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8:エンパイアステートビル

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 さすがに条約機構の本部ビルからは途中から方向が変わって、オレ達は5番街をまっすぐにセントラルパークの方に向かって進んでいた。人通りも多くて賑やかな通り。そして、エレクトラの足が一つのビルの前で止まった。ここは……
 正直、驚いた。まさかこんなところだなんて! あまりにも有名で目立つ場所。観光名所にもなってるビル。
「……エンパイアステートビル……」
「すごく高いね」
 フェイが見上げて溜め息をついた。
「大昔は一時世界一とか言われてたビルだからな。もう老朽化してるから取り壊すって話もあるけど、まだ中には沢山オフィスが入ってるし、観光客だって来る。オレも好きな場所」
 停電騒ぎの真っ最中とはいえ、周囲にも中にも人が沢山いるようだ。っていうか、エレベーターも止まってるだろうから上の方にいる人々は閉じ込められてる状態じゃなかろうか?
 なるほど、もしエレクトラが早々に捕まって、ドームの計画が失敗に終わったとしても、爆発するんだったら人が多くて目立つ場所がいい。そうすれば違う形でテロは成功するって事か。用意周到だな。式典のある会場と同じエリアだから注目度も高い場所だし……。
 振り返ってエレクトラが上を指差した。
「ここか。あのさ……ひょっとして上の方だったりする?」
 こくんと彼女は頷いた。
「うへぇ。エレベーター止まってるしなぁ……」
 思わずぼやいてしまったが行かねばなるまい。
 そこからは長い長い道のりだった。
 ミーシャはここの展望室が大好きで、一緒によく来たものだな……オレはそんな事を考えて、アンニュイな気分になったりもしたが、さすがに階段で上がるなんてお馬鹿な事は初めてなので、途中からはもう考える気力さえなくなった。よくもまあ、こんなにいっぱい段を作ったものだとか、んなもん建てんなよ二十世紀の人間よぅ……とか、そんなとりとめもないことをせいぜい思うくらいで……足もだるいのを通り越して痛くなってきたし。でもエレクトラは黙々と段を上がってる。大事な者を助けるために。フェイも少し疲れた様子だが息を切らして一生懸命ついてきてる。女子供がこうなんだから男のオレが愚痴をこぼしてもカッコ悪いので、黙っていかにも平気だって顔で進み続けた。
 普段よく訪れた八十六階の展望台を通り過ぎてもエレクトラの足は止まらなかった。ってことはまだ先か……下の方ではエレベーターが止まっているため、階段でビルから出ようとする人々にかなりの数すれ違ったのに、さすがにもう誰とも出会う事はなかった。
 照明の切れたビルの階段。上のほうから差し込んで足元を照らしていた太陽の日差しも陰り暗くなってきた。あれから時間はどのくらい経ったんだろう?たかだか数十分だったようにももう何時間も過ぎたようにも思える。そんな時間の感覚さえ鈍ってきたころ、
「もうすぐ行くわ、オレステス……」
 小さくエレクトラが呟く。そう、もう間もなく最上階の百二階に辿り着く。
「ちょっと待って!」
 一番後ろにつけていたフェイがオレ達を止めた。
「どうした?」
「話し声が聞こえる。三・四人? 金属の触れ合う音や火薬のニオイもするからみんな銃で武装してるよ。気をつけて」
「どんな話をしてるかわかるか?」
「うんとね……」
 フェイは目を閉じて聞き耳をたてている。その様子を見てエレクトラは不思議そうだ。
「この子、泳ぐのが速いから海獣のA・Hだって思ってたけど……」
「ああ、ワン公だよ。で、オレがニャン公。変な組み合わせだろ?」
「とってもいいコンビに見えるわ。兄弟みたいよ」
 くすっと、小さくエレクトラが笑った。お、初めてみる笑顔だ。美女はやっぱ笑顔のほうがいいね。
 だがその笑顔もすぐに消える。
「……ちょっとマズイ雰囲気。バレてるよ、あなたがここへ来てるの。そろそろ来る頃だろうって。それに……」
 フェイが少し言いにくそうに口篭った。
「それに?」
「どっちにしても体内の仕掛けは爆発するんだからって……どうも無事あなたが弟さんのところに辿り着けたとしても、触れた途端に仕掛けが作動するようになってるみたいだよ」
「そんな……!」
 くぅ! そんなこったろうと思った。どこまで抜け目がないんだ! しかも相手はテロリスト。中途半端に死もいとわないって奴らだからタチが悪い。ここで爆発したら自分達も命が無いことだってわかってるだろうに。このビル、その周辺にいる人達も道連れに……。
「よし、君はここで待ってろ。オレ達が行って弟さんを助ける」
「でも……!」
「大丈夫、仕掛けを解除すればゆっくり会えるんだから。あ、そうだ。君の弟ってことは、触るとやっぱりビリッとくるかな?」
 確認しておかないと、助けるのはいいがこっちが感電してはたまらない。
「……いいえ、あの子は大丈夫。弟といっても血は繋がっていないもの。同じ研究所で生まれたA・Hだけど発電器官は無い普通の魚のA・H。私とは逆で耐電性があるくらいよ」
「それを聞いて安心した」
 フェイの顔をちらっと見ると、フェイは何も言わなくても大きく頷いた。
「よっしゃ、行くぞ!」
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