13 / 48
12・魔王黒竜
しおりを挟む
「(……思った以上に事は深刻だった……ああ、聞いただけの情報と実際の状況じゃ全く緊張感が違う。俺の認識が甘かった)」
浅はかだった。勇者が負けてしまう程の魔王を生み出したのだ。代償は大きい。
俺は踵を返し、お座りしている森狼を置いて、村を出た。
目的地へ向けて直走る。
魔王の痕跡が無いか暗い森の中、目を凝らして駆け抜けて行く。
「……あっ」
ある地点から、空気が変わった。
霧を吸い込んでいるような気分になる。身体全体に纏わりつく、ねっとりとした感覚。魔力だまりを肌で感じる。
そこからは、慎重に足を踏み入れていく。
「(うぐっ……血生臭い)」
死臭が風に流され漂ってくる。鼻が曲がるような刺激に涙が出そうになるが、堪えて奥へと進む。
すると、開けた場所に出る。
月明かりに照らされた地面は赤黒く染まっており、草木にはべったりと真新しい血液が付着していた。
俺は、地面に飛び散っている魔物の肉に追跡を発動させる。
「(お、おお……すごい動き回ってる。咥え込まれてブンブンと振り回されたのか)」
肉片が辿った位置からして、魔王の大きさは、5メートルから7メートルはある。神社の鳥居ぐらいデカい。
「(これだけデカければ、すぐに見つかりそうだが……)」
近くには居ないようだ。だが、足跡を探し出せた。
鋭い爪が地面に食い込んだ跡から追跡を行う。
「(……奥へあそこに向かってるのか?)」
魔王の歩いた跡は一直線で、魔力だまりの中心部。
木々で身を隠しながら、糸を辿る。
「ん?」
ガクンと糸の方向が変わり、真上に続いている。
これの意味は、至ってシンプル。
「飛べるのか」
竜だもんな。そりゃ、飛翔出来るよな。
けど、困ったな……コレでは追跡が出来ない。
「…………ゴドーさんに捨て身はやめろって言われてたけど、仕方ない」
気配遮断を解除して、魅了の存在感を垂れ流す。
魔王だって、生きている存在を感知すれば異変に気付いて警戒態勢を取るはずだ。
応戦する構えを取り、周囲に意識を行き渡らせる。
そして、唐突にブワッと突風に吹かれたように髪の毛が乱れ、全身が粟立つ。
強烈な違和感に振り返った瞬間、木々の間を縫うように低空飛行で細身の黒い巨体が俺目掛けて突っ込んできた。
「グモオオオオオオオオオ」
「うおお、おおお!?」
『ダンッ!』
俺を丸呑み出来る程に大口を開けた竜の突進を跳躍で回避し、頭上を取った勢いでバトルアックスを首へ振り下ろした。
『ガキィィン!』
「(かってぇ!)」
鱗に阻まれ、アックスの刃が弾かれてしまった。
反動でバランスを崩した俺に容赦無く竜の尻尾が通り過ぎる間際に叩きつけられる。
『ドッ!』
「うわ!」
偶然の接触だったが、それだけでも地面にバウンドしてしまう程には衝撃が強かった。
受け身を取りつつ無様に転がり、なんとか立ち上がり、バトルアックスを構える。
『ズザザァ……』
翼を広げて着陸し、首を低く落とした状態で俺を威嚇してくる黒竜。
依頼書のイラストと相違無い、鋭利な刺殺武器のようなフォルムに黒い鎧と化している鱗で身を包んだ姿は圧巻の一言に尽きる。
突き刺すような殺気が駄々漏れで、先程の攻撃で俺を敵として認識したようだ。
「(鑑定!)」
相手の力量を測る為に即座に鑑定を行う。
「……は?」
種:黒竜
Lv:82
HP :19221/28555
MP :18045/20025
ATK:10525
EDF:10025
スキル:火炎放射Lv3、熱耐性(高)、飛行術LvMax、魔力耐性(極)
想定していたレベル70の魔物のステータスを遥かに上回る数値。
しかも、レベルが82って依頼書と全く……あ! レベル70相当って、鑑定したわけじゃなくて、個人の体感レベルって事か!!
