子供達。この子達を枯らさないように私が立派に育てなきゃ! そう思うと、野菜の苗がなんだかとっても愛おしく思えて来た。
「上手く育つといいね」
悠斗さんが優しくそう言ってくれたので、私も思わずご機嫌になってしまった。
「無事収穫出来たら、一番最初に悠斗さんに御馳走しますね」
勢いでそう言ってから、私、何言ってんだよ……と自分にツッコミを入れた。
ほら、悠斗さんがまた目を閉じて上を向いて小さくガッツポーズしてるじゃん。よっしゃー! って言ってるし。
実にわかりやすい男だ、林悠斗―――。
せっかく車で来たのだからと、他にもホームセンターではかさ張るトイレットペーパーや、洗濯洗剤などを買い、近くのスーパーに移動してお米や油をはじめとして生鮮食品も買った。
「あ、そうだ……」
ふと目についたのはお酒コーナーに並んだ日本酒。お留守番のシロさんに買って行ってあげようかな。木村さんにもらった一升瓶はまだ半分以上残ってるけど、いざ無くなると重いし。
ゴミのことを考えて、紙パックのお酒を選んでいると、悠斗さんが覗き込んで尋ねる。
「菫ちゃん、お酒、好きなの?」
「えっと、わりと好きですけど、酒飲みってほどじゃないですよ。木村さんを見習って家の主さんに毎日お酒を上げるんですよ」
「ああ。あの家も古いもんね。いるかな、家の主」
……いますよ、思いっきり。お父さんみたいに、あなたに気をつけろと言ってました……とは言えないので、いるといいですね、と誤魔化しておいた。
悠斗さんの車の荷室は結構広いというのに、結構な荷物でみっちりだ。余計なものは買っていないに、とてもじゃないが自転車でなんか無理だった。
早く自分の車を手に入れなきゃ。この荷物の量を考えたら、本気で軽トラでもいい気もしてきた。
「ホントは一緒にお昼を食べて……とも思ってたけど、暑さで苗も弱るし、早く家に帰らなきゃね」
残念そうに言う悠斗さん。私もちょっと残念かな。
「そういうのはまた改めてゆっくりと?」
そう言って、またもやってしまったと思った。さっきから私、すごく思わせぶりなことばかり。こっちから攻めてる感じだよね。
引かれるかなと思ったら、悠斗さんは素直に喜んでいらっしゃる。
「今のは、改めてデートに誘っていいってことだよね?」
「は、はあ。まあ。落ち着いたら」
個人的に……ね。
というわけで、お世話になったので悠斗さんには私の家でお昼を一緒に食べてもらうことにした。といっても、帰ってから手料理を作るのも時間がかかりそうなので、チェーン店のドライブスルーでテイクアウトの牛丼を買って帰る。
うん、田舎暮らし、ロハスはどうしたって感じだ。まあ今日だけね!
なぜかご機嫌のご様子の悠斗さんと帰り道、坂の上に家が見えて来た。
黒い塗炭のかかった急勾配の屋根の上に誰か立っている。
シロさん? そんなところに上って……!
「あぶな……!」
思わず声を上げかけて、慌てて口を塞いだ。そうだ、私にしか見えていない。
「どうしたの?」
案の定、悠斗さんが不思議そうにしている。
「いえ、なんでもないです」
……ごめんなさい、悠斗さん。また誤魔化しちゃいました。
それによく考えたら、シロさんはもののけなんだから、屋根から落ちて怪我をすることも無いだろう。壁、すり抜けちゃうぐらいだし。私ってお馬鹿。
気が付くと屋根の上のシロさんは消えていた。屋根裏に戻ったのだろうか。でもなんであんなところにいたのかな? 私を待っててくれたのかな?
