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5・自覚症状
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淫夢から三日経ち、やっと割り切れるようになったので、仕事終わりに約束通り星波の仕事場へ向かう事にした。
電車を一駅早めに降りて、スマホの音声案内に従って目的地を目指す。
《そのまま右方向。目的地は左側です》
「……おお……ファッション街って感じだ」
あまり縁の無かった若者や一部の層を狙ったアパレル店やアクセサリーやバッグ、靴などの専門店が軒を並べている。
平日の夜でも賑わいを感じられる程、活気のある場所だ。
《目的地到着。音声案内を終了します》
「ここだな」
アンティーク調の建物の前に立つ。
入り口付近にはガラス張りのショーケースがあり、そこには商品が並べられていた。
「(……ゴシックってヤツかな?)」
星波が付けている黒を基調としたピアス同様、黒いモノが多い。あと刺々しいのも目立つ。
「(仕事終わりのスーツで来て良い場所なのか??)」
場違い感が否めないが、入店しない訳にもいかない。意を決してドアノブを引いた。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、オレンジ色の照明で照らされた薄暗い空間が広がっていた。
壁や机の上には細々としたアクセサリー達が所狭しと並んでいる。
そして、店員の格好が……見慣れない服装だった。
燕尾の上着、コルセット、そして控えめなジャボ。向こうが透ける黒い刺繍レースがスカートのように垂れ下がり、黒いパンツとブーツを覆っている。
王子と言うには暗過ぎる。海賊と言うには気品がある。
「(……貴婦人の喪服? 闇属性アリス?)」
「お兄さんみたいな人、珍しいですね。何かお探しですか?」
ジロジロ見過ぎたからか、声をかけられてしまった。あ、近くで見たら化粧してる。耳もピアスだらけ。あと、多分男性だと思う。
「あ、あの……友人に、プレゼントを贈りたくて」
「あ~~なるほど!」
縁の無さそうなスーツ姿のおっさんが入店した理由に納得した様子で丁寧に接客してくれた。
咄嗟にプレゼントと言ってしまったが、悪い事じゃないだろう。事実にすれば。
「ピアスの……えっと、ココら辺につけるヤツって」
「ヘリックスのピアスですね。ご案内します」
店員さんに案内されたはいいけど、数が多いし、細々し過ぎてて目がしょぼしょぼする。
「贈り先の方はどんな方なのでしょう? イメージを教えて頂ければ、オススメをお出しできます」
「ええと……爽やかな好青年……ですかね。見た目チャラいけど、純粋で良い人です」
「ふむ、ではこちらはどうでしょう?」
差し出されたピアスはシルバーのチェーンと丸いリングのピアスが二個ずつ。シンプルだが、それ故に上品さが滲み出ている。
「うーん、あ、確か何かがモチーフになってるのが好きって言ってました」
「なら、こちらの蓮の花がモチーフになったピアスはいかがですか? シルバー、レインボー、ブラックとありますが」
「……レインボーなんて、あるんですね」
チェーンで吊るされた蓮の花は角度を変える度に七色が表情を変えながら煌めく。それは、まるで夜空に浮かぶオーロラのような輝きだ。
「コレにします」
「ありがとうございます。レジはあちらです」
「!」
レジへ目をやると、パッと見では分からなかったが、星波がレジで接客をしていた。
対応してくれた店員さんと同じく、コルセットと燕尾の上着。レースのスカートは無く、代わりに小さなシルクハットが頭にちょんっと乗っていた。
化粧でよりイケメン……と言うか、美麗だなぁ。
「あれ? お客様?」
「ぁ、ああ、すみません。つい、気になってしまって。あの人の頭のシルクハットってなんであんな斜めになってるのに落ちないんですか?」
純粋な疑問を問うと、店員さんはポカンと口を開けた。それから耐えきれなかったのか笑いに震えた声で説明してくれた。