「(くぅ! 俺の迂闊!)」
俺の後悔など知る由もなく、黒竜は前傾姿勢から助走もなく一気に飛び出してきた。
『ギィン!』
「ぐぉ……」
なんとか前足での薙ぎ払いを受け流し、すぐに次の攻撃を警戒して距離をとるが俺の動きはお見通しと言わんばかりに、近距離で巨体を活かした重く鋭い連撃が飛んでくる。
一撃でも当たれば致命傷になる。
俺はアックスを全力で振るい攻撃をなんとかいなし続け直撃を避けつつ、後退しながら反撃の機会を探る。
このままだと、体力的に負けるのは目に見えている。
勝機を探る為に思考のキャパを割きたいのに、少しでも意識を逸らせば即、死に繋がる状況だ。
『ガキィン! ドシュッ! バキッ!!』
「ぬお……う……っ」
恐竜を相手にしている気分だ!
一心不乱の攻防に砂塵が舞い、いなした黒竜の攻撃の余韻が太い木々をなぎ倒していく。
「グルルゥ……グォオ!!」
「っ!」
黒竜の口内に光が収束され、ヤバイ予感しかしない。俺は咄嵯に横っ飛びして射程範囲を出る。
『ブオオオオオオオオオオ!!』
直後、口から放たれたのは炎のブレスだった。
「あっぶねぇ……あっつ!」
一瞬で木々が炭となり崩れ、地面が焼け焦げた。
空気さえ焼き切る勢いで、燃え移る隙も与えず木を燃焼しきる熱量に、冷や汗が流れる。
あんなものを喰らえばひとたまりもない。
熱された空気が喉を焼く感覚を気にしていられない。
『ゴオッ!』
「……っ!」
すぐに第二波が来た。
首を横に振るって円状に発射される高温の火炎を必死に避け続ける。
「ぐぁ……はぁ、はぁ」
回避に専念しすぎて、自身の状態に気付けなかった。
「(地面が熱い……)」
熱された地面に素肌が触れる度にジュクリと皮膚が爛れていくのを感じる。
頬や指先がピリつく痛みが走る。
「(この野郎……余熱で削ってきやがる。まさか、これを狙っていたのか? なんて賢いヤツだ)」
『ブォン!』
「うげぇ」
火炎を吐き終えた黒竜はすぐさま長い尾を振り回してきた。
辛うじて反応出来た俺はアックスを盾に直撃は免れたが、衝撃はアックス越しにモロに伝わり身体が吹っ飛ぶ。
何度も木に激突しながらも体勢を整えて立ち上がるが、全身を襲う激痛に思わず膝をついてしまう。
関節からミシミシと嫌な音が響く。
「(体力残り3256……一発で半分以上持ってかれた。踏ん張らずに吹っ飛ばされた方がマシだったな)」
防いだのに、たった一度の接触でここまでのダメージを負ってしまった。
次喰らったら、確実に死ぬ。
『ヒュン』
「え?」
目の前に黒い影が覆ったかと思うと視界がブレて、世界が逆さまになっていた。
『バザァ……』
「は!? 飛ん……!」
ズキっと脚に痛みが走る。
黒竜の後ろ足に脚を掴まれて飛翔されたのだと気付いた頃には、既に黒竜は遥か上空へと昇っていた。
「う、うわ!」
先程まで居た森は小さくなり、雲に到達する寸前の地点で黒竜は、俺を空中で投げ捨てた。
重力に引っ張られて急降下する。
「(コイツ! 落下死を知ってやがる!)」
どう考えても動きが初犯じゃねえ!