「ああ、菫ちゃんと一緒に食べるごはんは美味しいよ」
悠斗さんはとってもいいお顔で満足気だ。私はお茶を淹れただけで、買って来た牛丼で申し訳ない。今度本気で手料理を御馳走しよう。個人的に。
午後も予定が無いから、畑に苗を植えるところまで付き合おうかと言い出した悠斗さんだったけど、師匠の畠さんに肥料の入れ方などを教わりながら明日やるということで、今日のところは苗は水をたっぷりやってお休みしておいてもらうことになった。
せっかくのお休みなのに、買い物に付き合わせて重い荷物は持たせるわ、テイクアウトでお昼を済ませるわ、その上農作業までさせては気の毒すぎる。
でも、代わりに先にホームセンターで言っていたリフォームに関する相談を、大工の林さんに一緒にしてくれることになった。
まだ具体的な案も決まっていないのにと言うと、悠斗さんは力強く言う。
「こういうのは早めに声を掛けておくに限るからね」
なるほど、それもそうかな。
こちらもせっかくの土曜日なのに……と思っていた林源太さんは、快く話を聞いてくれた。
「へぇ、カフェかい。面白そうじゃないか」
「まだどこをどう改装するとまでは決めていないんですけど、もしお仕事で余った木材や、どこかで解体される家なんかがあったら、廃材でいいので安くで分けて欲しいんです」
私が厚かましくもお願いしてみると、すぐにいい返事が返って来た。
「タダでもいいもんが一杯あらあな。まかしときな。どうせなら古民家を解体した木がいいな。昔の家は梁やら柱にいい木を使ってる。囲炉裏のあった家の天井材なんかも燻されて虫が食わんでいいのがある」
ああ、ここにもヒーロー様が!
「林さんも師匠と呼ばせてくださいね!」
「なんだい、そりゃ?」
農業の師匠は畠さんなので、DIYの師匠になってほしいんですよと説明すると、源太さん、悠斗さんのダブル林さんがくすくす笑った。
「じゃあ、僕は?」
「ひみつ」
悠斗さんは……名言の師匠?
「丁度、近くこの村でも長いこと放置したままだった家を解体することになってる。かなり傷んでいて半分朽ちかけてるが、元々土地の名士の家やったところやから、いい柱材やら無事な凝った建具なんかも出るかもしれん」
「ああ、そうでしたね。更地にして宅地として移住者に売ってくれと、ウチの定住科に話が来ています」
源太さんと悠斗さんの話を聞いて、そういうのを見た気がするなと思った。
「あっ、ひょっとして」
あの草木に埋もれていた、崩れそうだった空き家。あれかな?
あの家の主は……。
なんでも、軽トラは役場の車なのだそうだ。そういえば市のマークが入っていた気がする。それにしても高そうないい車だこと。悠斗さんにはとても似合うけど……。
「この辺りは雪が多いから四駆のほうがいいと思って」
左様でございますか。なのに人には軽トラ勧めちゃうんですね。まあ結構村の中の道は細いので、脱輪の心配のある私には軽がいいかもしれない。でも四駆は頭に入れておいた方がいいね。
赤い自転車の予定が、赤い車に変わった初のお買い物。さてさてどうなりますやら。
走り出した車の助手席から、運転する悠斗さんの横顔を見る。うん、申し分無くカッコイイ。仕事中のYシャツにネクタイと作業着が真面目で朴訥そうなオブラートをかけていたのが、こう、普段着で身近な男前になったというか。
ああ、緊張する。シロさんがあんなこと言うから……。
『あの男、お前のことを狙っとるぞ』
個人的に発言を普通にしちゃう人だから、わかってはいても改めて言われると意識しちゃうじゃない。車って閉鎖空間なわけで……。
私は誤魔化すように窓の外の景色を見ていたけど、ずっと黙っているのもなんなので、昨日夕方に蔵と物置を見て思いついた事を悠斗さんに話してみた。
まだ畑も出来ていないのに呆れられるかな、そう思ったら、悠斗さんは真剣な顔で言う。
「それ、すごくいいじゃない」
「まあ、まだぼんやりした夢で。そもそもこんな山奥に人が来るとも思えないし」
