虹色の約束

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7・交わり※

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「一時はどうなるかと思た。で、二人で帰って来たって事は、そういう事でええんか?」

 リビングで机を挟んだアオさんの問い掛けに、俺は隣に座る星波の顔を見た。
 星波も俺の顔を見ていて、目が合うと頬を染めながら微笑みを浮かべる。
 俺は気を引き締めて、しっかりと答える。

「はい。この度、星波君と正式に交際する事になりました」
「はぁ~~……そう」

 俺の答えを聞いたアオさんは目尻を下げながら大きく息を吐いた。そして、満面の笑みで祝福してくれる。

「良かったなぁ。ずっと追いかけとったお兄さんと一緒になれて」
「ふふ、うん」

 子どものような返事をする星波と微笑ましいと言わんばかりに緩みきった顔をするアオさん。
 しかし、今からこの雰囲気をぶち壊す事になる。

「あと、一つよろしいですか?」
「ん?」
「睡眠薬で寝込み襲ってるって……どう言う事ですか?」

 ガチッと二人の表情が固まった。

「…………星波、言っちまったんか?」
「あーー……勢いで言った気がする」

 二人の反応からして、俺の知らない事実があるようだ。
 常識的な星波が睡眠薬を盛るという手段に思い至るとは早々思えない。
 なら、誰かの入れ知恵だ。
 例えば、身近な人のアドバイスとかな。
 元凶であろうアオさんは、バツが悪そうな顔をして言い淀んでいる。

「いや……なんつーか、正攻法じゃノンケの男堕とすんは至難やろから……その、搦手を……あ、中毒にはならへんよう量は、調整したで」
「ごめんなさい空矢さん。実は…………寝てる間に色々と……やりました」

 ゴニョゴニョと尻窄みになっていく二人。
 いけない事だという罪の意識があるだけマシだ。

「はぁ……もう、睡眠薬は必要無いから……今後使わないでくれ」
「はいっ!」

 元気よく返事をした星波と、申し訳なさそうな表情で頬をかくアオさん。

「まぁ、星波の事はジブンに任せる。借金取りの仕事も今後一切手伝わさせへんから」
「え? アオさん、大丈夫ですか?」
「金返したんやさかい、手伝う必要ないやろ。こっちは気にせんと、遅めの青春謳歌しとけや」
「……ありがとうございます」

 青春……そんな甘酸っぱい関係になるかはわからないが、これからの事に思いを馳せる。

「さて、ウチはお暇するとしよか。あとは若い者同士でな」

 ニヤリと笑って立ち上がったアオさんがさっさと玄関に向かって、見送り待たず出て行ってしまった。

「……あの人、せっかちで」
「まぁ、そんな感じだな。けど、優しい人だ」
「そうなんです。優しい人なんです」

 姿勢を崩し、胡座をかいた星波は割れ物に触れるような手つきで俺の手に触れた。

「……ふ、ふふふ、はは、あーー……夢じゃない」
「…………夢じゃなかったな」
「?」

 いろいろ合点がいってしまった。
 あの淫夢はただの現実だったらしい。身体の異変は、星波の所為。

「お前……寝てる俺にどこまでシた?」
「…………」

 すっごい勢いで手汗が滲んできてる。触れられてるから文字通り、手に取るように焦りがリアルタイムでわかる。

「えっと……」
「………………」

 目を泳がせながら必死に言葉を探している星波を無言で見つめ続ける。

「……すいません。Bペッティングまで……シました」
「お前の口からそういう意味合いの“B”が出てきたのがビックリだわ」

 恋愛ABCのB。つまり、性的愛撫や前戯の事だ。性行為一歩手前。

「お、怒らないんですか?」
「自分の気持ちを自覚する前なら、恐怖心で距離置いてただろうが……なんか、今は怒りより呆れの方が強い」

 睡眠薬を使ってまで、俺を求めていたという事実に驚きはしたが、怒りに駆られる事は無かった。
 
「うぅ……すみません。いろんな欲求が抑えられなくて」
「……そうか」

 正直、ここまで想われている事は素直に嬉しいと思う反面、若い星波の欲求を受け止められるか不安だ。
 
「これからどうしたい?」
「……そうですね。とりあえず、免許はそろそろ取れそうなんでバイク貯金をコツコツ貯めようと思います」
「ああ、それは大事だな」
「それと、その、空矢さんとキスとか……してみたいです」