「おらぁ! ウインド!」
地面にぶつかる寸前に、風魔法を放ち逆風で起きる空気抵抗の風圧を利用して空中で姿勢を立て直して俺はバトルアックスを地面に突き刺し、減速を試みる。
『ドスッ!』
突き立てたアックスを軸に身体を回転させ、衝撃を最大限殺して地面に降り立つが、上手く立てずに尻持ちを付いてしまった。
掴まれていた脚が変な方向に二回折れ曲がっている。
ポージョンの効かない身体では、この骨折が治る気がしない。
だが、まだ生きているだけ幸運だろう。
下手したら、落下で終わっていた可能性だってあるんだからな。
黒竜は翼を広げて悠々と滞空しており、今にも火炎を放って来そうだ。
身を隠そうと移動しようとした時、爪先に何かが当たった。
『コツン』
「?」
薄ら明るくなってきた夜闇の中、その正体が何であるか理解出来てしまった。
「……村の……」
記憶にある姿より足りないところが多いが、俺が運んだ魔石を受け取った門番の兵士が地面に転がって絶命していた。
朝日の光が差し込んで辺りの様子が鮮明になっていくと、転がっているのは彼だけでは無かった。
「…………ぁ……ぁあ」
丸焦げで炭になった人型に、ひしゃげた人だったモノ、食い漁られた魔物の残骸、他にも原型を留めていない人間達が無残に転がっている。
何人か落下死であろう事が窺える惨状だった。
俺は突き立てたバトルアックスを抜き、ヨロめきながら杖にして立ち上がり、心が恐怖で折れぬように歯を食いしばる。
そんな俺を嘲笑うかのようにバサリと黒竜が眼前に舞い降りる。
「(……残り、876)」
ゴミ捨て場の虫を見るような目つきで見下してくる黒竜。
俺はアックスを構え、震える残った脚を叱咤して立ち向かう。
黒竜の雑な鉤爪の攻撃が迫る、冷静さを欠くことなくギリギリまで引きつけて紙一重で避ける。
そして、片脚で黒竜のサイドへ立ち回り超至近距離でバトルアックスを横薙ぎに振りぬく。
『ドシュン!!』
「グオオオン!?」
初撃を入れた際に一瞬見えた首の傷。
勇者に付けられた傷がまだ癒えていない。体力が減っていたのも半年経っても回復しきれない程のダメージを黒竜が負わされていたからだ。
癒えていない傷を抉るようにバトルアックスの刃を叩きつければ、肉を裂く手応えが伝わってくる。
まだ、勝機があるかもしれない。
そう思った矢先、黒竜が痛みに尻尾を振り回した。
咄嵯にバックステップ回避するが、脚のダメージが祟りガクンと体勢が崩れて顔を掠ってしまった。
『ビシッ!』
「ぐぅ!!」
額から片目にかけ激痛が走り、視界が赤く染まり、頭がガンガンと割れそうなほど痛みだす。
脚に力が入らず、膝をついて倒れ込みそうになるのをバトルアックスに縋って立っている。
「(残り……4……)」
折れた脚が激痛を訴え始め、意識が朦朧としてきた。
しかし、黒竜は待ってくれない。
再び黒竜が俺に向かって飛び掛かってくる。
俺は激痛に耐えながら、最後の力を振り絞って、追撃を交わして勇者の負わせた傷口へ再度バトルアックスを叩き込むも……
『ドシュ! バキン!』
「ぁ……」
バトルアックスの持ち手が折れてしまった。斧頭は黒竜の傷に突き刺さったまま俺の元を離れた。
防御した時にヒビが入ったのかもしれない。
支えを失った俺は前のめりに倒れる。
地面が迫り、スローモーションで流れる景色の中、俺は自分の身体に起こっている異変に気付く。
それは、身体の末端から凍っていく感覚だった。
俺の全身が冷えていく。
「(……あっ……コレが、死ぬ感覚なのか……)」
あっけらかんとした死への感想を抱く。
黒竜は俺にトドメを差そうと大きく息を吸う口から炎が漏れている。
ああ、火炎を吐かれる……悔しい……俺の負けだ。
黒竜の吐き出す熱気を感じ取り、死を覚悟して目を瞑った。
『ジュンイチローーーーーー!!!!』
「ッ!?」
身体に何かが巻き付いて物凄い勢いで一気に引っ張り上げられる。
「……も、も?」
『間一髪だ馬鹿者が!』
「ヘッヘッヘッ」
「おーかみ……?」
『コイツが居なきゃ間に合わなかったぞ』
森狼の背に乗ったモモが丘から触手を伸ばして、俺の身体を引き上げてくれたようだ。
森狼が俺の鼻先をペロリと舐めて心配してくれていた。
俺は二体に助けられたらしい。
「……なん、で」
『なんで? コッチの言葉だ。何一人で先走ってんだ!』
「もも……が、大事だから……」