「ア、アレは、帽子のアクセサリーです。ヘアピンで止めてるので、落ちません、よ」
「へぇーー……じゃあプリンモチーフもあるんですか?」
「ブフォ!」
俺の発言に吹き出す店員さん。
その笑い声に気付いた星波とバチっと目があった。
星波の顔が驚きに染まっていく。けれどすぐに営業スマイルを貼り付けて、「いらっしゃいませ」と挨拶してきた。
大人な対応だ。
俺はレジに並んで、星波が他の客のレジ打ちを眺める。女性客が多いから、視界が結構開いているから見やすい。
「なぁ、やっぱレジの人ヤバない?」
「ヤバいヤバい。マジ二次元や」
前に居る女性二人組の会話が耳に入ってきてしまった。
学生さんか通学鞄に鋏モチーフのアクセサリーが付いてる。
「あんな顔面の男見ると女として凹むわぁ」
「あのメイク似合うって相当やもんな」
「(意外と人気なんだ)」
星波が人気なのは友人として、嬉しい事だ。
星波の接客態度はとても丁寧で、相手のペースに合わせて話をしてる。
俺の番になっても、顔色を変えずに対応する。よく見たらグローブもしていた。
化粧で目力半端ない。
「どうぞ。お伺いします」
「……ラッピングお願いします」
「承りました。おリボンシールはどちらかになさいますか?」
「青色で」
「はい。青色ですね」
テキパキと作業を進める。手際が良い。
そして、なにやらメッセージカードと共に商品を手渡された。
「どうも」
「またのお越しをお待ちしております」
「ありがとうございます」
お互いに一礼をして、俺は足早に店を出た。
緊張した。なんか、こう……恥ずかしかった。
「(……メッセージカード……あ)」
勝手に渡されたメッセージカードを見てみると……
『あと一時間で終わるので、待っててください。ご飯行きましょう。』
と書かれていた。
一時間……別の店で時間潰すか。
「(そう言えば、今日は外食の予定が無かったから炊飯器セットして来たんだった。帰ったらタッパー入れて冷凍庫に入れないと)」
そんな風な事を考えながら、近くの本屋で時間を潰した。
一時間と言うのは思った以上にあっという間で、すぐに店のシャッターやクローズがいろんなところから聞こえてきた。
外に出ればほぼお客さんは通りに居なくなっていた。
「……そろそろかな」
星波の仕事場まで戻ると、店の前で化粧を落とした星波と……誰だ?
「(対応してくれた店員さんより背が低いし髪も長い)」
タイトな服装から見える骨格からして女性だろう。
星波は、朗らかな笑顔を彼女に向けて何やら身振り手振りを交えて話している。
「……友達?」
いや、でも、ちょっと違う気がする。
気を許してる感じだし、それに……
「!」
彼女に何か言われて星波の頬っぺたが、赤く染まっている。
照れてた星波の頭を撫でる女性の手付きが優しく愛おしさに満ちていた。
「……っ」
ああ……まぁ、そうか。そうだよな。うん。
彼女が居てもおかしくはないんだ。
だって、星波は格好良い。見た目だけじゃない。中身も悪くない。
幸せそうな星波が見れて、喜ばしい事なのに……なんか胸の奥底がヒヤッとした。
肝が冷えたっていうか……危機感。
「(なんで……?)」
あんなに良い笑顔を彼女に向けてるのに……仲睦まじそうに寄り添ってるのに……あの子が、幸せであるなら俺が暖かく祝福してやらなきゃいけないのに……俺は大人なのに……!
「(……寒い)」
震えてしまいそうな程に……寒い。
「あ、空矢さぁーーん!」
「!?」
こちらに気付いた星波が手を振って俺を呼ぶ。
駆け寄ってきた星波の後ろで彼女の恋人であろう女性が会釈してくれたので、俺もつられて頭を下げ返した。
「お待たせしました。すみません、急なお誘いで……あっ、こちら俺の」
「ごめん。星波、俺ちょっと用事思い出したから帰る。じゃあ!」
「え? ちょ、空矢さん?!」
引き留めようとする星波を振り切って早足でその場を去った。
ああ……なんて、余裕のない……ダメな大人だ……!