「そうでも無いよ。こだわる人はどんな山奥にだって足を運ぶ。誰かがSNSにでも書き込んだら、口コミででも広がるしね」
へえ、そういうものなんだ。でも現実を考えたら色々と問題もありそう。
「箱物のリフォームもだけど、私のような素人が人に出せる野菜を育てられるかっていうのも大きな問題ですよね? 採れる量も知れてるだろうし……」
「じゃあ、近所の人達が作って余った野菜を使うというのは? 最初に挨拶に行った時でもわかったと思うけど、出荷するほどでもない量でも、お年寄りだけで畑をやっている家はどうしても食べきれずに余ってくる。そういうのを安くで分けてもらえれば、双方助かるかもしれないよ」
わあ! やっぱり悠斗さんってすごい! ホントにいつもこの人の言葉には感心しちゃう。
「なんだか少しやれそうな気がしてきました」
「その意気だよ。僕も出来る限り手伝うからね。個人的に」
……うん。これさえ無かったらね。
車で走ること十五分程で、景色が山がちの田園風景から市街地に変わって来た。都会とは程遠いものではあるけれど、住宅だけでなく、大きな道沿いにそこそこ大きな店舗や全国チェーンの飲食店、パチンコ店なども見える。興味深いのが、それらの店舗のみならず、コンビニにまで広い駐車場があることで、徒歩や公共交通機関ではなく、どこに行くにも車で移動するように出来ていることだ。これは地方の市街地ならではだと思う。それに、賑やかなのは道沿いだけで、すぐ裏には田んぼや畑が広がっているのが面白い。
病院や役場もこの市街地にある。考えてみれば、悠斗さんって毎度この距離を軽トラで来てくれてるのよね。
「田舎じゃ、車で三十分以内とか二十キロ圏内なら近場っていうイメージだよ?」
至極当たり前のように悠斗さんはおっしゃるけども、都会で生まれ育った私としては五キロでも遠い感覚なんだけど。
家を出発して約二十分。ものすごく広い駐車場のある大きなホームセンターに到着。その規模が半端ないので私は少し驚いた。建設資材や園芸関係も充実していそうだ。
……正直、自転車で来る感じでは無かった。来られても帰りを考えたらげんなりだ。連れて来てくれた悠斗さんに感謝せねば。
「まずDIYに使いそうな資材でも下見しておく? 苗は帰り際に買った方がいいと思うよ」
「そうですね。予算を組む参考が必要ですもんね」
というわけで、悠斗さんの進言に従い、まずは資材コーナーへ。
「わぁ……! すごーい」
広い店内には色々な物が揃っていた。
外構用のブロックやレンガ、パイプに木材……色々な種類やサイズがあるんだね!
私はわくわくしながら見て回る。悠斗さんもわくわくした顔をしているけど、ちょっと私とは方向性が違った模様。
「なんだかデートみたいだね」
確かに肩が触れるか触れないかの距離で一緒に歩いていると私も嬉しいものの、場所がホームセンターの資材コーナーって色気ないよ?
よく考えたら、私はホームセンターで資材コーナーをじっくり見るのは初めてでは無いだろうか。生活雑貨や消耗品のコーナーにしか御縁が無かった。せいぜいカーテンや簡易家具のコーナー止まりだ。
室内部材のコーナーで足を止める。母屋の数部屋をフローリングにもしたいし、キッチンも弄りたい。蔵や物置を改装するには相当の材料が必要になるだろうけど……。
「……材木や塗料も結構な値段がするのね」
リフォームの費用も全額では無いにせよ、市から補助金が出る。しかし、その制度を利用するには、市の指定業者の見積もりが必要だし、施工も任せなくてはならない。私は出来うる限りは自分の手でやりたいのだ。
でもなぁ……これは相当お金がかかりそうな気がしてきたよ?
早くも暗雲立ち込めてきた私に、悠斗さんの天の声が掛かる。
「まあピンキリだけどね。壁紙なんかはアウトレットのものもあるし、木材や建具は新品にこだわらないなら、廃材をもらってきて使うって手もあるよ。相当安上がりで出来る」
なにそれ! 素敵じゃない。特に廃材の話!