『あ?』
「ももは……大事なんだよぉ! 大事にしたいんだよぉ!」
俺の子どものようなワガママの駄々に対してモモは怒号の念話を俺に叩きつけた。
『私だってジュンイチローが大事なんだぞ!! 何私の大事な存在を粗末に扱ってんだ!! 私を置いて死んだらぶっ殺すぞ!!』
その言葉はまるで雷のように過激でありながら、不思議と優しさを感じた。
「バウ!」
森狼の一鳴きに黒竜へ再び意識が戻る。
『ヒュバッ』
「しま──!」
黒竜が飛翔し、丘の上へ一瞬で移動していた。
俺の救出に意識を割いた隙を突かれた。
触手に支えられた俺に大口と牙がが迫る。
『話の途中だろうが!!』
『ドゴォ!』
「グモッ!?」
「え?」
黒竜がモモの触手にぶん殴られて、凄い飛距離でぶっ飛んでいった。
浅はかだった。勇者が負けてしまう程の魔王を生み出したのだ。代償は大きい。
俺は踵を返し、お座りしている森狼を置いて、村を出た。
目的地へ向けて直走る。
魔王の痕跡が無いか暗い森の中、目を凝らして駆け抜けて行く。
「……あっ」
ある地点から、空気が変わった。
霧を吸い込んでいるような気分になる。身体全体に纏わりつく、ねっとりとした感覚。魔力だまりを肌で感じる。
そこからは、慎重に足を踏み入れていく。
「(うぐっ……血生臭い)」
死臭が風に流され漂ってくる。鼻が曲がるような刺激に涙が出そうになるが、堪えて奥へと進む。
すると、開けた場所に出る。
月明かりに照らされた地面は赤黒く染まっており、草木にはべったりと真新しい血液が付着していた。
俺は、地面に飛び散っている魔物の肉に追跡を発動させる。
「(お、おお……すごい動き回ってる。咥え込まれてブンブンと振り回されたのか)」
肉片が辿った位置からして、魔王の大きさは、5メートルから7メートルはある。神社の鳥居ぐらいデカい。
「(これだけデカければ、すぐに見つかりそうだが……)」
近くには居ないようだ。だが、足跡を探し出せた。
鋭い爪が地面に食い込んだ跡から追跡を行う。
「(……奥へあそこに向かってるのか?)」
魔王の歩いた跡は一直線で、魔力だまりの中心部。
木々で身を隠しながら、糸を辿る。
「ん?」
ガクンと糸の方向が変わり、真上に続いている。
これの意味は、至ってシンプル。
「飛べるのか」
竜だもんな。そりゃ、飛翔出来るよな。
けど、困ったな……コレでは追跡が出来ない。
「…………ゴドーさんに捨て身はやめろって言われてたけど、仕方ない」
気配遮断を解除して、魅了の存在感を垂れ流す。
魔王だって、生きている存在を感知すれば異変に気付いて警戒態勢を取るはずだ。
応戦する構えを取り、周囲に意識を行き渡らせる。
そして、唐突にブワッと突風に吹かれたように髪の毛が乱れ、全身が粟立つ。
強烈な違和感に振り返った瞬間、木々の間を縫うように低空飛行で細身の黒い巨体が俺目掛けて突っ込んできた。
「グモオオオオオオオオオ」
「うおお、おおお!?」
『ダンッ!』
俺を丸呑み出来る程に大口を開けた竜の突進を跳躍で回避し、頭上を取った勢いでバトルアックスを首へ振り下ろした。
『ガキィィン!』
「(かってぇ!)」
鱗に阻まれ、アックスの刃が弾かれてしまった。
反動でバランスを崩した俺に容赦無く竜の尻尾が通り過ぎる間際に叩きつけられる。
『ドッ!』
「うわ!」
偶然の接触だったが、それだけでも地面にバウンドしてしまう程には衝撃が強かった。
受け身を取りつつ無様に転がり、なんとか立ち上がり、バトルアックスを構える。
『ズザザァ……』
翼を広げて着陸し、首を低く落とした状態で俺を威嚇してくる黒竜。
依頼書のイラストと相違無い、鋭利な刺殺武器のようなフォルムに黒い鎧と化している鱗で身を包んだ姿は圧巻の一言に尽きる。
突き刺すような殺気が駄々漏れで、先程の攻撃で俺を敵として認識したようだ。
「(鑑定!)」
相手の力量を測る為に即座に鑑定を行う。
「……は?」
種:黒竜
Lv:82
HP :19221/28555
MP :18045/20025
ATK:10525
EDF:10025
スキル:火炎放射Lv3、熱耐性(高)、飛行術LvMax、魔力耐性(極)
想定していたレベル70の魔物のステータスを遥かに上回る数値。
しかも、レベルが82って依頼書と全く……あ! レベル70相当って、鑑定したわけじゃなくて、個人の体感レベルって事か!!