※※※
星波の誘いに無愛想な態度で強引に立ち去ってから……星波が家に来なくなった。
彼女の前で、あからさまに避けるような常套句を吐いてしまった。
その後、謝罪メールを送ったが『気にしてない』と言う短い返事を最後に音沙汰が無い。
女々しく暗い画面を見つめれば、顰めっ面のおっさんが映っている。
「……はぁ」
仕事中も溜め息ばかり。集中が続かず、残業が増えてきた。
そんな中で迎えた金曜日の夜。
コンビニに寄る気になれず、真っ直ぐ家に帰った。
星波と合わない金曜日は久しぶりだ。
「(……寂しいとか……子どもかよ。お気に入りの友達が彼女に取られたみたいな……いや、そもそも俺のじゃない)」
自嘲気味に笑って、玄関を開ける。
「ただいま」
誰もいない部屋に俺の声だけが異様に響いた。
疲れた。寒い。腹が減った。虚しい。
「(早く寝よう)」
軽く晩飯を食べて、風呂に入って、歯磨きをして、ベッドに潜り込む。
いつも通りだ。何も変わらない。
ただ、そこに星波がいないだけだ。
「……」
目を閉じて、眠りに落ちようとした時……スマホが振動した。
『ヴーヴー』
「……」
相手は星波だった。
出るかどうか迷ったが、長考中にも着信音が鳴り止まない。結局通話ボタンを押して、電話に出た。
「もしもし」
『……こんばんは。夜遅くに申し訳ありません。今、大丈夫ですか?』
「うん」
久々に聞いた気がする星波の声に嬉しさを感じている自分がいる。
星波は小さく咳払いをしてから、話を続けた。
『お店、いつでも来てくださいね。前は了承も得ず、勝手に食事を──』
「いや、俺の方こそ悪かった。感じ悪かったよな。相手の方にも印象悪かったろ?」
『ま、まぁ……けど、気にしないでください』
気にしないわけないだろ……そう言ってしまいたかったのに、ここに来て星波に嫌われたくなくて口籠った。
そして沈黙が数秒流れた後、星波が先に言葉を発した。
『あの……空矢さん。一つ聞きたい事があるのですが……』
「なに?」
『……空矢さんは、俺の事どう思ってますか?』
「……は? ……んだよそれ」
質問の意図が分からない。
俺の気持ち? そんなの……決まってる。
「大切な友人だと思って……」
そうだ。俺は星波を友達として見てる。
それ以上でも以下でもない。
そうでしかない。そうでなければならない。
『空矢さん?』
俺は大人だ。建前をしっかり使え。
「……大切な、友人だ」
『そうですか。俺も、大好きですよ』
サラリと、当たり前のように言う。
その声が、胸に突き刺さって息が止まり、鋭い痛みが走った。
「……っ」
胸を握り潰すように服を掴む。
この痛みはなんだ!? なんで、こんなに痛いんだ!?
『では、おやすみなさ『ブツ』』
「…………」
胸の痛みに耐えられず、通話を一方的に切ってしまった。
通話履歴画面になったスマホを足元に投げ捨てた。
ボフンと布団の上でワンバウンドして転がる。
「……くそ」
なんで、こんなに胸が苦しくなるんだ。
なんで、こんなに胸が締め付けられるんだ……。
なんで……なんで……!
なんで、あの子の事を考えるだけで、こんなに胸が張り裂けそうになるんだ……!