「もっと詳しく聞きたいです」
広い店内を歩きながら、悠斗さんが話してくれたところによると、同じように移住してきた人の中には、わざわざ家の解体で出た廃材や建築現場で出た捨てられる余りを分けてもらい、自分でリフォームをする人達もいるのだとか。特に古民家にはいい天然木材を使っていることが多く、釘も少ないので、運よく解体の木材を入手できれば新品の外材を買って使うより丈夫でよく馴染むのだそうだ。また、昔の建具なども手の込んだ意匠のものもあり、寸法さえ合えばアンティークでお洒落な改装も可能なんだって。
これはいい事を聞いた。アンティークお洒落! 私もぜひその路線で行きたい。
「僕も知り合いに相談してみるし、菫ちゃんも組内の源太さんに相談してみたら?」
「そうします!」
源太さんは大工の方の林さんだね。話しやすそうなおじさんだったし、プロだからきっと伝手もあるだろう。
ちょっぴり夢が形になって来たかも?
その後、園芸コーナーに移動し、畑に植える苗を選ぶ。そう、リフォームもだけど、まずは畑だもんね。
畠さんに勧めてもらった夏野菜の苗を買いたいのだ。でも、トマト一つにしても品種が沢山あるし、素人の私にはどれが元気で丈夫そうな苗なのかもわからない。
そこで悠斗さんと園芸コーナーの人に相談しながら、病気に強くて素人でも育てやすいという品種、その中でも良さそうな苗を選んでもらった。ついでに畑に入れる肥料も。
人に頼れと言われたとはいえ、すっかり人に甘えっぱなしになっている自分にちょっと呆れる。
もう六月ということもあって、夏野菜を植えるには遅めではあるらしいが、順調に育てば来月には収穫できるものもあるとのこと。
苗はまだ小さい野菜の子供達。この子達を枯らさないように私が立派に育てなきゃ! そう思うと、野菜の苗がなんだかとっても愛おしく思えて来た。
「上手く育つといいね」
悠斗さんが優しくそう言ってくれたので、私も思わずご機嫌になってしまった。
「無事収穫出来たら、一番最初に悠斗さんに御馳走しますね」
勢いでそう言ってから、私、何言ってんだよ……と自分にツッコミを入れた。
ほら、悠斗さんがまた目を閉じて上を向いて小さくガッツポーズしてるじゃん。よっしゃー! って言ってるし。
実にわかりやすい男だ、林悠斗―――。
せっかく車で来たのだからと、他にもホームセンターではかさ張るトイレットペーパーや、洗濯洗剤などを買い、近くのスーパーに移動してお米や油をはじめとして生鮮食品も買った。
「あ、そうだ……」
ふと目についたのはお酒コーナーに並んだ日本酒。お留守番のシロさんに買って行ってあげようかな。木村さんにもらった一升瓶はまだ半分以上残ってるけど、いざ無くなると重いし。
ゴミのことを考えて、紙パックのお酒を選んでいると、悠斗さんが覗き込んで尋ねる。
「菫ちゃん、お酒、好きなの?」
「えっと、わりと好きですけど、酒飲みってほどじゃないですよ。木村さんを見習って家の主さんに毎日お酒を上げるんですよ」
「ああ。あの家も古いもんね。いるかな、家の主」
……いますよ、思いっきり。お父さんみたいに、あなたに気をつけろと言ってました……とは言えないので、いるといいですね、と誤魔化しておいた。
悠斗さんの車の荷室は結構広いというのに、結構な荷物でみっちりだ。余計なものは買っていないに、とてもじゃないが自転車でなんか無理だった。
早く自分の車を手に入れなきゃ。この荷物の量を考えたら、本気で軽トラでもいい気もしてきた。
「ホントは一緒にお昼を食べて……とも思ってたけど、暑さで苗も弱るし、早く家に帰らなきゃね」
残念そうに言う悠斗さん。私もちょっと残念かな。
「そういうのはまた改めてゆっくりと?」
そう言って、またもやってしまったと思った。さっきから私、すごく思わせぶりなことばかり。こっちから攻めてる感じだよね。
引かれるかなと思ったら、悠斗さんは素直に喜んでいらっしゃる。
「今のは、改めてデートに誘っていいってことだよね?」
「は、はあ。まあ。落ち着いたら」
個人的に……ね。
というわけで、お世話になったので悠斗さんには私の家でお昼を一緒に食べてもらうことにした。といっても、帰ってから手料理を作るのも時間がかかりそうなので、チェーン店のドライブスルーでテイクアウトの牛丼を買って帰る。
うん、田舎暮らし、ロハスはどうしたって感じだ。まあ今日だけね!