「(くぅ! 俺の迂闊!)」
俺の後悔など知る由もなく、黒竜は前傾姿勢から助走もなく一気に飛び出してきた。
『ギィン!』
「ぐぉ……」
なんとか前足での薙ぎ払いを受け流し、すぐに次の攻撃を警戒して距離をとるが俺の動きはお見通しと言わんばかりに、近距離で巨体を活かした重く鋭い連撃が飛んでくる。
一撃でも当たれば致命傷になる。
俺はアックスを全力で振るい攻撃をなんとかいなし続け直撃を避けつつ、後退しながら反撃の機会を探る。
このままだと、体力的に負けるのは目に見えている。
勝機を探る為に思考のキャパを割きたいのに、少しでも意識を逸らせば即、死に繋がる状況だ。
『ガキィン! ドシュッ! バキッ!!』
「ぬお……う……っ」
恐竜を相手にしている気分だ!
一心不乱の攻防に砂塵が舞い、いなした黒竜の攻撃の余韻が太い木々をなぎ倒していく。
「グルルゥ……グォオ!!」
「っ!」
黒竜の口内に光が収束され、ヤバイ予感しかしない。俺は咄嵯に横っ飛びして射程範囲を出る。
『ブオオオオオオオオオオ!!』
直後、口から放たれたのは炎のブレスだった。
「あっぶねぇ……あっつ!」
一瞬で木々が炭となり崩れ、地面が焼け焦げた。
空気さえ焼き切る勢いで、燃え移る隙も与えず木を燃焼しきる熱量に、冷や汗が流れる。
あんなものを喰らえばひとたまりもない。
熱された空気が喉を焼く感覚を気にしていられない。
『ゴオッ!』
「……っ!」
すぐに第二波が来た。
首を横に振るって円状に発射される高温の火炎を必死に避け続ける。
「ぐぁ……はぁ、はぁ」
回避に専念しすぎて、自身の状態に気付けなかった。
「(地面が熱い……)」
熱された地面に素肌が触れる度にジュクリと皮膚が爛れていくのを感じる。
頬や指先がピリつく痛みが走る。
「(この野郎……余熱で削ってきやがる。まさか、これを狙っていたのか? なんて賢いヤツだ)」
『ブォン!』
「うげぇ」
火炎を吐き終えた黒竜はすぐさま長い尾を振り回してきた。
辛うじて反応出来た俺はアックスを盾に直撃は免れたが、衝撃はアックス越しにモロに伝わり身体が吹っ飛ぶ。
何度も木に激突しながらも体勢を整えて立ち上がるが、全身を襲う激痛に思わず膝をついてしまう。
関節からミシミシと嫌な音が響く。
「(体力残り3256……一発で半分以上持ってかれた。踏ん張らずに吹っ飛ばされた方がマシだったな)」
防いだのに、たった一度の接触でここまでのダメージを負ってしまった。
次喰らったら、確実に死ぬ。
『ヒュン』
「え?」
目の前に黒い影が覆ったかと思うと視界がブレて、世界が逆さまになっていた。
『バザァ……』
「は!? 飛ん……!」
ズキっと脚に痛みが走る。
黒竜の後ろ足に脚を掴まれて飛翔されたのだと気付いた頃には、既に黒竜は遥か上空へと昇っていた。
「う、うわ!」
先程まで居た森は小さくなり、雲に到達する寸前の地点で黒竜は、俺を空中で投げ捨てた。
重力に引っ張られて急降下する。
「(コイツ! 落下死を知ってやがる!)」
どう考えても動きが初犯じゃねえ!
