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生三十四話 さっさとやれ!

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(ただ使うだけじゃ駄目だと思う。そういえば……)

 確かロリコン薬屋が聖属性の武器を使った、魔力中毒の治し方を言っていた気がする。
 無理な方法だったから忘れていたけど、聖なる力なら百合神から貰っている。
 今なら不可能が可能になるかもしれない。

 えーっと、確か魔力が発生する部位を武器で切って……包丁で切ったら死ぬじゃん。

 いやいや、違う違う。確か聖なる力は副作用なしで魔力が消せるとか言っていた。
 つまり切らずに切れば助けられるって事だ。

(……そんなこと出来るかぁー!)

 エア(空気)包丁で料理できるのは、『おままごと』の世界だけだ。
 現実世界で出来るわけが……あれ? 魔法がある世界なら出来るのかな?

 駄目だ。考えれば考えるほどに分からなくなる。
 このままラナ男が疲れるのを待つのが正解な気がしてきた。
 でも、ラナ男は回復ゾンビだ。疲れる日が来るとは思えない。
 神様を信じるべきか、ロリコンを信じるべきか、自分を信じるべきか。

「ふぅー、やるしかないよね!」

 神様が必要ない力をくれるわけない。
 三度目の奇跡を信じないで、いつ信じるんだ。
 刀身に刻まれた三文字を唱えた。

「『千切り』‼︎」

 ザァンと大量の包丁大が空を覆い隠すほど現れた。
 乱切りの数を軽く超えている。千切りと言うのなら、空に浮かぶ包丁の数は千本だ。
 この数の包丁に一度に切られたら、恐竜だろうと助からない。

「やっぱりやめた方が……」

 もっと穏便な必殺技かもと期待したのに、これは駄目だ。
 ラナさんが千切りされたら、ただのミンチ肉になってしまう。
 流石に殺すしかない状況になっても、誰だか分かる姿で殺したい。

 ——ゾクッ‼︎

「ひゃあ⁉︎」

 迷っていると、冷たい手で背中を撫でられたような寒気が走った。
 やっぱりやるしかないみたいだ。何かずっと『さっさとやれ!』という視線を感じている。
 幽霊じゃなければ、神様のお告げだと思う。信じる者は救われるだ。
 やるしかない。やるしかないんだ。

 謎の視線に覚悟を決めた。切るのは身体じゃなくて、魔力だ。
 肉を切らせて骨を断つじゃない。肉も骨も切らずに魔力を断つだ。
 魔法はイメージ、想像力だ。空に浮かぶ包丁は実体のない魔法の包丁だ。
 エア包丁なんだから絶対死なない。

「切るべきものだけ全て切り裂け!」
 
 乱切りと同じなら、包丁を振れば反応する。
 包丁大を振り上げ振り下ろし、切っ先をラナ男に向けて止めた。

 ドドドドドドドドドドドドド‼︎

「——ッッァ‼︎」

 ほら! だからやめた方がいいって言ったのに!
 予想通り、千本の包丁大の刃がラナ男の頭上に降り注いだ。
 ラナ男の周囲だけが激しい雨音のような斬撃音が鳴り止まない。
 大量の包丁カーテンがラナ男を隠している。
 次に姿が見える時は地面に出来たミンチ肉だ。

 ドパァン‼︎

「はふぅ……」
「や、やったあー‼︎」

 包丁の雨が止むと、雨の中から裸の女が現れた。
 パジャマと下着と鉄枷だけがミンチにされた。
 でも、『着ているものだけ全て切り裂け!』なんて言ってない。
 でも、まあ、ミンチじゃないなら何も問題ない。

「はっ! 早く助けないと!」

 暢気に喜んでいる場合じゃなかった。
 早く助けないと全裸の変態として、この街じゃ生きていられなくなる。
 社会的な死確定だ。
 
「うん、脈はある」

 触った瞬間にミンチにはならなかった。
 倒れているラナさんの右手を取ると、指先で手首を挟んだ。
 親指にトクトクと規則正しい動きが伝わってきた。
 間違いなく生きている。
 人を全裸にするだけの役立たずの必殺技じゃなかった。

「よし! う~ん、お、重いぃ……!」

 気合いを入れると背中にラナさんをおんぶした。
 重いうえに、フニュフニュと柔らかい感触が背中に当たってくる。
 精神的にも肉体的にも私の怒りの忍耐力が試される状況だ。
 
「ぐぅぅぅ!」

 でも、ここまで来て、この程度でキレてる場合じゃない。
 今までの苦労を思い出せば、この程度の我慢なんて楽勝だ。
 一歩一歩しっかり歩いて、ラナさんの家を目指した。

 ラナさんのベッドは焼け焦げて使えないけど、ペトラのベッドは無事だ。
 ベッドに寝かせて意識が戻って、その時に正気だったらペトラの所に連れて行こう。
 まあ、駄目だったら……その時は正気になるまで監禁するしかない。

「よっこいしょ! ふぅー!」

 家の中に入ると右側の部屋の扉を開けて、ベッドに背中を向けて、ラナさんをベッドに降ろした。
 毛布はあるけど、流石に裸で寝かせておくのは寒そうだ。家の壁には穴開いているし、夜には雨が降る。
 服が何処にあるか知らないけど、服なら引き出しのある棚にあると決まっている。
 隣の部屋に移動すると、棚を探してみた。
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