なぜかご機嫌のご様子の悠斗さんと帰り道、坂の上に家が見えて来た。
黒い塗炭のかかった急勾配の屋根の上に誰か立っている。
シロさん? そんなところに上って……!
「あぶな……!」
思わず声を上げかけて、慌てて口を塞いだ。そうだ、私にしか見えていない。
「どうしたの?」
案の定、悠斗さんが不思議そうにしている。
「いえ、なんでもないです」
……ごめんなさい、悠斗さん。また誤魔化しちゃいました。
それによく考えたら、シロさんはもののけなんだから、屋根から落ちて怪我をすることも無いだろう。壁、すり抜けちゃうぐらいだし。私ってお馬鹿。
気が付くと屋根の上のシロさんは消えていた。屋根裏に戻ったのだろうか。でもなんであんなところにいたのかな? 私を待っててくれたのかな?
「ああ、菫ちゃんと一緒に食べるごはんは美味しいよ」
悠斗さんはとってもいいお顔で満足気だ。私はお茶を淹れただけで、買って来た牛丼で申し訳ない。今度本気で手料理を御馳走しよう。個人的に。
午後も予定が無いから、畑に苗を植えるところまで付き合おうかと言い出した悠斗さんだったけど、師匠の畠さんに肥料の入れ方などを教わりながら明日やるということで、今日のところは苗は水をたっぷりやってお休みしておいてもらうことになった。
せっかくのお休みなのに、買い物に付き合わせて重い荷物は持たせるわ、テイクアウトでお昼を済ませるわ、その上農作業までさせては気の毒すぎる。
でも、代わりに先にホームセンターで言っていたリフォームに関する相談を、大工の林さんに一緒にしてくれることになった。
まだ具体的な案も決まっていないのにと言うと、悠斗さんは力強く言う。
「こういうのは早めに声を掛けておくに限るからね」
なるほど、それもそうかな。
こちらもせっかくの土曜日なのに……と思っていた林源太さんは、快く話を聞いてくれた。
「へぇ、カフェかい。面白そうじゃないか」
「まだどこをどう改装するとまでは決めていないんですけど、もしお仕事で余った木材や、どこかで解体される家なんかがあったら、廃材でいいので安くで分けて欲しいんです」
私が厚かましくもお願いしてみると、すぐにいい返事が返って来た。
「タダでもいいもんが一杯あらあな。まかしときな。どうせなら古民家を解体した木がいいな。昔の家は梁やら柱にいい木を使ってる。囲炉裏のあった家の天井材なんかも燻されて虫が食わんでいいのがある」
ああ、ここにもヒーロー様が!
「林さんも師匠と呼ばせてくださいね!」
「なんだい、そりゃ?」
農業の師匠は畠さんなので、DIYの師匠になってほしいんですよと説明すると、源太さん、悠斗さんのダブル林さんがくすくす笑った。
「じゃあ、僕は?」
「ひみつ」
悠斗さんは……名言の師匠?
「丁度、近くこの村でも長いこと放置したままだった家を解体することになってる。かなり傷んでいて半分朽ちかけてるが、元々土地の名士の家やったところやから、いい柱材やら無事な凝った建具なんかも出るかもしれん」
「ああ、そうでしたね。更地にして宅地として移住者に売ってくれと、ウチの定住科に話が来ています」
源太さんと悠斗さんの話を聞いて、そういうのを見た気がするなと思った。
「あっ、ひょっとして」
あの草木に埋もれていた、崩れそうだった空き家。あれかな?
あの家の主は……。
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