「おらぁ! ウインド!」
地面にぶつかる寸前に、風魔法を放ち逆風で起きる空気抵抗の風圧を利用して空中で姿勢を立て直して俺はバトルアックスを地面に突き刺し、減速を試みる。
『ドスッ!』
突き立てたアックスを軸に身体を回転させ、衝撃を最大限殺して地面に降り立つが、上手く立てずに尻持ちを付いてしまった。
掴まれていた脚が変な方向に二回折れ曲がっている。
ポージョンの効かない身体では、この骨折が治る気がしない。
だが、まだ生きているだけ幸運だろう。
下手したら、落下で終わっていた可能性だってあるんだからな。
黒竜は翼を広げて悠々と滞空しており、今にも火炎を放って来そうだ。
身を隠そうと移動しようとした時、爪先に何かが当たった。
『コツン』
「?」
薄ら明るくなってきた夜闇の中、その正体が何であるか理解出来てしまった。
「……村の……」
記憶にある姿より足りないところが多いが、俺が運んだ魔石を受け取った門番の兵士が地面に転がって絶命していた。
朝日の光が差し込んで辺りの様子が鮮明になっていくと、転がっているのは彼だけでは無かった。
「…………ぁ……ぁあ」
丸焦げで炭になった人型に、ひしゃげた人だったモノ、食い漁られた魔物の残骸、他にも原型を留めていない人間達が無残に転がっている。
何人か落下死であろう事が窺える惨状だった。
俺は突き立てたバトルアックスを抜き、ヨロめきながら杖にして立ち上がり、心が恐怖で折れぬように歯を食いしばる。
そんな俺を嘲笑うかのようにバサリと黒竜が眼前に舞い降りる。
「(……残り、876)」
ゴミ捨て場の虫を見るような目つきで見下してくる黒竜。
俺はアックスを構え、震える残った脚を叱咤して立ち向かう。
黒竜の雑な鉤爪の攻撃が迫る、冷静さを欠くことなくギリギリまで引きつけて紙一重で避ける。
そして、片脚で黒竜のサイドへ立ち回り超至近距離でバトルアックスを横薙ぎに振りぬく。
『ドシュン!!』
「グオオオン!?」
初撃を入れた際に一瞬見えた首の傷。
勇者に付けられた傷がまだ癒えていない。体力が減っていたのも半年経っても回復しきれない程のダメージを黒竜が負わされていたからだ。
癒えていない傷を抉るようにバトルアックスの刃を叩きつければ、肉を裂く手応えが伝わってくる。
まだ、勝機があるかもしれない。
そう思った矢先、黒竜が痛みに尻尾を振り回した。
咄嵯にバックステップ回避するが、脚のダメージが祟りガクンと体勢が崩れて顔を掠ってしまった。
『ビシッ!』
「ぐぅ!!」
額から片目にかけ激痛が走り、視界が赤く染まり、頭がガンガンと割れそうなほど痛みだす。
脚に力が入らず、膝をついて倒れ込みそうになるのをバトルアックスに縋って立っている。
「(残り……4……)」
折れた脚が激痛を訴え始め、意識が朦朧としてきた。
しかし、黒竜は待ってくれない。
再び黒竜が俺に向かって飛び掛かってくる。
俺は激痛に耐えながら、最後の力を振り絞って、追撃を交わして勇者の負わせた傷口へ再度バトルアックスを叩き込むも……
『ドシュ! バキン!』
「ぁ……」
バトルアックスの持ち手が折れてしまった。斧頭は黒竜の傷に突き刺さったまま俺の元を離れた。
防御した時にヒビが入ったのかもしれない。
支えを失った俺は前のめりに倒れる。
地面が迫り、スローモーションで流れる景色の中、俺は自分の身体に起こっている異変に気付く。
それは、身体の末端から凍っていく感覚だった。
俺の全身が冷えていく。
「(……あっ……コレが、死ぬ感覚なのか……)」
あっけらかんとした死への感想を抱く。
黒竜は俺にトドメを差そうと大きく息を吸う口から炎が漏れている。
ああ、火炎を吐かれる……悔しい……俺の負けだ。
黒竜の吐き出す熱気を感じ取り、死を覚悟して目を瞑った。
『ジュンイチローーーーーー!!!!』
「ッ!?」
身体に何かが巻き付いて物凄い勢いで一気に引っ張り上げられる。
「……も、も?」
『間一髪だ馬鹿者が!』
「ヘッヘッヘッ」
「おーかみ……?」
『コイツが居なきゃ間に合わなかったぞ』
森狼の背に乗ったモモが丘から触手を伸ばして、俺の身体を引き上げてくれたようだ。
森狼が俺の鼻先をペロリと舐めて心配してくれていた。
俺は二体に助けられたらしい。
「……なん、で」
『なんで? コッチの言葉だ。何一人で先走ってんだ!』
「もも……が、大事だから……」
『あ?』
「ももは……大事なんだよぉ! 大事にしたいんだよぉ!」
俺の子どものようなワガママの駄々に対してモモは怒号の念話を俺に叩きつけた。
『私だってジュンイチローが大事なんだぞ!! 何私の大事な存在を粗末に扱ってんだ!! 私を置いて死んだらぶっ殺すぞ!!』
その言葉はまるで雷のように過激でありながら、不思議と優しさを感じた。
「バウ!」
森狼の一鳴きに黒竜へ再び意識が戻る。
『ヒュバッ』
「しま──!」
黒竜が飛翔し、丘の上へ一瞬で移動していた。
俺の救出に意識を割いた隙を突かれた。
触手に支えられた俺に大口と牙がが迫る。
『話の途中だろうが!!』
『ドゴォ!』
「グモッ!?」
「え?」
黒竜がモモの触手にぶん殴られて、凄い飛距離でぶっ飛んでいった。
11
お気に入りに追加
374
あなたにおすすめの小説