「……俺だって……好き、だよ」
無茶苦茶になっている胸の内を抱えるように身体を丸め、そのまま布団を被って目を閉じる。
明日は土曜日だ。休みだ。今日はもう寝よう。そうしよう。そうしないと、どうにかなりそうだった。
深呼吸を繰り返しながら、いつもの睡魔を誘き寄せるが……その夜は全く眠れなかった。
結局、寝不足の俺は土曜日の昼過ぎまで寝続けた。
その間、星波からの連絡は無かった。
電車を一駅早めに降りて、スマホの音声案内に従って目的地を目指す。
《そのまま右方向。目的地は左側です》
「……おお……ファッション街って感じだ」
あまり縁の無かった若者や一部の層を狙ったアパレル店やアクセサリーやバッグ、靴などの専門店が軒を並べている。
平日の夜でも賑わいを感じられる程、活気のある場所だ。
《目的地到着。音声案内を終了します》
「ここだな」
アンティーク調の建物の前に立つ。
入り口付近にはガラス張りのショーケースがあり、そこには商品が並べられていた。
「(……ゴシックってヤツかな?)」
星波が付けている黒を基調としたピアス同様、黒いモノが多い。あと刺々しいのも目立つ。
「(仕事終わりのスーツで来て良い場所なのか??)」
場違い感が否めないが、入店しない訳にもいかない。意を決してドアノブを引いた。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、オレンジ色の照明で照らされた薄暗い空間が広がっていた。
壁や机の上には細々としたアクセサリー達が所狭しと並んでいる。
そして、店員の格好が……見慣れない服装だった。
燕尾の上着、コルセット、そして控えめなジャボ。向こうが透ける黒い刺繍レースがスカートのように垂れ下がり、黒いパンツとブーツを覆っている。
王子と言うには暗過ぎる。海賊と言うには気品がある。
「(……貴婦人の喪服? 闇属性アリス?)」
「お兄さんみたいな人、珍しいですね。何かお探しですか?」
ジロジロ見過ぎたからか、声をかけられてしまった。あ、近くで見たら化粧してる。耳もピアスだらけ。あと、多分男性だと思う。
「あ、あの……友人に、プレゼントを贈りたくて」
「あ~~なるほど!」
縁の無さそうなスーツ姿のおっさんが入店した理由に納得した様子で丁寧に接客してくれた。
咄嗟にプレゼントと言ってしまったが、悪い事じゃないだろう。事実にすれば。
「ピアスの……えっと、ココら辺につけるヤツって」
「ヘリックスのピアスですね。ご案内します」
店員さんに案内されたはいいけど、数が多いし、細々し過ぎてて目がしょぼしょぼする。
「贈り先の方はどんな方なのでしょう? イメージを教えて頂ければ、オススメをお出しできます」
「ええと……爽やかな好青年……ですかね。見た目チャラいけど、純粋で良い人です」
「ふむ、ではこちらはどうでしょう?」
差し出されたピアスはシルバーのチェーンと丸いリングのピアスが二個ずつ。シンプルだが、それ故に上品さが滲み出ている。
「うーん、あ、確か何かがモチーフになってるのが好きって言ってました」
「なら、こちらの蓮の花がモチーフになったピアスはいかがですか? シルバー、レインボー、ブラックとありますが」
「……レインボーなんて、あるんですね」
チェーンで吊るされた蓮の花は角度を変える度に七色が表情を変えながら煌めく。それは、まるで夜空に浮かぶオーロラのような輝きだ。
「コレにします」
「ありがとうございます。レジはあちらです」
「!」
レジへ目をやると、パッと見では分からなかったが、星波がレジで接客をしていた。
対応してくれた店員さんと同じく、コルセットと燕尾の上着。レースのスカートは無く、代わりに小さなシルクハットが頭にちょんっと乗っていた。
化粧でよりイケメン……と言うか、美麗だなぁ。
「あれ? お客様?」
「ぁ、ああ、すみません。つい、気になってしまって。あの人の頭のシルクハットってなんであんな斜めになってるのに落ちないんですか?」
