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2:救出

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 魔王城跡地から一番近い国へ不法入国したセリアスは、街中を歩く冒険者達に対して憎悪を募らせていた。
 魔族のセリアスから見れば、冒険者達の多くが魔物や魔族の爪や牙、毛皮を加工して纏っている。
 人間からすれば、人間の歯や髪の毛を加工して魔族が装飾品や武具として纏っているようなもの。狂気でしかない。
 
「(なんて被害の多さだ……)」

 冒険者以外にも、店のガラスの中に並ぶ肉を見て、セリアスは目を見開いた。

「(龍人の肉だ)」

 同族の肉が食用品として並んでいた。

「(……くっ、食べる為ならば、まだ見逃してやる)」
《…………魔王様》

 ローブの中に隠れているストールがセリアスに耳打ちする。
 肉屋の裏へ行って欲しいというものであった。
 セリアスはストールの言う通り、肉屋の裏へ回り込み……絶句する。

「……………………は?」
《現状でございます》

 袋に詰められたハエの集る痛んだ肉。セリアスには袋越しでもわかる。店頭に並んでいたものと同じ、龍人の肉であると。
 
《人間は痛んだ肉を食べられません。なので、痛んだ物は捨てられます。最終的に作物の肥料にはしているようですが、コレは食さずただ殺しただけです》
「…………ヴァレーリアも……」

 屈託の無い笑顔を見せる女の龍人が脳裏に過ぎるセリアス。
 絶望している主人に寄り添いながら、ストールは慌ててフォローする。

《ヴェレーリア様は、魔王軍幹部の龍人! 人間もそう易々と腐らせないでしょう!》
「…………ああ」
「おいおい、店の裏で何してる!」
「!」

 肉屋の店主に見つかり、声をかけられた。

「旅の人か? 見るなら新鮮なこっちを見とくれ」
「……そうしよう」

 今すぐにでも葬ってしまいたい気持ちを抑え込み、セリアスは再び肉の並ぶショーケースの前へ戻ってきた。

「ギルドから買い取った獲れたて新鮮の龍人の肉だ」
「……ほぉ」
「足の部分は脂身が少なくて人気さ。どうだい?」
「…………すぅ……ふぅぅ……一つ、聞きたい」
「?」

 深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせながらセリアスは店主に問いを投げかけた。

「魔王軍幹部の……肉や……毛皮は……何処で、手に入る」
「あぁん、なんだお前さん。高級志向か。それは勇者様御一行の祖国、ソルン帝国が全部回収してる」
「…………そうか。ソルン帝国はどっちの方角だ」
「ずっと西に行けば着く。馬車で一週間だ」

 肉屋の店主に軽く会釈をして、セリアスは同族の亡骸の値段を確認した。

「…………全て」
「ん?」
「魔族の肉だ。今、ココにある肉を全て貰う」
『チャリン』
「は? え? ま、毎度!」
《魔王様……気持ちはわかりますが、金貨は慎重にお使いください》
「(最善だ……)」

 どうしても見過ごせず、セリアスは肉屋に置かれていた肉を全て買い占めた。
 急に手荷物が増えてしまったが、後悔は微塵もしていない。
 ストールが魔王城跡地から拾い上げてきた魔族にとって使い道の無い貨幣達は、路銀として現在役に立っている。

「(……ああ……まだ子どもじゃないか)」

 買い取った肉の断面を見て、セリアスは悲しみに顔を歪めた。
 人間達から見れば、生肉片手にシケた面をした変人にしか見えないだろう。
 国を出て、西へと向かう途中の野営。セリアスは魔法で火を起こして肉を焚き上げる事にした。
 手を顔の前で掲げて、揺らめく火を眺めながら祈りを捧げる。安らかなる眠りを。
 魔族は基本的に痕跡を残す事はない。牙も爪も毛皮も骨も肉も全て地に還す事が基本的な習慣となっている。
 輪廻や天国の概念も薄い。

『ガルルル……』
《魔王様、臭いにつられたようです》
「……魔物達か」

 魔族と違い、魔物は知能が低いが魔力を保有する動物の総称である。
 肉の焼ける臭いにつられた夜行性の夜狼ナイトウルフの群れが唸り声を上げながら現れた。

「…………そうだな。還るには、自然の摂理が一番良い形だ」
《よろしいのですか?》
「ああ。随分と飢えているようだ。嗜好品ではなく、生きる為に必要とされる方が良い」

 スクッとセリアスは立ち上がり、痩せ細っている夜狼達の前に歩み出る。
 夜狼達は、セリアスの姿にビクリと身を震わせた。ビリビリと感じる圧倒的な魔力と現実以上に強烈な存在感。敵う相手ではない。
 しかし、敵意も殺意も無いセリアスに対して夜狼達は逃げる事は無かった。

「一欠片も残すな」
『ガウ!?』

 布の上に折り重なり、積み上がった肉が目の前に晒された。
 ジリジリと近寄った夜狼達は、セリアスに唸り声を上げる。

『グゥゥゥ……ガウ』

 一瞬躊躇いはしたものの、腹を空かせた彼等は食欲を抑える事は出来ず、目の前のご馳走を平らげる事にした。
 互いに顔を合わせる事なく無言でありついた肉を体へ取り込んでいく。
 十数頭の大きな群れだが、彼等の腹を満たすには十分な肉の量だ。
 綺麗さっぱり平らげる頃には、夜が明けていた。

「……終わったか」

 夜狼達の食事に祈りを捧げ続けていたセリアス。

『ガウ、クルル』
『キュン』
「……懐かれたくて食わせたわけじゃないぞ」

 感謝の意を込めて夜狼達がセリアスに擦り寄り、足元に頭を擦り付けた。

「礼をしたいならば、一番体の大きな者を前へ」
『ガウ!』

 言葉は理解出来ているようで、セリアスの言う通りに身体が一番大きな夜狼が前へ出てきた。

「なかなか良い体格だ。背に乗せてくれ」
『ワフゥン』

 スッと身を屈めて了承の意を示す大柄夜狼の背を跨ぐセリアス。

「西へ走れ」
『ガウ! アオオオン!』
『『アオオオン!』』

 セリアスの視界が凄い勢いで揺れ動いた。
 振り落とされかけたストールの焦る声も聞かずに、夜狼は砂塵を巻き上げて風のように駆け抜けていく。
 四日程、数度の休憩をはさみながら夜狼達とセリアスは西へ西へと移動した。
 そして、見えて来たのは大きな国壁。ソルン帝国の検問所だ。

「止まれ」
『ガォウ』
「……お前達はここまでで良い。ご苦労」
『ガウ……』

 大柄夜狼から降りたセリアスは、夜狼達を労うように撫でてやる。

「助かった。有難う」
『キュオン』

 嬉しさを体現するように甘い唸り声を繰り返し、仲間と共に駆けていった。

「……さて……部下達が居るのは、城の中か」
《はい。間違いありません》
「早めに侵入したいが、昼間は目立つな」
《深夜にお迎えへあがりましょう》

 国璧外で、日が沈むのを待つ事にした。
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