召喚勇者の誤算~身の危険を感じたので演技で男に告白したら、成就してしまったんだが!?~
カヅキハルカ
BL
佐々木健太はある日突然、勇者として異世界に召喚された。
王国の紹介で三人の女性達とパーティを組む事になり、勢いに飲まれたまま健太は魔王討伐の旅に出る。
健太は勇者としてのチート能力を持っており、女性達に囲まれながらハーレム勇者としてチヤホヤされながら、楽しい旅が出来るものだと浮かれていたのも束の間。
現実は、そう甘くはなかった。
旅に出た健太を待っていたのは、モンスター達との命の奪い合い。平和な日本で育った健太にとっては、過酷な世界だった。
だが、元の世界に帰るには魔王討伐が必須と告げられていた為、今更リタイアも出来ない。
更に旅を続ける中で、人間とモンスターのどちらが正義でどちらが悪なのか、健太の中に疑問が湧き出る状況が続く。
偽りの愛を囁く女性達の強引さに辟易していた頃、さすらいの神官と名乗る男性リロイと出会う。
健太を助けたいと言ってパーティに加わり、唯一心を開ける存在となって行くリロイに助けられながら、魔王討伐の旅も終盤に差し掛かったある日。
健太は、女性達の恐ろしい計画を知ってしまう。
そして健太は、ある告白の実行を決意するのだが――――。
ちょっと待て、受け入れられる予定じゃなかったんだが!?
神官(?)×勇者(異世界転移者)
異世界転移BL。
R18が途中で入ります(*印)。
全22話。完結後、他サイトへも順次掲載予定。
異世界でチートをお願いしたら、代わりにショタ化しました!?
ミクリ21
BL
39歳の冴えないおっちゃんである相馬は、ある日上司に無理矢理苦手な酒を飲まされアル中で天に召されてしまった。
哀れに思った神様が、何か願いはあるかと聞くから「異世界でチートがほしい」と言った。
すると、神様は一つの条件付きで願いを叶えてくれた。
その条件とは………相馬のショタ化であった!
童貞が尊ばれる獣人の異世界に召喚されて聖神扱いで神殿に祀られたけど、寝てる間にHなイタズラをされて困ってます。
篠崎笙
BL
四十歳童貞、売れない漫画家だった和久井智紀。流されていた猫を助け、川で転んで溺れ死んだ……はずが、聖神として異世界に召喚された。そこは獣の国で、獣王ヴァルラムのツガイと見込まれた智紀は、寝ている間に身体を慣らされてしまう。
聖獣騎士隊長様からの溺愛〜異世界転移記〜
白黒ニャン子(旧:白黒ニャンコ)
BL
『ここ、どこ??』
蔵の整理中、見つけた乳白色のガラス玉。
手にした瞬間、頭に浮かんだ言葉を言った。ただ、それだけで……
いきなり外。見知らぬ深い森。
出くわした男たちに連れ去られかけた眞尋を助けたのは、青銀の髪に紺碧の瞳の物凄い美形の近衛騎士隊長、カイザー。
魔導と聖獣を持つ者が至上とされる大陸、ミネルヴァ。
他人の使役聖獣すら従えることができる存在、聖獣妃。
『俺、のこと?』
『そうだ。アルシディアの末裔よ』
『意味、分かんないって!!』
何もかも規格外な美形の騎士隊長の溺愛と、かっこよくて可愛いモフモフ聖獣たちに囲まれての異世界転移生活スタート!!
*性描写ありには☆がつきます
*「彩色師は異世界で」と世界観リンクしてますが、話は全く別物です
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜
7ズ
BL
異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。
攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。
そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。
しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。
彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。
どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。
ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。
異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。
果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──?
ーーーーーーーーーーーー
狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛
【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい
白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。
村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。
攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる