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1:監禁した相手にダメ出しされる人生

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『トントントントン』
「…………」
「…………」

 苛立ったように指の爪先で机を叩く音が、何の変哲もない静かな部屋に響く。

「……なんで俺が苛立ってるかわかるか?」
「…………すみません。わかりません」

 椅子に座って足を組む男の前に、僕は床に正座させられていた。
 
「お前はなんでも卒なくこなす賢く真面目で有名なあの『中山なかやま 颯太そうた』だと言うのに……なんだコレ」
『ジャララ』

 僕を見下ろす男の首には首輪が巻かれ、鎖がのびている。

「さすがにこれは酷いんじゃないか?」
「……いや、でもコレは」
「言い訳はいらん。コレは何だと聞いてんだ」
「…………首輪と鎖です」
「そうだ。首輪と鎖……コレを付けた理由は?」

 高圧的な態度と口調に益々前のめりに項垂れて、僕は小さく答えた。

「貴方を……ココから出さない為……監禁……する、為です」
「そうだ。俺を監禁する為の拘束……なのに!!」
『ジャラララ!!』
「長過ぎんだよ!! 鎖が! 近所のコンビニまで行けちまう長さだぞ!」
「ううぅ、短いと不自由かと……」
「監禁しといて俺の不自由を気にしてんじゃねえ!」

 部屋の床を何重も這う鎖がジャラジャラと彼の不満に合わせて抗議の音を挙げる。
 僕は、彼……久遠くおん 大和やまとを二日前に監禁した。
 衝動的に行ってしまった……今まで、ずっと真面目に生きてきた。幼少期から学校から社会に出てからも……絵に描いたような誠実で真面目な働きを行っていたのに、全てをぶち壊しかねない凶行に出ている。
 僕は、真面目過ぎて付き合う女性達から飽きたと言われてフラれたり、何考えてるかわからないと泣かれたり、浮気されたりと散々だった。
 直近の出来事は、結婚を意識していた彼女にそれとなく聞いてみたら『なんとなくで結婚する気なの!? 私の人生なんだと思ってんのよ!』と怒鳴られて、別れをその場で告げられた。
 追いかける事もできず、彼女への想いではなく、世間の風潮的にそろそろだなと結婚を考えていた事実に……僕自身、酷く浅ましく、自分の無い人間だと気付いてしまって、嫌になった。
 お利口さんと言われるがまま生きてきた。社交性と善性を求められていたのに、結果はこれだ。
 挙げ句の果てに、公園で自棄酒を呷っている所、近くを通りかかったからと、声をかけて慰めてくれた会社の清掃員さんを居酒屋へ誘い、酔わせて家に連れ帰ってしまった。

 傷心の果て、久遠さんに恋心を燃え上がらせ、自暴自棄の暴走に任せた所業に頭がずっと痛い。
 目を覚ました久遠さんに言い訳する気も無く、恋心の吐露と監禁しようとした事を伝えた。
 すると久遠さんから苦言をいただいた。
 僕の思っていた軽蔑の言葉では無く、予想外の方向からの文句だった。

『監禁するなら拘束ぐらいしとけ。首輪とか鎖で繋ぐだろ。普通』

 監禁意識へのダメ出しだった。
 意味がわからなかったけど、久遠さんは僕の側に居てくれて、拘束が無くても家から出て行く事は無かった。
 そして、言われた通り拘束具として首輪と鎖を買ってきて久遠さんが寝ている間に取り付けたのだけど……僕はまたダメ出しを受けている。
 監禁している相手から、監禁方法にダメ出しされる現状はよくわからない。

「監禁するなら、外に出れないぐらいか、玄関に届かない長さにしろ」
「……はい」
「あと鎖の端。アレじゃ俺に外せと言ってるのと一緒だぞ。馬鹿かお前は?」
「ごめんなさい」

 久遠さんの言う通りに鎖の長さを調整して、鎖の始点を彼の手の届かない場所に設置した。

「やっと本格的になってきたな」
「……あの、久遠さん、なんで自分の首を絞めるような事、僕に言うんですか?」
「…………お前……ずっと馬鹿真面目に生きてきたんだろうな。枠外の事がわかんねえんだろうから、言わない」
「……?」