 寝込み襲ってる時に散々したであろうキスをしおらしくねだってくる星波。
 俺は苦笑しながら星波の肩に手を置いた。

「……いいよ、ほら」

 ゆっくりと唇を重ね、すぐ離れた。

「わ、わぁ……一瞬」
「……目ぇ瞑れよ」
「はい!」

 素直にバチンと両目を瞑る星波にもう一度、唇を押し付ける。
 柔らかくて温かな感触を堪能していると、星波の方から俺の唇を割って舌を入れてきた。
 星波の熱く湿った舌の感覚とピアスの感触に、ゾクッとしたものが背中を走る。

「ん、ふ……」

 鼻にかかる声を漏らす星波。
 俺は、もっと深く口付けようと星波の後頭部に手を回す。
 俺の動きに合わせるように、星波が俺の背に腕を回して体重を預けて来た。

「んっ!?」

 踏ん張りが利かず、そのまま押し倒されてしまった。
 完全にマウントを取られた。

「ん……ふふ……んん」

 俺が驚いている間にも、星波は貪るような深い口づけを続ける。
 そして、満足いくまで味わったのかゆっくり離れていく。
 口の中からズルンと引き抜かれる舌が糸を引いていて、見上げる景色は扇情的なものだった。

「空矢さん……」
「……やっぱ、俺が抱かれる方?」
「はい!」

 いい返事だ。
 キラキラした目で即答されると、嫌とは言えない。

「わかった。ただし、優しくしてくれ」
「もちろん! 一生大切します」
「重いな……」
「重くないですよぉ~」

 ムッとしながらも甘えるように胸に顔を埋めてくる星波。

「空矢さん、好きです。大好き」
「……知ってるよ」
「空矢さんは?」
「……好きだ」
「えへへ、両思いだ」

 俺に覆い被さった状態で寝そべりながら、足をパタパタと揺らす星波。
 ふにゃっと蕩けた笑顔で見上げられたら、胸がキュッと締め付けられる。

「空矢さん、俺今ものすっごく幸せです」
「……俺も」

 星波が笑う度に揺れ動く髪を撫でると、猫のように擦り寄ってくる。

『グゥ~~……』
「「…………」」

 結構いい雰囲気だったのに、俺の腹が壮大に鳴ってしまった。
 最近食欲なくてちゃんとし食ってなかったツケが回ってきた。

「あはは、ご飯にしましょうか」
「悪い」
「いえ、なんか俺もお腹空きました」

 二人で起き上がって晩飯の用意をする。
 冷蔵庫にあるコンビニで買った惣菜の唐揚げにポテトサラダ。白米、味噌汁、野菜炒めなどを並べて、手を合わせる。

「いただきます」
「いっただっきまーす」

 いつも通り、向かい合って食べる食事は美味かった。ちゃんと味がする。

「……睡眠薬どうやって混入させてたんだ?」
「あんまり掘り返さないでくださいよ……飲み物は俺が淹れてたんで、粉末状にしたのを溶かし込んでました」
「全然気付かなかった……」
「俺に対しての警戒心皆無でしたからね」
「当たり前だろ」