純粋な疑問を問うと、店員さんはポカンと口を開けた。それから耐えきれなかったのか笑いに震えた声で説明してくれた。
「ア、アレは、帽子のアクセサリーです。ヘアピンで止めてるので、落ちません、よ」
「へぇーー……じゃあプリンモチーフもあるんですか?」
「ブフォ!」
俺の発言に吹き出す店員さん。
その笑い声に気付いた星波とバチっと目があった。
星波の顔が驚きに染まっていく。けれどすぐに営業スマイルを貼り付けて、「いらっしゃいませ」と挨拶してきた。
大人な対応だ。
俺はレジに並んで、星波が他の客のレジ打ちを眺める。女性客が多いから、視界が結構開いているから見やすい。
「なぁ、やっぱレジの人ヤバない?」
「ヤバいヤバい。マジ二次元や」
前に居る女性二人組の会話が耳に入ってきてしまった。
学生さんか通学鞄に鋏モチーフのアクセサリーが付いてる。
「あんな顔面の男見ると女として凹むわぁ」
「あのメイク似合うって相当やもんな」
「(意外と人気なんだ)」
星波が人気なのは友人として、嬉しい事だ。
星波の接客態度はとても丁寧で、相手のペースに合わせて話をしてる。
俺の番になっても、顔色を変えずに対応する。よく見たらグローブもしていた。
化粧で目力半端ない。
「どうぞ。お伺いします」
「……ラッピングお願いします」
「承りました。おリボンシールはどちらかになさいますか?」
「青色で」
「はい。青色ですね」
テキパキと作業を進める。手際が良い。
そして、なにやらメッセージカードと共に商品を手渡された。
「どうも」
「またのお越しをお待ちしております」
「ありがとうございます」
お互いに一礼をして、俺は足早に店を出た。
緊張した。なんか、こう……恥ずかしかった。
「(……メッセージカード……あ)」
勝手に渡されたメッセージカードを見てみると……
『あと一時間で終わるので、待っててください。ご飯行きましょう。』
と書かれていた。
一時間……別の店で時間潰すか。
「(そう言えば、今日は外食の予定が無かったから炊飯器セットして来たんだった。帰ったらタッパー入れて冷凍庫に入れないと)」
そんな風な事を考えながら、近くの本屋で時間を潰した。
一時間と言うのは思った以上にあっという間で、すぐに店のシャッターやクローズがいろんなところから聞こえてきた。
外に出ればほぼお客さんは通りに居なくなっていた。
「……そろそろかな」
星波の仕事場まで戻ると、店の前で化粧を落とした星波と……誰だ?
「(対応してくれた店員さんより背が低いし髪も長い)」
タイトな服装から見える骨格からして女性だろう。
星波は、朗らかな笑顔を彼女に向けて何やら身振り手振りを交えて話している。
「……友達?」
いや、でも、ちょっと違う気がする。
気を許してる感じだし、それに……
「!」
彼女に何か言われて星波の頬っぺたが、赤く染まっている。
照れてた星波の頭を撫でる女性の手付きが優しく愛おしさに満ちていた。
「……っ」
ああ……まぁ、そうか。そうだよな。うん。
彼女が居てもおかしくはないんだ。
だって、星波は格好良い。見た目だけじゃない。中身も悪くない。
幸せそうな星波が見れて、喜ばしい事なのに……なんか胸の奥底がヒヤッとした。
肝が冷えたっていうか……危機感。
「(なんで……?)」
あんなに良い笑顔を彼女に向けてるのに……仲睦まじそうに寄り添ってるのに……あの子が、幸せであるなら俺が暖かく祝福してやらなきゃいけないのに……俺は大人なのに……!
「(……寒い)」
震えてしまいそうな程に……寒い。
「あ、空矢さぁーーん!」
「!?」
こちらに気付いた星波が手を振って俺を呼ぶ。
駆け寄ってきた星波の後ろで彼女の恋人であろう女性が会釈してくれたので、俺もつられて頭を下げ返した。
「お待たせしました。すみません、急なお誘いで……あっ、こちら俺の」
「ごめん。星波、俺ちょっと用事思い出したから帰る。じゃあ!」
「え? ちょ、空矢さん?!」
引き留めようとする星波を振り切って早足でその場を去った。
ああ……なんて、余裕のない……ダメな大人だ……!