 溜息混じりに言う久遠さんが、テレビのスイッチを付けて気を紛らわすようにニュース番組を見始めた。

「今日はもういい。腹減った」
「あ、はい」

 何故、僕の側に居てくれるんだろう。


※※※


 三日目、会社から帰宅したらまたもムスッと顔でソファーに座っている久遠さん。
 床に正座させられて見下ろされる。

「……なぁ、もうちょっと本腰入れてくれねえか?」
「監禁初心者なんです」
「前科ある尻軽ならもう逃げてるけど、中山くんだからこうして一緒に居てもいいと思ってる」
「僕、だから?」
「俺が好きだのなんだの言ったわりに本気で拘束する気も無いし、セックスの一つもしてこない」

 セ、セックス? そうか。そういう性欲も愛に内包されているものだったな。
 僕は童貞じゃないし、セックスに理想も抱いていない。予想の範囲内の快感は思っている以上に肩透かしをくらう。状況と視覚と聴覚から得る興奮により、性行為の快感にバイアスがかかるけど、何度も経験してると慣れてしまった。依存や中毒に陥る程、娯楽のセックスに魅力を感じない。
 久遠さんを乱れさせたいとは、少しは思うけど……今は、側に居て一緒にテレビ見て、ご飯を食べて、一緒に寝てくれればいい。

「久遠さんは、されたいんですか? 酷い事」
「……中山くんの思う酷い事って、どんな事?」
「例えば……物が持てないように爪剥いだり、歩けないように足の腱切ったり」
「うっ」

 想像して鳥肌の立っている肌を摩っている。けれど、若干口角が上がっているのは何故だ。

「目隠し拘束して帰るまで玩具突っ込んどくとか……それと、逃げられないように服を着せないとか」
「わかってんじゃねえか」
「……貴方に酷い事はなるべくしたくない」
「監禁は酷い事じゃねえのか?」
「それは……」

 どう言い換えたって、綺麗事では済まない。違うと言えない僕に久遠さんはくっくっくと喉奥で笑って、つま先で僕の腿をツーっと撫でた。

「破滅に王手をかけておいて、何を躊躇してるんだ……もう良い子ちゃんの優等生には戻れないのに」
「そう、ですよね……久遠さん」

 挑発してくる久遠さんの脚を掴んで持ち上げる。急な僕の動きに引っ張られて、背もたれからズリっと頭が落ちる。
 膝裏を肩に引っ掛けるように両脚を開脚させて上半身を前のめりに倒す。
 久遠さんは迫る僕の顔にギョッとして身を反らした。

「おい、おいおい、やめろ」
「……なんですか?」
「頭をカクカクさせながら近付いてくるな。ホラー映画の人形かお前は」
「緊張してしまって……」
「初めてじゃないんだろうが。キスぐらいスマートにしろよ。角度調整に手間取ってんじゃねえ」

 キスは嫌じゃないんだ。
 照準を合わせて、ゆっくり近付くと目を伏せて顎を上げる久遠さん。

「(え? 可愛い)」

 写真撮りたいけど、今はそれどこではない。
 フニっと唇を触れ合わせるだけのキスをする。

『ドッ』
「っ……」

 体の内側から誰かが殴り付けてきたような衝撃だった。ツンとした痛みさえある。
 鼓動が狂ったように胸を叩き出す。
 
「……良い顔だな」
「僕……今、どんな」
「野獣みてぇ。く、はは……キスだけで……あーー……」

 瞬きを忘れたように久遠さんを凝視する僕を面白そうに笑う。
 肩に担いでいた両脚が背で組まれ、グッと引き寄せられる。
 鼻先が当たる程の距離でニヤリと笑う久遠さんが視界いっぱいに広がる。

「どうする? このままヤるか?」
「食事がまだでしょう?」
「…………ふぅ……」

 拘束が緩んで、床に降りていく久遠さんの脚。

「………………腹減った」
「はい。準備しますね」

 台所へ向かう僕を恨めし気に見つめる視線など意に介さず、夕飯を作る事に従事する。
 久遠さん、なんだかどんどん積極的になってきたな。嬉しいけど、何考えてるのか一切わからない。

「あ、そうそう職場に連絡して仕事辞めたから。あと、寮の契約も解消した。次の休みに代理で掃除頼むわ。服もな」
「へ?」
「携帯取り上げないの、どうかと思うぞ」

 ポイッとソファの端に携帯端末を放り投げる久遠さん。
 都合の良い監禁状況を自分で作り上げている。コレで外界との繋がりが絶たれてしまうというのに、本当に何を考えてるんだ。

「俺には家族も兄弟も友達も居ないから、思う存分監禁してくれ」
「(合意の監禁は最早同棲では?)」

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