 そんな事される可能性を常日頃考えて生活するのは無理だろ。何も口に出来なくなる。
 
「はい、あ~ん」
「……ん」
「へへ、恋人みたい」
「恋人だろうが」
「ハッ! そうでした!」

 はしゃぎまくってる姿は微笑ましいが、コイツが寝込み襲っていた事は忘れないでおこう。



※※※



 星波と恋人になって一ヵ月が過ぎた。
 前と変わらず俺のとこに通っている。
 
「免許取れました!」
「頑張ったな」

 バイクの免許を取るために教習所に通って居たが、先週無事取得できたらしい。
 勉強も頑張っていたし、通って何よりだ。

「取得祝いだ。ほら」
「?」

 星波に小さな紙袋を投げ渡す。

「あ、コレ」

 中には虹色の蓮の花ピアス。
 渡すのが遅くなったが、祝いの品にはもってこいだ。

「ありがとうございます。早速着けてみてもいいですか?」
「ああ」

 星波は慣れた手つきでピアスを着け始めた。

「どうです?」

 俺の贈ったピアスが一際は星波の耳を飾り立てている。
 
「似合う」
「やったぁ」
「(思った以上に俺って独占欲あるんだな)」

 心の薄暗い所で何かが満たされるのを感じる。
 俺のモノだという所有印。
 それが星波の身体を彩っている。

「(……拗れてる)」

 恋愛経験が無いわけではないが、こんなにも心かき乱されるのは初めてかもしれない。

「空矢さん、どうしました?」
「……なんでもない」
「俺に見惚れちゃいました?」
「そうだな」
「へ?」

 俺の肯定に目を丸くして固まる星波。
 素直な反応が可愛くて、頭をポンと撫でた。
 俺は星波の髪に指を絡めながら、赤くなった星波の顔を見つめ続ける。

「そ、空矢さん?」
「ん?」
「俺、今世界で1番幸せ者です」
「それは言い過ぎだろ」
「そんな事ないです」

 頭に乗せていた手を取られ、指先に唇を落とされた。

「……っ」
「好き、空矢さん」

 俺が固まっている間に、星波は何度もキスを落としてくる。
 指先から手の甲、手の甲から手首、手首から腕へとどんどん距離を詰められ、最後には首筋に吸い付かれた。
 唇で食まれ、チクッとした痛みを感じた。

「なにしてんだよ」
「え? マーキングですよ」
「マーキング……」

 星波は自分の付けた痕を確認するように眺めてから、満足気に笑った。
 きっと俺と同じ気持ちなんだろう。
 
「あ! そう言えば、アオさんからお祝いに飴ちゃん貰ったんです」
「(飴“ちゃん”……)」
「空矢さんと食べなーって」
「俺も? いいのか?」
「二人で食えって」

 星波から飴を受け取った。
 まんまるな白い飴が包装紙で包まれたもの。
 晩酌を一旦止めて、白い飴を口の中へ放り込む。
 檸檬と練乳が混ざったような甘酸っぱく濃厚な味わいだ。初めて食べたかも。

「これなんて言う飴?」
「なんか、びやく? って聞きました」
『カロン』
「……ん?」

 聞き間違えか? びやく?

「いい雰囲気になれるって」
「…………媚薬」

 媚薬って、催淫剤の事だろ? そんな物、一般人が持ってるわけ……うーーん、借金取りを一般人カウントしていいのか微妙だ。
 持ってても変じゃない気がする。

「媚薬の意味、知ってるか?」
「知りません。美しくなる薬ですかね?」
「美薬……」

 口の中に広がるまったりもったりとした甘みが身体に浸透していく。
 
「(……大丈夫だよな?)」

 少しだけ不安が残ったが、それ以上に好奇心の方が上回った。若干の期待さえあった。

「……なんか、身体がポカポカしますね」
「そういえば」

 星波が俺にピトッとくっついて来た。
 体温がいつもより高い。それに顔もほんのりと赤い。

「空矢さんも、あったかいです」
「……んぐ」

 星波の吐息が甘ったるい。頭がくらくらする。喉奥が熱い。
 まさか、本当に……媚薬って、実在するのか? ス◯薬局で売ってたりするのか?

「顔、真っ赤ですけど、もう酔っ払っちゃいました?」
「いや……そんな、飲んでない」

 星波が至近距離で俺の瞳を覗き込んでくる。星波の目が潤んでいる。いつもはシュッとしている黒目がトロンと熱を孕み、色気を放つ。
 身体中が火照って汗が滲む。鼓動が加速して苦しい。呼吸が浅くなっていく。
 星波と視線が絡み合う。逸らせない、動けない。アナログ時計の秒針の音が響く部屋の中で、俺達だけ時が止まっているみたいだった。

「…………」
「…………」

 そのままどちらからともなくキスをした。触れるだけのバードキスだったが、それだけで頭の先まで痺れてしまうほど気持ちが良い。舌を絡ませればどんな快感を得られるのだろうか、考えただけで下腹部がズクリと疼いた。

