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竹林の道
しおりを挟む着物を着て、女二人で少し遠出をした。車を運転する私と、助手席の彼女。私は紺、彼女は緋色の着物を着ていた。一時間半ほど走ると、少しくたびれた町に入った。歩いてみようかと車を無人の駅の駐車場に停めた。私たちが住んでいる町よりもかなり格安だった。
長い商店街はほとんどシャッターが閉まっていて、歩いている人たちもまばらだった。その町は山の麓にあるようで、傾斜が多いのが印象的だった。時々すれ違う老人たちが物珍しそうに私たちを見たり、可愛いわねえと褒められてから世間話をするのが楽しい。しばらくしてから私たちは聞き込みをはじめた。なんだか探偵ごっこをしているみたいで私たちはわくわくしていた。そんな中で、ある一人の老婆に商店街を抜けて真っ直ぐいた坂道を上がったところに、昔は有名だった神社があることを聞いた。今でも参拝する人間はちらほらと居るが、かつてその寺を参拝していたほとんどの人が、既に三途の川を渡ったと彼女は笑っていた。
私たちは昔からそういう冒険心とか探求心が強かったからぜひ行ってみようという話になった。今は最後の住職も亡くなって居ないということだったが、とりあえずお賽銭を入れて帰ってこようと。
商店街を抜けて間もなく長い真っ直ぐの道を見つけた。まだ明るく、その道を歩きながら私たちは昔学生だった頃の話をしたり現状の話をした。話しながらだと道はあっという間で、なだらかな坂道も割りと平気だった。
次第に階段が見えてきて、この先だねと話しているとその階段を左右取り囲むように小さな地蔵や墓が塀の向こうに建っているのがわかった。どこか懐かしい風景と排他的な空間は神秘的だった。少し先を行く彼女をぶら下げていたカメラで撮る。絵になるなあと思いながら階段を上る。気づけば私たちは竹林の道へと出ていた。少しずつ暗くなっていたのは分かっていたので私はどうするか持ちかけようとしたが、彼女はどんどんのぼっていくのでとりあえず行けるところまで行くことにした。
夕暮れ時も近づき辺りが薄暗くなってきた。竹林を抜けるとまた階段と墓があった。上りかけていた階段に足をかけて、彼女が立ち止まる。振り向いて、もう帰ろうかと私に尋ねた。彼女の顔は茜色に染まってよく見えなかったがだいぶ疲れているような気がした。私は彼女に私の前で下るように伝えた。突然風が吹いた。ところどころに飾られた風車が一斉に回って、なぜか鳥肌が立つ。彼女も同じだったようで慌てて私のもとへと駆け下りてきた。なんか怖いね、と不安げに彼女が私を見上げるので私は大丈夫だよと返した。
同じ道を、行きよりも長い時間をかけて帰っている。紺色に空が変わりだした頃ようやく町の明かりと商店街が見えた。しかしなんだか様子が違い、私たちは戸惑った。昼間とは打って変わって人がなにかの祭りみたいに溢れかえっていた。この季節にお祭りって、と私たちは顔を見合わせる。私たちは自然に身体を寄せあって手を握っていた。足早に商店街を抜けて駅に向かう。その間何回か酔っ払いに声をかけられたが私たちはいつもみたいに雑談できるような余裕を持ち合わせていなかった。
体感時間だと、もう日をまたぐのではないかと思い出した頃、駐車場に辿り着いた。そこには車を停めた初老の男性が何人か立ち話をしていた。私たちに気がつくと彼らは驚いた顔をして私たちに声をかけた。大丈夫だったか?と。大丈夫なわけない。彼女が震える声で呟いて、私は今まであったことを話した。それをひとしきり聞いたあと彼らはぽつぽつと話し始めた。
男性たちはこの町の出身ではなかった。親が隣町とか、祖母がこの町とかというような具合に実際生まれ育った者は居なかった。何故ならこの町は元々ダムに埋め立てられて沈められる予定だったからだ。ダム賛成派と反対派が対立して、町中が殺伐としていたらしい。結局自治体には勝てずダム建設が決定して、町民が立ち退きを求められた頃、賛成派が次々と変死して町が壊滅状態になったのだと言う。その状況に当時の町長は危機を覚え町一番の祈祷師に厄除けを頼んだ。しかし、願いは聞きいられなかった。賛成派がほとんどで、反対派が少なかったことやもう前者の人間が生きていないこと。なによりもその祈祷師本人も賛成派の一人であったこと。生き残っている賛成派の一部は皆ここに残るから死にたくないと、手のひらを返して寺に助けを求めて集まった。しかし、為す術もなく祈祷師に人柱として使われる最期だったそうだ。その人柱は、怒った町の神に捧げると祈祷師は言ったが実際は、国からの補助金を狙い自分だけ悠々自適に暮らすためだった。その祈祷師は今はもう九十近く生きているかどうかもわからないらしいが、私たちが会ったあの老婆がもしかしたらと言う話だった。
私は少し落ち着いたので、何も無いここに何をしに来たのか彼らへ尋ねた。彼らの一人が件の寺の住職の孫に当たるらしかった。その住職の墓守を時々みんなでしているそうだ。住職と祈祷師は別に居るのか、と疑問で頭がいっぱいになったがあえてなにも聞かなかった。きっと住職はその祈祷師に騙されて殺された内の一人だったのだろうと思ったからだ。私たちが老婆を見かけたという話を聞いた時彼らの目が一瞬殺伐としていたのを私は見逃さなかった。彼らは墓守をするのではなく老婆を狩りに行くのだろうと想像をした。その住職がなぜ賛成派だったのか、はたまた全て私の想像でしかないか、それともただの脅しで本当は熊が出るから子供たちを山に入れないための言い伝えとか。何もかもが不鮮明で後味の悪い話だったが、今となってはもう過去の町のことはあの老婆しか知らないのだろう。私たちが見たあの栄えた商店街も竹林ももしかしたら夢だったのかもしれない。
車に乗り込んでほっとため息をつくと、足元に竹の笹が一枚落ちていた。
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