※※※
星波の誘いに無愛想な態度で強引に立ち去ってから……星波が家に来なくなった。
彼女の前で、あからさまに避けるような常套句を吐いてしまった。
その後、謝罪メールを送ったが『気にしてない』と言う短い返事を最後に音沙汰が無い。
女々しく暗い画面を見つめれば、顰めっ面のおっさんが映っている。
「……はぁ」
仕事中も溜め息ばかり。集中が続かず、残業が増えてきた。
そんな中で迎えた金曜日の夜。
コンビニに寄る気になれず、真っ直ぐ家に帰った。
星波と合わない金曜日は久しぶりだ。
「(……寂しいとか……子どもかよ。お気に入りの友達が彼女に取られたみたいな……いや、そもそも俺のじゃない)」
自嘲気味に笑って、玄関を開ける。
「ただいま」
誰もいない部屋に俺の声だけが異様に響いた。
疲れた。寒い。腹が減った。虚しい。
「(早く寝よう)」
軽く晩飯を食べて、風呂に入って、歯磨きをして、ベッドに潜り込む。
いつも通りだ。何も変わらない。
ただ、そこに星波がいないだけだ。
「……」
目を閉じて、眠りに落ちようとした時……スマホが振動した。
『ヴーヴー』
「……」
相手は星波だった。
出るかどうか迷ったが、長考中にも着信音が鳴り止まない。結局通話ボタンを押して、電話に出た。
「もしもし」
『……こんばんは。夜遅くに申し訳ありません。今、大丈夫ですか?』
「うん」
久々に聞いた気がする星波の声に嬉しさを感じている自分がいる。
星波は小さく咳払いをしてから、話を続けた。
『お店、いつでも来てくださいね。前は了承も得ず、勝手に食事を──』
「いや、俺の方こそ悪かった。感じ悪かったよな。相手の方にも印象悪かったろ?」
『ま、まぁ……けど、気にしないでください』
気にしないわけないだろ……そう言ってしまいたかったのに、ここに来て星波に嫌われたくなくて口籠った。
そして沈黙が数秒流れた後、星波が先に言葉を発した。
『あの……空矢さん。一つ聞きたい事があるのですが……』
「なに?」
『……空矢さんは、俺の事どう思ってますか?』
「……は? ……んだよそれ」
質問の意図が分からない。
俺の気持ち? そんなの……決まってる。
「大切な友人だと思って……」
そうだ。俺は星波を友達として見てる。
それ以上でも以下でもない。
そうでしかない。そうでなければならない。
『空矢さん?』
俺は大人だ。建前をしっかり使え。
「……大切な、友人だ」
『そうですか。俺も、大好きですよ』
サラリと、当たり前のように言う。
その声が、胸に突き刺さって息が止まり、鋭い痛みが走った。
「……っ」
胸を握り潰すように服を掴む。
この痛みはなんだ!? なんで、こんなに痛いんだ!?
『では、おやすみなさ『ブツ』』
「…………」
胸の痛みに耐えられず、通話を一方的に切ってしまった。
通話履歴画面になったスマホを足元に投げ捨てた。
ボフンと布団の上でワンバウンドして転がる。
「……くそ」
なんで、こんなに胸が苦しくなるんだ。
なんで、こんなに胸が締め付けられるんだ……。
なんで……なんで……!
なんで、あの子の事を考えるだけで、こんなに胸が張り裂けそうになるんだ……!
「……俺だって……好き、だよ」
無茶苦茶になっている胸の内を抱えるように身体を丸め、そのまま布団を被って目を閉じる。
明日は土曜日だ。休みだ。今日はもう寝よう。そうしよう。そうしないと、どうにかなりそうだった。
深呼吸を繰り返しながら、いつもの睡魔を誘き寄せるが……その夜は全く眠れなかった。
結局、寝不足の俺は土曜日の昼過ぎまで寝続けた。
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