「……空矢さん、口……開けて」

 俺は羞恥心に駆られながら、小さく口を開けて星波を招いた。
 入り込んできた舌と付属のピアスに刺激されて甘い味が口腔内に広がった瞬間、全身が粟立つ。

『カチ……』

 舌ピアスが歯に当たって、無機質な音が口中に落ちる。
 星波とキスをしている実感が迫り上がってきて、興奮で腰が抜けそうだ。
 キスをしながら、星波はゆっくりと体重をかけて押し倒してきた。背中に当たる床の感覚にデジャヴを憶えるもすぐに霧散した。
 唇を離すと唾液の橋がかかる。その橋はプツリと途切れて、俺の顎を伝った。
 星波も蕩けた目で俺を見下ろしている。

「空矢さん……」

 星波の指先が俺の胸元に触れる。
 春着の薄い生地越しにピンと主張し始めた突起を摘まれ、電流が走る。

「ひぅ!」

 自分で出した声に驚く。自分で触れた時とはまるで違う痺れる快感。俺は何が起きたか理解できず固まった。
 星波はそんな俺の様子を嬉しそうに見つめながら指先に力を入れていく。布一枚隔てた先で起きる刺激は生殺しだ。
 出したくもない上擦った喘ぎ声が口から漏れ出る。

「ふ、あっ、ぁあ……っ」
「可愛い……空矢さん、もっと聞かせてください」
「……っ」
『ちゅ……』

 首筋を這う濡れた感触、チクッとした痛みが何度も繰り返される。鎖骨付近に辿り着くと星波は服を捲り上げてきた。
 外気に晒され、濡れた乳首が冷たくなって余計ツンと尖る感じがする。

「……んっ」

 舌先で突かれ甘噛みされ、反対の方には親指と人差し指の間で転がされるように愛撫された。強弱をつけた刺激に身体がビクビクと震え上がる。こんなにも自分が開発されていたなんて知らなかった。
 相手が星波だからか、余計に気持ち良く感じる。
 舌ピアスによる刺激の緩急に追い詰められていく。

「や、め、そこ、ばっか……!」
「どうしてですか? ここ、好きですよね?」
『ぐりっ』
「んあ"っ!?」

 乳首を爪で引っ掻かれた途端にビリっと鋭い快感に襲われて視界がチカチカと明滅した。
 下半身に違和感を覚えて恐る恐る見てみると、ズボンを押し上げているモノが下着に擦れる度にグチャっと粘着質な水音を発していた。
 俺は羞恥で手で顔を覆った。

「……出っちゃいましたね」
「ううううるさい!!」

 乳首でイくなんて、そんな……恥ずかしすぎる。
 なのに、心とは裏腹に身体は正直に快楽を求め続ける。理性では制御出来ないほど欲情しきっていた。

「や……ヤるなら、お前も脱げ」
「へ?」
「……脱がないとできないだろ」

 俺は目を伏せながら星波に告げると、数秒間の間が空いてから星波がポンっとアホっぽく手を打った。
 コイツ……睡姦の名残り出しやがって。

「すみません。失念してました」

 星波は躊躇無く上の服を脱いだ。

「っ……」

 程よく筋肉のついた若い肉体に絡みつくタトゥーが目に焼き付く。

「……すごいな……」
「あ、コレですか? 昔の痣や傷が残ってしまったんで、アオさんが傷跡を覆うタトゥーの事を教えてくれて専門の人にやってもらったんです」
「…………」
「あの……怖い、ですか?」

 俺の反応に不安を感じたのか、星波は心配そうに俺の顔色を伺ってきた。
 俺は星波のタトゥーに手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。

「いいや。お前が前を向いて歩いてる証に、そんな事思うわけないだろ」
「空矢さん……」
「頑張ったな。痛かったよな。辛かったよな。偉いぞ」
「はい……」

 抱き寄せて背中を撫でると、切り傷のような出っ張りもあり少しだけザラついた。
 話で聞いた以上に痛みを伴う壮絶な人生だったはずなのに、真っ直ぐ生き抜いてきたんだな。
 ああ、優しくしてやりたい。目一杯甘やかしてやりたい。

「星波……」
「?」
「抱いて欲しい。今夜は眠りたくない」
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